第5話 紅塵の真実――宮廷を揺るがす香り
宮中に招かれて五日目。
これまで舞踏会の香水事件、御膳への細工――小さな事件を嗅ぎ分けてきた私に、ついに紅塵の核心に近づく手がかりが訪れた。
「葵殿、これを見てほしい」
椿が古びた香料帳を差し出す。紙には、紅塵の古い製法と調合比率が詳細に記されていた。だが、すべてではない。いくつかの重要な成分は、長く宮廷に隠されている。
嗅覚を頼りに香料を確認すると、微量の未知の成分が混ざっている。これは……舞踏会の香水、御膳のソース、そして保管庫の小瓶に共通する匂い。すべては、宮廷の誰かが意図的に仕込んだものだった。
「誰が……」
椿も私も息を潜める。
「……分かりました。匂いの軌跡をたどると、紅塵を扱えるのは限られた者だけです」
私は自信を持って言った。誰がこれを使い、何のために混ぜたのか――匂いがすべてを教えてくれる。
聿もまた静かに頷いた。
「葵殿、その嗅覚が正しければ、宮廷内に陰謀の黒幕がいる可能性が高い」
表情は変わらないが、その声には緊張が含まれている。
私は香料帳と香水瓶を手に、匂いを確かめる。紅塵は、ただの香料ではない。香りとしての魅力だけでなく、人体や心に影響を及ぼす秘めた力を持っている。誰かがそれを利用し、権力争いに用いている――その証拠を、私の鼻は確かに嗅ぎ分けた。
「匂いは嘘をつかない……だから私は、真実を暴く」
そう呟き、私は決意を固めた。宮廷の表向きの華やかさの裏で、人の命や権力がもてあそばれている。紅塵はその象徴だ。
夜、宮廷の窓辺で香料瓶を眺める。微かに漂う紅塵の香りが、これから待ち受ける更なる陰謀を告げている。小さな事件を解決してきた私の嗅覚は、この先の大きな試練に向けて、休むことを知らない――
宮廷薬師、葵の物語は、ここから本格的に動き出す。
紅塵の香りが告げる真実を追い求め、私は宮廷の闇に挑む――それが私の宿命だからだ。
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