第3話 台所の陰謀――紅塵に隠された細工
宮中での三日目。今日の任務は、御膳の調理過程で使われる香料と薬草の確認だった。
厨房に足を踏み入れると、火の香り、油の匂い、そして混ざり合う香草の匂いが漂う。私の鼻は、ひとつずつ香りの層を分解して分析する。
「葵殿、こちらを」
女官・楓が差し出した小皿には、先ほどの晩餐会で使われたソースのサンプルが載っていた。
「匂いを嗅げば、混ぜられたものがわかりますか?」
「ええ……少し待って」
私は鼻を近づけ、微細な変化を探る。すると――紅塵の匂いだ。昨夜の舞踏会の香水事件で嗅いだものと同じ。だが、今回は微量の薬草が混じっている。致死量には届かないが、体調を崩す程度の毒性だ。
「誰かが料理に細工をした……」
椿が眉をひそめる。
「これは単なる偶然ではない。紅塵を使った意図的なものだ」
私は厨房の調理場を見渡す。従業員たちは真剣な表情で作業している。誰も怪しい動きは見せない。しかし、匂いは嘘をつかない――紅塵が混じったその場所に、意図的な仕掛けがあったことを告げている。
「聿殿、確認していただけますか」
無表情の聿が頷き、厨房の奥に視線を送る。警備をさりげなく配置しつつ、厨房に出入りする人物を注意深く観察している。
調べてみると、今回の紅塵入りのソースは、宮中の香料保管庫から持ち出されたことが判明した。つまり、香料保管の内部に協力者がいるということだ。
「内部の者……誰かが故意に混入させたのね」
私は静かに息を吐く。紅塵を巡る陰謀は、宮中の奥深く、権力者たちの間で密かに動いている。
厨房の一角で、楓が小さく囁く。
「葵殿、でも……誰も疑えないわ。みんな忠実に仕事をしている」
「匂いは嘘をつかない。見えないものを嗅ぎ分けるのが私の仕事だ」
私はそう答え、再び香りを嗅ぎ分けながら、次の手がかりを探した。
紅塵の匂いを追いかけるたびに、宮廷の表面の華やかさと、裏に潜む陰謀の対比が鮮明になる。今日も小さな事件を解決し、しかし次の大きな波に備える――それが、宮廷薬師としての私の役目だった。
夜、香料保管庫の棚に手を置き、私は静かに心の中で決める。
「紅塵を使ったこの陰謀、必ず解明してみせる――」