第2話 舞踏会の香り――紅塵が誘う陰謀の影
宮中に招かれて二日目。今日の仕事は、夜に開かれる舞踏会で使用される香水の試作確認だ。
華やかなシャンデリアの光が、玉座の間の床を照らす。そこに漂うのは、薔薇やジャスミンの甘い香り。しかし私の鼻は、それだけでは満足しない。
「葵殿、香料はこの場で確認してくれ」
老薬師・椿が差し出した香水瓶には、幾つもの花のエッセンスが混ぜられていた。嗅ぐ――瞬時に分かる。
「微妙に、ローズの純度が低いですね。混ざり方も不自然です」
試香の最中、貴族の婦人の一人が顔色を変え、胸元に手を当てて倒れかけた。
「またですか……」
宮中ではこうした体調不良が、表向きは単なる体調不良として処理される。しかし、私の鼻は微かな異変を捉えていた。
倒れた婦人の衣装と香水を嗅ぐ。すると……紅塵の匂いだ。昨日の失神事件と同じ香料。だが、今日のものには微量の毒草が混ぜられている。致死量には達していないが、確かに人体に影響を及ぼす。
「誰かが香水に細工を……」
椿も頷く。
「紅塵は、ただの香料ではない。貴族たちの間で人気のため、仕組む相手を狙いやすいのだろう」
私は慎重に会場を見渡した。貴族たちは気づかぬまま社交を楽しんでいる。狙いは舞踏会の人々、あるいは裏で権力を握ろうとする者か。
「聿殿、確認してください」
若官・聿に目配せする。彼は微動だにせず、香りの方向へ視線を送った。
「了解」
行動は無言だが、無駄のない動きで警備を指示している。二人の呼吸は自然に合った。
原因となった香水の成分を特定すると、製造元に心当たりがある。宮中の香料管理局で調達されたものだ。しかし、局の誰も手を加えた形跡はない。
つまり、誰かが裏で香料に細工をし、貴族を狙ったのだ。
「犯人は内部にいる……」
椿の言葉に、私は軽く頷く。
紅塵を巡る陰謀は、宮廷の奥深くで動き始めている。舞踏会の華やかさの裏で、誰かが人の命をもてあそんでいる――そんな香りを、私の鼻は確実に嗅ぎ分けていた。
夜が更け、会場の灯りが静かに消える。私は香料の瓶を手に、紅塵の謎を解く手がかりを考え続けた。
これが、宮廷薬師としての仕事――小さな事件を解き明かし、やがて大きな陰謀へと繋げていく序章なのだ。