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妖精虐殺遊戯  作者: 全数
第1章 妖精虐殺遊戯
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第5話 虐待

「あー、あー……」


 ヨウセイの小さな口から、甲高い呼吸音のようなものが漏れ出ている。ヨウセイは必死に藻掻いているが、動くことはかなわない。空を飛ぶための羽はもがれ、地を歩くための足はへし折られている。


「ゆ、弓……それ……」


「綺麗でしょ。もっと近くで見る?」


 弓は鳥かごを掲げ、私の前に差し出した。


 鳥かごの中のヨウセイと目が合う。


「あ~~~っ、あ~~~っ……」


 何かを訴えようとしているのか、甲高い声でヨウセイが叫んだ。


「成熟したゲツガコウヨウセイ! 女性器らしきものが見られるから同定は難しいけど多分メスだよ」


「……羽と足、怪我してるわ。治療しなきゃ」


「違うよ琴子」弓は笑う。「私が引き千切ったの」


 引き千切った――その言葉が信じられず絶句してしまう。


「弓……なんで……」


「琴子ったら、なに変なこと言ってるの」弓は無邪気に笑う。「ヨウセイってこんな小さな頭だけれど賢いんだから。こんな鳥かごすぐに脱出して逃げちゃうでしょ? だからね、羽をもぎとって足をねじったの。ずっとここにいるように」


 弓は鳥かごを開けてヨウセイを取り出した。ヨウセイは必死に彼女の手から逃れようとするも、弓の手でがっしりと掴まれている。


「……自分のしてることが分かってるの、弓」


「ん~?」


「日本に生息するヨウセイは、全て天然記念物に指定されてるわ。動物愛護法、文化財保護法の両方に反する行為よ。弓のやってることはれっきとした犯罪よ」


「犯罪……。琴子は、私のやってることが犯罪だと思ってるの?」


「思ってるじゃなくてそうなのよ。羽を千切るのも足を潰すのも虐た――」


「幸せを求める私の行為が犯罪だっていうんだ、琴子は?」


 私の発言を途中で遮り、弓は強い語調で言った。


「幸せを、求めるって……」


「だってそうでしょう。ヨウセイは見ただけで幸せが訪れるんだから。だったらヨウセイを手に入れればとても多くの、抱えきれないほどの幸せを手に入れるんだよ。その行為が犯罪だって琴子は言ってるの? だとしたら私は……悲しいよ」


「ちょっと待って。弓、何を言ってるの……?」


「それはさぁ! こっちの台詞だよ!」


 弓は大声で怒鳴り、強い力で床を踏み鳴らした。


「……ねぇ、弓。少し落ち着いて。落ち着いて私の話を聞いて。確かにヨウセイを見た人には幸せが訪れるっていうけど、それは迷信でしょう? 夜に口笛を吹くと蛇が出ると同程度の。そんなことのためにヨウセイを捕まえるべきじゃないわ」


「私を否定するの、琴子……? あなたが私を否定するの?」


 弓のまなじりに涙が溜まっていく。ヨウセイを握る弓の手に力が入った。彼女の手の中のヨウセイは、ぺちぺちと弓の手を叩いている。しかし身長差が十倍以上もあるのに抜け出せるはずがない。


「やっぱりさ、琴子はおかしくなったんだよ」


「私が、おかしい……?」


 何を言っているのだろう。おかしいのは弓だ。先ほどから会話が通じない。弓はとても思慮深く、いつも冷静に私の話を聞いてくれた。だけれど今の弓はまるで支離滅裂な思考――弓の形をした別人のようだ。


「琴子、私があなたを戻してあげるから」


「ねえ弓、話を聞いて……」


「だからもっと集めなくちゃ」


 弓はヨウセイを持った腕を高く掲げ、そして一気に振りぬいた。


 躊躇もなしに全力で。


 弓の手を離れたヨウセイは、木目の床へと叩きつけられた。


 ぱぎっ、という甲高い悲鳴。


 ぱっ、と鮮血が舞う。


 叩き付けられたヨウセイは大きくワンバウンドして、私の横へと転がってきた。


「あ、ああ……」


 床に真っ赤な血だまりが広がっていく。


 しゃがんで、ヨウセイに触れてみる。


 暖かい。


 鼓動がある。


「むうぅ……」


 ヨウセイが小さな口から血を拭きだした。


 痙攣したかのようにびくんびくんと大きく二回跳ねる。


 ヨウセイが私へと手を伸ばす。


 細く、小さな手だった。


 私がり返そうとする前に、ヨウセイの身体から力が抜け、腕が地面に落ちる。


 二度と動かなくなった。


「……」


「あれ、死んじゃった?」弓がへらへらと笑う。


 私はヨウセイが苦手だ。幼い頃に見た剥製と、母の死が、深く結びついている。でも、だからといって、こんなむやみに殺す行為が――赦されるはずがない。


「弓っ!」


 私は顔を上げ、眼前の弓を睨みつける。弓と私は子供のころから十年来の付き合いで親友だ。でもだからって、いや、親友だからこそ――この行為は絶対に赦せない。


 私は彼女の頬を思い切りはたいた。ぱぁん、という鋭い音。彼女の頬を叩いた手のひらは熱く、痛かった。喧嘩したことも何回かあった。だけどこうして手を出したのは初めてだ。


「もう止めてよ弓。おかしいよ。ねえ、何かあったのなら私に相談してよ、弓――」


 弓は叩かれた頬を抑え、ゆっくりと私に焦点を合わせる。


「……叩かれた。琴子が私を、叩いた。そんなのって変だよ」


「ねえ、弓!」


「そんなのって、変だよぉ!!!」弓が絶叫する。「やっぱり、琴子は変なんだよ。変、変変変変変、変だよ!!! でもだいじょうぶ、大丈夫だから!」


 弓が足を高く上げ、ヨウセイの死骸に向かって勢いよく降ろす。ぱしゃっ、という音とともに鮮血が飛び散った。弓が足を上げる。赤い液体が、ねとぉっと尾を引く。

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