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妖精虐殺遊戯  作者: 全数
第1章 妖精虐殺遊戯
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第3話 来訪

 扉から顔を出したのは荒巻という化学教師だ。この生物部の名ばかりの顧問だ。まだ二十代前半で、精悍な顔をしていることもあり、一部の女子生徒からは人気があるらしい。彼は狭い部室の中を眺めると、だるそうに問いかけてきた。


「あー、お前ら。入月(いりつき)のやつ、来てないよな?」


「入月先輩ですか? 今週はまだ見てないですけど」と榎本さんが答える。


(ゆみ)がどうかしたんですか?」と私は答える。


 入月弓は二年生で、この生物部の部長だ。荒巻先生は彼女の担任教師でもある。彼はポケットから煙草を取り出して咥えた。校内は禁煙だがお構いなしだ。


「あいつ今週、学校来てねえんだわ。それも無断欠席。家に電話しても誰も出ねえ」


「……弓が? そうなんですか?」


「ああ。まだ進路希望調査票も貰ってないしな。なあ、安曇。お前あいつと仲いいだろ。様子見ついでに回収してきてくれないか」


「……そうですね。様子も気になりますし、このあと見に行ってきます」


「そうか。頼んだぞ」


 荒巻は煙草を机の上の灰皿に押し付けると、部室から出て行った。


「これ毎度片付けるの嫌なんでんすけど~」と榎本さんが嫌そうに言う。


「……生物は部員も少なくて、荒巻先生に担当してもらわなきゃ顧問不在になっちゃうからね」


 私は課題をバッグにしまい、椅子から立ち上がる。


「ごめん、今日は先に帰る。私、弓の様子を見に行ってくるから」


 私が部室から出て行こうとすると、後ろからバッグを掴まれた。振り返ると、榎本さんが不安そうな顔を浮かべている。


「榎本さん?」


「あの、先輩……。やっぱり私……あまりここに来ないほうがいいですかね?」


「ん? 急にどうしたの?」


 普段は元気いっぱいな榎本さんが、珍しく不安げな表情だ。言葉の意味が分からず、思わず首を傾げてしまう。何がどう繋がってそんな話になったのか。


「いや、だってほら……入月先輩って、最近、部室に来ないじゃないっすか?」


「確かに……頻度は落ちてるかも」


 去年、まだ一年生のとき生物部は私と弓の二人しか部員がいなかった。そのときは毎日二人してこの部室に入り浸っていた。しかし二年になってからは弓は部室にあまり来なくなって、休日のフィールドワークにもあまり参加しなくなった。


「二年になって課題も増えたしね。忙しいんじゃない?」


「その……私は、その原因が、私にあるんじゃないかって思うんすけど」


「え? 榎本さんに? どうしてそうなるの? 私のいないとこで喧嘩でもした?」


「いや、そういうわけじゃ! ないですけど……」


「……榎本さん。私ってそれほど察しのいい人間じゃないの。何か思うことがあるのならはっきりと教えて欲しいなって思うけれど」


「……いえ。別に安曇先輩がそう言うんならいいんです! 私の思い違いかも!」


 もう一度尋ねても、榎本さんは首を横に振るばかりで答えてくれなかった。私は何か気持ち悪さのようなものを残し、部室を後にした。


 入月弓の自宅は高校から自転車で十五分ほどのところにある。後ろには大きな山が連なっており、秋は紅葉で綺麗に染まって見ごたえがあるのだけれど、この時期はセミの騒音で鬱陶しい。


 どんと構えられた大きな数寄屋門。その前には車庫や自転車置き場があり、私は車の横に自転車を停めた。


「何度来ても大きな家……」


 弓とは小学校からの付き合いだが、家に来るたびその大きさに驚かされる。門の奥には石畳が続き、和風庭園が広がっている。マツが生えそろい、小さな枯山水や、錦鯉の泳ぐ池もある。昭和よりも前、弓の家はこのあたり一帯の大地主だったらしい。今は管理の問題でほとんどの土地を売り飛ばしてしまい、古くからのこの家を残すだけだ。これだけ広いのにお手伝いさんは雇っていない。両親と弓、そして母方の祖父母でここに暮らしている。


 私は門の横にあるインターフォンを押そうとした。


 と、そこで視界の端を何かが掠めた。


 羽の生えた、白い生き物。


 蝶か何かかと思って横を見ると、木陰にいたのは――ヨウセイだった。


「……え?」


 頭が真っ白になる。


 薄緑色の身体に細い手足。体長十五センチはほどと比較的大きい。背中から生えた四枚の羽をはばたかせふわりと舞っている。ヨウセイは門を飛び越えの庭へと入っていった。


「……」


 突然の事態に、私は呆けてしまった。ついさっき、榎本さんにヨウセイが簡単に見つかるはずなんてないと言ったばかりだ。まるで現実味がない。


 大きさからしてリンモクヨウセイ科の一種ではないか。人里に近い山間部、里山などに生息している種だ。こんな真昼間に、民家の近くで姿を現すなんて。動画を撮っていれば全国ニュースになっていたくらい珍しい出来事だ。


「いや、そんなはず……」


 私は眉間をつまんだ。自分の見た光景が信じられない。今日は三十五度を超える気温だし、夏の暑さが見せた幻覚なのかもしれない。


 動悸が治まらずその場で立ち尽くしていると、数寄屋門が内側から開いた。

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