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妖精虐殺遊戯  作者: 全数
第1章 妖精虐殺遊戯
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第2話 部室にて

 生物部の部室は、彗聖(すいせい)学園高等部南校舎の第2化学実験室の横にある。部室とはいっても物置のような部屋で、実験器具だとか、採取してきた植物の種子や、動物の骨格標本が置かれている。狭いけれど静かな場所で、放課後は部員のたまり場となっている。もっとも部員は二年生二人と、一年生の三人しか在籍していないのだけれど。


 私はいつものように、扇風機をかけながらホームワークをしていた。ファミレスや図書館は人の目が気になって中々集中できない。そのため、私は放課後はいつもこの部室で勉強をしている。この小汚いけれど静かな空間が私は好き――。


「あっずみせんぱーい! せんぱいせんぱいせんぱーい!」


「……」


 その平穏は秒で壊された。部室に飛び込んできたのは生物部の後輩、一年の榎本(えのもと)香音(かのん)だ。身長は150に満たない女子の中でもさらに小柄な彼女だが、まるで小学生男子のように常に元気溌剌だ。彼女は手にスマホを持っている。


「なに、どうしたの榎本さん?」


「みってください、これこれ! とーんでないものを見つけちゃいました、私~!」


 彼女の差し出した動画を、私は眺める。表示されているのはSNSで、動画が表示されている。彼女が再生ボタンを押すと、動画が流れ始めた。


「なにか希少動物でも映ってるの?」


「もう、本当に希少ですよ! きっと先輩びっくりしちゃいます!」


 屋外……緑が生い茂る野山での映像のようだ。カメラの向く先、大木の影に何か動物が浮かび上がっている。トンボのように宙でホバリングしているがサイズは大きそうだ。丁度陰に隠れて姿は上手く見えない。


 撮影者の「やばいやばい! エグいて!」という興奮した音声が響く。


「次ですよ次~!」榎本さんがにやつきながら言う。


 木陰から姿を現したのは四枚の羽根を持つ人型の生物――ヨウセイだ。若干緑色の肌をしたヨウセイは、四枚の羽根を同時にはためかせている。


 撮影者がヨウセイに近づいていくと、ヨウセイの顔がこちらを向いた。ヨウセイは羽を大きく動かして、ぱーっと空の向こうへと消えていく。


「あ、ああ~っ!」


 と撮影者の落胆する声が響き、動画はそこで終わった。

 

「……」


「どうですか!? どうですかこれ!? ビックリしたでしょ~!」


 榎本さんは腰に手を当て、えっへんと胸を張る。


「榎本さん、これ……」


「日本で生きたヨウセイの動画が撮影されるなんて本当に久々ですよ!? もう私、お昼休みに見つけてびっくりしちゃって! しかもこれ、撮影者のアカウント見るに県内に住んでます! もうもう、これはぜひぜひ生物部としては行くしかないんじゃないですか!? 夏休み遠征はここで決まりです!」


「榎本さん……残念だけど作り物だと思う」


「でしょうでしょう……って、え!? に、偽物ですか!?」


「うん。ビッグフットや宇宙人の解剖動画と同じ」


「ビッグフットは本物でしょう!!?」


「あ、うん。そうだね……」


 ピュアか。


「とにかく、これは偽物である蓋然性が高いと思う」


「え~? どうしてそんなこと分かるんですか? この緑色の体色、私は野山に生息すると言われてるシバヤマヨウセイだと思うんですけど……」


「羽の動かし方」


「羽?」


「そのヨウセイ、四枚の羽根を同時に動かしているでしょう。それは実際違う。これまで撮られたヨウセイの映像を見ればよく分かるけれど、実際は上翅二枚を先に動かしてから、遅れて後翅二枚を動かす。四枚を同時は典型的な捏造動画」


「あ……」


「あと、最後にヨウセイが木陰ではなくて太陽の下を全力で飛んでいくのも少し気に入らないかな。メラニン色素を有していないヨウセイが太陽光の下で活動することはほとんどないから」


 私がそう言うと、榎本さんは俯いて、身体をぶるぶると震わせている。しまった、折角面白い動画があると私に教えてくれたのに、理詰めをしすぎたか。


 と思ったが、顔を上げると榎本さんは目をキラキラと輝かせていた。


「すっごいすっごい! さっすが安曇先輩です! 私、全然気づきませんでした! さすが全国模試トップの常連です! びっくり!」


「……なに、そのわざとらしい褒め方」


「その先輩に折り入ってお願いが! 私の課題もやってくれると嬉しいんですけれど……」


 榎本さんは抱えたバッグから課題を取り出した。


「急に話が変わった……。それくらい自分でやりなさい」


「は~い」榎本さんは口を膨らませる。「あーあ、それにしても面白い動画だと思ったんですけどね」


「そう簡単に見つからないでしょう、ヨウセなんて。私も生体は見たことないもの」


「私もですよ~。にしても、先輩って、生物全般に対して知識あると思ってましたけど、ヨウセイにも詳しいんですね。ヨウセイの話なんてしてるとこ見たことなかったけれど」


「……」


 ヨウセイ。


 嫌な記憶が脳裏をよぎり、私は思わず顔を顰めてしまう。


 私が今まで話題を出さなかったのは当然だ。私は意図的にヨウセイの話題を避けているのだから。本やテレビでも、でもヨウセイの名が出るだけで飛ばしてしまう。


 幼い頃に展覧会で見た三体の剥製と、次いで起こった母の死。


 無関係とは分かっていても、記憶の中でその二つは結びついてしまっている。結びつけないようにしよう、と意識した結果なおさら絡み合ってしまった。


「でもでも、夏休みは遠征行きましょうよ先輩! 絶対に私たちでヨウセイを見つけましょう!」


「だから、そう簡単に見つかるものじゃないでしょう」


「いやいや、実は見つかるかもしれないんです。安曇先輩、妖精の道(フェアリーロード)って知ってますか~?」


「大量のヨウセイが一列になって、道を作るように空を飛ぶ現象のことでしょう?」


 ヨウセイの特異的な行動の一つだ。何を目的とした行動かは分かっていないが、繁殖行動の一つなのではないかというのが通説だ。


「そうです! 日本では過去十数例しか目撃例がないんですけれど、その一つは五十年前に県内で起こっているんです! そこへ行って、ヨウセイ絶対ゲットじゃぞ~!」


「そう、頑張って」


「先輩も行くんです~!」


 榎本さんは私の肩をがたがたと揺らしてくる。やめてほしい。酔う。


 そのとき、ノックもせずに部室の扉が開いた。

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