転職希望の魔導士へ
魔導帝国の片隅に、そのセンターはあった。
塔の形をした建物に掲げられた看板には、こう記されている。
「国家認定 魔導職業適性診断・再配置所」
扉を開いたのは、闇属性の魔導士・ガルド。
全身を覆う黒衣の下に、彼は疲れ切った表情を隠していた。
「……もう、人を傷つけたくないんです」
受付の魔導士は、眼鏡越しに一瞥をくれる。
「第一志望は?」
「光の聖職者……治癒魔法が使えれば、人の役に立てると……」
申請書に記された過去の戦歴。
“第三次エスラン戦線”“深層都市グラル殲滅任務”
魔法行使件数:七百七十七件。
死亡者:六百三十四人。
しばらくして、静かに告げられる。
「不合格です。魂の色が……黒すぎる」
次の職もだめだった。
「炎の料理人」では、調理魔法が爆発した。
「植物術士」では、栽培した草花が猛毒化した。
再び、ガルドは窓際の椅子に座り込む。
ふと、隣に座った初老の男が声をかけてきた。
「占い師は、試してみましたか?」
「……未来を告げるなんて、大それたことを俺が?」
「逆です。あの職は“真実を隠す”才能が要るんですよ」
その言葉に、ガルドの瞳がわずかに揺れる。
⸻
数日後。
街角の小さなテントの中、黒衣の男が座っていた。
前には、怯えた表情の青年がいる。
「……どうでしょう、明日の運勢は」
ガルドは水晶玉に手をかざし、ゆっくりと口を開く。
「心配はありません。あなたの未来には、幸運が満ちていますよ」
青年は安堵して去っていった。
男はひとり、光の差さないテントの奥で目を閉じる。
彼は知っている。
その青年の村は、明日、魔獣の群れに襲われる。
彼がその予兆を感じ取れたのは、かつて幾千の命を奪ったからだ。
けれど彼は言葉を選び、真実を濁した。
誰かを傷つけずに済む職業など、この世界にはなかった。
ならせめて――最後に渡す言葉だけは、優しいものでありたいと願った。