説教
「前の形どりもお願いしたいんだが…」
そんなに改まって頼まなくても、私はやります。
先程は、粘土の硬化時間の早さに驚きましたが、2回目は慌てません。それに手形と全体では硬化スピードの感覚が違うのもわかりました。
コツは、固まりだしても、慌てないです。
後ろはもう粘土汚れだけど前は綺麗なまま。
だから、今度こそ慌てないで商品の精度にこだわります。
シルフィは粘土を再び板に投げつける。少し店内が粘土で汚れてしまったが、シルフィなりに工房感が際立って良い感じかもと、前向きな考えをもっていた。
「いきますよ〜。えい!」
身体のぶれはない。綺麗に粘土におさまった。固まり出しても慌てない。
(息、息が出来ない!)
…………
「続きは明日でぃ。あ〜腹減った。」
私が粘土の硬化で身動きひとつ取れない状況で息継ぎもできなく意識が遠のいていくなか。裏口から師匠の声が聴こえてきた。
「おまえ…粘土で死に急ぐんじゃねえ!」
ドランは客の前で粘土に埋もれているシルフィを見て焦り急いで粘土盤からシルフィの身体を引き剥がした。
ゴロタに事情を聞いて、彼には帰ってもらった。
そして、今はシルフィに注意ならぬ、お説教を始めたところだ。
「金額の大きさで、やる気をだすな。」
お店はゴロタさんに帰ってもらって本日は店じまい。そして、私は店内の椅子に座らされ濡れた布で師匠から身体に付着している残粘土を拭いてもらっています。
「今から、風呂沸かしてたら粘土がどんどん固まら〜。」
我慢しろ。私は師匠の命に従って我慢していますけど…
「ひゃあ!」
耳とかいきなり、ゴシゴシされると身体がくすぐったくて声が漏れます。もう少し優しくしてほしいです。
「自分を売りモンにするんじゃねぇ。」
確かに師匠の言う通りだ。なんとなく気がついていたんです。あの二人の客は工房よりもエルフを見に来た感じに。二人とも目線が…興奮気味だったから。
そして私は…売り上げの為に、彼等の欲を利用してしまった。自分が今できる貢献度と彼等の下心を天秤にかけた。
結局、私にも下心があった。そう思われても仕方がない。
「自分の技量を売りモンにしろ。」
シルフィの、ぴんとした耳が少し垂れ下がってしまった。ドランの言葉が胸にささる。自分は焦り過ぎで、後先を考えていない駄目弟子なんだと落胆した。
「だがな。金貨1枚は上出来だ。なかなか1日で稼げる額じゃねぇ、たいしたもんだ。」
金貨は偽物の流通も多いそう。昔、人間達が持ち込んだのが原因らしいけど、師匠の目は誤魔化せない。指で挟んだ金貨を眺め私の手に返してくれた。
「これは、お前にやる。明日は1日暇をやるから、この街がどんなものなのか、自分の目でしっかりみてこい。」
師匠は、一緒に来てくれないの?
垂れ下がった耳と不安気な表情の私をみながら師匠は、最後の残粘土が付着しているお尻を勢いよく叩いた。
「ひゃあ!」
お尻に手を当て飛び跳ねた私を見ながら、いつもの豪快な笑い声をだしている師匠。
「俺は仕事だ。」
明日はひとり。私は急に安心感を失いました。
そして、弟子になって1日目が終わりました。
夕飯は師匠がドワーフの普通のスープだと言って、ゴロゴロのお芋が沢山の私にはしょっぱい味覚の料理でした。台所はドワーフサイズで私には狭いから気を使って料理をしてくれたんだと思います。
お風呂もありましたが私には半身浴サイズの木製の浴槽でした。
そして、寝床も通路の床にお布団を敷きました。ベッドだと脚が出ちゃうし…
私はお客さんではなく弟子なんです。屋根があるだけ有り難いと思っています。
「背中大丈夫か?」
おはようございます。私は慣れない寝床で師匠より目覚めが悪かったです。
弟子のくせに…師匠より遅いのは駄目。
明日からは気をつけて起きないと。
「俺は裏庭だ。夕方まで帰ってくるなよ!今…忙しいんだ。」
弟子の私が、おやすみで師匠は仕事。
本当に、これで良いのかしら。
天気も良い。お店の作業着をきて私は街にでました。
でも、目的がありません。初めて街に来た時は鍛冶屋の看板だけ探していました。
あの時と今は違います。何をしたら良いかわかりません。
「あら…もしかしてドランさんのお弟子さんかしら?」
露店で、お酒を売っていたドワーフさん。どうして私のことを知っているのだろうか。
私は不安気に近づいた。無視をしても良かったけど、師匠の名前がでたから私を嫌がってはいないのではと思ったのと、誰かに目的を、与えてほしい打算も有りました。
一番の理由は振り返ると、工房が見える安心感がだけど…
「貴女…お名前は?……そうシルフィちゃんね。ようこそ
ジルコラールへ。」
無料なんですか?まだお昼前だけど声を掛けてくれたドワーフの女性が私にお酒が入った小さなグラスを差し出しました。
「ようこそって気持ちよ。飲んで。」
お酒はあまり得意ではないんです。でも…ご好意は無碍にはできません。
「ありがとうございます。」
「そこの椅子に座りなさい。」
通りを見ながらの、お酒。工房で師匠が仕事をしている音も、ここなら聴こえます。それにたぶんお仕事に向かっているドワーフさん達も良く見えます。
なんだか…私だけ朝からお酒を飲んで悪いことをしているみたいな気分です。
「10年も旅をしていたのかい。」
露店のドワーフさんが話しかけてくるので、ご好意のお返しに質問に応えています。
「なるほどね。形見の短刀を直してもらいたくてね…」
このドワーフさんは私の話しをしっかり聞いてくれる。それなら今度は私が彼女にお返しします。
「むりしなくて大丈夫よ。」
むりなんかしていません。私は生まれて初めて自分からお酒を注文しました。得意ではないけど、日差しを浴びてお酒を飲む。
…気持ちは悪くないです。
「姉御。いつもの頼む。」
「あいよ!」
どうやら、常連さんが来たようです。
「おまえさん。エルフか!」
せっかくのご好意の前で揉め事はしたくない。邪魔なら私は去ります。
「ようこそジルコラールへ!」
先程と同じ流れ…ドワーフさんがお酒の入ったグラスを私に差し出しました。
「ほう。ドラン氏の弟子ときたか!」
いつの間にか椅子の前にテーブルが設置されました。
そして、鶏肉を揚げたものがでてきます。
「おう!俺は向かいの飯屋のもんだ。差し入れだ。」
気がつくと私はジルコラールへようこその言葉を何度も何度も言われました。
テーブルには空グラスの山…そして周辺は知らないドワーフさんだらけ。立ち上がりたいけれど足元がおぼつかない状態です。
「師匠は…私をおまえって呼ぶの!!」
「失礼だ!」
「俺なら神と呼ぶ!」
私は知らず知らず…愚痴を出すようになっていました。でも周りのドワーフさん達が私に賛同してくれるから、
ついつい…調子にのりました。
「短足のくせに!」
「俺も短足だ。」
「ワシも!」
感謝しかないのに…どうして私は愚痴るのか分かりません。でも口に含んだお酒がもっと吐き出せと言っているような気がしたんです。
「お尻の肉付きが良いんです私!!」
「ゴク…」
「…ゴク」
生唾とお酒がドワーフ達の酔いを加速させていきます。
そんな時、工房のランプがつきました。たぶん師匠の仕事が終わったんだと思うんです。
…帰らなきゃ。でも…椅子からお尻が離れません。私は前に向かう意思があるのに、お尻が言う事をききません。
「ぢじょ〜う‥‥ぇ。」
「おまえは何をやってんだ!」
いつもより外が騒がしいと師匠が表にでてきました。
私は泣きながら師匠と叫んでいます。
正直、朝からお酒を飲むのは楽しかったです。周りのドワーフさん達は皆…良い人。
でも、私は師匠と一緒に居たいんです。
たった半日…近くにいる師匠に会えないだけで…
私は泣きます!
「すまねぇな皆。こいつは泣き虫でひとりきりが長かったみてぇなんだ。でも俺が立派に育てるから良くしてくれや。」
ドワーフ達は、何も言わず親指を立てています。そして私は師匠に抱えられて工房に戻りました。
小さいくせに私を軽々と抱える師匠。
私は…眠くなってきました。
お説教は明日聞きます…だからそのまま優しく運んで下さい。
すごく居心地が良いんです。