粘土
「弟子を取りました!っと。」
作業着ならぬメイド服を身に纏ったシルフィの横で、筆を執るドラン。どうやら入り口の前に貼るようだが、その内容をみて貼る必要があるのかと疑問が生まれた。
「皆に報告は大事だからよ。」
それから、店の中を掃除していたが、はっきり言って…
暇だった。
「俺は裏庭で仕事をしている。店番を頼むぜ!」
外から、ハンマーの金属音とはまた違う作業音が響き渡る中、私は人生初の店番をしています。正面の扉が開いたら…きっと仲の悪いドワーフが私を見て嫌そうな顔をすると思うと、不安で一杯です。
「御免下さい!」
パイプチャイムが店内に響きました。今日初めてのお客さんです。緊張しますが、私のドラン工房で初めての接客。嫌がられてもお店の為に頑張ってみます。
「回覧板で〜す。」
回覧板?買い物じゃないの。
「ご苦労さまです。」
私は回覧板なるものを受け取りドワーフを労いました。初の接客は、お客さんではなくドラン工房のご近所さんでした。
「お、おぅ…」
やはり私を見て反応が悪くなりました。用は済んだ筈なのに狭い店内をウロウロしています。
「き、きみ。これはなんだい?」
ご近所さんの手に粘土材で模った手形のレリーフが有りました。私も初めてみます。
「これ…売り物ですか?」
「いや…それを、君に聞いているんだが?」
私って、やっぱり新人ね。お店に置かれているものの価値が分からないなんて…
「少し、お待ち下さい。」
私は急いで、裏庭の師匠のもとに向かいました。庭には大量の木材が積まれていましたが、幸いにも木材の隙間からボサボサ頭が見えたので、直ぐに師匠に確認が出来ました。
「師匠〜。この手形は何ですか?」
私の声に、作業を止めて額の汗を拭う師匠。
手形を手に取りグハハハと笑い出しました。
「これは俺の手形だ。粘土材が大量に余ってよ。冗談でドラン店主の手形って名前で売り出したんだが、やはり適当は駄目だ。誰も買わねぇ。それがどうした?自分も作りたいならカウンターの下の粘土材使え。あ。直ぐに固まるから気をつけて使えよ。」
ドラン店主の手形…
「わかりました!」
師匠は再び木材の陰に隠れてしまいました。そして私は急いでお店に戻ります。ご近所さんを持たせるわけには行きませんから。
「こちらは、ドラン店主の手形です。お値段は…」
私なりの師匠への意思表示。ドラン師匠は指を立てる仕草が多い。だから私も…
私はご近所の前で、人差し指を立てて、ご近所さんの目を見て目くばせをしました。目くばせは女性らしさを主張したかったからです。別に気持ち悪いと思われても構いません。
これは師匠への尊敬を意味しているから。
「銅貨…銅貨1枚か?」
私は提示された金額を否定しました。師匠の手形が銅貨1枚なんてあんまりです。
「銀貨です。銀貨1枚の価値があります!」
やっぱり、商売は難しいです。私が提示した金額を聞いて、ご近所さんは手形を元の場所に戻してしまいました。
「き、きみの手形はないのかい?あれば銀貨1枚で購入したい…なんて言ってみたり。」
私の手形で良いの?
師匠がいった通り机下には粘土が積まれていました。これを使って、私の手の形をとれば師匠と同じ手形ができるのよね?
これくらいなら…弟子の私でも作れる。
………「ありがとうございました。」
どうしよう。本当に売れちゃった。
あのご近所さんは、私の手形で大丈夫なのかしら。もし戻ってきたら師匠の手形を渡そう。やっぱり私の手形は師匠のより粗が目立つもの。
シルフィは初めてお店の売り上げに貢献した。ご近所さんがシルフィの手形を購入してから数時間が経過し、もう少しで日暮れの時間になる。
あれからお客さんは誰もきていない…
「暇って言っちゃだめ!」
独り言を呟くシルフィはカウンターで頬杖をつきながら初めて売った商品の対価の銀貨1枚を器用にカウンターの卓上でまわしていた。
「エ、エルフさん。聞いてるか?」
私って、新人のくせにもう気が緩んでいた。駄目な新人ね。パイプチャイムの音を聞き逃し、お客さんが目の前にいたのに、気が付かなかった。
私が店主だったら、お説教よ。新人のくせに気が緩みすぎだって!
「あ、あのよ。あんた、バッグに手形売っただろ?」
バッグ…さん?
知らない名前。でも手形を売ったのは、ご近所さんしかいないから…あのドワーフさんがバッグさんね。
「売りましたが何か?」
もしかしたら、あの手形が良からぬことに利用されたのかしら。でもお客様を無碍には出来ない。だから少し冷たくあしらいます。
「俺は商店街を纏めているゴロ組のゴロタだ。」
ゴロ組のゴロタ…全然知らない名前。でも街の商店街の元締めだと自称するなら…それなりの有名ドワーフかしら。
「あのよ〜…俺の前でバッグがよ。あんたの手形を自慢するんだ。」
私の手形の自慢?
あの手形を自慢する意味がわからないです。
………はあ。
それでいいなら…でも金額がおかしいと思います。
ゴロタさんは私の全体の形が欲しいらしいです。私としても、お店の為に辞さない覚悟があります。
後ろ姿に金貨1枚。前だと、金貨2枚なんです。
私の姿を形どるだけで、金貨3枚はおかしい。
でも、私はやります。お店の蓄えはあれば有るほどいいんです。
「少し…待ってくださいね。」
とりあえず、ブロック状の粘土を裏口の壁際にかけてある板に…投げつけます。
たぶん、これくらいなら私の姿がおさまると思います。
あとは、せっかく頂いた作業着を…脱ぎます。
お客さんに肌着姿は見せたくないのですが、お店の方の好意を粘土で汚したくないんです。
里が無くなった時に私は生きる為の強さを求めました。
肌着姿で狼狽えるとは思わないで!
「ひゃあ…あ。」
勢い良く粘土盤に突撃したら粘土が飛び散ると思い、ゆっくり…ゆっくり、粘土盤に仰向けになってみたら…
冷たさとムニュムニュした感覚に思わず声を出してしまいましたが、私は動きません。
ゴロタさんが口を開けて少し締りのない顔で、此方をみていますが私は今、商品製作の為に絶対に動きません。
「…あ。直ぐに固まるから気をつけて使えよ。」
裏庭で師匠に言われた粘土の注意点も、もちろん覚えています。でも…直ぐにって、曖昧だと思いました。
「引っ…引っ張ってーー!」
何で…どうして…あんなにムニュムニュしていた粘土が背中からバリバリ音を鳴らすんです。
そして…背中がヒリヒリします。
「エ、エルフさん。大丈夫か?」
私の心配はしないで商品の確認を急いで下さい。
貴方が納得しないと売るにも売れません。
でも、引っ張って頂いたのは感謝しています。
結局…こうなるのよね。
デュエンダ鉱石の採掘場で私は気がついたから。
私ってお尻にお肉集まる体質なの。
引っ張ってもらって背中から上はひび割れて形になっていない。そしてお尻だけしっかり形になっている。
これじゃあ…売り物にはならない。
焦り過ぎね私は…
「あ、ありがとうございます。」
こんな半完成品が…売れてしまいました。しかも、ゴロタさんが喜んで眺めています。
たぶん、このドワーフさんも良いドワーフさんなんだ。
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