笑顔
「う…ん〜…おわ!!」
夜が明け日が昇る。そして、野宿をした二人も外套の中で目覚める。その中で冷静だったのはシルフィ。そしてシルフィの腕の中で目覚めて驚いたのはドラン。
ドランの反応を見て、失言の仕返しができたと内心喜んでいるシルフィは笑顔だった。
「あんたのおかげで、今日中には採掘場につきそうだ。」
予定より早く採掘場に到着できそうなのは、シルフィのおかげで危険地帯を難なく抜けれたことが大きい。
「あんたが弟子なら俺の店は繁盛しそうだ。」
なんてな。と最後に言葉を付け加えて豪快に笑うドラン。シルフィは彼の冗談話しと思いながらも、少し先の自分を考えてしまった。
この依頼が終わったら私はどうする?
誰も居ない里にもどるの?
そうだ。他の里を探しましょう。エルフの里は大陸に何箇所かあると父上が言っていた。
でも…エルフは穢れを気にする種族。魔族に襲われ滅んだ里の生き残りは、きっと厄介者にされる。
人の領地には行きたくない。
ましてや魔族領なんて、もってのほか。
ドワーフの国に居続ける?
この仲の悪い種族と共に暮らす…
シルフィは自分の先の事を考えていなかった。
ドランがお人好しだから、ドワーフも悪くないと思っていたけど、それはドランしか知らない私の勝手な妄想。
依頼がずっと続けば良いのに。
「よっしゃあ。あんたには世話になりっぱなしだが、こっからは俺の出番だぜ!」
小さな洞穴が多数見える岩山。どうやら、この場所がデュエンダ鉱石の採掘場のようだ。
「あんたは入り口で待ってな。そんなデカい身体じゃ穴には入らねぇ。」
………………くっ。
シルフィはドランより先に洞穴に入り込んだ。小さな穴は確かに私の身長だと難しい。でも最初から地べたに手足をつけて進むことはできる。
四つん這いなら大丈夫。
「だから…入り口で待ってろって言ったんだ。」
シルフィのお尻が穴のサイズを超えてしまった。坑道でお尻が引っかかり先に進めない。後ろも振り向けない。
絶対絶命の危機にドランの背後からの嘆きに再び怒りが込み上げるシルフィ。
「あなた…あなたが私をデカい身体と馬鹿にするから、こうなってしまったのです。女性にデカい身体とは失言の極みです。謝りなさい!」
ドワーフが掘る坑道が普通より小さいのは、わかっていた。でも彼のデカい身体発言が私に火をつけた。
でも結果はお尻が私の前進の邪魔をした。
だから彼の言ったことが正しかった。
「あっ。やめて…触らないで。」
お尻に太もも…ふくらはぎに足首。私の下半身を満遍なく触る彼の硬い手のひら。
助ける為に引っ張ってくれた事は感謝するが、シルフィは膝を抱えて洞穴前で完全に拗ねてしまった。
「見張り頼むぜ!」
ドランの言葉に膝に埋めた顔を小さくふり、反応を見せるシルフィ。しばらくすると洞穴の奥からツルハシで壁を崩す音が聴こえてきた。
きっと何か見つけたんだ。
もし、デュエンダ鉱石なら、この依頼も終わりに近づいていることになる。
形見が直るのは嬉しい筈なのに、どうして胸がもやもやするのだろうか。
入り口に戻ってきたドランの手にあったのは紫色に輝く結晶だった。そして彼の笑顔でシルフィは察した。
これがデュエンダ鉱石なんだと。
それから二日かけて私達はドワーフの街に戻ってきた。帰りも行きと同じだった。
ドワーフ限定の危険地帯をシルフィが難なく突破してくれる。互いを、あなた、あんたと呼び合い会話をする。
唯一、行きと違うのはシルフィが干し肉の食べ方が少し様になったくらいだろう。
「別に明日でも…」
外はもう暗い。ランプの灯りがともされた店内でシルフィの折れた短刀とデュエンダ鉱石をカウンターに並べるドラン。どうやら今から修復作業にとりかかるようだ。
「私も見たいです…」
工房には客は入れない。これはドランの一族の掟。もし技法が盗まれたら先祖達に顔向けが出来ない。
でもシルフィは素材を一緒に採りにいった客だ。
だから見届ける資格はあると思ったドランはシルフィを工房内に案内した。
「狭いだろ。悪いが隅っこで見てくれ。」
ボサボサ頭を隠すかのように頭に布を巻き汚れた前掛けの結び目を治す。厚手の手袋は所々継接ぎがされている。
決して綺麗とは言えない。でもシルフィは理解した。
これが彼の正装なんだと。
狭い室内の大半を占める鍛冶炉に火を入れるドラン。火力を上げる為に石炭をどんどん入れていく。
そしてデュエンダ鉱石を台に乗せて炉の中に入れた。
デュエンダ鉱石に熱を入れている間に折れた短刀の刀身部分のバリを削るドラン。シルフィには目もくれず黙々と作業をこなす。デュエンダ鉱石を取り出しハンマーで叩く。その感覚を元に再び炉にデュエンダ鉱石を戻し再び熱する。
「同じ鉱石でもな、個性があるんだよ。」
シルフィに言った言葉か独り言か、シルフィはわからなかったが彼女は黙ってドランの作業を見ている。
何度も繰り返した作業でデュエンダ鉱石は原型を留めることは出来ず赤く熱を帯びた形状へと変わっていた。
「良し、鍛造に移るか!」
荒々しく振り下ろすドランのハンマー。デュエンダ鉱石からは火花が散るがドランは振り下ろす力を緩めない。
工房内に響き渡るドランのハンマーからの打音。
シルフィは音に聞き入れていたが、その感にデュエンダ鉱石の形状が短刀の刀身へと変わっていく。
そして、再び炉にデュエンダ鉱石を半分だけ入れたドラン。既に額から大量の汗が流れていた。
その姿を見たシルフィは無意識に自分の服の袖を使い汗を拭いていた。
本当に無意識…どうして汗を拭いてあげたのか?
そんな理由を探すこともない程、シルフィもドランの作業に集中していた。
「おう!」
たぶんドランからの、ありがとう。と言った意味がある言葉。ドランは今、集中している。だからシルフィは、それ以上の言葉を求めない。
炉から取り出した半分赤く焼けたデュエンダ鉱石。
ドランは折れた短刀の繋ぎ目を鉱石に重ねた。
再開された力強いドランの打ち込み。鳴り響く打音と繋ぎ目からブレない綺麗な打痕。素人のシルフィが見ていてもわかる。ドランが鍛冶師としてどれ程の高みにいるのかを。
「繋がれ…まだだろ。生きろ。守れよ。…守りたいんだろ!彼女を独りにするなよ。なあ…シルフィを守れよ!」
だからドワーフと仲良しにはなれないんだ。酷い人。
彼が短刀と会話をしていた。まるで生き物と対話をしているようだった。
何が長くて覚えられないよ!私の名前をしっかり呼んだじゃない。嘘つき老けドワーフ。
ついでに短足も追加よ。
銅貨1枚の仕事に命かけて馬鹿な人。そんな短足じゃ、あの川に流されておしまいよ。
私が居て良かったでしょ!
それなのに、私のお尻も触って…誰にも触られたことないのに。穢れたら嫁にもいけないんだから。
疲れているのに、そのまま仕事してさ…そんなに早く私と別れたいのかしら。
嫌い。やっぱり絵本の内容と同じよ。ドワーフなんか大嫌い。
だからお願い。嬉しそうに繋がった短刀を私に向けて笑顔を見せないで…
涙が止まらなくなるから…