年齢
「ハンマーは、護身用…ツルハシは採掘用…!まてよツルハシを護身用に代用したら荷物の軽減になる!」
ドランは遠征用の荷物の準備をしている。その様子を店内の小さなテーブルに出されたお茶を口につけながら見ているエルフの女性。
「やっぱり俺からハンマーは、はずせねぇぜ!」
何かに納得したドランの荷作りが終わり、デュエンダ鉱石を求め、二人は店を出た。
【一週間ほどおやすみ致します。誠に申し訳ございません】
誰も見ねぇけどなと笑いながら店の扉に貼り紙をするドラン。エルフの女性は再び外套を纏い容姿を誤魔化していた。
「あんた…わざわざ容姿を隠すんじゃねぇ。暑いだろ今時期は。」
エルフとドワーフは仲が悪い。だから無駄な争いは極力避けたい。そう思うからこその外套なのだが、ドランは外套を嫌がる。
「ドワーフとエルフの関係を気にしてんのか?そんなの気にすんな。あんたは俺の大事な客だ。何かあれば俺が守ってやる。こうだ。こう!」
ハンマーを振り回し絡んでくるドワーフをなぎ倒す素振りを見せるドラン。お客さんの気持ちの面もフォローしているつもりのようだ。
「気持ちは嬉しいのですが、これは、外でも雨風をしのげますので、このままでいます。」
そう言う理由があるなら仕方がない。ドランはエルフの女性の意を汲むことにした。
「せっかくの美貌を街の皆に見せて男のステータスってやつを上げてみたかったのによ…なんてな!」
エルフの容姿を好む者は確かにいる。とくに人間は酷い。エルフを商品として攫っていく。奴隷の目玉はいつもエルフだ。
でもドワーフは違う。そもそも、価値観、美意識が合わない。森を愛するエルフ達に対しドワーフは森を切り地に穴を開けたがる。
美意識もそうだ。小さく丸いものを好むドワーフには、すらっと伸びた背筋に目鼻立ちがはっきりしたエルフは美の反対側に位置する。
だから、御世辞でもエルフを美しいとドワーフは言わないのに…
どうして、この人は平気でこんな事を言うのだろうか?
尖った耳先が赤くなるエルフの女性。私はエルフの中で美しいとは立場的な御世辞でしか言われたことがないのに…
外套があって良かった。彼に赤くなった耳をみられなくてすむから。
「ドラン。どこに行く?」
顔見知りのドワーフに声をかけられたドラン。既に器用に壁際の積み木を登り、雨漏りがする場所の補修作業をしている。
私の短剣も種族も直ぐに見破ってしまった。彼は状況判断が他の人よりも優れている。それ以外の考えはこの時はでなかった。
「助かったぜ!礼だ受け取ってくれ。」
自身の背丈とほぼ変わらない酒樽を担ぐドラン。さすがに今回の仕事には邪魔なんじゃないかと彼女は質問をしてみた。そして実にドワーフらしい答えが返ってきた。
「こいつはただの酒樽じゃねぇ。旅の友だ。」
思わず笑ってしまった。これは彼に依頼したことだから私がどうこう言うものではないけれど、酒樽担いでいたら、どんどん私達の距離が開いていく。今は彼のペースに合わせることを最優先にしよう。
「はぁ…だいぶ進んだな。」
街道外れにある小さな小屋。どうやらドランはこの小屋を本日の宿泊場所にするようだ。
(何がだいぶ進んだのかしら。)
小屋の入り口で振り返るエルフの女性にはまだ目視ではっきりと街の風景が見えていた。
「さぁ友よ。飲み明かそうぞ。」
まだ出逢って間もないのに、彼は私を友と呼んでいる。
私は名前でも呼ばれていないし、貴方が鍛冶師だと言うこと以外知らないのに…
さすがに、友と呼ぶなら名前で呼んでほしい。
「私のことは、あんたではなくシルフィと呼んでください。名前で呼び合うのが友です!」
外套を外しドランに気持ちを伝えたシルフィ。
哀しさしかない人生を変えるためには自ら強い意志を相手に伝えることも大事な行動である。
「…う~ん…友よ。」
空の酒樽に抱きつきながら、寝言を口走るドラン。旅の友と呼んだ酒樽を既に飲み干した彼の寝顔は実に満足気だった。
一方…名前で呼んでと自己主張したシルフィは、すべて自分の勘違いだったと気がついた。
異性とお泊りも初めてだった。しかも価値観の合わないドワーフ。狭い空間で空の酒樽を抱いて寝ている彼に私は何を期待していたの…
外套は雨風を凌ぐのに役立つと言いましたけど、恥ずかしい気持ちを隠す効果もあるんです。
だから私は、この外套の中で寝ますね。恥ずかしい気持ちも隠してくれるので。
翌朝、もやもやした気持ちだったのはシルフィ。そして体調がもやもやしたのはドランだった。
「今日中に危険地帯にはいるぜ!」
気合いを入れるのは、良いこと。でも今日の彼は脚元がおぼつかない。昨日は酒樽を担いで遅くなり、今日はそのお酒が抜けなくて、よろけている。
「あ、もう…しっかりしてください。」
特別…力持ちではないけど子供を背負うと思えば。
シルフィはドランを背負った。身長差だけ見ると母と子供だ。
でも実際、彼は年上だけど。
ドワーフとエルフは長寿の種族だと言われている。
共に平均寿命は五百歳ほど、仲が悪いのに生きる時間は同じ。
「すまねぇ。歳をとると酒に弱くなるんだ。」
「何歳なんですか。ドランさんは。」
自然と名前を呼べたシルフィ。昨晩ひとりで恥ずかしいおもいをしたから心が強くなった。
「今年で八十三だ。」
ドランを背負うシルフィの脚が止まる。そして確認のために、もう一度ドランの年齢を聞き直した。
「八十三だ。八十三歳!」
(え。私、百三歳なんだけど…)
ドワーフは基本老け気味な容姿をしている。そしてエルフは若々しい容姿をしている。
「あんたは何歳だ?まだ若いだろ。」
「女性に歳を聞くとは、なにごとか!」
いきなり怒り出したシルフィに驚いたドラン。
彼女の怒りじみた荒く力強い歩き方で失言をしたと反省していた。