幼子
「帰れ。バカヤロー!」
店内に響くドランの叫び声。シルフィを弟子に取り10年の月日が経過していたが、ついにシルフィが破門となる日が訪れたわけでは…ないようだ。
店内の奥からシルフィが現れる。そして腕の中には、まんまるお目々が可愛らしい首が座ったばかりの小さな幼子が抱かれていた。
オギャー。
ドランの怒鳴り声に驚いたのか、抱かれた幼子は小さな握り拳をつくり泣き叫ぶ。
「またですか?最近多いですね。」
シルフィの声に振り向くドラン。泣き叫ぶ幼子を見ながら、大声で驚かせてすまないと謝っていた。
ドワーフの国ジルコラール。王政国家の小さな国は今…
あまり良くない方向へ向かっているようだ。
魔王領と人間領に挟まれたこの国は、領国の争いの渦に飲み込まれていようとしていた。
「戦争、戦争。街の噂はこの話ししかねぇ。」
確かに最近は、街の中を歩いていても戦争の話ししか聞かない。いつもの商店街の入り口には【集え英雄達よ!】と書かれた軍隊への募集看板が目立つ。そしてドランの工房には軍備強化の為に武器製作や付与の依頼が日々殺到しているが、ドランはそれを毎回追い返している。
「戦争は嫌いですか?」
私の言葉に師匠は何かを思い出すように工房の扉を見つめていた。
「20年前に父と兄が戦争に行って…帰ってこねぇんだ。」
20年前…魔族達が私の里を襲撃した時期と同じ。そんなことが師匠にあったなんて…知らなかった。
「兄貴も親父もよ。鍛冶師でな軍の戦地軍備修復隊の一員として参加したんだ。俺は…未熟だから残れって話しでよ。」
珍しく…そして寂しそうに過去を語り出した師匠。私は幼子をあやしながら私用の椅子に座りました。
何方の属国か滅びか。戦争は独立を維持する為に起こった。魔族も人間もドワーフ達が反攻してくるのが予定外だったらしく。戦争は膠着した。
結局、魔族と人族は互いの誇りの為に紙切れ1枚に印を押して和平なんて言葉で戦争を終わらせた。おかげで、ドワーフの国は残った。領国より多大な被害を出してな。農村地帯は荒れ果て地は枯れた。外だけは無傷に見える国も人材を多く失った。どんどん空っぽになっていく国でも、20年で戦争を知らない子が育つ。
そいつらに戦争を残したくねぇ。
ドランは椅子に座るシルフィに抱かれた幼子に、手をかざす。優しく撫でるドランの厚い手。
とても肌触りが良いとは言えないドラン手…しかし父親の手なら幼子は許して受け入れるだろう。
そう…父親の手なら。
「オギャー!オギャー!」
再び泣き叫ぶ幼子に慌てるドランと、あやしつけたばかりだと苛立ちを見せるシルフィ。なかなか幼子と関係性が上手くいかない。
「ドランさん。すみませんっす!」
勢いよく、お店のパイプチャイムを鳴らしたのは近所の若者のバッグだった。片目が腫れ上がり満身創痍な雰囲気をだしているが、後ろのドワーフの女性が二人に頭を下げて店内に入ってきた。
「マナナさん。どうかバッグを許してあげてくれないか?」
すみませんとマナナと呼ばれた女性がシルフィから幼子を受け取る。不思議なものだ。ドラン達の前では泣き叫ぶ幼子だったのにマナナの腕の中では笑顔をみせながら手を懸命に動かしている。
「許し…ません。でもこの子のためです。」
シルフィが抱いていたのはバッグとマナナの息子だった。数年前に結婚した二人の間に産まれた子供。
シルフィはドランと一緒に二人の式に呼ばれた。初めてみたドワーフ達の結婚式。シルフィは感動して思わず、大量のお酒で式場内を師匠、師匠と泣き叫ぶ醜態をさらしたから忘れたくても忘れない思い出がある。
「グリルを見てくれてありがとうございます。」
マナナは頭を下げて店内をあとにした。扉を閉めたあとに聞こえた…
「はやく来いや。この浮気者!!」
の声が、今回ドラン達が幼子を預かった理由だ。
「いなくなると…さみしいものですね。」
「そう…だな。」
シルフィの腕の中には幼子の温もりが残り。
ドランの手にも幼子の温もりが残った。
互いに向かい見つめる二人。
「付与の作業終わったか?」
「まだです。」
「はあ?もう3日目だぞ。これだからケツがデカいんだ。」
「今の発言は…めっ!」
どうやら、バッグ夫妻のような進展は何もないようだ。
シルフィは自身の工房に戻って、作業にとりかかる。一応10年間でシルフィの鍛冶師付与士の評判も少しドワーフの国に広がりつつある。
【防臭耐性】この付与だけ。10年で新たな付与を覚えたわけではないが女性陣から防臭耐性付きの衣類の注文が殺到している。正確には、酒飲みの味方から商品に付与してくれと依頼されているのだが、売れば直ぐに完売する人気がある。
だから、付与前の衣類が大量にシルフィの工房内を占拠している。
師匠に頼むと、逃げるなと怒られる。師匠を工房内に呼ぶと汚い部屋だと私の心をえぐりたがるから、私は今、繁忙期なんです。
だから、鍛冶師の修業は停滞気味だし。新しい付与の練習時間なんかないのよ!
自分の成長の妨げ理由を探して正当化して気持ちの整理をするシルフィ。
見た目同様…気持ちも10年前と大した変化はないようだ。
「ドラン。これは王直の命令状だ。」
「うるせぇバカヤロー。」
店内からの騒ぎ声。また兵隊さんが来たのかしら。
シルフィは散らかっている工房の扉を優しく閉める。強く閉めたら衣服の山が崩れて納期順がわからなくなる心配をしていた。
「またですか。師匠?」
私の声に反応はない。普段の兵隊さんの装備より装飾が多いプレートメイルの兵隊さんを中心に、いつも見る兵隊さんが師匠を囲んでいた。
「お前らは学習せんのか。バカヤロー。」
「王国騎士団長に大して、バカヤローとはなんだ!」
囲んでいる若いドワーフ兵がドランに苛立ちを見せる。背中の斧に手をかけて、ドランに殺気を飛ばすなかで、ドランは慌てる様子もなく騎士団長と呼ばれたドワーフに怒りをぶちまけていく。
「お前が騎士団長?随分衰退したな騎士団も、そんな力量で戦争するとか、王は幼子とすり変わったのか?」
「お、おのれ〜。たかが鍛冶師の分際で!」
若いドワーフが振り上げた斧。それはもう殺意の表れ。
ドランは相棒のハンマーを握る。何方も攻撃が当たれば
無事ではすまない。
「この、クソ鍛冶屋!!」
団長の制止も無視しドランめがけ斧を振り下ろす若い兵。ブカブカのヘルムが大きく揺れ動く。こんな状態でドランが見えているのだろか。
「危ない!」
私は前に言われた言葉を思い出します。
「こうだ!こう。」
師匠が私を助けると言った言葉…
それは私だって同じ。あなたに何かあったら私は哀しくなりますので、だから…
「こうで、こうです!」
私の剣技は刺突が主体の流派。だから剣は突きに特化した形をしている。それで師匠に向けられた斬撃を受け止めようとは思わない。横から斧の腹をついて機動をそらす。
それが私ができる最善の反撃。
若いドワーフ兵の手に斧は無かった。そしてドランに斧が届くことも無かった。
壁際に突き刺さる細剣を抜き上げるシルフィの足元に腹が丸く抉れた斧が落ちていた。
目にも止まらない刺突を繰り出し、ドランを守ったシルフィ。弟子になって10年。ようやく師匠の役にたてたと自己満足に浸るが、その心地よさも直ぐに消えてしまった。
「師匠。師匠〜。兵隊さんの斧壊しちゃいました。治りますよね?穴あいてますけど。コアは大丈夫ですよね。私…まだコアとか良くわかんないです。」
シルフィは鍛冶師としても…偶にズルをしながらドランの元で10年間修業しているが知識に対し、未だに鍛冶師の芽はでていない。
「これ。師匠が治しますよね?師匠のお客さんですもんね!」
殺気だった店内で1人騒ぐエルフの女。兵達の呆気にとられた表情を見る余裕は今のシルフィには無かった。
「師匠〜。助けて下さいよ〜。」




