珍客
「直ぐにできるから、座って待っていてくれ。」
店のカウンターでクワの刃先の破損部分を確認し、奥の工房へ向かった小さな男性。
店内にまで響いてくるリズム感の良い金属音。
この店は、ジルコラール国内で唯一の鍛冶屋、
ドラン工房。
ドワーフの国ジルコラール。
昔は沢山いた鍛冶師も魔族領や人間領の待遇の良さに国を捨てドワーフ独自の鍛冶学を流出させてしまった。
そうなると鍛冶学の心得を習得した多種族がわざわざドワーフの国に鍛冶依頼を頼むことは無くなってしまった。
だからドワーフはドワーフのプライドの鍛冶を捨てた。
そんな中、国内でほそぼそと鍛冶職を代々受け継いできたドランの一族。
待遇の良さにも、積まれた金にも興味を示さずハンマーにドワーフのプライドを込め店の暖簾をまもっていたが
時代が時代だ。
現店主のドランは、日々の生活の為にプライドよりも、真心を優先させる優しい鍛冶師として日々ハンマーをふっている。
「直したぜ。確認してくれ。」
クワを持ち込んだ農夫に修理したクワをかえすドランは額からの汗の滴りを首にかけた手ぬぐいで拭いている。
「ほぇ~。見事なもんだ。まるで新品みてぇだ。」
グハハハ!
厚手の手袋を外し、それは言い過ぎだと笑うドラン。
「お客さん。褒めても俺はビタ一文まけねぇ男だ。」
身長には不釣り合いな大きなマメだらけの手を握り、人差し指を立てるドラン。
その仕草で農夫はクワを握りしめて身体を仰け反る。
「金…金貨1枚?」
これだけの見事な修復力。確かに金貨1枚の価値はある。しかし、初めから金貨1枚だと知っていたら街の雑貨屋で新品を購入したほうが、ずっと安上がりだ。
「金貨?何言ってやがる。銅貨だ。銅貨1枚だ。」
これが銅貨1枚。街のパン屋の黒パンと同じ値段…
農夫は安すぎる修復費にクワを握ったまま黒パンの不人気理由の固さと同様な固さとなる。
「おっと。サービスってやつをしないとな。」
カウンターからでてきたドランは固まっている農夫が握るクワの柄を指でなぞっていく。
「体力軽減を付与した。また何かあったらきてくれな!」
…………「まいどあり!」
ドランの工房をでた農夫は街中を歩きながら、理解が追いつかず独り言が止まらなかった。
「クワに…付与?付与って金貨何枚も必要な高等技術だよ。クワに付与…クワに付与…クワ…クワに…」
ぬおおお〜〜〜!!
あまりの嬉しさに農夫は街中を走り出した。早く畑を耕したい。このクワを早く試したい。
修理の為に街を訪れた農夫は今日の仕事を休んだ。でも体力軽減を付与されたクワのおかげで遅れを取り戻すことができた農夫。
全然…疲れない。
彼は農業の楽しさを改める。そして、他の農夫に早く自慢したくて仕方がなかった。
農夫の興奮などつゆ知らずのドラン。あの農夫以降、客が来なくて退屈そうにカウンターで頬杖をしながら、今日の収入の銅貨1枚をカウンターで器用に回していた。
「暇の極みってか…」
独り言と窓の外からの街の声。これが何時ものドランの日常だ。
「す、すまない。」
独り言と暇さで店のパイプチャイムの音を聴き逃していたドラン。カウンター前で、だらけきった姿を客にさらしてしまった。
「あっしゃい!」
反応と、挨拶を混ぜてしまったような言葉を客に返してしまったドラン。こんな慌てようでは客も足元をみるだろう。
「今日はどういった要件で?」
外套を纏い容姿の判断が見分けづらいが声質で女性だとは判断できる。彼女の外套の隙から取り出された布に包まれもの…
「短刀か、折れているな。」
中身を確認しないで状態を判断するドランに驚いたように手が止まる女性。そしてドランは外套の隙をしっかり見ていた。
「エルフの嬢ちゃんが何の用だ。この国には居づれいだろうが。」
正体がバレた。それなら、こんな暑い日にわざわざ外套を纏う必要もない。潔く外套を脱ぎ改めてドランに改めて依頼をするエルフと呼ばれた女性。
「シルフィ・レグル・アルバーインだ。そなたに折れた剣の修復を頼みたいが可能であるか?」
布を取り外し中身を確認するドラン。破損状態を見て考え込んでいる。
「刀身の半壊‥欠損。デュエンダ鉱石?…いや問題は付与死だ。……駄目だ。読めん。…何の付与つきだった。」
エルフの女性の悲しそうな顔。本来、種族間の仲がよくないドワーフとエルフ。それを互いにわかっていて工房を訪れたエルフ。わけがある。だからドランは無碍には扱わない。
「問題が二つある。この短刀の主素材は、デュエンダ鉱石。これが中々のレア鉱石でな。市場には滅多にでねぇ。そして俺の資産じゃ買えねえ。あんたが立て替えてくれたら助かるが、そもそも市場に出るかわからねぇ。なら、自ら取りに行くってのが俺の答えなんだが、一週間は店を閉める。」
エルフの女性の表情を見ながらドランは話しを続けていく。
「場所は…まあ危険地帯ってやつなんだが俺の見立てでは、あんた…腕が立つな。護衛を頼みたい。」
見透かすようなエルフの女性への品定め、腕が立つと言われ腰の細剣の柄を握る。
「そしてもうひとつの問題は、付与死だ。この剣の付与が既に死んでる。俺が同じ付与をできれば良いが、破損状態が酷くて解読不可能だ。もし良ければ、あんたから教えて欲しいのだが、俺の付与技術が足りなければ、この剣は本来の力は取り戻せない。どうする。」
豪快に椅子から滑り降ちるドラン。いきなりカウンターから姿を消したドランを心配そうに覗き込むエルフの女性。
決して背が低いために足が体勢を支えれなかったわけではない。この転倒は彼女が発した付与の名前が原因だった。
「慈愛と愛執」
これは付与できる能力がある者は誰でもできるが、ひとりでは出来ない。相方…つまり妻となる人が必要。
結婚の証。付与できる者が行う儀式的な行いで一般的な行いで言えば指輪の交換に該当する。
「すまん。斜め上の付与で驚いた」
カウンターの縁につかまり再び立ち上がるドラン。折れた剣を見てエルフの女性に確認する。
「両親の形見か?」
唇を噛み締めて小さく頷く彼女。装飾品で大体の想像はついていた。彼女はエルフの里の長の娘だろう。
「魔族達が大量に押し寄せてきた。皆は…私を庇って…」
せめて形見くらいは直したい。彼女の意思はしっかりドランに届いた。
あとは値段の問題だ。
マメだらけの大きな手を握り人差し指を立てるドラン。
「金貨じゃねえぞ。銅貨。銅貨1枚だ!あとはまけねぇぜ!」
エルフとドワーフは仲が悪いのは昔からの話し。エルフの里で読む本はいつもドワーフが悪者だった。でも目の前にいるドワーフのおじさんは私より背も低いのに目線をしっかり合わせて話してくれる。
大変だと言う割に、代金は銅貨1枚。子供のお小遣いより少ない値段。詐欺ドワーフのお話しも聴いたことはあるけれど、あんなマメだらけの手を見せられたら仕事を手抜きする人には見えない。
分厚いエプロンは切子と汚れだらけ。顔もすすだらけ、でも、この人は今まで見た人のなかで一番お人好し…
そんな気がする。
ドワーフの店に現れたエルフ。ドランから見たら間違いなく珍客。
それでも、ドランにとって彼女は大事なお客様だった。