神隠し
久々に小説を書いてみました。
誤字脱字があったらすみません......
東京都、雑司ヶ谷駅から徒歩数分。鬼子母神西参道に面する喫茶店の真裏に細々と経営する探偵事務所「霧島」がある。様々な色の花が足元の小さな花壇に芽吹き、白いだけの殺風景の壁に彩り与えている。入口の隣には「探偵事務所霧島」と控えめにかけられている。綺麗な街並みにそぐわない品のある外装だ。
都会というのも相まって客足はそう悪くはなかった。日々何かしらの仕事に追われる日々を過ごしている。とは言え、仕事の内ほとんどは浮気調査がその半分以上を占める。しかし、まれに「人探し」を依頼されることもある。警察に調査を要求しても、事件性が無い場合ほとんど断られるそうだ。そのおこぼれを、この探偵事務所が受け持っているわけだ。が、ほとんどの場合見つからない。なんせ、事件性が無いということは自発的に失踪したということだからだ。その場合は見つけだすのが非常に困難極まりない。失踪者が誰かと連絡をしていれば、その人間とコンタクトを取り探すことができるかもしれないが、計画性の高いものだと難しい。ほかにも、認知症や精神疾患を抱えている人間もどこを探せばいいか皆目見当もつかない。そんな中、探偵事務所「霧島」に人探しの依頼が舞い込んできた。
水曜の昼下がり、平日ということもあり客足が途絶えていた
中、女性客が入ってきた。
「こんにちは」
彼女は軽やかなカーディガンを羽織、中には黒いトップスが控えめに主張し、洗礼された雰囲気を醸し出している。幾何学模様の刺繡されたロングスカートと首元の真珠のネックスレスが女性の品の高さを保っていた。年齢は四十代後半層に見えるが肌も美しく手入れされているのが分かる。
「いらっしゃいませ。どうぞおかけください」
私は女性を客間にあるソファーへと腰掛けさせ、面と向か合う形で私も座る。
「本日はどうされましたか?」
「えぇ、ちょっと相談しいことがありまして…… 」
女性は少し言いづらそうに話し始める。
「わたしの息子を探索していただきたくてですね」
女性は依頼の内容を淡々と話し始めた。
息子さんの名前は「山崎弘人」。年齢は二十七歳。某有名医療販売店として働いているとのことだった。彼が行方をくらました理由、そしてどこに行ったかが今でもよくわからないという。その為、私たちのもとへとやってきたという。
「警察へは行かれましたか?」
「えぇ、ですが一般行方不明者として受理されてしまいまして。一度様子見として放置されてしまったんでよ」
何となく予想はしていた。行方不明には多きく分けて二種類ある。一般行方不明者と特異行方不明者だ。一般行方不明者は事件性が乏しく、自らの意思で出ていった場合だ。特異行方不明者は事件性や緊急性が高い場合に判断され、早急に探索が開始される。中でも未成年は特異行方不明者として受理されることが多い。この場合二十歳を超えていて、失踪の原因に事件性が関与していないと判断されたので一般行方不明者として相手にされなかったのだ。
「ですので、お願いします」
女性はそう言うと深々と頭を下げた。
「私どもとしても最善を尽くさせていただきます。よろしくお願います。」
発見できる確率は極めて低いが、仕事柄断れない。それに困っている人を助けるために、この業界に入ったのだから見捨てるわけにはいかない。
「失踪した時のことを詳しくお願いします」
女性は神妙な面持ちで話し始める。
「息子は、医療薬品の営業部門で働いていました。その日も弘人はいつものように会社へ出かけたのです。会社にもちゃんと出社していたことは分かってます。しかし、営業のため、会社を出て行ってから行方が分からないのです」
「会社に不満があったとかは?」
「いえ、そのようなことを普段聞いたことがありませんでした。就業時間もちゃんと守られていますし、周りの方々とも良好の
関係であったと伺っています」
「それは、本人の口から?」
「えぇ、それに同僚の方々や上司の方にも伺いましたので」
「人間関係ではない。となると…… ん~。仕事上のストレスとかですかね?」
「それもないと思います。契約数は徐々に上がっていって周りの方々にも褒められていました。それに、弘人が『今の会社に入社出来て良かった』と言っていました」
「何か心当たりはありませんか?なんでも構いません。情報は多いに越したことはありませんから」
「…… 一つ。実際に関係あるかはわかりませんが、一か月前くらいに変なことを言ってたんですよ」
「なんと?」
「独り言でしてね。家を出るときに、焦った様子で『返さなきゃ返さなきゃ返さなきゃ』ってずっとしゃべっていたんですよ」
「ほう。仕事の何かで?」
「分からないんです。弘人の私物を漁っている際にもこれといったものは見つけられんせんでした」
「ん~。ほかに心当たりはありませんか?」
「…… 。思いつく限りは…… 特にないですね」
「そうですか。ちなみにいつ頃失踪されましたか?」
「つい二週間前のことです」
これは困った。二週間もたっているとなると、もう捜索範囲もないに等しい。とりあえず、息子さんの持っているものの中でためになりそうな物を探してみるか。
「あの、息子さんの携帯やパソコンなんかは見ましたか?」
「携帯は弘人が出社する際に持って行ってしまいました。家にはノートパソコンならありますけど、なんせ使い方が分からない物でして…… 」
「暗証番号さえ分かればこちらで調べさせていただくことは可能です」
「分かりました。こちらで一度調べてみます」
その後は、特に進展なく「こちらも探偵としても身分で動けるところまでは挑戦してみみる」とだけ伝え、この日は一度帰ることになった。
二日後、再びこの事務所へ女性が足を運んできた。どうやらパソコンの暗証番号が分かったらしい。それでこちらにノートパソコンを持ってきた。かなり年期の入ったノートパソコンで家では完全に趣味として使っていたらしい。「何かわかったことがあれば再び連絡が欲しい」とだけ言い、この日は帰っていった。
パソコンの中身を確認してみても、これといった手掛かりはない。入っているソフトに特段変な物は入っていなかった。
「普段使っているサイトとかって確認しました?」
隣から私の後輩である堀下が話しかけてきた。彼は今年から入ってきて人物で、まだまだ知識も経験を少ない。でも、人一倍
やる気はあるようで毎日元気のいい挨拶を出社時に交わしてくれる。最近の私の日課であり、ささやかな楽しみでもある。
「サイトか。調べてなかったな」
私は後輩の助言通り、息子さんがブックマークしていたサイトを片っ端から閲覧していく。
「ん?これは?」
どうやら彼は個人ブログをしていたらしい。日記調に書かれていてかなりの量だ。
七月十四日
はぁ、取引先で失敗した。誤字だ。しかも、よりにもよって一番大切な数字の部分をミスしてしまった。会社に戻ってこっぴ
どく叱られたし、もうこの仕事を辞めてしまいたい。
七月十六日
今日は休みなのに、会社から連絡が入った。出社してくれと。ごり押しでリモートにしては貰ったが、上司に小言を言われた。
七月十八日
今日の訪問先でも居留守をつかわれた。イライラしたから、ここで鬱憤を晴らす。まず、汚ねぇ廃ビルみてぇな見た目のマンションに行ったんだよ。まぁ、エレベーターなんて無いからよ、階段で態々上がったわけさ。上司に言われた部屋番に来てインターホンを鳴らしても無視。中から明らかに足音が聞こえるのに。しかも一人じゃない。複数人いる。まじでイラっとした。その後も、一件も契約が取れなくて、上司にまた怒られた。
七月十九日
やばい。仏像の頭を盗んでしまった。罪悪感が半端ない。
ここで書き込みが数件入っている。「盗んだ?w」「詳細求む」など。
それに答えるかのように書き込みが追加されている。
分かった。でも少し長くなる。
昨日と同じ、ルートを回るように上司に命令されたんだよ。んでさ、昨日の廃ビルみてぇな見た目のマンションに向かったら、警察が巡回してて呼び止められたんだよ。「何をしているのか。何をしに来たのか。いつから来ているのか」軽い質問攻め。なのにこっちが質問すると「関係ない」の一点張り。終いには「ここには近づくな」ってよ。イラっとはしたけど、警察に言われちゃぁ、営業はできないから、次の訪問先に向かうことにした。このことを上司に報告したら「別にいいよ。でも君今月のノルマまで結構あるよ?」と言われた。要は「行け」って言っているんだろう。
俺は仕方が無いから再度、時間帯をずらして訪問したら警察官は、おらずスムーズにマンションの駐車場まで入れた。前回
と同じ場所に行ってみるとドアが少し開いてたんだよ。失礼とは分かっていたけど、中を少しのぞいてみた。家の中には何も無かった。ドアの隙間からしかしか見れていないが、生活感が全くない。それに加え部屋の中も、お世辞には綺麗とは言えなかったね。玄関付近しか見れてはいないけど、廃ビルの見た目相応の部屋の中身と言えるわ。はっきり言って、ここに住む人間の気が知れない。まぁ、一様営業として来ているからインターホンを押した。当然の如く反応はなく、ドア越しで呼んでみても返事はなった。俺は、いけないとわかっていながらも、好奇心に駆られドアを少し、また少しと開けてしまった。中の様子が分かるようになるにつれて、その不気味さが良く分かる。壁紙は剥がれ、天井には穴が開いている。穴から骨組みが見えるほどだ。床も所々穴が開いていて、人が住んでいるようには思えなかった。気づけば俺は、部屋の中に足を踏み入れてしまっていた。廊下を進んでいくと、一番奥にきっちりとドアの閉められた部屋がある。これはいけないことだ、と自分に言い聞かせるにつれ、普段できないようなことに気持ちよさを感じてしまっている自分がいることに気づかされた。『入りはしない、見るだけ』。これを胸に刻み、部屋の扉を開けたんだ。仏壇だったよ。何もない部屋にただぽつんと置かれてたんだ。それに加えて、この部屋は傷一つない綺麗な部屋だった。よく見ると、青い木製の仏像が祭られており、お供え物もいくつかあるのが分かった。
その時、誰かが玄関のドアを開けてる音が聞こえた。俺はとっさにその部屋に入って隠れたんだ。でも、隠れられる場所な
んてクローゼットの中ぐらい。そこに入って隠れてた。結果から言うとバレなかったわ。出ていくまで一時間近く息を殺してた。話の内容もはっきり聞こえた。よくわかんないけど、「ご神体を移動する」みたいなことを言ってた。あの山の神殿がいいとか、こっちの山の本殿にしようとか。そんな話が聞こえて来たが知ったこっちゃない。んで、しばらくたった後部屋から出ていったから自分は窓から逃げることにした。けど、なぜか仏像が気になって仕方がなかった。俺は、自然と仏像に手を伸ばしてた。触れるか触れない位だったと思う。仏像の頭が落っこちたんだよ。なんでかは分からない。それに落ちた音で出ていったこの部屋の住人が戻ってきた。俺は焦って逃げようとしたんだけど、間違えて頭も一緒に持ってきてしまった。
これが経緯。
ここでブログへのっ書き込みは途絶えている。私の憶測では女性の仰っていた「返さなきゃ」っていう発言は多分これだろ
う。
「なんすか。これ。なんか後味の悪い書き込みっすね」
後輩は眉をひそめながら私に話しかけてきた。
「確かにな。でも、重要な手がかりだ」
「でも、これが原因で失踪したとは限らいですよ」
「もちろんだ。でも、何らかの事件に巻き込まれている『可能性』が出てきた。この青い仏像もそうだが、上司との関係もあま
りよくない。お客様の言っていた内容と矛盾する」
「確かに…… 」
「一度お客様に連絡しよう」
そういい、立ち上がった時の事だった。事務所の部屋に置かれた固定電話が鳴りだしたのだ。
「もしもし、こちら探偵事務所『霧島』です」
「あ、もしもし。先日お邪魔させていただいた山崎です」
「あぁ、これはどうも」
「あの…… ですね」
女性は一呼吸おいてから話始める。
「息子が見つかりました」
予想外の報告だった。てっきり事件にでも巻き込まれたのかと心配してしまった。
「よかったですね。見つかって何よりです」
「あぁ、ありが…… とうございます」
「ん?どうかされましたか?」
「あの…… 遺体となって…… は、発見されました」
何となく、予想はついていた。このブログを読んだときからそんな気がしていた。
「…… それは大変失礼しました」
「いえいえ、大丈夫です。急で申し訳ないです」
「あの~。このタイミングで言うべきではないかもしれませんけど」
「何ですか?」
「貸して頂いたパソコンに書き込みがありましてですね」
私は書いてあった旨を包み隠さず報告し、後日パソコンを返す約束をした。
「ありがとうございます。一度警察の方に報告してみます」
それ以降しばらくの間連絡はなく、数か月の月日が流れた。そんなある日ニュースを見ていると、あの息子さんの事件が放
送されていた。
「うわ、これって山崎さんじゃないですか。やっぱ警察も動いてくれたんですね。しかも、犯人も逮捕してる。これで一件落着
ですね」
「そうだな。そうだといいな」
ここで、一本の電話が事務所内に鳴り響く。
「はい、もしもし。こちら」
「私です。山崎です」
焦った様子で私に話しかけてくる。
「あの、今ニューでやってる。息子の件ですが、犯人は違います。そこに映っている方ではないんです‼」
「え?どういうことですか」
「あの人は違うんです。いや間違いではないかもですけど。あの、えっと」
「落ち着いて、何があったんですか?」
「えぇ、あの、今日、ポストに『薬師如来の頭部を返せ。警察へ報告した場合、殺す』という旨の手紙が入っていまして」
「あの仏像がまだ手元にあるんですか⁈」
「分からなあいんです。どこを探しても見つからなくて。お願いします。助けてください」
私は反射的に「もちろん」と答えてしまった。かなり危険な行為。下手したら自らの身も危険にさらす事になる。それでも、私
はこの人の頼みを断れなかった。
私はすぐに行動を開始した。まず、後輩をブログに書き込まれていたマンションへと向かわせ、私は遺体の発見された場所
に足を運ぶことにした。遺体が発見されたのは山崎さんの自宅から五十キロ以上離れた場所の山中であった。私は、すぐにこ
の周辺を手当たり次第探索し始める。しかし、これと言って目覚ましい発見はない。
しかし、轍から外れた草むらに発見したのだ。その「青い仏像の頭」を。
「あ、あった!」
ガサガサ
何かが草むらをかき分ける音が聞こえる。振り向くとフードを深くかぶった人がこちらを見つめている。目元は見えないが確
実にみているのは私ではない。私の持っている仏像だ。
「おい!」
フードを深くぶった人間はドスの効いた低い声を震わせ叫んだ。それにつられて奥の方から一人、また一人と似たような格
好をした人間が出て来た。
私はとっさに「マズい」と思いその場を逃げ出した。近くに止めている車目掛け走り出したのだ。足場の悪い轍を急いで駆け出す。
普段神秘的な山道でも、今は不規則に飛び出た木の根は私に逃げるなと言っているようだった。走り続ける。どんどん走り続ける。
「はぁ、はぁ」
一歩。また一歩と急いで駆け抜ける。しかし、車の停車してある方向からも一人人間が飛び出してきた。
「あぁ、こりゃ逃げ道が無い」心の中でそう呟く。それでも草むらをかき分けながら急いで山を下る。『どこかの道にさえ出れれば、誰かに会えれば助かる』。そう自分に言い聞かせ走り続ける。
その時、車の走る音が聞こえてきた。少しずつ大きくなるその
音は私に安心感と勇気を与えてくれた。
「はぁ、はぁ。あと。ああと、ほんの少しで!」
御鈴の切なくも美しい音の震えは部屋中に響きわたる。
「毎年ありがとうございます」
「とんでもないです。あの、ほんとに何と謝罪をしたら」
「い~やいや。先輩は人一倍お人よしでしたから。こういう結果になっても本望ですよ。きっと。それに毎年そんなことを言ってたら、先輩も浮かれないですよ」
僕はとっさに作り笑いを作る。昔から笑顔には自信があるのだ。それでも山崎さんは浮かれない表情をしてる。
「ほら、笑って!僕が先輩の意思を受け継いで頑張りますから!」