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元婚約者様がおっしゃるには、私が本物の聖女だったそうです。 〜捨てられ聖女は森でのんびりライフ……の予定〜

 



「っ――――!?」

「頼む!」

「嫌です」

「これ以上放置すれば国民に被害が……」

「…………ハァ。もぉ。仕方ありませんね。今回だけですよ?」

「ありがとう、フィー!」

「その名で呼ばないでっ!」




 ◆◆◆◆◆


 


 聖女教会が用意したらしい『本物の聖女様』とか名乗るご令嬢に、真っ黒な髪の毛は悪魔の色だとか、悪魔の化身だとか、聖女は卑しい下民からは生まれないとか、色々と言われて偽物の聖女という烙印を押された。胸に、焼印で。めちゃくちゃ痛くて涙が出た。

 そして、その時に聖女様から投げつけるように渡されたしわくちゃの紙は、婚約解消の証書だった。

 

 聖女教会で聖女候補として働いて八年。

 聖女だというお告げを受けて三ヵ月。

 金ピカの騎士様との婚約期間は四年。

 

 どれもこれも全部奪われて、王都追放された。

 王都を取り囲む壁の外側は魔獣や獣たちが沢山おり、普通の人間ならば直ぐに襲われて死ぬ。

 だけど私は普通じゃない。

 だって本当に聖女だから。

 胸に押された焼印は消した。

 本物なら治してみろと煽られたけど、なんだかもう馬鹿らしくて出来ない振りをした。


 追い出されてすぐに探したのは眠れる場所。

 王都の外に広がる魔の森のさらに奥にあった無人の小屋にしばらく寝泊まりしていたら、思いのほか居心地がよかったので住むことにした。

 魔法で小屋を修理し、畑を耕し、魔物を狩ってのんびり生きるのもいいだろう。


 そうして、魔の森の小屋に住んで半年。

 そろそろ王都の魔獣避け結界が切れるけれど大丈夫かなぁなんて思いつつ、庭で卵を拾っている時だった。


「やっ、やっと! やっと見つけた! フィー!」


 泥まみれのズタボロな姿で現れたのは、金ピカな元婚約者――ナザリオ様だった。


「汚っ! え、ちょ、近づかないで下さいよ」

「大切な話があるんだ!」

「っ、ハァ。もぉ、その汚いマント外して! 破れた服も脱いで! 水の精霊、お願い」


 …………こうして家に上げたのが間違いだった。




「彼女は偽物だ。皆、薄々は気付いていたんだ。だが――――」

「教皇がお金を落とす侯爵家の娘を据えたがったんでしょ?」


 仕方なしに出してやった紅茶を、金ピカ騎士様が美味しそうに飲んで、深く頷いた。


「あのジジィには、見えませんからね」


 この世界にはたくさんの精霊が飛んでいる。大なり小なり、様々な種類がいる。それらが心を濁したり闇に堕ちたりして野生動物と合体し、魔獣へと変化していく。基本的には人間の黒い部分を吸い取ってしまって起きる悲しい事件なのだ。が、人間には関係ない。魔獣は魔獣。討伐する対象。

 まぁ、美味しい魔獣もいるから、私もそこまで気にはしないけど。

 聖職者の殆どは精霊が見えるのに、教皇は一切見えないようだった。本人は見えている振りをしていたけど。

 

「結界が切れた」

「あー。やっぱり? そろそろだと思ったんですよね」


 金ピカ騎士様――サラサラな髪もキラキラな瞳も称号も加護も金だからそう呼んでいた名残りだけど、今はあんまり金ピカしてない。加護が薄くなってるよ? 大丈夫? ってそこはどうでも良くて、なんでこんなに頭下げてるの?


「戻ってきてくれないか」

「っ――――!?」

「頼む!」

「嫌です」

「これ以上放置すれば国民に被害が出そうなんだ……」


 そう言われると、弱い。

 身寄りがなく、大切な人もいない。だから、知ったこっちゃないと言えたらどんなに良かったか。


「…………ハァ。もぉ。仕方ありませんね。今回だけですよ?」

「ありがとう、フィー!」

「その名で呼ばないでっ!」




 王都の中には入らない。

 壁の外側から結界を張る。

 この場所を誰にもバラさない。

 

 そう約束させて結界を張り直した。王都の中での出来事なんて知らない。

 私は森の中で悠々自適にのんびりライフを満喫するんだ――――と、思っていた。


「…………また来たんですか?」

「あはっ」


 金ピカの騎士様が土気色の顔で小屋に現れた。

 聖霊の加護が消えてるけど? 何があったのよ。というか、その禍々しい呪いは何よ?


「偽物聖女を排除しようとしたら、呪われちゃった」


 アハッ、と笑う顔にはあまり生気がなく、立っているのがギリギリの状態に見えた。


「あぁぁぁ、もぉっ! 入って!」


 解呪して、浄化魔法を掛けて、ヒールも掛けて、ボロボロの服も直して、ご飯食べさせて、追い出した。


「ありがとう、フィー!」

「その名で呼ばないでっ」

「うん、ごめんね、フィー」


 金ピカの騎士様は人の話を聞かない。笑顔で手を振って帰って行った。

 婚約したときもそうだった――――。


『好きだ!』

『…………はぁ?』

『結婚しよう!』

『はい?』

『わぁ! ありがとう!』

『いえ、今のは疑問符が――――ちょ、聞いてます!?』

『毎日頑張ってる君を見てると、なんだか心が軽くなってね、ずっと話したかったんだ!』


 初めての会話がプロポーズで、なんでかそのままズルズルと流され、いつの間にか婚約確定しちゃったんだっけ。

 

 ――――あの人、アホなのかも。




 そんなこんな事件から一週間も経たない内に、金ピカの騎士様がまた来た。というか、玄関を開けたら倒れていた。


「何してるんですか? 土、美味しいんです?」

「足が折れて立てない。腕も折れてるっぽい」

「はぁ?」


 そういえば聖霊の加護が消えてたんだっけ。

 聖霊は精霊と違ってものすごく気難しいし、あんまり人前に出てこないから、再度加護をしてもらえるチャンスはほぼない、のが普通。


「もう夜になっちゃうから、泊めてくれないか?」

「はぁぁぁ?」

「流石の私も、夜の単独行動は死んじゃうよ。加護もなくなったし」

「あ…………気付いてたんですね。はぁぁぁ、もぉ。床で寝てくださいよ?」

「フィー! ありがとう!」


 破顔して抱きついて来ようとしたので避けた。

 



「うわぁ、美味しい! フィーの手料理は本当に美味しいよ! ふふっ、こうやってると、なんだか夫婦みたいだね?」

「……………………それを言う貴方の気が知れません」


 婚約破棄した相手に、普通言うかな?

 金ピカの騎士様の顔がきょとんとしているのもむかつく。


「婚約破棄、してないよ?」

「…………は?」


 じゃあこれはなんだと偽聖女から渡された証書を突き付けたら、笑顔で燃やされた。加護は消えたが多少の魔法は使えるらしい。


「私はしてない。ずっと君を愛してる」

「っ…………じゃあ……………………」


 じゃあなんであのとき助けてくれなかったの?

 あのとき止めてくれなかったの?

 すごく怖かったし、痛かった。


「あの場にいたくせにっ! ナザリオ様なんて大嫌いよ!」

「っ……うん。ごめんね」


 ナザリオ様は金色の瞳を細めて淋しそうに笑うだけだった。


「なんで言い訳しないんですか」

「うん。君を心から傷付けたからね」

 

 本当は知っている。

 あのときあの場にいた全員が偽聖女の呪縛を受けていた。思考回路が緩くなり正常な判断ができなくなって、命令されるがままになっていた。

 あのとき、私はナザリオ様を見て諦めた。

 聖霊の加護があるから反発できるはずなのに、しなかったナザリオ様。

 彼も、本物よりも地位がある相手のほうがいいのだろうと思った。


 私が勝手に傷付いていただけだった。

 何も確認せずに、何も抗わずに、逃げただけだった。

 冷静になって考えれば、分かるのに。たぶん彼はあの場にいる人々を守るために、動けなかった。


「言い訳、してよ」

「君に癒えない焼印を付けたから。これは私への罰だ。君に許されたら……止まれない」

「っ――――!」


 ゆっくりと伸びてきた手が、柔らかく頬を撫でた。そして、そのまま唇も。まるでキスをしているかのような触れ方で。


「…………傷は、消しました」

「消えない呪いが込められていたろう?」

「私、聖女なので」

「……………………確かめてもいい?」


 頬にあった手が下へと動いてゆき、指先が服の上を滑って胸元で止まった。

 ナザリオ様の瞳が、火照るような熱と不安で揺れていた。

 心臓がドクリと脈打つ。


 ――――何なのよ、コレ。


「っ、見せませんっ!」

「ん…………ごめん。頭冷やしてくる」


 小屋の外へと飛び出す彼の背中を見送って、床にヘタリと座り込んだ。

 腰が抜けてしばらく立てそうにない。


 

 

 □□□□□




 必死に探していた。

 艷やかな黒髪をひとつにまとめて、仕方なさそうに笑いかけてくれるフィオレンティーナ。


 加護してくれている聖霊に頼んでも、彼女の居場所は絶対に教えてくれなかった。きっとフィーのことで機嫌を損ねたのだろう。

 偽物聖女からフィーを助けなかったから。

 力では抗えた。

 でも、国王陛下や国民たちの命、そしてフィーの命も天秤にかけさせられた。

 手出しが出来なかった。あの時は。


 任務の間にこっそり魔の森を捜索し続けた。

 聖霊は、魔物との戦闘ではまだ手助けしてくれるようだった。

 日に日に加護が薄れてきている。

 王都の外を単独で探せていたのは、聖霊の加護があったから。

 加護が消える前に見つけないと!


 やっとのことで見つけ出した。

 辛い思いはしてないか、淋しい思いはしてないか、ひもじい思いはしてないか、そんなことを考えながら必死に探していた。


 ――――良かった、元気そう。


 彼女がいつも気にしていた結界の話を出した。あわよくば、戻ってきてくれないかという気持ちもあった。

 戻って来てはくれなかった。けれど、結界は張ってくれた。


 色々と約束した帰り際、「死にかけたとき以外は来ないでくださいよ?」と言われた。たぶんまだ死なないけど、偽聖女と戦ってたら呪いを受けたんだ。

 これなら逢いに行っても許してくれる?


 仕方なさそうに受け入れてくれた。

 ねぇ、フィー。お前なんて知らないって、切り捨ててもいいんだよ?


 フィーは優しい。優しすぎる。

 押し付けられた仕事を全部抱え込む。フィーは傷ついても、すぐに諦めてしまう。すぐに自分の気持ちを手放してしまう。だから、側にいたかった。

 側で笑顔で『大丈夫だよ』って言うと、つられて笑ってくれるから。

 ずっと笑顔を見せていたかった。




「づあ"ーっ」


 雰囲気に流されて危うく襲うところだった。

 フィーと、もっとちゃんと絆を結びたかったのに。




 王都の偽聖女問題は解決した。

 フィーが張り直してくれた結界で、徐々にあの女が弱体化して行ったのが大きかった。

 ずっと、根回しし続けていた芽は、しっかりと花が咲いた。


 偽聖女とわりと死闘を繰り返して、聖女見習いたちが半年かけて作った反魔法の牢屋に押し込めた。無能な教皇も拘束した。

 あとは聖女見習いたちが、教会を切り盛りしていってくれる。

 これ以上、フィーに重荷を背負わせない。

 それが皆の考え。


 ボロボロの満身創痍だったけど、急いでフィーの小屋に行った。

 体中にヒビが入ってるなぁと思っていた所に、魔獣の突進。


「あー……………………いまはやめてぇ……ちょ、死んじゃうから」


 這々の体でフィーの小屋に行ったら、また仕方なさそうに中に入れてくれた。


 ――――こんな男でごめんね?

 



「ハァァァァ」


 とりあえず、小屋の中に戻って、なんとか一緒に住む約束を取り付けよう。

 もう、離れたくない…………けど、フィーはそうでもなさそうだなぁ。どうしよう。




 ◇◇◇◇◇




 外から戻ったナザリオ様は妙にソワソワとしながら「さあて、明日も早い、そろそろ寝ようか!」なんてわざとらしく独り言。

 大丈夫? これ。

 私の森でのんびりライフの邪魔されない?

 え? ほんと、大丈夫!?




「消滅させますよ?」

「っ……ごめんね」


 朝になってナザリオ様が言ったのは、『ここに住みたい』とかの妄言。

 低い声でそう返事をすると、彼は淋しそうに笑った。

 昨晩と同じ淋しそうな表情が少し気にかかる。

 いままでもずっと底抜けに明るい笑顔だった。あだ名の通り、金ピカの。


「ごめんね」


 彼はそう謝るばかり。

 理由を言わない。


「なんであんなにボロボロだったんですか」

「ぅぅ…………」

「もじもじせずに言えっ!」

「偽聖女…………倒して幽閉した」

「はぃぃぃ!?」


 どうやらこの半年の間に、本当にいろいろと大変だったらしい。

 あのボロボロ具合は、そのせい?


「私が逃げたせいですね」

「違う! そうじゃないんだ。だから君に言いたくなかったんだけど……………………言わないとまた追い出されそうで……」


 まぁ……………………追い出しますね?


「君にばかり責任を負わせすぎなんだ」

「でも、聖女ですから」

「聖女だろうと、ひとりの女の子だよ? 聖女だろうと、私には守りたい存在だよ?」

「っ――――!」


 なんてことを真顔で言うんだ、この金ピカは。


「私は、フィーと婚約破棄してない。フィーと一緒にいたい。だから、ここにこのまましれっと住み着きたい!」

「いや、最後!」


 本音がダダ漏れすぎる金ピカの騎士様で、元婚約者様。


 元婚約者様がおっしゃるには、私が本物の聖女だったそうです。

 そして、ひとりの女の子でもあり、まだ婚約者なのだとか。


 私の森でのんびりライフ計画は、ちょっと変更が必要かも?





 ―― fin――?





「あ! 聖霊さーん!」

「へ?」

「戻ってきてくれたのかい!?」

『元サヤに戻ったんか』

「むふふ、やだなぁその言い方っ!」

『まぁええわ。また加護してやる』

「え! ほんとー? ありがと」

「いやまて。ナザリオ様、聖霊と話せるんですか!?」

「うん!」


 ――――そんなん、伝説の勇者レベルでしょうが!

 



 ―― fin ――




最後までお付き合いありがとうございました!

ブクマや評価などいただけますと、笛路が小躍りしますヽ(=´▽`=)ノ♪


↓下の方に過去作のリンクもありますので、ぜひっ!

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[気になる点] 悪魔という単語が出ていたけれど実在はするんでしょうか? 侯爵令嬢は悪魔ではなく魔法を悪用していた人間? [一言] 聖霊さまの軽い感じが好きですw 詳しく描写されていないし本人の喋り方…
[良い点] 主人公が結構ひどい事されているのに、話のテンポのよさと読みやすさでもやもやせず騎士様と末永くお幸せにと思えたこと。作者様のみせ方がうまかったです。
[良い点] 短編として、テンポよく話が進み、会話の言葉のチョイスが面白くて、ひどい目に合ってる主人公の悲惨さが続かなくてほっとする。 そのおかげでほんわかムードになれた。 [気になる点] 婚約者の彼は…
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