弟子入り
何とか冷静さを保てたまま一礼を終えた私はだったが、その時に抱いていた素直な思いは……
(マジでものごっつ怖かった)
だった。
始まる前から光夜少佐から激情が溢れているのが分かったので、心構えはできていたのだが……試合開始と同時に吼えたその気迫は、私が恐怖を抱くにはあまりにも十分すぎた。
確かに通っていた鹿島道場で、私は師範代に任命されたこともあって、他の門下生とは違った稽古をしていた。鹿嶋師範と刃引きされた真剣を用いての型稽古が、その筆頭だろう。
そしてその型稽古では、互いに互いを殺すつもりで殺意を抱いて切りかかることを、意識的に行っていた。ゆえに殺意をぶつけられるのも、ぶつけるのもやりなれたことではあるし、殺意が乗った真剣が、型稽古とはいえ体のそばを通ったことは多々あった。
しかし今の立ち合い相手は、長年FMEを殺してきた歴戦の勇士。当たり前だが、殺意の純粋さと強烈さでは、実際に異性起源生命とはいえ、幾百、幾千の敵を殺したことのある光夜少佐に勝てるはずもない。そのため私の心も縮こまってしまった。
しかも型稽古ではないので、どこを攻撃してくるのかわかったものではない。未来の高性能スーツとはいえ先ほどの攻撃を鑑みれば、普通に骨折するほどの怪我は負っていただろう。
それでも長年の修練の賜物ゆえか、体が勝手に動いていた。また、あまりにも単調な大上段からの振り下ろしであることも、体が動いた大きな要因だろう。気づけば普段通りに動いて、木剣を叩き落していた。
次の立ち会いも単調ゆえに対処しやすく、一度体が動いたことで心にもある程度余裕ができて、普通に対処ができた。失礼ながら光夜少佐が、剣術の腕前としては並程度でしかなかったために、私が軽くあしらったかのように見られたかもしれないが、それも無理からぬことだと、私は内心で思っていた。
(稽古時間では負けるはずがないからな)
そしてそれよりも、あれほどの殺意をぶつけられながらも、動けたことに驚きと違和感を覚えつつも……それでもあの殺意に飲まれず、体が勝手に動いたかのように対処していた。そのことに内心で驚きつつも喜んでいた。
(無駄ではなかったのだなぁ)
好きこそものの上手なれとは言うが、それでも平和な時代に剣術を磨くことの意味を、全く考えなかったといえば嘘になる。そしてその剣術が自らを助けてくれたのは、この世界に訪れてからずっと感じ続けていたことだ。
しかし今回のそれは違う。試合故に、実際に自らの役に立ったわけではない。ただ、恐怖に飲まれかけながらも体が普段通りに動いてくれた。それだけに過ぎない。そしてそれだけに過ぎないからこそ……私は心からの喜びを感じていた。
役に立ったわけではない。ただそれでも修練の積み重ねの果てに、動くことができたという事実。それが役に立ったわけでなくとも意味があったのだ。それがたまらなくうれしかった。
「時綱、終わりの言葉を」
「あ、あぁ。失礼した。これにて模擬戦を終わる」
惚けていた時綱中尉に、光夜少佐が声をかけて模擬戦を正式に終了させた。再び互いに一礼した。礼に始まり、礼に終わる。武道の初歩中の初歩であり、もっとも大事な精神と言っていいものである。道場の後輩や教えていた人たちにも口酸っぱく言っていたことだ。しかし情けないことに、私の心の中は嬉しさで一杯で、とても平静ではなかった。
そして平静でなかったのは私だけではなかった。
私が喜びと安堵を噛みしめていると……光夜少佐がこちらに勢いよく私へと歩み寄ってくる。一瞬何事かと身構えそうになるが、こちらを見てくる顔は真剣な表情で、憎悪や悪意を抱いている様子は見られない。
まだ人となりが分かるほど話をしていないが、私の小堂丸を持つ際に見せた礼儀正しさや、自らが負けた試合の終了を宣言させることを鑑みれば、負けた腹いせに何かをするような人間とは思えない。
そう考えていると、こちらの目の前に歩み寄られる。背丈の関係で少し見上げる形となったが、すぐに光夜少佐が私の両手をとって、熱烈な視線をこちらに送りながら……こう言ってきた。
「宗一さん。いえ、宗一様! ぜひ私を弟子にしてください!」
(何を言っているのだろう、この御仁は)
正直な私の感想はそれだった。確かに私は光夜少佐に二本先取と、あえて手をマヒさせることで勝利をもぎ取った。今の立ち合いで分かったが、光夜少佐の剣は示現流にそっくりだった。というか、殺意があまりにもすごすぎて相手が委縮してしまい、その間に打ち負かすという戦法だと思われた。
むろんそれだけでは、ある程度慣れてしまえばすぐに対処されて終わりだが、光夜少佐は気迫だけでなく全身の膂力がすさまじい。普通に相対しても、技術が互いに未熟であれば、光夜少佐の力強さですぐに吹き飛ばされるか、私がしたように手に力が入らなくなることで勝つことができる。
長年殺し続けてきたことで、強大かつ研ぎ澄まされてきた殺意。そして女性としては背が高いという生まれ持った体に恵まれたこと、それを無駄にしない訓練。これらが光夜少佐の強さの秘訣だろう。
殺意などはFMEに意味があったのかは不明だが、相手を殺すという激情は、自身の心と体に少なくない影響を与える。それが生きるか死ぬかの戦場であれば、決して小さくない影響を及ぼしていたはずである。
本当に惜しむらくは、これほどの人材を教え導く人材がいなかったことと、教える剣技が失伝していたことだろう。そのためせっかくの力という宝物が、本当に力任せになってしまっている。
戦場を経験した数は、私は圧倒的に劣る。しかし、毎日自宅でも素振り等の稽古をしてきたこと、道場にも頻繁に足を運んで修行していたこと。それを30年以上続けてきたという、「時間」という観点からみれば、逆に光夜少佐は私の足元にも及ばないのだ。
心技体とはよく言うが、光夜少佐は圧倒的に技が不足している。確かに一番大事な心は十分なものを持っているが、それでもそれを生かすためのものがないのでは意味がない。そう考えれば私に弟子入りを願ってくるのは、そう大きな間違いではないのかもしれない。
(しかしこの御仁……傑物ゆえにおそらく弟子入りなんかしなくても、すぐに私に追いつくと思うが)
と、ここまで私と光夜少佐の比較をしたが、私はあくまでも凡人に過ぎない。傑物である光夜少佐は呼吸さえつかめば、すぐに私を追い抜くことができるだろう。弟子入りが必要だとは思えない。
というよりも、FMEが相手であれば、そこまで剣術にこだわる理由もない。特に光夜少佐の場合は、凄まじいマテリアル兵装を有している。正直、技術がなくても武器の力が強すぎるので技が必要ないレベルである。更に言えば私の剣術はあくまでも対人用。FMEという、巨大な化け物相手に通用しなくはないが、稽古をしてまで得る価値があるかは甚だ疑問である。
またいくら大和人とはいえ国連軍所属の兵士を弟子に迎えることが可能なのか、その辺全く分からずただただ困惑するしかない。
「その、宗一少尉。できれば俺っち……失礼、私も弟子にしてもらいたい」
「はぁ?」
「宗一さん。できれば私もお願いします」
「真矢さんまで?」
さらに残りの二人も弟子入りを申し出たことで、私はどうしていいかわからず固まるしかなかった。その間も光夜少佐が私の手を力強く握っており……少々気恥ずかしかったので、私はとりあえずその手をほどいてもらうようにお願いした。
「えっと、とりあえず光夜少佐。手を放していただけると」
「いやです!」
(おや?)
まさか否定されるとは思わず、私は目が点になってしまった。しかも力強く否定されたので……面食らってしまったのもあるだろう。この否定は私だけではなくほかの二人も驚いているようで、私含めた三人は光夜少佐へ視線を投じた。
「ぜひ私を弟子にしてください!」
「いや、だからまずは」
「許可を頂けるまで、離しません!」
(バーサーカーか!?)
私が好きなゲームGrand order of Fateの作品内で、理性を取っ払ったことで能力が向上するユニットで「バーサーカー」というものがあった。そのバーサーカーユニットとは理性がないため、会話が成立しないキャラクターも数多くいた。なぜかそれを彷彿とさせる会話だったように思えた。
「ちょ、姐さん。少し落ち着いて」
「ですが時綱。この機を逃せばどうなるかわからない以上、お願いするに越したことはないでしょう?」
「いや、そうかもしれないけどよぉ? それにしたってまずは落ち着いてだな?」
「その通りだ、光夜少佐」
ちょっとしたパニック状態に陥っていた私の背後から第三者の声が聞こえてきて、みなでそちらに目を向ける。声で分かっていたが、そこにいたのは千夏司令だった。
「悪影響はないだろうと思って許可を出したが……面倒なことにはなってるみたいだな」
確かに悪いことではないが、処理が面倒な事態には陥っている。しかしここで最も権力が強いであろう、千夏司令が来たのはありがたかった。さらに言えばこの二人は旧知の仲のはず。少しは状況が変わるはずだ。
「千夏さん! 私はようやく私より強い人と出会えたんです、どうかお願いします!」
(なんかの作品台詞で、俺より強いやつに会いに行くってのがあったなぁ、内容知らないけど)
話を聞く限り、光夜少佐は理由はわからないが、自分よりも強いやつを求めて、いろんな人からの勝負を受けていた様子。またちょっとした道場のようなものも開いていたようなので、それももしかしたら自分よりも強い者を育てるためだったのかもしれない。
「お前のお願いは聞いてやりたい気持ちは個人的にはある」
「でしたら!」
「だが立場が互いにあるだろう。それは少しわきまえろ」
「ですが!」
「ですがもなにもないだろう」
困った子供を相手にするような、穏やかで優し気な雰囲気のまま千夏司令が小さくため息をついた。どうやら知り合いというだけでなく、それなりに関係が深いみたいだ。
また今の会話の感じから、どうやら千夏司令のほうが年上のようだ。気にならなくはないが、女性の年齢を聞くほど、私もさすがに愚かではなかった。
「一応聞くが宗一少尉。光夜少佐の願いを貴様自身としてはかなえられるか?」
「はぁ、まぁできなくは。一応師範代ではありましたので。ですが異性の指導はほとんどしたことないので、それがちょっと嫌というか怖いです」
セクハラ、パワハラ、モラハラ等々……ハラスメント行為は断固として撲滅すべき概念である。特にパワハラにはひどい目にあったものだ。セクハラに関しては男ゆえにされる側になるようなことはなく、またハラスメントが大っ嫌いなので自分がしたこともなければしたいと思ったこともない。
(いや、でも学生時代、上野駅で私も狙われてたのかもしれないか?)
はるか昔に撤去ないし改修された上野駅13番線ホームにあった男女別トイレ。私はそこから始発の電車に帰りによく乗っていたため、そのトイレをよく利用していた。
しかしそこは同性愛者の間では有名なトイレだったらしく、同好の士を求めて結構な人が出入りしていたと、学生時代を終えて就職してからしばらくして、職場の人に教えてもらった。
当時私は音楽プレーヤーで音楽を聴いていたので、全く気付くことはなかったが……もしかしたら同好の士と勘違いされて覗かれたり、声をかけられたり、狙われていたのかもしれない。
閑話休題。
道場にはもちろん女性の門下生もいて、先輩も後輩もいた。しかし女性に積極的ではない私は、仲の良い女性がいても普通に会話するだけで、男女的な意味でも、セクハラの被害者加害者といった意味でも、発展することはなかった。
また師範代になって教え導く立場になっても……というかその立場になったらより女性が怖いというより、セクハラが怖かったので、なるべく自分から近寄らないようにしていた。むろん教えを請われたら私も真剣に指導を行ったが、積極的にかかわっていない。そう考えれば、師範代としては未熟といっていいだろう。
「貴様が露骨なことをしなければいいだけの話だ」
「と、言われても……さすがに触れずに指導するのはちょっと厳しいですよ?」
「? そうなのか?」
私の言葉が意外だったのか、光夜少佐以外が驚いたように私を見た。光夜少佐は私に師事できるかしか今は頭にないらしく、私の目をずっと見つめていた。
(というか、手を放してくれ)
「いや、別に触りたいわけではないですけどね?」
「疑ってないからさっさと要点をいえ」
手を握られているということもあって、挙動不審になっている私に若干苛ついているようで、舌打ちしそうに表情をゆがめていた。
「まぁ当たり前なのですが、我流ゆえに結構型が悪く、その矯正は言葉だけでは少し難しいですし、筋肉の使い方も意識させるにはその筋肉に触れるのが一番で……」
「つまり主な筋肉にはなれど、触れたりしなければいけないということか?」
「もっと具体的に言いますと、太ももの内側かつ根本付近にも手を触れないと厳しいので……ぶっちゃけやりたくないです」
「本当にぶっちゃけたな」
いくら指導のためとはいえ、内太ももの根元辺りを触れるなど、どう考えてもアウトである。このセリフを聞いて、時綱中尉から負のオーラが漂い始めたのは……私の気のせいではないだろう。
(でも仕方がないよな。我流で磨いてきたから無駄なところが多いし)
初心者のうちに、綺麗な正しい型を覚えなければいけない具体的な理由は、変な癖をつけてしまうとそれを強制するのに、えらい面倒なことになるからである。
初心者とはつまり、未熟ゆえに伸びしろしかなく、何をしても伸びるのだ。それが間違った型であったとしても……である。そしてその間違った型で続けても、筋肉というものは使用によって成長する。ゆえに初心者のころよりも力や勢いが増し、間違った型であったとしても、自分の実力が上がったと錯覚する。
しかしその筋肉による成長は、そこまで長期に続くものではない。筋肉も永遠に成長するわけではないためだ。いつかは必ず筋肉による成長が終わる。
そうなると間違った型が体に染みついてしまった修練者の誕生である。そこから型を直そうとしてもかなり長い時間がかかるし、何よりもストレスがひどいことになる。それでやめてしまうこともあり得るくらいだ。
「さらに言えば、矯正期間まともに戦えなくなる恐れもあり、そうなると下手をすると死ぬかもしれず、そういう意味でも危ういかと」
もっとも大きな問題はこれだろう。平時であれば何ら問題はないが、この世界は戦争を行っている。どうしてもその間は戦力の低下は否めなくなる。それはかなり危うい行為だ。その低下した時に強敵に出会ってしまえば……最悪は死に至るのだ。長期的に見れば矯正は正しい行為だが、それで死んでしまっては元も子もない。
しかも悪いことに、光夜少佐は接近戦が主体だ。それを矯正するのは長い目で見れば大いにいいことだが……その前に死んでしまっては意味がない。修練中は完全に体から染みついた癖を消すために、可能であれば一切の剣術を禁止したい位なのだ。それを戦時中に行うなど……死んでこいと言っているようなものである。
戦力低下と、死ぬかも知れないという最悪の事態。それらを引き合いに出して、脅しではないが……なるべく指導しない方向に持って行きたかったのだが、どうやら、そううまくいかないようだ。




