立ち会い
(姐さんの悪いくせが出ちまったなぁ……)
演習場へ光夜とともに向かいながら、時綱は内心でため息をついていた。そんな時綱の心情を知ってか知らずか、光夜はズンズンと先へと進んで行く。
UY部隊の大和人は、全員がここ秩父前線基地に所属していたこともあって、まさに勝手知ったるというように、案内装置を作動することなく移動していた。
(まぁ確かに、姐さんがあの男を見て何も思わないとは、俺っちも思ってねぇが……)
時綱と光夜の付き合いはそれなりに長かった。時綱がまだ兵役に就く前、時綱が住んでいた町がFMEに襲撃されたことがあった。FMEが縄張り意識を持っているといっても、絶対に進行してこないわけではない。まるで誤作動を起こしたかのように、襲撃してくることがあるのだ。
その時、時綱は家族を失った。それは同じ部隊に所属している天子も同様だった。二人は幼馴染であった。二人が必死になって逃げているとき、FMEに襲われかけた。それを助けたのが光夜だったのだ。
当時、光夜の階級は中尉だったが、すでに相当の実力者で名を馳せていた。その時にはすでに剣術の腕前も相当な実力を有していた。またその時の作戦が悲しいことに市街戦になってしまったことで、誤射をする心配が不要な光夜が剣術のみでFMEを屠り、他の隊員達よりもかなりの戦果を挙げていた。
戦闘が終わった後も、まだ二人が幼かったことを心配して、作戦後で疲れている状況であるにも関わらず、光夜は見舞いにも行ったのだ。両親を失った悲しみを必死に耐えていた二人だったが、光夜のやさしさに触れて、甘えさせてもらった。泣くことができたのだ。
身も心も救われた二人は、その後避難民施設で育てられた。そのころから必死に訓練して実力をつけて、入隊してしばらくして相応の実力者として認定されて、光夜の新部隊に配属された。そこから光夜が国連軍に出向することになっても、二人は姉とも呼べる存在である光夜についていった。
(興味を惹かれるのはわかってるんだけど、姐さんは男女の関係に無頓着だからなぁ……)
時綱が光夜についていっているのは、命の恩人ということと、実力者であることも大いに関係していた。しかしそれ以上に時綱が弟分として、別の意味で心配していたのも大きな理由の一つだった。
(どうしてこう、己の肉体に無頓着かなぁ)
大和人女性としては、高めの身長で175cm。その背丈に見合ったといえばいいのか……肉体は抜群に優れていた。ボボンキュボボンという擬音が聞こえるほど、胸はでかく、腰は細く、尻もでかい。容姿は間違いなく美人と断言できる。
軍人ゆえに無駄な脂肪などあるわけもなく、肉付きは程よいと、光夜と風呂に入る機会もある幼馴染の天子から、時綱は聞いていた。さらに腰あたりまで伸ばされた髪も、大した手入れもできないというのにそこまで傷んでいない。かなり気を使っている人間ほどの艶などはないが、それでもその髪は光夜を際立たせるのに、一役買っていると断言できるほど、目を引く。
また性格も優しく、気が利く。公私を分けるすぎるというほどに、固いところが少し欠点といえるが、かなり理想的な女性といえた。
容姿は抜群で性格もいい。男が下卑た目を向ける体とあれば……寄ってくる男は数知れなかった。それだけならばまだ光夜が撃退するだけで終わるのだが……育ちがいいといえばいいのか、光夜は人をほとんど疑わない。ゆえに下卑た男の嘘に騙されて少々危ない目にあったことも、それなりにあった。
それを防いできたのが……光夜を姐さんと慕い、今もついていっている時綱だった。飲みの誘いがあると聞けば、念のため相手の男の情報を仕入れ、危なそうだったらそばで控える。驚いたことに、なかには薬を盛った男もいたりしたのだ。この男は流石に軍法会議に掛けられたが、そんな状況に陥ったにもかかわらず、光夜はまだ警戒心が薄かった。
女性が多い飲み会には時綱は行けなかったが、その場合は天子が出ており、二人で守ってきたという自負があった。
では、何故それほどまでに強者と戦いたいのかと、時綱がそれとなく聞いた話では、強い異性を求めているという回答だった。その理由まではさすがに教えてくれなかったが、それを聞けば男の対してわきが甘いのも、何となく納得できた。
(それを言葉巧みにだまして、丸め込もうとする男がクズってだけだしな)
ちなみに時綱は天子と幼馴染で恋人のため、異性を求める気持ちは十分に理解できた。互いに両親を失ったこともあって、慰め合っているという自覚もあったが、それ以上に互いが互いを大切に思っていた。
そんな二人は、今の自分たちがあるのは光夜のおかげだと、心から恩義を感じていた。それゆえに、光夜が変なのに引っかからないように、ガードが緩い本人の警護をして……今に至るというわけである。
(なんでかしらねぇが、この人そのあたりの機微が全く分かってねぇからなぁ)
ちなみにこの世界の性教育は結構徹底しており、義務教育である中学校二年生の時に、映像こそ流さないが生殖行為について男女別になって教えている。かなり直接的かつ実践的に教えていた。
しかもその時の男女別の教室それぞれに、男女一人ずつの教師を設置する。この時一緒に、セクハラの概念も教えるのが目的である。戦争中ということもあり、人口を減らすわけにはいかないという直接的な理由と、性犯罪者なんてものを生み出している余裕がないという、切実な理由だった。
そのため、光夜も性教育を受けているはずなのだが……なぜか男に対してのガードが緩かった。というよりも強さを求めていて、それ以外に目を向けていないというのが、時綱の感想だった。
光夜は自分の基地で剣による訓練をよく行っていて、光夜の強さにあこがれた兵士達のために、道場のようなものも開いている。それは純粋に強くなりたいという存在対して開いている道場なのだが、中には下心丸出しのやつも入門してくる。
表向きはまじめにやっているので、光夜も手取り足取り丁寧に教えている。その辺は光夜の母性ともいえるもので、厳しくも優しく教えるため、心に触れて改心する者もいれば、むしろより下卑た考えを加速させる者もいる。
ゆえに気が気じゃないのが、時綱の本音だった。
(ただ実際姉さんの道場で強くなるからなぁ……)
そこで厄介なのが光夜が教えたことで、少なくない兵士の生還率向上の実績を出しており、道場閉鎖は難しいのだ。また時綱自身光夜に命を救われたこと、自身も光夜の道場に入門していることもあって、強く言えないことも事実だった。
他者を慈しみ、育て、自らも強くなることを厭わない。そんな光夜だからこそ時綱も惹かれて、何か役に立てればと思っている。
しかしそんな己自身も、あの不可思議な男である宗一と戦ってみたいと、思っているのを時綱は否定できなかった。
(まぁ……あれを見たら気になるのはしかたねえよな)
素振りを見たが、どう見ても長年の修練を感じさせるぶれのなさ。そして大型FMEに単身で真っ向から挑む胆力。そして大型FMEを単身で撃破する実力と装備の異常性。興味が引かれないわけがなかった。
(正直よく分からないこところが多いけれど、今のところ問題ない感じの男だしな)
自分も男故に、光夜の肢体に目がいってしまいそうになるのは事実だった。しかしだからこそ、そんな目をしている輩がいれば、気付く。
また今まで全ての男達は、光夜の道場に入ってきた者ばかりではなく、腕自慢の者もいた。その全てを、光夜は真っ向から勝負をして叩き伏せてきた。腕自慢達は自分の腕に自信を持っていたので、鼻っ柱を折られた形になる。
そんな奴がするのは、何とか二人きりになるようにして脅しの材料を得ようとするのだ。科学技術が進んだこの世界でも、犯罪がないわけではなく、手段がないわけではない。故に、二人きりになって襲おうという思考も生まれてくるのだ。
今回の場合は光夜から模擬戦を申し込んだ、つまり人目を少なくしたのは光夜自身なのである意味で違ったが、それも相手の内面を見分ける判断材料の一つといえた。
(後は姐さんとの模擬戦で分かるが……そこは心配ないかもな)
後は実際の模擬戦で、試合開始前に光夜の耳を近づけて、相手の男が小声でやりとりをするような仕草を見せた場合は、要注意だった。他の人に聞こえない状況で、試合結果で何かを要求している場合が多いからだ。といっても、ここ最近ではそれは見られなくなった光景である。何せ……
(姐さんに勝てる相手、いないしなぁ)
己自身も含めて、誰も光夜に勝ったことがなかったからだ。そのため仮に、男が勝ったら一晩付き合ってもらうと仮に賭けたとしても、敗北するため賭になってないのである。ついでに言えば自分が負けた場合の代償を言ってないので、そもそも賭が成立していなかったりする。
そんなこんなで、私は秩父前線基地にある屋内道場へと足を運んでいた。といっても、剣術等は失伝して長い時間が経過しているので、近接格闘場が正式名称である。リングのようなものはないが、床はちゃんとマットレス等が敷いてある。
(仕方がないことではあるが、靴履いて立ち会うのは少し違和感が)
しつこいが、武道という概念はとうに廃れた。一応この世界の剣術はあるにはあったらしいが術理と呼べるようなものはなく、基本的に刺突か、大上段からの振り下ろしによる一撃必殺だ。示現流が最も近しいだろう。
光夜少佐の格闘戦はオーラスーツしか見てないので、対人戦の格闘技というものがなんともいえないが、それでもオーラスーツで行っていた格闘技から、大きく外れることはないはずだ。
思考で動かすことが可能なオーラスーツ。自らが格闘でどうやって動くのかをイメージすることになるので、大きく外れるわけがない。むしろオーラスーツという機械の体による各関節の動きの制限を考えれば、生身の肉体のほうがより柔軟な動きができる。
そんな中、光夜少佐は一体どのような剣技を見せてくれるのか? 恐れつつも少しワクワクしていた私がいたのだが……模擬戦の形式で少し引いてしまった。
「防具なし?」
驚いたことに、この世界の生身での模擬戦はゴム素材の木剣といえども、頭以外に防具を装備しない形式だった。これは近未来世界による、医療技術の発達による影響が大きいのだろう。
骨折程度ならば一日もあれば全快するのだ。ならば防具などという動きを阻害するものを、装備する理由がない。痛みがあったほうが慎重になるし真剣にもなる。実に合理的である。
一応動きを阻害せず、判定装置なども組み込まれた特殊繊維の衣服は着るが、防具ほどの防御力はない。なかなかスリリングな模擬戦といえる。
しかし私は現代社会の人間。剣術道場に通ってはいたが、型稽古は型をなぞるためへまをしなければ怪我をせず、竹刀で稽古をする場合は防具が必須である。当然……稽古で骨折などの大怪我をしたことがない。
(稽古は禁止されていたから、その辺油断してた)
慎二中尉と模擬戦をした際は拳銃を装備していた。そのため個人的に、非現実的に思えていた。
しかし今は素材も形も違えど剣を用いた稽古。自分の中の感覚とのギャップで戸惑ってしまった。
「不安なようであれば防具を用いますか?」
「……いえ、おかまいなく」
光夜少佐からの提案に、一瞬防具を着ようか迷ったが、恐らく光夜少佐は防具を身につけないだろう。それでは対等な状態にはならない。慎二中尉と違ってごねるような輩ではないと思うが、それでも対等な状況でやらなければしこりが残るだろう。
どういう意図かは謎だが、光夜少佐は真剣にこちらに勝負を願い出た。何か思惑はあれど、千夏司令が許可を出した。千夏司令の思惑が気になるところではあるが、二人の雰囲気から察するに悪意はないはずだ。ならば相手の思いにこたえるのも、先達の役目であろう。
(剣術ならば、多少は役に立てるだろうからな)
剣に人生を捧げた……というほどの気概はなかったのは事実。剣だけで生きていければそれも可能だろうが、私が生きたのは現代日本。そんなことができる人間は本当に一握りである。
しかしかといって私が剣術道場の門戸をたたき、そこからこの世界に至るまで……真剣にやってきたのは事実だ。手に真剣を持ち、人を簡単に殺すことができる刀を、数十年振るってきたのだ。
腕は未熟かもしれない。気概も足りないかもしれない。
けれどもその想いに嘘はない。
平和な日本で磨いてきた剣技がどこまで通じるかは謎だが……流派の名に懸けて、無様に負けることだけは許されないだろう。
「あの、宗一さん。大丈夫ですか?」
しばしの間、目を閉じ瞑想していた私を心配してか、真矢さんが声をかけてくれた。本当に心配そうにするその表情。この世界にきてからほとんど一緒にいてくれている人だ。この人の真心を感じて……この場にいる奇跡を思い出せた。
負けてどうこうなるとは思えないが、それでも何かしらの影響を及ぼす恐れがある以上、無様に負けられない。先の観測室でどのような会話があったのかは聞かされてないが、会話内容を想像するのは難しくない。十中八九、二人の基地司令が、私をモルモットにしろと、言っていたはずである。
それを覆したのが私の異常性と装備の異常性。そして真矢さんと璃兜さんに刀が反応したことだ。仮にこの模擬戦で負けたとしても即座に悪いことにはならないだろうが、それでも不安要素は極力つぶしておくに限るだろう。
「いえ、ありがとうございます。おかげでこの試合に意味を見出せました」
意味がなくとも模擬戦だ。本気で真剣に模擬戦をするつもりではいたが、意味があったほうがより身は入る。ありがたい話である。
(真矢さんをここに来させたのは、別の意味だろうが)
おそらく、接近戦においてこの世界における最強の存在と、私は今から立ち会うことになる。戦場で幾多の死線を潜り抜けてきた精鋭。それに対して、こちらは長年の修練はあれど、実践経験がこの世界に来てからの両の手で数えるほどしかない。戦闘経験で言えば勝負にすらならない。
(技量でどこまで詰められるかが勝負だな)
不安はある。恐怖もある。だがそれ以上に自分の技量がどこまで通ずるのかという、剣術家としての興味もあって、昂揚している自分がいた。
「え、えっと……なんだかわかりませんが、頑張って!」
意味を見出せたといわれても、意味が分かるはずもない。ただ意味が分からないことを言っても、真矢さんが純粋に応援してくれたのはうれしかったので、私は力強くうなずいた。




