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視線

「こんな人間が、存在して良いのか?」

 先ほどまでは怒りが強かった。しかし今は宗一のあまりにも常識の外にいるおかしな状況に、若干恐怖を覚えている二人の基地司令。そしてそれは大なり小なりこの観測室にいる人間全てに共通していることだった。

 それはダヴィも例外ではなかった。しかし彼女の胸中と脳内では、それを圧倒してあまりある……凄まじい激情が渦巻いていた。

(全く……君という存在は!?)

 歓喜していた。驚喜していた。狂喜していた。ただただこの不可思議すぎる存在を研究したい。その想いだけが、今の彼女の思考を埋め尽くしていた。

 以前からそのつもりで準備もしていたが、まさかこれほどの、ぐうの音も出ないような最強の手札をもたらしてくれるとは思っていなかったダヴィは、心の中でガッツポーズをしていた。

 しかしそれを可能な限り抑えて……努めて冷静に、現在の状況を解析した。

 何故、刀が光ったのかという、疑問点を。

「ソウイチ君の持ち物であり、ソウイチ君が長年愛情をこめて手入れなんかをしてたのが大きいんだと思う」

 想いと時間の重み……歴史が力となる。それはオーラマテリアルという特殊鉱物において、常識とされること。そして視察団には、一部を除いたほぼすべての情報を開示していた。その中には宗一が自称とはいえ、初老の年齢に達した男であるという情報も含まれていた。

「ならばなぜ、あの二人に反応したんだ?」

「それも情報に入れていたはずだよ。彼女たち二人は、彼のパワードスーツが欠片を取り込んだマテリアルソードが反応を示している二人だ」

 ここまで言われて、ダヴィが自らの主張を通そうとしているのだと気づかないほど、二人の基地司令も愚かではなかった。

「計測できないという屁理屈を除いたとしても、彼という存在は貴重だ。戦力的にも、研究対象としてもね。しかも彼だけじゃなく、彼の所持品や彼がかかわった二人が、歴史的に見ても初めての反応を示している」

 計測器が計測できないというのは異常だ。しかしその異常の原因が、異常の塊である宗一が絡んでいる。そしてその異常が、不利益であれば最悪の事態も想定しなければいけないが、逆の結果を……歴史的功績をいくつも生み出している。

 独占しているとはいえ、常識を超えた戦力が誕生したこと。それとかかわったという前提はあれど、マテリアル兵装の適合者が変化した上で性能が向上したというデータが見受けられること。そして明らかに所持者の本人と、それにかかわった人物にしか反応しない、常識を超えた歴史的武具。

 常識を超えすぎていて、普遍的にすることはかなわないかもしれない。ならばこそ逆に、その常識を超えた存在が十全に戦力を発揮できるようにすべきであるとダヴィは主張する。頑としてその主張を曲げる気はなかった。

「しかし、ならばもっと他の機関で――」

「私以上の天才はそうそういないし、それにもしもいたとしても、刀を研究材料として解析するなら止めた方が良い」

「何故だ?」

 確かにこの秩父前線基地である絶対の理由はない。だがそれはあくまでも素人から見た観点だった。

「私ですらまともに研究が進んでないのに、他の人間に出来るわけがない。それに、ソウイチ君の戦果は歴史的偉業だ。そんな彼と反応を示す刀を、他の研究所に回して同じような成果が出るとはとても思えないけどね?」

 実験していないため断言は出来ないが、光夜と時綱に反応していない以上、刀を他の人間が研究したところで、結果は一緒だと考えるのには十分すぎた。

 付け加えるのならば……

「更に言えば、彼が大事にしていた刀を粗悪な扱いをして、そんな彼との関係に傷が入ったらどうなるか分からないし、刀そのものが嫌がる反応をしてしまった場合、誰が責任取るのかな?」

 パワードスーツを装備した宗一の戦闘能力は異常だ。現時点で新兵どころか、訓練兵以下の訓練しか受けてないにもかかわらずだ。これが歴戦とも言える戦場を経験すれば、どれほど成長するか分からない。そんな宗一が反旗を翻した場合……最悪の未来も十分想定しうることが出来た。

 無論反旗を翻した場合の対策もしているのは事実なのだが、その対策を実行すれば宗一の死が待っている。戦力がおおはばにダウンすることは間違いなかった。

「確かにここは大和国だ。だけど、世界で初めてオーラマテリアルを専門に研究を始めた研究機関で、その研究のために私は国連軍から派遣された軍人だ。その私の研究を邪魔させない。当然、その研究は私の誇りにかけて、成果を出してみせるとも」

 常識を超えたもはや異常の塊というべき存在の研究を行い、必ず成果を出すとここに宣言した。その気迫は……十代半ばの娘が出せるとは思えないほどの迫力があった。その覚悟といって差し支えない迫力の前に、大した信念も持たない基地司令の二人は、押し黙ることしかできなかった。




 しばらく射撃場で放置を食らっていた私たち。国連の二人とは仲が良いわけではなく、また一応軍事での仕事中ということも相まって、暇だからと言って仲良くおしゃべりなどできるはずもない。

 真矢さんと璃兜さんとはそれなりに親しいが、かといって少佐という……組織は違えど、格上の階級の軍人がいる状況だ。私だけでなく、真矢さん璃兜さんが委縮するのも無理はないだろう。

「そう硬くならなくとも大丈夫ですよ」

 それが態度に出ていたのか……光夜少佐がそう柔らかく声をかけてくれる。その雰囲気は本当に穏やかで優しげであり、本心で言っているのがよく分かった。

 笑顔を浮かべてほほ笑むその柔和な雰囲気と、しぐさは実に優しさに包まれており、貞淑さも感じられる。大和撫子を体現しているように見受けられた。

(母性が強い感じか?)

「そうだぜお三方。同じ大和の人間だろ? そう硬くならなくて大丈夫だって」

「時綱。あなたは少し砕けすぎです。まだ出会って間もない人なのですから、礼節はわきまえなさい」

「おっす、姐さん」

(うん、母性本能強そうね)

 今のやり取りが完全に親子のそれだった。といっても年齢を高めと仮定しても、光夜少佐は二十台前半で、偉丈夫の男は二十歳を超えているか否かくらいだ。そう考えるとこの中で一番背丈の高い男が一番年下ということになるが、そこはこの男の階級が年下を感じさせない要因となる。

(国連軍に出向した上に、中尉とは)

 時綱・坂辺中尉。先日私が大型種と交戦していた光夜少佐のそばで、別の個体と戦っていた軍人。どの機体かまでは情報が開示されてないが、それでもあの時戦っていた光夜少佐の部隊は、全員が特殊な武器を持っていた。

 ならばこの男もマテリアル兵装の適合者で、それを振るうに値すると認められた戦士ということになる。おそらく実力も間違いなくあるだろう。

 相互互助機関とも言うべき国連軍だが、出向に伴ってはいろいろなジレンマが存在する。その一つが、自国防衛も重要なこの戦下で、他国を助けるために自国の優秀な人材を派遣しなければならないということだろう。

 本来ならば避けるべき事だろうが、優秀な軍人を派遣しなければ、自分が困ったときに助けてくれないかもしれないという恐れと、優秀な人材がいないというレッテルを張られる恐れもある。

(この二人はどちらも大和人だから……結構大盤振る舞いで派遣したんだな)

 本日こちらに開示されたあちらの情報は、あくまでも訪れた視察団の氏名と階級のみ。どの機体に登場し、どんなマテリアル兵装を操っているのかまではわからなかった。

「ところで今宗一少尉が手にしているその武器は、ニホントウというのでしたか?」

 光夜少佐が、笑顔のままこちらに顔を向けてそう問うてきた。笑みこそ変わらず浮かべているものの、明らかに雰囲気が変わったように見受けられた。

「そうです。私の世界の大和である日本で作られた刀……剣ですね」

 逆にこちらの情報としては、ほとんど明かすことがすでに伝えられている。それは私が並行世界の人間であることと、若返りのことも含まれている。

 そのあたりを知っていて、近接武器の使い手であれば、興味を抱くのは当然といえるだろう。

「先ほど素振りをされましたが、ずいぶんと様になっていました。あなたの世界の大和は長く戦乱がないと聞きました。何故剣を振るっていたのでしょうか?」

 素朴な疑問といって差し支えのない質問が飛んできた。これは自分の世界でも何度も聞かれていたことだった。

 平和な世界で、しかも銃という武器が存在している中、なぜ刀を振るうのか? ということだ。

「大和にもあるとは思いますが、道を極めるためということでしょうか」

「道……ですか?」

「道とは過程などのことを言いますが……端的に言えば自己鍛錬で、体だけではなく心を鍛えることに重きを置いた考えです。刀という美術品でありながら、元来は凶器であり武器である刃物を手にして、それを適切に扱うことの意味。それを通して己の内面を鍛えるのが目的といえるでしょう」

 残身という言葉がある。これは物事が如何様に終えてたとしても、それを維持し続けて気を抜かないという考えだ。元は戦場にて発展していった剣術を、自己鍛錬に落とし込んだものが武道だ。簡単な話、剣道の試合などで一対一での勝負に勝ったとしても、それがもしも仮に戦場であれば不意打ちや、乱戦は当たり前なのだ。故に油断できるわけがない。また残念なことをいえば、負けた相手が腹いせに襲ってくることも大いにあり得るのだ。

 非常に大雑把に言えば、相手を倒したからと言って、それで油断してはいけないという考えだ。

 またこれは私の持論だが、刀を所持し、そしてそれをある程度扱えるようになれば、必然的に考えてしまうことがある。それは本当に日本刀で人を殺すことができるのか? という考えだ。

 人を一人殺すのは簡単だ。それは刀を持たなくても簡単だと断言できる。だがそれが数十人殺すのであれば、素手では難しく、ナイフなどでも難しくなるだろう。 

 それは日本刀でも同じだが……実際に数十人を刀で殺すことが可能なのか? もしくは切り結んで、刀が万全の状態でなくともどれほどの切れ味を保てるのか? 血油などで切れなくなるという話は本当なのか?

 どうしてもそんなことを考える。刀を凶器として扱わないという、当たり前のこと。これを律することができないのであれば、剣を手放さなければならない。

(まぁそんな意味のないことを、普通はしませんが)

 人殺しなどだれでもできるのだ。それこそ子供が大人を殺すことだって容易だ。階段で子供が大人を転がせれば殺せるし、そんな面倒なことをしなくても銃があれば、それこそ指先一つで人を殺せる。

 しかしそれは意味がない行為だ。努力などかけらも必要とせず、も誰でもできる、馬鹿でもできる……何の意味もない行為。それが殺人なのだ。

 だがその意味のない行為を、刀という人を切り殺すために生み出された刃物を手にしてしまえば……それが頭の片隅に生まれてしまう。それを律するという意味でも修行だと、私は個人的に思っていた。

(まぁ中には精肉加工場の吊るしの豚肉全部買い取って、切りまくって実験した人もいるらしいが)

 豚の精肉を作る溜めに、豚の頭や内臓を取り除いて、熟成させるために吊るす工程がある。その保存場所には何十の豚が吊るされている。その豚肉は、油的にも骨的にも人間に近いというデータがあるらしく、それに目を付けた剣術家がその吊るし豚を切りまくった実験をしたことがあったらしい。そのさいは少なくとも、血油ともいえる豚の油で、切れなくなったということはなかったらしい。

(いやぁ……業が深い)

 己の知的欲求と、自らの腕のためにそこまでやるのが、人間という生物である。これを業が深いといわずして、何といえばいいのか。

「己を律する……ですか」

「平和な世界ってのがよくわからないが……それでも形のないもののために努力するってのは、すげぇな」

 正直、現世でも難しい概念といえるのだが、戦時下ということもあって、まだ受け入れやすいようである。二人だけでなく、真矢さんと璃兜さんも得心が言ったように小さくうなずいていた。

「待たせたな。全員上に戻ってきてくれ」

 するとタイミングを見計らったかのように、千夏司令から通信が入った。一度話は中断し、全員でエレベーターに乗り込んだ。




 観測室でどのようなやり取りがあったのは不明だが、ともかく私の扱いは今まで通りと相成ったようである。二人の基地司令が渋々な様子ではあったが、それでもこちらに向ける視線が最初よりもましになっていた。特殊すぎることもあって扱いが難しいこともあるだろうし、先ほどの発光現象が決定打となったのかもしれない。

(しかし、なんで光った上に取り込んだ?)

 身の安全が最低限保証されてほっとするが、そうなると気になるのは小堂丸が光ったことと、そしてそれをパワードスーツが取り込めたのかが不思議だった。取り込めたこと自体はそこまで不思議ではない。何せ愛用の木刀は、とっくの昔に取り込まれているのだから。

 そこで問題になってくるのが、なぜ今のタイミングで小堂丸を取り込むことができたのか? という疑問点だ。さらに言えば、なぜほかの刀ではなく小堂丸なのかがわからない。

 考えられるのはフライトアーマーを入手した後であり、そしてその直後でなかったのは、慣熟がある程度すんだからというところだろうか?

 そう考えれば、なぜ小堂丸だったのかはすぐに自ら回答を導き出せた。

(新作刀だからか?)

 新作刀とは、現代の刀匠が鍛えた刀だ。そして私の手元に残っている四振りの刀のうち、時代刀でないのは小堂丸のみ。他はすべて古刀と呼ばれる、江戸時代以前に鍛えられた刀である。

 想いと歴史の重みが、マテリアル兵装の強力さを決定づける。ならば歴史という重みが、ほかの三振りに比べて圧倒的に浅い小堂丸だけ、取り込めたのは納得がいく。

 計測器が計測をしないという、意味の分からない現象を引き起こしている愛刀達。それにも関わらずパワードスーツは小堂丸を取り込んだ。これはつまり、計測できなくても取り込む準備が整えば、ほかの刀達も取り込むことができるということになる。己を律し、道を極めるために修練をしてきたというのに、己の心の中で実にくだらない感情が沸き上がってしまう。

(FMEとはいえ、実際に刀を振るうことができるのか?)

 実に黒く、暗く……あさましい感情だ。しかしそれでも、興奮してしまう己の心を落ち着けるのに、少しばかりの時間を要した。生きるか死ぬかの戦時中に、そんなことを思うのは愚かしいのだが、どうしても興奮してしまう自分がいた。

 そうして考え事をしていたため、私は私を注意深く観察していた視線を見逃してしまった。


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