適応
前線で戦う兵士、そして千夏をよくする人物は直ぐに、その声がまずいと理解できた。しかし……この場で二人だけ、それを理解できない人物がいた。
「故障したといはいえ、何も出来なくなった貴様が、何故秩父前線基地の司令をしているのだ? さっさと消えるのが道理だろう?」
「戦いしか脳がないと自分から証明するのが趣味なのか? まぁ貴様みたいな女、誰も娶ろうとは思わないだろうが」
自分のことは棚に上げて言うその精神。それこそ自分自身を貶めていることに気付かず、無自覚に自分のことを否定していることに気付かない。
もはや殺意だけで、人が気絶できるほどの憎悪と殺意を滾らせた千夏司令だったが、鈍い二人は気づくことはなかった。
知らないゆえに鈍いのかもしれない。この場にいる人間の中で、唯一この二人だけが、命の危機に瀕したことがない。そして護衛だけが緊張感を募らせていた。
この時、だれも……何もかもが、気付かなかった。
一番長い保護ケースから、黒い靄のようなものが漏れ出ていることに。
宗一に対してひどいことを言い、今後の扱いについて非人道的な提案をしてくる。そんな二人の司令を見て、この場にいる人間の中で宗一をよく知る人間は、心の中で平静を保つのに必死だった。ダヴィは爆発しそうな千夏を止めようともせず、露骨に侮蔑的な視線を二人の司令に向けている。
璃兜はダヴィほどではないにしても、その目にはありありと嫌悪の色が見える視線を、二人に向けていた。それは温厚ともいえる真矢ですら例外ではなく……あまりの醜さに純粋に吐き気を催しそうになっていた。
言っていることは間違っていないのだ。大前提として、今は人類存亡をかけた戦争を行っている。もはや戦争ではなく、人類が滅びるか否かの生存競争といってもいい状況なのだ。FMEの習性ゆえに追い詰められているとはいえないが、追い詰められようとしているのは事実なのだ。
そんな中で現れた謎の男。服装は数百年前のスタイルで、大和人のような見た目だが一切言葉が通じなかった。少ししてようやく言葉が通じるようになったと思えば、言っていることは精神異常を疑われても、仕方がないことを口にする。
挙句の果てに緊急時であり、情況的に仕方がないとはいえ、高純度のオーラマテリアルに触れてしまい、常識を覆す異常な兵器を作り出してしまった。そしてその兵器は、既存の兵器のどれともにつかず、強力すぎた。
それだけに飽き足らず、さらに新しい装備を得て、もはやとどまるところを知らずとでもいうように、進化を続けていた。
極めつけが、所持品の異様な片刃の剣。この世界において、世界中を見渡しても、これほど異様な武器を個人で所持できるはずがない。二人の基地司令が言った通り、どれほど貴重であっても、国に徴収される決まりだった。だというのに、個人で複数所持しているなど……常識では考えられないことだった。
銃剣法……正式名称「銃砲剣刀類所持等取締法」という決まりごとが、この世界にはある。正当な理由なく、一定の長さを持った剣などの刃物の所持、運搬を禁止し、銃の類に至っては一切の例外なく所持を、禁止するというものである。
この世界の大和にも、ヒグマやイノシシといった害獣は存在するが、それらをしとめるのは当直の軍人がオーラスーツで捕獲し、ジビエとして処理する。猟銃で猟師が害獣を殺す必要性がないのだ。その法律を無視したとしても、これほどの存在を放置することなどあってはならない。
戦争中という状況、言葉が全く通じなかった上に精神異常かもしれない発言、オーラマテリアルの独占、専用装備となっているマテリアル兵装の木刀。所持していた剣。これだけの事実を見れば、どう考えて擁護できない。これは紛れもない事実。
しかしそれと同じくらいに、強硬手段に出れないのも事実だった。確かにオーラマテリアルを独占しているといえなくもないが、それを超える戦力となってしまっている。
部隊で動いた作戦だが、ほとんど一人でシャオロンを討伐してしまった、最強レベルのマテリアル兵装の使い手。
世界中を見渡して、強者と断言できるドゥが勝てないと断言した、巣の最深部にいた新種の単体討伐。
実戦経験の少なさと、それに比例する討伐数こそ少ないが、成し遂げた戦績は偉業と言って何ら差し支えがない。
そして人情的に大事なのが……少なくとも宗一をある程度知る人間は、だれもが宗一に人として好意を抱くことのできる人間性をしていた。戦績を抜きにしても、それだけで部隊の人間たちは宗一を擁護できた。
ただし、それを知らない外部の……宗一とかかわったことのない人間は、奇異の目を向けるだけだった。そしてそれを隠そうともせず、それどころかほとんど人間扱いもしない基地司令に対して、だれもが黒い感情を抱き始める。
その時だった。
(暇だ)
やることがなく、ただ呆然と突っ立っているだけというのも、それはそれでつらいものがあった。散歩ぐらいしてもいいのではと思わなくもないが、今は仕事……実験とはいえ軍事行動中である。勝手な行動などできるわけもない。
わずかな時間であっても、パワードスーツとフライトアーマー、どちらも着用したデータを得るためなのだろう。歴とした命令であるため、なおさら勝手はできなかった。
(まぁパワードスーツのおかげで疲れはしないのだが)
若いころの仕事で、地元の祭りの手伝いをしたことが多々あった。その中で最もつらかったのが、ただ立っているだけということだった。とある有名な幼児番組の機関車を模した乗り物に乗れるという、ちょっとしたアトラクションの警備員もどきをした時だ。
祭りの会場のため、車が突っ込んでくることもなく、コースもきちんと設定されているので、ほとんど事故の心配がない状況だった。ゆえに……本当に立っているだけだった。子供が乗るための補助だったりもしないので動くこともなく、本当に立っているだけ。
(あれきつかったなぁ……)
同じように受付でただ立っているだけだった人も、同じような状況……動くことがほぼない……であり、しかも祭りのために、休憩時間も飯を食べるときのみ。本当に一日立っているだけだった。
情況的にはそれよりも緊張感があるのだが、パワードスーツのおかげで立っているだけでも疲労はほとんどなかった。それでも暇なものは暇なのである。そして考え事をしようにも……今の状況で考え事をしたくないのが、本音だった。
(何事もなければいいがねぇ)
今の状況……一通りの見分と視察を終えて、当の本人を締め出した状態での話し合いだ。観測室で今どのような言葉が飛び交っているのか? 考え事をするとどうしても、それが気になって仕方がなかった。
(ろくなことは言われてないのは間違いないな)
おそらく千夏司令とダヴィさんが健闘してくれているだろうが、少なくとも二人の基地司令がすごいことを言って、さぞ白熱しているに違いない。あの場にいる真矢さんや璃兜さんが、気の毒に思えてしまう。
実際は二人のおバカが好きかって言っているだけで、その二人以外の人間が目で人が殺せたらと言わんばかりに……すさまじい険悪な雰囲気だったらしい。
それを知らない今の私が暇だと……「暇」という考え事をしていた、その時だった。
「うん?」
射撃場ゆえに普通に明るかったため、気づきにくかったが……自身の体が光っていることに気が付いて、目を点にした。
「何事?」
待機と言われたが、さすがに自分の体が光っては平静でいることはできず、思わずそんな言葉をつぶやいて自身の体を確認する。するとどうやら光っているのはパワードスーツのようであり、フライトアーマーは光っていなかった。光り方もまぶしくはなく、淡く光が灯っているような状況だ。
このパワードスーツの発光現象は、間違いなく観測室でも確認していると思い、私はそちらに目を向けた。すると驚いたことに、観測室の窓からも、強烈な光が発せられているのがわかって、私は今度こそ目を丸くした。
「聞こえるか、宗一少尉」
そうして驚いていると、千夏司令から通信が入った。その声の感じから、どうやら観測室が光っているのは、私の目の錯覚ではないらしい。
「いかがされました? といっても、用件は私と観測室が光っていることでしょうが」
「その通りだ。こちらが光っているのは観測室ではなく、貴様の所持品である刀とやらだ」
「刀が?」
現在、預け物扱いにしてもらっている、四振りの刀を思い浮かべた。この基地に来て以来、個人的な所持を禁止された刀たちだが、数週間に一度はこっそりとダヴィさんの研究室で鑑賞と閲覧の許可をもらっていた。
その代わりと言っては何だが、ダヴィさんにはある程度の刀講座を開いていた。何せ計測器が計測を拒否するという、異常事態に陥っているため、データ収集もできないのである。そのため私の知識による、講座くらいしか刀に関しての研究ができなかったのだ。
「ちなみにどれが光ってます?」
「黒い鞘で、柄にまかれた紐が黒色の刀だ」
刀のみの趣味のため、刀に金をつぎ込みまくった我が人生。拵えを製作してもらった刀は半数近くあり、その中で、今際の際まで処分せずに手元に置いておきたいと、思った刀が四振り。そのうち三振りは、それぞれ別の意匠で製作された拵えをしていて、その三振りの中で黒色の柄糸をしているのは、一振りのみだ。
「新作刀の稽古刀ですか」
新作刀とは、現代の刀匠によって鍛えられた作品のことである。現代刀とも表現される刀だが、刀屋ないし、刀を趣味にする人は新作刀というのがほとんどだった。
誰に聞いたのかは忘れてしまったが、新作刀は刀匠がまだ存命の場合の表現、現代刀は、刀匠がすでに亡くなっている場合の表現だ。
廃刀令が発布された1876年以降に作成された刀が現代刀と呼ばれる。昭和初期などの刀匠が令和に存命している訳もない。逆に平成の刀匠なんかは私が若い頃は存命だったので、新作刀と表現していた。
刀匠を応援する意味も込めて、私は当時作品的にも人格的にも惹かれた刀匠さんに、一振り刀を鍛えてもらった。それが今光っている新作の稽古刀……心の中で密かに銘を刻んだ小堂丸だった。
新作刀も美術品でありながら刀でもあるため、鍛えた刀匠が茎に銘を刻む。その茎に注文者である自分の名前なんかを刻むと……商品価値が下がってしまうのだ。
何事もなければ新作刀も、問題なく売ることができる。次の持ち主が購入するとき、どこの誰ともわからない人間の名前を刻まれていれば……少なくとも気分が良いものではない。よほどの有名人であったとしても、それは例外ではないだろう。
だから口にするだけ、思うだけの銘が、小堂丸だった。小は刀匠の名字から一字、堂は私の名字、丸は日本でよく命名されるときに使う単語だ。実に安直なネーミングである。
そんな小堂丸は、剣術稽古に使っていたものだ。基本的には型稽古で使用していたものだが、巻き藁や、巻き藁をまいた青竹、古びた畳などを何度も切ったことがある。その都度研師にも世話になっているため、少し研ぎ減っている。
アニメや漫画で、何でもかんでもスパスパ切っている日本刀。確かに腕前があればよく切れるのだが、切れる以上に問題なのが、切った後の刀身の状態である。切ることは可能なのだが、青竹など、それなりに固いものを切ると、切った部分の刀身が曲がるのだ。
曲がり方は、刀を持ってまっすぐ前に突き出した状態、つまり縦から見て……峰が上で刃が地面を向いている状態……曲がることになる。そのため、物を切った後は状態確認が必須であり、状態によっては研師にゆがみを直してもらい、ひどい場合は研ぐことで形を整えたりもする。
新作刀は、型の稽古で使うように鍛えたものなのでそんなに切っていないが、それでも何度か切ったので研ぎ減りはしていた。
それはともかく、新作刀だけが光っているという、なんだかよくわからない状況が、今観測室で起こっているらしい。
「一応聞いておこう。何かしたか?」
「記録を確認していただければと思いますが、微動だにしておりませんでした」
「だろうな」
何もしていないのに、突然光りだしたこの状況。どうすべきかわからずにいると……パワードスーツが光るのではなく、点滅しだした。そしてそれに呼応するかのように、観測室から漏れ出てくる光も点滅する。
まるで引かれあっているとでもいうように、こちらが光っていると観測室の光が消え、こちらが消えると観測室が光る。交互に点滅しあう……そんな発光現象が発生する。
「あ~~~~~~どうするか?」
さすがの千夏司令も驚きを隠すことができず、なんとも歯切れの悪い言葉を口にした。私としてもどうすればいいのかわからない……そのはずなのだが、なぜか私は刀に呼ばれていると、確信していた。




