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放心して方針

「さて、一通りやらなければならないことはしたが……宗一少尉に関する考えは?」

 別室の司令室。司令の席に腰かけた千夏が、部屋にいるもう一人の人間であるダヴィへとそう声をかけた。声を掛けられたダヴィの手元には、三人の様子が移された映像が立体画面で表示されており、他にもいくつもの画面が開かれていた。

「いやぁもう嬉しくてしょうがないね。あれほどのおもちゃ箱みたいな存在は、私としては非常に興味をそそられる♪」

 声をかけられたダヴィは、嬉しそうに返事をしながら今もデータの解析、検証を行っている。その様子は本当に楽しそうに嬉しそうに作業を行っていて、まるで新しいおもちゃにはしゃぐ子供のように純真な様子だった。

 そんなダヴィに、深いため息をつく千夏。大規模作戦後で疲れもたまり、余裕もないのだろう。声を少し荒げようとしたとき……

「いくら何でも、ちょっとおかしいところが多いよね」

 千夏の出鼻をくじくように、絶妙なタイミングでダヴィがそういった。その言葉がスイッチだったとでもいうように、一瞬前の喜色満面だった笑みが一変し、能面のような無表情に変わっていた。

「意識を失ったことについては?」

「それは間違いない……って断言できないんだよね」

「? どういうことだ?」

「これを見てほしい」

 そうして千夏の前に、一つの画面が映し出された。それは宗一のバイタルデータだった。

「注目すべきはここ」

 そう言って表示された画面に、赤い丸が表示される。そこを見てみれば、そこだけバイタルデータが完全に消失していた。

「彼が落とし穴に落ちた前後の時間だね」

「データがない……ということか?」

 オーラスーツに搭乗しない宗一は、バイタルデータを計測することが出来ない。故に計測機器を体に装着する。その後にパワードスーツを装着するわけである。

 そのため、オーラスーツに搭載された計測機器よりも性能が低めの機器になり、また長距離通信が出来ないため、同行している他の隊員のオーラスーツにを一度経由して基地へと送信されている。

 故に宗一が部隊からはぐれてしまってからの記録は、部隊と合流してから基地にも送信された形だった。そんなデータの中で、落とし穴の前後だけきれいに抜け落ちている。あまりにも不自然といえた。

「わかってるとは思うけど、彼にバイタル機器をいじるだけの権限もなければ技術もない。それにそもそも、そんなことをする理由もないはず」

 ダヴィの言うとおり、宗一には機器をいじるための権限も権利も無い。一般兵士である宗一に、そんな重要なデータをいじることが許されるわけがない。

「なのにデータがないと?」

「正しくは、データがないというのも少し語弊がある。その時も機器は正常に作動している。つまりデータは記録されているんだ」

 機器が正常に作動し、記録もされている。なのにデータがないという矛盾。言いたいことの意味が分からず、千夏は顔をしかめるしかなかった。

「死んでいたとでもいうのか?」

「それも正しくはない。この瞬間だけ、ソウイチ君は生命体として機器に認識されていなかった……ということが正しいね」

 さしもの千夏も、この言葉には驚いた。

「確かか?」

「機器が誤作動を起こしていなければね」

 現実世界よりも科学技術が発達したこの世界であっても、機器のトラブルはありえなくはない。ただし、今回のケースはあまりにも常識的に考えておかしい。

 しかしそれも、常識的に考えればの話になるが。

「意識を失ったというソウイチ君の言葉は正しい。もしもその瞬間、生命体ではない存在になっていたのなら、意識が残っているわけがないのだから」

 あまりにも常識とかけ離れた事をいうダヴィ。千夏はそれに対して顔をしかめるが……ダヴィの言葉を疑っているわけではなく、説明されたあまりにも不可思議な言葉の意味を、考えているからだった。

「……まぁ確かにそうでなければ、一瞬にして足元に落とし穴が出現したとはいえ、宗一少尉が一切反応を示さないのはおかしいか」

 そしてそれを裏付けるのが、宗一が落とし穴に落ちたその瞬間の映像記録だった。他の隊員のオーラスーツに搭載されたカメラで記録された映像には、落とし穴が突如として出現し、その穴に一切の反応を示さない……つまり声を上げることもなく落ちていく宗一の姿が映し出されているのだ。

「意識を失ったはそれで説明はできるかもしれないけど、そうなる必然的にいくつかの疑問が生じる」

 その先をダヴィは口にしなかったが……千夏もそれが何の疑問なのかはすぐに理解した。しかし齟齬があっても問題なので、確認するために口を開いた。

「意識を失う……生命体ではなくなったのはなぜか? そしてそれを見計らったかのようになぜ落とし穴が生まれたのか? ということか」

「そうなるね。まぁもしかしたら逆で、落とし穴ができたから気を失ったのかもしれないけど」

 鶏が先か卵が先か、実にくだらない話だったが……ダヴィの顔に苦渋の色が見える。千夏も同じよう頭を悩ませて、顔をゆがめる。

「ほかに気になるところは?」

「気になるところしかないけど、とりあえず何とかごまかせるね。ただ……これだけはどうすればいいのか、ちょっと妙案が思い浮かばないね」

 誤魔化す。それは宗一の意識消失のデータに他ならない。あまりにもおかしなことなので、どうしても目立ってしまう。隠そうと思えば隠すことは可能だが、そうすればどうしても目立ってしまうことは間違いなかった。

「ならば開き直ろう。上に報告して握りつぶしてもらう」

 そんな状況で、あまりにも大胆な案をサラッと口にする千夏。今度は逆にダヴィが驚かされて、口をあんぐりと開けていた。

「おや? 君が権力を行使するなんて珍しいね?」

「からかうな。私だって、したくてしてるわけじゃない」

 一言で表したことについてどう動くべきかを考えているのか、千夏は腕を組んで目を閉じた。しかし徐々に眉間にしわが寄っていき……嘆くように額に手を当てる。

「暇が欲しい……」

 実に切実な言葉が、ぼそりと千夏の口から漏れ出ていた。

「働きづめだもんねぇ。まぁ私も一応そうだけれど」

「なら上との折衝もしろ。なぜ私が国連の分まで……」

「それはそうだけど、一応合意の上だろう?」

「まぁな」

 国連より派遣されている、ダヴィからの報告。それは二人の密約により、千夏がそれを執り行っていた。当然ながらそれは軍規的に問題行為だ。しかし二人にそれに対する罪の意識らしきものは、見受けられなかった。

 むろん二人とも、まずいことをしているという自覚はある。だがそれ以上に、二人は目的のためにそれを黙殺した。

「それで具体的にどこまで出す?」

「君と同じ案で行くよ。ほとんど出す。そして出したうえで研究対象で通す」

「それしかないか?」

「これに関しては断言させてもらうけど、私という人間がいるここが、世界最高の研究機関だ。その私の研究は、だれにも邪魔させない」

 自らが世界最高の研究者であると、ダヴィは断言した。そこには驕りも油断もない。確固たる意志と自負があった。そしてそれ以上に……ゆるぎない信念を感じさせる姿だった。

「そこまで言い切れるのは、素直に尊敬するよ」

「おや? 怒られると思ったのにそれで終わりかい?」

「怒ってほしいのか?」

「いやだね」

 それなりに歳が離れているはずなのに、気さくなやり取りをする二人は、まるで姉妹のようだった。

「あとはまぁ、ソウイチ君の新装備をどうするかだねぇ。いやあ本当に、彼はびっくり箱みたいな存在だなぁ」

「そんな嬉しそうに言われても、こちらとしては辟易するしかないんだがな」

 新しいおもちゃを前にしたダヴィは、再び満面の笑みでいろんなデータを解析しだす。それに対して千夏は、何度目か分からない深い溜息を吐く。

「まぁまぁ。今回の一例だけで考えるのは愚の骨頂だけど、あえて言うと……ある程度の大きさに育った巣には、これほどのオーラマテリアルがあるのは確かだね」

「しかしかといって、オーラマテリアルだけでこうなるのは、今までの常識ではないぞ?」

 千夏の言葉に、ダヴィも苦笑いしながら軽く頷いた。

「それに関しては何とも言えないけど、どちらも高純度で特殊なオーラマテリアルってことが共通しているね」

 オーラマテリアルは想いを汲み取り、物を取り込みその形に変化する。つまり今までの常識であれば、マテリアル兵装を生み出すためには、取り込むための物が必須だった。これは光晶暦になって以来の、絶対的な事実であり真実だった。

「それと一番大事なのが、どちらもソウイチ君がかかわっているってことだね」

 しかしそれを覆す事例が、このわずか一か月ほどの間に二度も起きている。どちらも想いだけで、物を取り込むこともなく、オーラマテリアルは宗一が知る武器を生み出している。

「しかも極めつけが……彼の記憶を読み取っているということは正しいけど、彼の兵装はどちらも、彼の世界に実在しない架空の兵器だ。それを彼の記憶を読み取って、この世界に生み出された」

 これが決定的に異常な事実だ。この世界のマテリアル兵装はすべて、実在している歴史的武具や、思いが込められて長年使用されてきたものを、取り込むことで生み出されている。

 だが、宗一のパワードスーツ、フライトアーマー。どちらも創作物の中にしか存在しない武器。宗一の脳内にしか存在しないはずなのだ。その存在しないはずの架空の武器を、オーラマテリアルはこの世界に生み出した。常識とはかけ離れた方法で、そしてあまりにも強力な兵器として。

「しかし空を自由自在に飛び回ることができる人間サイズの武器ができたのは、一機のみという欠点を補って余りある利点だね」

 この世界には反重力発生装置は存在しているが、それの小型化が最大の課題となっているため、輸送機といった大きものにしか搭載されていない。敵に少ないながらも飛行種がいるというのに、人類は空を飛ぶことが思うようにいかず、苦戦を強いられていた。

 しかしそんな状況で宗一が空を飛ぶことが可能となった。しかももともと十分に強力だったアームキャノンのほかに、六つのレーザーを同時に発射できるという、追加武装まである。敵に飛行種がいた場合はその飛行種の相手。飛行種がいない場合は地上の敵を、一方的に撃ち殺すことが可能となった。

 まだ性能実験を行っていないため、どれほどの時間飛んでいられるのかは謎だ。それでもオーラを使用しているという観点、さらに救援要請を受けて決して少なくない時間を、宗一は戦った。新たな武器であるオーラレーザーと、アームキャノンを併用しつつ空を飛んで援護をしていた。仮にそれだけの時間しか飛べないと仮定したとしても、その利点はあまりにも大きかった。

 しかし……頭を悩ませる問題が新たに出来たことも事実だった。

「今回の巣の攻略成功は喜ばしいことだが……我も我もと無謀な巣の攻略を行う作戦が増えなければいいが……」

 ちなみに基地の内部は今、基地の防衛任務に就いている兵も含めて、すさまじいほどの熱気に包まれていた。何せ世界で初めて、敵の巣を破壊することができたのだ。

 今回の巣の成長で、敵の縄張りがどれほど拡大したかはわからないが、それでも基地がすべて壊滅するのはわかっていた。それを回避できたのが何よりも大きいだろう。 歴史上初であり、自らの帰る場所を守ることができた。これで喜ばないはずがなかった。

 しかし、今回の作戦が無事に終えたことに対して、二人は全く楽観視をしていなかった。何せ突撃部隊で死傷者が出なかったのはパラレル部隊のみでだった。また巣が崩壊したことで帰る場所を失った敵が、普段よりも狂暴化したという報告がぞくぞくと上がってきていた。

 宗一の件でも頭が痛いというのに、様々な報告が上がってきている。宗一がコアと考えられるデビルダムガンを単騎かつ短期で討伐したことで、作戦時間が予定よりもはるかに短く終わったのは喜ばしいことだが、今現在も現場の人間は対応に追われていた。

 作戦の事後処理、宗一に関する資料の作成、ほかの基地の折衝。やることが山積みで、しばらくまともに休むことができないのが容易に想像できて、千夏は心の底からため息をついた。

「そうだね。成功したのは間違いなく喜ばしいことなんだけど、本当に、デビルダムガンがどれだけ強力な個体なのか、録画データしかないのが本当に痛い」

 巣の最奥に何かがいるのは誰でも想像できたが、どれほどの個体がいるのかはわかっていなかった。今回の作戦で、デビルダムガンと相対したことで、特殊個体がいるデータが取れたことは喜ばしい。しかしその特殊個体がどれほどの強さを持っているのかが、完全にわからない状況だった。

 そのため、無理な作戦を立案し、優秀な部隊が無駄に命を散らす可能性が大いにありえた。

「……そこらもどうするかだな」

 作戦成功を素直に喜ぶことができない状況に、千夏は何度目かわからないため息をつく。非常に興味深い研究対象がいてワクワクしているダヴィも、同じ思いを抱いているのは間違いなく……二人のいる部屋は基地の雰囲気とは反対に、暗く重々しい雰囲気を醸し出していた。




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