暗い場所で
「分水嶺?」
「FMEの性質から人類側も疲弊しきることなく、それなりの生活を維持したまま、この戦争を続けている。しかし、これ以上奴らに生活圏を奪われては特攻か、敗北かの二択しか選択できなくなる。宇宙に脱する計画も、おそらく我々が知らない水面下で進んでいるだろうが、それも居住可能な惑星が簡単に見つかるわけもない」
じわじわと拡大してくFMEの勢力圏。しかし言葉通りじわじわと進んでいくために、今のこの生活に慣れてしまっていることも事実だった。
これがもしも人類同士の戦争だった場合、まさに燃え盛る火のように、迅速に事をすませるのが望ましい。何せ時間をかければかけるだけ、相手に反抗の目を残してしまうことになるからだ。
実際はいくら戦争とはいえ、戦争犯罪という言葉もあるように何でもかんでもやっていいわけではない。しかしそれらのことを無視したうえで、戦争を仕掛けて勝つならば、ただ侵略するだけではなく相手の反抗する力を削ぐのは、必須事項といえた。
だが今戦争を行っているFMEは、戦争における重要な要素である「相手の力を削ぐ」ということをほとんど行っていない。勢力圏を拡大しているのは事実だが、それだけだ。わざわざ宇宙から飛来してきたにも関わらず、既存生命を皆殺しにして自分たちの星にしようとする意志が希薄に感じられる行為だ。
それゆえに、ある種の均衡状態とでもいうべき……人間の生活環境があるのが今の世界の現状だった。品種改良が進んだ食物のおかげで、安定した食料が供給されたこと、そして何よりもオーラマテリアルの恩恵が、それらの均衡状態を保つ、大きな要因の一つ出はあるが、もっとも大きな理由はFMEの生態系といえた。
「こんな安い言葉は使いたくないが、それでも少尉がこの基地に来たのは運命だという風にすら私は感じている。それほどまでに彼の存在は異質だ」
そんな状況に現れた一人の青年。自称初老から若返ったという男。それを裏付けるものは彼が持つ運転免許証くらいしかない。しかもその運転免許証も平行世界の免許証だ。本物かも疑わしく思えなくもない物だ。
肉体も全く問題がない健康体そのもの。彼本人だけを見れば、虚言癖のある変人……それで終わりだった。しかし、身に着けるもの、所有物何もかもが異常だった。さらに言えばこの二人が宗一と対面したのは、すでにパワードスーツを入手してからであったため、その思いがひとしおだった。
「君がそんな文学的なことを言うなんて、びっくりだね」
「からかうな。だから言っただろう、下らないことを言わせてもらうとな」
どうやら本気でびっくりしているようで、ダヴィが目を大きく開けていた。しかしからかうつもりではなかったようで、少し驚いてから一度咳払いをして意識を切り替えつつ、まじめに答えた。
「からかったわけではないよ。それに、私も同意見だ」
「……どう思う?」
あまりにも抽象的な問いかけだった。何に対してのどう思うなのかを明確に示唆していない。ゆえに、どうとでもこたえられる質問だった。しかし、ダヴィは恐れることなく、踏み込んだ回答を口にする。
「運命かどうかはわからないけど、君の言う通り、間違いなくここが分岐路なのは間違いない」
「これが偶然だと思うか?」
「偶然必然を考察するには、彼の存在があまりにも未知数すぎる。さらに言えば平行世界から来訪者だ。そんなことを予期できるわけも数値化できるわけもない。少尉が私たちの世界に来たのが、果たして何が原因なのかわからない以上、そこに必然も偶然も結びつけることは不可能だ」
平行世界から来たという男。それだけでは飽き足らず、若返っているというのは本人の談だ。それだけならばまだ、虚言壁の男がいるで済むのだが、所持品があまりにも異質すぎた。
この世界における、いわゆる武器といわれるものは、ほぼすべてが生産されたオーラ兵装かマテリアル兵装に変化したものとなっている。ましてや歴史という長い時間をかけて大切にされてきた、過去の遺物ともいえる武器はほぼすべてがマテリアル兵装と化した。
そんな世界において、数百年の間、大事にされてきたうえに、直近数十年は実際に愛用されてきた歴史的な武器など、世界各国すべてがのどから手が出るほど欲しい聖遺物といってもいい。
そんなものを個人の一般男性が数本所持して突如として出現したのだ。これが果たしてどういう理由で、何が原因で平行世界へと来たのかなど、どう考えても偶然ではないと考えるのが妥当だった。
「結びつけるのは不可能だけど……彼は歴史的偉業を達成し、我々人類に、人類滅亡の危機を回避できるかもしれないという、希望をもたらしてくれた。これを使わない手がない。というよりも、チカ司令も認識している通り、うまく扱わなければ我々人類は、下手をすれば共食いで滅ぶかもしれない」
土地がないから作れない。食料がないから人が死ぬ。ならばどうすればよいのか? 最後に残された手段は自身以外の存在からの強奪だ。それが個人ではなく……国レベルで行われるかもしれない。そんな瀬戸際になりうる状況の一歩手前にいる。
無論情報統制をしている訳でも、軍人を優遇して食料を優先しているわけでもない。一般市民でも、最低限の衣食住は確立されている。
けれども……このままでは追い詰められてしまう。それが今の人類だった。
「異質すぎる存在が、私たちがいるこの基地に来てくれたことは、私たちにとっても彼にとっても幸運だった。ならば……偶然だろうと必然だろうと運命だろうと、使わない手はない。それはもちろん、私たち自身もね」
使わないわけにはいかない。けれどその人だけに負担を強いるわけにはいかない。ダヴィ自身が勝手に私たちといった言葉に対して、千夏は何を言い返すわけでもなく、ただ小さくうなずいた。
「どうやら同じ考えなようで安心した」
「私もだよ」
「互いにそれなりの立場と権力を持っているが……使い道は間違わないようにしなければな」
「だね。まぁ私は探求心のために、結構無理にでも使わせてもらうけどね」
「……のんきな言葉だな。あまり気軽に使うなよ?」
「もちろん♪」
満面の笑みでそう答えるダヴィのその笑顔は、年相応に見えた。しかしその見た目とは裏腹に……その体からはとても十代半ばには思えない、物々しい雰囲気を漂わせていた。
閃光が幾重にも走っていた。瞬きの間にも満たない時間に走る、いくつもの閃光。それは暗闇に一瞬の光をもたらすものだったが、あまりにも短い時間で発生しているため、まるで閃光ではなく光が灯っているかのような状況になっていた。
といっても、巨大な何かに咥えられたといっても、もともとある大きな光源が、あるため、それなりに視界は確保されている状況だった。漏れ出た光が灯っていることは間違いないのだが、それとは別の光が灯った。そう認識できる状況だった。
その新たな光源ともいえる存在。仮にこの場に第三者がいたとしても、光源に対してあまりにも広大すぎる空間の故、ほとんど認識することはできないだろう。
暗闇ということを加味しても、その新たな光源といえる存在はあまりにも早すぎる動きをしているため、肉眼ではまともにとらえることができない動きをしていたのも大きな理由の一つだ。
そしてそんな新たな光源と相対した、大きな光源を咥えた存在も、同じように早すぎる動きで、新たな光源に対しての対応を行っていた。
天井より伸びた触手から、巨大な頭蓋の下半身を経て、蛇のような胴体に人の上半身を生やす異形の怪物。その怪物に侍るように、同じく天井から伸びた巨大な鞭のような触手が、飛来する閃光をすべてを阻んでいた。
飛来する閃光を飲み込むようにして、すべてを防ぐ。さらにほかに地面より伸びてきた触手が、新たな光源と化した目にもとまらぬ速さで動き続ける存在を、絡めとらんと近づいてきていた。
そんな這い寄る触手に、なすすべもなく絡め取られると思える存在は、左手に持った棒でその迫りくる触手全てを、殴って吹き飛ばしていた。目にもとまらぬ速さで動き続ける身体能力でもって振るわれた棒だ。それなりの速度と勢いがあるのは間違いがない。
しかし仮にその棒が、比重の大きな重金属で作られた金棒であったとしても、質量的に考えて触手を吹き飛ばすほどの重さが、あるはずもなかった。それを可能としているのが、その棒……宗一が長年愛用してきた木刀に込められた想いと、今まさに宗一が無の境地で木刀を振るいながらも、「相手を倒す」という無意識下で思われた思いを糧にして、触手を吹き飛ばすというあり得ないことを可能としていた。
そして迫りくる触手を左手の木刀で迎撃しつつ、右手が変化したアームキャノンで天井近くに陣取った敵を攻撃していた。そんな攻防をその動きの速さも相まって、すでに数百に及ぶ数を繰り広げている。
それはつまり現時点では拮抗しているということであり、攻防を続けながらも膠着しているといってよかった。
(何とか形にはなったか?)
己の五感を研ぎ澄まし、迫りくる触手を冷静に見極めながら、私は内心で安堵していた。
私がこのデビルダムガンに対処している方法は、何のことはない。いうなれば二刀流だった。ただし右は刀ではなくアームキャノンだ。以前から自分で問題視していた、武器が一つしかないための対処能力の向上に対する、私なりの回答が今の形だった。
それは木刀を両手で持つことなく左手で柄頭部分を持ち、右手はアームキャノンにしたまま射撃を行って両手で対処する、という戦闘方法だった。これであれば両手で対処可能な状況であれば、以前よりは対処が可能になる。
イメージトレーニングを行いつつ、訓練中に許可をもらっての演習程度しかしてないぶっつけ本番に近い状態だったが、何とか迫りくるいくつもの触手を左手の木刀で吹き飛ばし、右手のアームキャノンで本体を狙って攻撃していた。
オーラスーツと異なり、ほぼ人体と同じサイズである都合上、私の武器は応用が利かないという欠点を抱えていた。人型兵器とは、SFであり創作物の中に存在する兵器。その利点の一つは対応能力の高さだと私は思っていた。戦車は平地では強力な兵器だが、崖などを上ることはできない。ヘリや航空機は現実世界ではほぼ最強と言っていいが、都心部や山林で戦うのは不利な点が多い。
それに対して人型兵器は、人と同じ構造をしているので、平地を走ることはもちろんできるし、崖をよじ登ることも可能だ。あいにくこの世界の人型兵器は自由自在に空を飛ぶのはかなわないようだが、それでも武器を持つことで戦車以上の威力を持ちながら、人と同じ柔軟性と機動性を持ちうる存在になる。
むろん、戦車よりも速く動けなければ何の意味もない利点だが、私のパワードスーツ、そしてこの世界のオーラスーツは戦車よりもはるかに速い速度で、移動が可能だ。
(人の感性でいえば3mある十分でかい機械人間が、100m走2秒前後ってどういうことだよ……)
前後というのは個人差があるからだ。そんな速度で戦車砲台が突貫してくるのは、普通に考えて脅威でしかない。
そんな人型兵器よりもさらに異質なのが私のパワードスーツである。何せ完全な人型サイズだ。人間同士の争いでないためにあまり危険視されてないが、これが人間同士の戦闘であった場合かなりの脅威となりうることだった。
この世界における常識としてオーラスーツが最強の兵器である。しかし私のパワードスーツはそれよりもはるかに小さいサイズだ。しかも一番厄介というか驚愕すべきことは、解除状態であれば腕輪サイズに変化し、装着も解除も一瞬でできるということだ。ぱっと見ただけでは、オーラスーツを超える兵器を持った人間とは、だれも想像できないのだ。
しかし長所があれば欠点もあるのが万物の常で、私のパワードスーツはオーラスーツの装備を使用することができない。サイズ比が違いすぎて扱いづらく、私の最大の利点である機動性が死んでしまう。また、右腕に遠距離武器、さらに木刀という接近戦の武器があるといってもそれだけだ。人型兵器の最大の利点である、武器を持ち替えるだけで対応が可能ということをすることが、できなかった。
(かといって完全なワンオフ兵器である、パワードスーツのためだけに新兵器を作るのは非生産的だしな)
これがダヴィさんが採算度外視、予算無制限で、人が作り出した兵器であればまだ作る意義はあるが……私のパワードスーツはひど言い方をすれば、謎の物体だ。当然人類が開発した兵器ではない。身に着けている私としては、違和感もなく動くことへの阻害性もないこと。また、必要に迫られて装備しているが、ほかの人間からしたらいろんな意味で脅威である。
(真面目にどうやって公表するのだろうね?)
そんな現実逃避に思考を巡らせていたのだが……内心で私は焦りだしていた。




