砲撃
それは……大和国だけではなく、世界中の人類が渇望していたことだった。
何とか過不足なく生活できる環境ではあった。しかしそれでも……だんだんと生活圏を奪われていくこの状況を、誰もが快く思っている訳もなかった。
そしてそんな状況で……世界に激震が走った。なんと……超大型種であるシャオロンが討伐されたという。超大型種討伐というのは世界で初めてのことだった。歴史的な偉業であり、誰もがこのとき、大和国の事を注目していた。
そしてその注目のされ方は……善意も希望に満ちていたものだったが、それと同じくらいに、好奇心と悪意も多分に含まれていた。何せ未だにシャオロン討伐の詳細な情報が伏せられていたからだ。世界的に見れば……悪意を持って捉えられてしまっても、十分にしょうがないことだった。
今まで一度も、巣を破壊できなかったわけではない。しかしそれはあくまでも、出来たばかりの巣を物量に物を言わせて殲滅したからに過ぎない。
FMEの習性とも言える、縄張り以外に出張ってこないという特性をうまく突いたからこそ可能だった事だった。本当に、新たに作られようとする巣に対して、近隣の基地から兵力を総動員に近い形で派遣し、新しい巣を殲滅しても周囲の巣は一切援軍を送ることも、手薄になった人間の基地を襲ってくることがなかったのだから。
しかし巣の破壊に成功……つまりFMEの領域拡大を防ぐことが出来ても、文字通りの殲滅であるため、労力の消費しか起こらない。更に言えば、無傷で巣の破壊が出来るわけもないため、装備も人員も消費する。損害しか残らなかった。
そんな世界的状況下の中で、大和国だけは巣を調査した上で破壊できるかも知れないという好機を得た。これで何も思わないのは流石に無理があるという物だろう。
その好機を得た秘密は何なのか? それを世界各国の要人達は、誰もが知りたがった。故に、何とか情報を仕入れようと必死だった。
そして必死なのは世界各国の要人だけではない。それは現地の作戦に従軍する兵士達だ。
命がかかっているため、文字通り死にものぐるいになって、任務を遂行するつもりだった。しかしそんな兵士の中でも……突撃艇に選ばれた各基地の部隊は恐怖とは別に、昂揚していたのも事実だ。
何せ巣を人類で初めて踏破したという栄誉と、オーラマテリアルを手に入れることが出来るかも知れないという……富と栄誉が同時に手にはいるかも知れないからだ。
当然ながらこの世界にも、優遇するという概念はある。それは戦時下ということもあって……スポーツよりも兵士を優遇するという考えが強かった。また、大前提として、兵士達は生涯現役でいたいと考えているわけではない。むしろ武功を上げてさっさと前線から退きたいというのが、本音だ。
退役自体はそこまで難しいわけではない。確かに戦争をしているのだが……それでもFMEの習性から、そこまで切羽詰まっているわけではないからだ。
しかし……退役しても別の仕事に就かなければならない。仕事をしない人間を養うほどの余裕は無いからだ。
では栄誉の退役とはどういう物なのか? 武功を立てて、特別優れた人間だと認められた場合に限られるが、それは容易ではない。オーラスーツとオーラ兵装が発達したため、兵士の死亡率が減っているのは事実。そしてそれに反比例するように……FMEの討伐数が増えているも事実。
だが……それ以上に敵が多すぎた。それこそ……単一の兵士で100を超えるFMEを葬ったとしても、優秀でエースと言われる存在になるが、栄誉の退役を出来るほどではないのである。
しかし……それが出来るかも知れない栄誉が、巣を踏破しオーラマテリアルを得ることで叶うかも知れない。ならば死の恐怖を塗りつぶすほどの、欲という名の昂揚が起こるのも、無理からぬ事だと言えた。
そんな様々な思惑が混じり合う関東平野で……時刻が作戦開始時刻と迫っていく。
そして……開始を告げる砲火が……関東平野に閃いた。
オーラキャノンより放たれた砲火は、火薬を用いる砲弾ではなく光学兵器だ。故に轟音が鳴ることはない。そして亜光速とも言える速度で宙を駆ける。
その閃光が、今までは弾かれるのが当たり前だった。それも百年以上の……歴史という重みを持った事実だった。
しかし、それを実現していたシャオロンが消滅したことで、可能性が生まれた。それを説明されて、兵士達はそれを……シャオロンが消失したことを信じていた。
正しくは……信じたいというのが本音だったかも知れない。現場の兵士が、基地で指揮を執りつつ……映像を固唾を呑んで見守った。
そして希望という結果が……観察していた人間全てにもたらされた。
「当たった?」
「着弾点が……破損している?」
誰の目から見てもそれは明らかだった。今まで不可視のバリアに守られていたFMEの巣窟である巣が……一部倒壊していたのだ。それを見て……全ての人間が歓喜に震えた。
「いける!」
「この地から……FMEを掃討できる!」
巣の調査が終えてないという不安要素を、完全に忘れ去らせるほどの衝撃の事実だった。続いてオーラキャノンから放射が続き……突撃艇が突撃するフェーズへと移行した。
「突撃艇部隊! 発進せよ! 必ず任務を果たせ!」
各基地から叫びにも似た司令が下る。その言葉と同時に……突撃艇が八つ、基地から弾丸のように発進した。
これが後の歴史にて転換点と語られる
「極東の奇跡」
と謳われる、極東作戦の始まりだった。
オーラキャノンの外部に接続していた、右腕のアームキャノンを引き抜いて……私はその砲身の先へと視線を向ける。
(間違いなく破損しているな)
着弾点の周囲に、見た感じかなりの大きな穴が空いている様子だった。しかしさすがは生物の特徴を備えた巣と言うべきか……端から直ぐに修復を行っている様子が見受けられた。
といってもそこまで急速ではない。これならば十分に損害を与えたと言ってもいい攻撃といえた。
「ソウイチ君。気持ちは分からないでもないけど、直ぐに突撃艇へ! 作戦はもう始まってるんだよ!」
「了解」
数秒に満たない時間だったが……それでも今は間違いなく時間が惜しい。現時点で八つの突撃艇しか巣の近辺へと向かえていない。
それはつまり、八部隊のオーラスーツ……48機しか敵の本拠地に突入が出来ていないことを意味する。巣の中にどれほどのFMEが蠢いているのかは謎だが……こちらも数が大いに越したことはないのだ。
また、大作戦が開始されたことで緊張しているのもあるのだろう。ダヴィさんに普段の陽気さが感じられず、声もかなりきつい口調だった。
(まぁ無理もないが……)
文字通り、基地の存亡を賭けた作戦が開始されたのだ。それも……歴史的に見ても、史上初の巣の攻略作戦だ。緊張しない方が無理という物だろう。
私ももちろん緊張しているのだが……平行世界の人間ということも相まって、何とか平常通りに動けていた。
そんな下らないことを考えつつ、私は自分が所属する部隊、パラレル部隊が待機している発進場所まで駆けた。
「来たな、P1!」
「覚悟は良いか?」
すでに他の隊員がと乗り込んでいる突撃艇へ入ると、直ぐに隊長と副隊長からそんな野次にも似た声が飛んでくる。歴戦の勇士といえる二人は、私が感じる限りほぼ間違いなく、普段通りに感じられた。
「覚悟って言われてもねぇ……まぁ、どうにかするしかないでしょ?」
「た、確かにそうですけど……大尉や中尉達は凄いですね?」
「私は……少しお腹が痛くなって来た感じがします」
そしてそれは燐中尉も同様だったが……璃兜少尉と真矢さんは違ったようだ。だがそれでも二人も腐っても、それなりの戦場をくぐり抜けてきた兵士だった。声に緊張なんかはにじみ出ているが、律しようとしていた。
「まぁ……なるようにしかならんでしょう」
そんな中私は……本当に分かってなくて、そこまで緊張していなかった。何せ体験していないのだから。本音を言ったのだが……他の隊員からは飽きられられた。
「お前……マジで凄いな?」
「いや……ここまでくると逆じゃないか?」
「失敬ですね?」
隊長と副隊長からなかなかなコメントをもらってしまう。
「申し訳ないけどP1、私も同意」
「私は……ノーコメントで」
「凄いですね。私は緊張で体が異変起こしてるのに」
燐中尉、璃兜少尉、真矢さん、残りの部隊員から口々に色々言ってくるが、それも無理からぬ事だろう……とは思うのだが、それは私も同じではあった。
そしてそんな下らない話をしている間に……私のパワードスーツの固定が完了する。それと同時に突撃艇が射出場所へと動き出し……千夏司令から通信が入った。
「では最終確認だ」
淡々とした口調。いつも通りだった。恐らく……作戦が始まった事で覚悟が決まったのだろう。先日少しだけ動揺していた姿は完全になく、普段通りの司令の姿を見せていた。
「最後の部隊として巣に突撃し、内部の調査と巣の破壊……最低でも巣の成長を阻害するほどの破壊工作をしてもらう。それと平行して、宗一暫定少尉を何が何でも連れて返ってこい。無論貴様ら全員の命もだが……そのためには、マテリアル兵装を含めて装備の破棄をしてもかまわない」
「「「了解」」」
動いていた突撃艇が停止した。準備が完了したと言うことなのだろう。そして完了したならば……作戦が決まっている以上、待つ理由はない。
「では……健闘を祈る」
そんな言葉と共に……凄まじい加速によるGが体を襲った。それはまさしく衝撃と言って良いほどの力が、私の体を襲った。
「ぐっ!?」
降下が終えた時の……減速のためのGとも違う凄まじい衝撃。一瞬意識が飛ぶような感覚があったが、それでも開始早々意識を失うわけにもいかない私は、歯を食いしばってその衝撃に耐えた。
しかし……悲しいことに直ぐに次の衝撃が体を襲った。
!!!!
「ごはっ!?」
何の衝撃かは考えるまでもない。突撃艇が巣へと衝突……巣の内部へと突貫した際に発生した衝撃だ。一応固定しているハンガーにそれなりの衝撃吸収装置は搭載されているのだが……そんな物など気休めにしかなっていなかった。私一人だけが、衝撃による悲鳴を上げてしまった。
「ぼさっとするなP1! 散会して陣形を組め!」
そんな素人丸出しの私に怒声が飛ばされる。その言葉通りのために何も言えず、私は何とか心と体を落ち着かせて、ハンガーから離れて突撃艇の外へと出た。
すでに他の隊員達は展開を完了していた。ある種仕方のないことだが思うのが本音だったが……それでも覚悟を決めて入隊した以上、弱音を言う権利はすでにない。もう少し超加速や衝突の訓練を積もうと誓った瞬間だった。
「各員、状態報告」
「P1問題なし」
「P2問題なし」
「P3問題なし」
「P4問題なし」
「P5問題なし」
「PL問題なし。三十秒この場で待機し……出来る限りの情報を収集」
各機体に搭載された計測器で情報を収集する。私のオーラスーツにはそんな機器は搭載できない。故に私は……努めて冷静になるように、周囲をゆっくりと見渡していた。
(おかしなところはないか?)
おかしいところだらけというのが私の本音だが、それは置いておく。蠢く生肉のような見た目の壁や地面。血管のようなものも幾重にも走っており……何かが流れているのが見て取れるほどに、その血管のような物は脈動していた。訓練で吐き気を催したおかげで、少しは耐性が出来ており……何とか耐えることが出来た。
そして……私のパワードスーツで見渡せるということが、この巣の内部があまりにも広大な空間であることを示していた。
予定通り巣に突撃したのであれば、巣の根本付近に突き刺さるように突撃し、穿ったはず。つまり今は地表すぐのところといっていい。そんな場所だというのに、私のパワードスーツが、望遠装置込みで見渡せるほどの広大な空間がある。
FMEが様々な種類がいるのは知っているが……どれもこれほど広大な空間が必要なほどの巨大なサイズは、シャオロンのような超巨大種しかデータにない。
ならばこの広大な空間は一体何のためにあるのか? それを考えると……この異様な巣の内部に、おぞましさと不気味さがより際だつように思えた。
「時間だ。報告」
「P1、周囲を見回したが敵影なし」
「P2、計測機器によると近くに敵はいないわね。でも……巣自体をFMEと取られているみたいだから、ある意味で常にいる、計測器にはでてるわね。また地下に空間があるのは間違いないみたい」
「P3、私もそうみたいです。宗一少尉と同じく、周囲を見渡せるだけで見た限り、敵影はなし」
「P4、私もそうです」
「P5、同じく」
「PL俺もだ。真面目に何もわからないな? だがまぁ……敵が近くにいないのは何故なのか? 朗報なのか悲報なのかも不明だが……ともかく地下に向かうとしよう。各員、一瞬も油断するな」
敵の巣の中だ。どこからFMEが飛び出してくるかも分からない状況だ。そして巣の内部ということであれば……未確認種が出てくることも、十分にあり得る話だ。警戒しすぎというくらいに、警戒をして損はない。
「まずは地下に行けそうな階段や、穴がないか少し内部を捜索する。最悪は……地下空間に通じてそうな床をぶち抜いて行く。地下から突然敵が飛び出てくることも想定して、下に十分注意しておけ。目がいいP1、P3、俺が上空警戒だ」
「「「了解」」」
地下へと通じる道があるのかは限りなく疑問だったが、最悪は薄いところをぶち抜いて進むというのは反対する余地もない。そうして皆で円陣を組んで、全方位を警戒して歩き始めて、しばらく経った時だった。
「待っていた」
そんな声が脳裏に響いたと認識したその瞬間、私の意識は途絶えた。




