作戦発令
私がシャオロン討伐と同時に意識を失い数日が経ち、目覚めてから更に一週間が経過した。目覚めた初日こそ休日となったが、それ以降は毎日FMEの間引き任務を受けて、私たちパラレル部隊は関東平野外縁部のFMEを掃討していた。これには私の体調及びパワードスーツの確認も含まれているため、そこまで過酷な任務ではなかった。
それは私たちだけではなく、他の部隊も同様だったようだ。なるべく軽めに……被弾を極力しないという命令を出してまでの、軽めの任務だった。さらに言えば、その任務で……誰かしらは見かけるはずのシャオロンを、誰も見かけなかったという話が出回っていた。
誰もが「大規模な作戦が発令される可能性が高い」と、噂をし始めるのは十分すぎる状況だった。そして……私がシャオロンを討伐したちょうど一月後の21時だった。
翌日の当直を除いた全部隊の隊員は0830に大会議室へ集合すること
という、通信が来た。
(ついにか……)
間引き作戦を行いつつ、就業時間後は必ずダヴィさんの研究室へと足を運んで、診察を受けていた。しかし特段問題は見あたらなかった。未だに突然意識を失ったのは不明なままだが……いつまでも経過観察をしている余裕もない。
幸いと言うべきか、あれからシャオロンのような、巨大なFMEが出現することは今のところない。巣が成長する一歩前と言うことで、シャオロンを復活させる余裕がないかも知れないというのが、ダヴィさんの推論の一つだった。
これには私もおおむね賛成だったが……何か違和感を覚えていたのも事実だった。
(まぁいないに越したことはないのだから、それは別にいいのだが……)
あんなのの相手は二度とごめんなので、いないことに違和感を覚えるのもある意味おかしい。拭いきれない違和感はあるにはあるのだが……それに関しては黙殺することとした。
それよりも問題なのは、明日以降のことである。この文面と、すでに他部体が知り得ない情報を鑑みるに、極東一号に対する大規模作戦なのは疑いようもない。しかし……それをまだ任官して数ヶ月しか経たない私がでるのは、不安でしかなかった。
以前に他の隊員にも話を聞いたが、極東一号を攻略するような大規模な作戦は滅多にないらしい。他の人間には絶対に聞かせられない感想として、それは当然といえる。
何せ物量に圧されて、徐々に後退しているような状況だ。敵の巣を攻略するような余裕があるはずもない。あるとすればそれは当たって砕けろと言うか、滅び行くならばいっそ道連れにする……といった玉砕覚悟の自殺上等の特攻作戦くらいだろう。
今回はシャオロンを討伐したことで、それなりに余裕はあるのも事実。しかしそれでも巣が成長した場合、最悪の事態になるのは目に見えている。調査が出来てないこともあるため、かなりの難航が予想されるが二の足を踏んでいる場合ではないだろう。
「巣の完全破壊、もしくは成長を阻害できるだけの損害を与えるか……」
以前に聞いた巣の成長。それに伴ったFMEの生存圏の拡大。それだけは何としても防がなければならない事だった。
「さて……私は一体どのような役割を求められるのだろうか?」
非常に気になるところではあるのだが……流石にそこまで贔屓をしてくれないようで、新たに連絡が来ることはなかった。夜更かしする訳にもいかず、私は普段通りに布団に入った。寝れるのかが少々不安だったのだが……気味悪く思えるほど冷静で平静のままで、私はいつの間にか眠りについていた。
翌日は当直以外は全て大会議室集合と言うことで、食堂がごった返していた。予想できた事だったので普段よりも早めに起床して朝食をとり、その後部屋で日課の素振りを行っておいた。その後、私は食事を終えた真矢さんに案内されて……大会議室へと足を運んだ。
部隊ごとに座る形のようで、私と真矢さんはすでに集結していた、他の隊員と共に席に着いた。
「おい、スゲー構成員の部隊があるぞ?」
「どこの部隊だ?」
そうして席に着いていると、後から来た他の隊員に小声で話している内容が聞こえてきた。その内容を判断するに、やはり私以外の人間は非常に優秀なのは、周知のようだ。
(まぁそれはそうか……)
貴重な最強兵装であるマテリアル兵装は、一部隊に一つというのが本来の形だ。それだというのに、部隊全員が使用を許されているだけにあきたらず、ドゥ大尉に至っては歩くマテリアル兵装武器庫だ。
あげくに、私の存在は未だ公表されていないようだが……私の装備はマテリアル兵装そのものといってもいい、パワードスーツだ。破格の部隊待遇と言っていいだろう。
そして今のこの状況……オーラスーツに搭乗していない……で、隊員達の顔を見ただけですごいという感想が出てくると言うことは、私以外の隊員は有名なんだろう。と思っていたのだが……
「……あの男、少し前に合った愼司中尉との演習相手だった奴じゃないか?」
「見た覚えがあると思ったらあの男か? 確かあいつ新兵どころか訓練兵じゃなかったか? まさか訓練兵も招集しているってのか?」
そんな会話が近い部隊から漏れ聞こえてくる。それなりに上品というか……あまり嫌みったらしい人間は少なくとも周りにはいないようで、明らかに侮蔑というか侮辱的な事を言ってくる人間は、いなかった。
意外にも私もそれなりに顔は売れてしまっているようだ。今回の作戦においてどのような役割を命じられるかは謎だが、漏れ聞こえる内容からまだパワードスーツは知られていないようである。
しかし作戦いかんによっては、パワードスーツが完全に公のもとになることは、間違いない。これ以上目立つと面倒なことになること請け合いなので、できればごめんこうむりたいのだが……まぁ無理な話だろう。
無駄話をするのもどうかと思って黙っていたら、開始時刻となり……会議室奥にある壇上の脇から、幾人かの人間が出てくることで皆が会話を自主的に止めていた。そこら辺はさすが軍隊といったと事だろうか。
出てきたお偉方が着席したと同時に、今度は逆にこちら側の部隊員全員が起立し、敬礼を行った。私も少し遅れたが、起立し敬礼を行った。
「時間になった。遅刻した馬鹿者はいないだろうが、これより作戦会議を始める。質疑応答は最後に行うので、途中で質問することは許可しない。では休んで着席しろ」
千夏司令がそう言って、早速とばかりに手元にディスプレイを投影させた。それに連動して千夏司令の裏の壁にも大きなディスプレイが投影される。プロジェクターを用いた大型の研修ないし発表会を思い出してしまった。
(学生の頃は寝てたなぁ)
「本日集まってもらったのはほかでもない。極東一号に対する攻撃作戦が主題となる。なお、これからの作戦内容や、開示されたデータなどは守秘義務が課せられるので、くれぐれも注意しろ」
千夏司令のそのセリフに、一同がざわめいた。それも無理からぬことだと思えた。先日時間を見つけて勉強したことが、超大型の敵がいるような地域の巣に対して、攻勢に転じることができた例は今のところ存在しない。
むろんしなかったわけではないが、その作戦はすべてことごとく巣から部隊が帰還しないという失敗に終わっている。しかも現時点で超大型の敵を討伐したことがまだ明かされていない。ざわめくのも当然と言えた。
しかしそれもすぐに収まった。千夏司令が壇上にいる状況の大事な作戦会議なのだ。無駄口を叩くような状況ではない。
「皆が驚くのももっともだが、それをしなければならない理由がある。それは巣が成長段階に移行したと、データを解析した結果判明したからだ」
その言葉に誰もが息をのみ……より真剣になり、姿勢を正した。巣が大きくなった場合のことは、この世界の軍事従事者ならば誰もが知っていることだからだ。もともとふざけていた人間は一人もいなかっただろうが、それでもより真剣にならざるを得なかった。
「当然それを防ぐために、巣に対して攻撃を仕掛ける。そして皆も知っていると思うが、巣に積極的な攻勢を仕掛けられなかった理由として、シャオロンがいたことが原因だ」
これは誰もが分かっていた事実。オーラスーツの携行兵器などでは、あの巨体に効果があるはずもない。シャオロン討伐のために開発されていたオーラキャノンは、理論上ですら……シャオロンを殺すことは叶わなかった。
(恐らく、オーラキャノンの存在は公にはなってないだろうが)
「ここで初めて情報を開示するが、ちょうど一月前に関東平野を徘徊していたシャオロンは、討伐が完了した」
「「「!?」」」
今度ばかりは流石に隊員達も動揺を隠しきれず、誰もが驚きの声を上げてどよめいた。しかし私たちの部隊の直ぐ側に着席した部隊は、私たちが驚いていないことに気付いて、再度驚いている様子だった。
私たちが討伐したという予想が、脳裏を駆けめぐっているのだろう。そしてそれが可能かも知れないという推論を成り立たせる材料が、この部隊にはある。部隊員が私を除いた全員が、確かな実力を有していることで有名だからだ。
「シャオロンという最大の障害がなくなった今……成長する可能性が高い極東一号を放置しておく理由は一つもない。よって、関東外縁部の三基地より戦力を結集しての、極東一号攻略作戦を発令する」
その言葉と同時に、千夏司令の背面に投影されたディスプレイに、作戦名が掲示された。
『極東作戦』
実にひねりのないシンプルな作戦名だ。しかしだからこそ……力強さがあると言っていいだろう。何よりもシャオロンが討伐されたことで、極東一号を攻略することが可能な状況が、唐突とはいえ提示されたのだ。それは……この世界の人間にとって、どれほどの希望となったのかは考えるまでもない。
極東一号がこの日本……大和国に出来てからすでに数世紀の時間が経過している。関東平野に都市が、街があったのはそれに比例した遙か昔の話だ。故に、この関東平野を故郷とする人間は、この世界にはもう誰も存在しないだろう。
しかしそれでも、夢想しなかった日はなかったはずだ。敵の……異星起源生命体に侵略されてしまったこの関東平野を、人類の手に奪還する日を。誰もが夢物語だと分かっていた。それでもいつの日か……自分が駄目でも子孫が。そういう希望を抱けたからこそ日々戦えていたはずだ。
超大型種の敵がいなくなった今、巣の内部構造がわからないという、決して軽視はできない不安要素こそあれど、最大の障害はすでにない。さらにこのまま放置すれば、基地が敵に飲み込まれるという未来が待っている。最善ではないが最悪ではないこの状況下で、指をくわえておとなしくしていられるわけもない。
むろん死の恐怖もあるだろう。しかしそれ以上に……他者のために力をふるうその思いが強かった。
「作戦開始日時は本日より五日後の6月15日。作戦開始は0700だ」
関東平野が奪還できるかもしれない、まさに運命の日ともいえる日付が、明かされた。早すぎず、遅すぎずというような日時に、私としては思わず首をかしげたくなる日数だった。
だが機体の調整や、人員の体調を整えるという観点からみれば、妥当なのかもしれない。特に機体調整については整備兵頼みだ。ここらの感覚は全くわからない。これだけでも、自分が新兵未満であることをよく認識させられた。
「まずはこの秩父前線基地に配備されているオーラキャノンにより、巣へと直接攻撃を行う。前回超大型種の討伐の際に使用された新型だ。これを超大型相手ではなく、現在巣への直接攻撃用に、調整を進めている」
調整の詳細については明かされなかったが、バリアを打ち抜くための貫通力よりも、より広範囲を破壊できるための出力が主な内容だろう。
「続いて、巣へと続く一本道を作るように、地上に向けてなぞるようにオーラキャノンを発射。これを三度行い、部隊が突入するための突破口を開く」
実物を見てないので何とも言えないが、基地に配備されているということは、多少の移動が可能な兵器のはずだ。そこまで大口径だとは考えにくい。部隊突入のための突破口を、三度発射すると強調したということは、部隊突入の数は……
「部隊を突入させるための突撃艇を、現在急ピッチで制作している。それに乗って体力の消耗を最小限にして、三部隊が突入を行う。付け加えて、ほかの二つの基地からも同様に、オーラキャノンによる巣への攻撃、突破口のためのなぞる攻撃を三度、同様に行う」
オーラキャノンがこの基地だけでなく、別の基地にも配備されているのを初めて知ったので、私は少々驚いていたのだが、周りが驚いている様子は見受けられない。おそらく超大型に特化したものは、この基地にしか配備されてないということだろう。
(開発者が中佐ということを考えれば、まぁ妥当か)
「内部構造がどうなっているのかはまったくもって不明だが、しかし超大型種を討伐したという絶好の機会に、手をこまねいてみているわけにはいかない。それは前線部隊の諸君だけじゃない、私たち上層部も同じ気持ちだ」
力強く紡がれたその言葉に、誰もが力強くうなずき返していた。突入する部隊を先に言うことで、こまやかながらも士気向上を狙っている。さらに千夏司令の言葉には、非常に力強さと訴えかけるものがあった。極めつけが作戦会議の説明だけだというのに、この気迫。
(なるほど……これがカリスマか……)
ゲームなどでよく言われるカリスマ性。それが間違いなく千夏司令にはあった。それだけではなく、実力揃いの一流とも言える私の部隊の隊員全員の千夏司令に対する信頼を鑑みるに、実力もあるのだろう。
「奮闘空しく、この関東平野をFMEに侵略を許さざるを得なかった、祖先に……恥辱を味わいながら敵に飲み込まれていった同胞のために、この作戦、何が何でも成功させるぞ」
その言葉に込められた万感の思いが、この世界の住人ではない私にも、訴える何かを感じずにはいられなかった。




