懺悔
夢を見ていた。
宇宙で生まれた……巨大な惑星の一つ。
それが長い時間、孤独でいた。
そのうちに……長い長い旅路を経た小さな惑星がぶつかった。
そうして二人は互いに互いを認識し……共に想い合った。
引かれ合って、長い、長い年月を共にいた。
長い、長い年月が過ぎて……照らされるだけの地の夜に、光が生まれた。
それはあっという間に地を埋め尽くして……地の部分を覆うほどの数と強さを得た。
夜でありながら昼のような明るさを得た。
そしてその間にも……その地では数多の小さき存在が生まれては消えていった。
時には膨大な数が消えていく。
最初こそ数が少なかったそれも、やがて膨大な数に昇り……
そして時間が経つに比例して……数が失われていくその時間も、瞬きにすらならぬほどの刹那の時間に、それ以上の多くが消えていった。
凄惨すぎるそれに心を痛めたそれはやがて……
それは仕事を始めてそれなりの年数を重ねた時だった。
我が家で飼っていた一匹の犬が、死んでしまったのだ。
犬は、姉の友人の家の犬が妊娠し、その内の一匹をもらってきたものだった。
もちろん勝手にもらってきたわけではない。
友人の家で犬が生まれたので、姉が飼いたいと言い出したのだ。
父はそれに賛成した。
父も若い頃に犬を飼っていたそうだ。
母は中立だった。
四人家族の中で私は唯一反対した。
自分のことで手一杯だと。
しかし民主主義という名の平等の多数決で、犬を飼うことが決まった。
当時、私は小学校の高学年だった。
それに対して姉はすでに中学生。
部活動をしていた、反抗期真っ最中の女子中学生。
私と姉が通った中学校は、それなりに部活動に力を入れているところだった。
故に……帰りが遅くなるのは必定。
それに対して私は小学生。
どちらが暇なのかは言うまでもない。
そのため散歩係は私の仕事になった。
その犬を当時は嫌っていたと思う。
犬が死に、その上で私はそれなりの年月を生きてきた。
流石に小学生の感情を覚えてはいないが……よく散歩を誤魔化していた事は、覚えている。
姉は運動系の部活に入っていたのだが、それでも体力がなかった。
倒れるほどではないが、母が車で迎えに行くことが多かったのだ。
その間に散歩に行ったことにして、餌だけを与えることがほとんどだった。
時が過ぎて私が中学になれば、流石に平日の散歩はできなくなったが、休日は今まで通り私だった。
姉は花の女子高生で青春真っ盛り。
散歩など行くわけもない。
そのため……このときも私は散歩に行ったと誤魔化していた。
大学もそうだった。
仕事を始めた後も、いわゆる子供部屋おじさんだった私は、散歩を誤魔化していた。
全てを誤魔化したわけではないが、それでも誤魔化せるときは誤魔化したし、行っても短い時間しか行かなかった。
だが……それも犬が倒れるまでだった。
犬が倒れて、生死の境をさまよった。
その時ひどいことをしていたと……私はひどく後悔をした。
生死の境をさまよっている時は、母と二人でずっと玄関に入れた犬の側にいた。
それが功を奏したのかは謎だが……犬は奇跡的に一命を取り留めた。
だが……片方の足がうまく動かせなくなり、普通に歩けなくなってしまった。
その姿を見て……私は本当に愕然とした。
あれほど走り回っていた犬が、走るどころかまともに歩けなくなってしまった。
それを悔いて……出来る限り散歩を行くようにした。
今度は誤魔化すことなく。
そのおかげと……自分の都合の良いように解釈すると、倒れてからずいぶんと長生きした。
だんだんと歩く距離が短くなり……最後は家の前を少し往復するだけになってしまった。
そして最後の年は……正に介護といっていい状況だった。
おむつを履かせても……おしっこはうまくいくのだが、うんこをうまく収められず、おむつから出てしまうことが多かった。
そのため毛にうんちが付いてしまって、それを取れと深夜に鳴くのだ。
それが……本当にきつかった。
まともに寝れず……愚かな事に再度私は犬に冷たくなってしまった。
その時は、職場のパワハラで悩まされていた年だった。
更にタイミングが悪いことに、父が単身赴任になったために、母がその赴任先によく赴いていたので家には私一人だった。
無論面倒は見ていたが……冷たくなってしまった。
そして最後の晩……私は夜中に犬が鳴いたのを聞いて飛び起きた。
もう本当に危なくなっていたために、何かあったのかと心配になったのだ。
そして起きて一度様子を見に行って何ともなかったので、再び自身の布団に入った。
そして翌朝に……私は母の泣き声で目を覚ました。
私が聞いたあのときの鳴き声が……本当に最後の鳴き声だったのだろう。
何故……私はあのとき最後の最後だったあのときに、側にいてやれなかったのか。
犬が倒れた時に後悔したというのに。
最後の最後の瞬間に……私はあいつの側にいてやることすらも出来なかった。
人間は、余裕があるときは他者に優しくできるが……余裕が無いときは優しくなれない。
正に典型的な自分の本意の人間であると……まざまざと現実を突きつけられた瞬間だった。
一番面倒を見ていたのは私だった自信がある。
倒れてからの面倒は特にそうだった。
だが……最後の最後に優しく慣れなかった私に……
それを誇る資格はなかった。
これがあったから、私は自身が辛いときに、人に優しくなれない人間だと悟った。
だからというのは卑怯かも知れないが……私は恋人を作ることも、嫁をもらうことも出来なかったと思えた。
何せ、私はひどい人間なのだから。
言い訳はいくらでも思い浮かぶが、それは当然言い訳だ。
どれだけ言葉を重ねても……悔いて悔やんで泣きわめいても……
あいつの死に際に……一緒に寝てやることすら出来なかった、冷たい人間なのだ。
懺悔でもしているつもりなのか?
懺悔にもならない……それは断言できた。
どれだけ懺悔しようとも……あいつにひどいことをしたのに代わりはない。
今でも思う。
私が心身共に余裕が出来た……あいつが死んでから数年後に、まだあいつが元気でいたのならば……
毎日一時間は散歩に連れて行ってやる自信があった。
中学からオタクまっしぐらだった私には、散歩の時間すらも惜しいほどにいろいろなことに熱中していた。
だから、散歩をおろそかにしたのだ。
あいつが死んでしばらくしてから、私は生涯で一度だけ……明晰夢と断言出来る経験があった。
夢の中であいつが私に甘えてきたのだ。
足下に近寄ってきて私はそいつの頭を撫でていた。
その瞬間に悟ったのだ。
これは夢だと。
こんなに元気なあいつの姿を……私は数年前に見ていたはずだ。
その時も、本気で嫌ってはいなかった……むしろ好きだった。
あいつのことは。
大好きだった。
それは最初からだった。
親犬から離されたその日、初めて我が家に来たその日。
あいつは一晩中、心細そうに鳴いていた。
小中高大の学生時代は、いくらでも寝れていた私だったが、そんなあいつの鳴き声に負けて、最初の夜明けの早朝……ずっと玄関に入れていたあいつと遊んでいたのだ。
嫌いなわけがない。
あいつ自身は大好きだった。
ただ……散歩に行くのが嫌いだった。
だから……足下に来て甘えたあいつの頭を撫でていた私は……
夢の中で泣いて謝った。
「ごめん……ごめんな」
あいつの名前を呼びながら、私は頭をなで続けた。
そして……目を覚ました。
涙を流して。
都合の良い夢を見て……私は早朝だったが思わず小さく笑ってしまった。
懺悔のつもりなのか?
都合が良いのは分かっている。
夢の中で、嫌うことなく謝ることが出来たのは、よかったと自身で思った。
しかしそれも都合が良い……自分を肯定することは出来なかった。
そしてそれから数十年。
親の介護はまともに出来たが、それが果たしてうまくやれたのだろうか?
時々ふと考えることがあった。
両親はどちらも大好きだった。
だからまともに出来たと……思いたかっただけなのかも知れない。
そんな……後悔を思い起こして……
何故か私の意識は覚醒した。




