意識不明
シャオロンの討伐を果たした……歴史的快挙を私たちの部隊は成し遂げた。正しくは成し遂げたのは宗一さんだったけれも、部隊としても、何よりも人類にとってもこれほどの快挙を成し遂げた事例は、戦史を見てもないものだった。
だというのに、私は沈んだ気持ちでダヴィ中佐の研究室へと、運んでいた。山崩し作戦終了より、すでに数日の時間が経っているというのに……宗一さんは未だに意識を失ったままだった。
シャオロンを討伐し、皆が集まって帰還しようとした時……立ったまま意識を失ってしまった宗一さん。そして……その意識喪失に呼応するように、周囲のFMEが大挙として私たちに襲いかかってきた。
幸い、逃げに徹したこと、そして宗一さんが人とほぼ同じサイズと重さであったことで、私のオーラスーツだけで運ぶことが容易だった。だから、私も何とか片手だけでも応戦が可能となって、無事に輸送機へとたどり着くことが出来た。
しかし輸送機で一息吐く余裕など、あるはずもなかった。輸送機に到着し、宗一さんの状態を輸送機の機器で調べ、さらにダヴィ中佐が遠隔でモニターもしてくれたけど、輸送機では何もわからずじまいだった。そして基地に帰投して直ぐにダヴィ中佐の研究室へと運び込まれて、そこから回復したという連絡は来なかった。
私たち残りのパラレル部隊の人間は、大規模な作戦が一応終了したこと、そして宗一さんの意識不明の関係で、帰投後は直ぐに全員がダヴィ中佐の研究室で話をすることになった。けれどそれでも原因は不明であり、また作戦後ということもあって、翌日は機体の整備という名目の休養を与えられた。
しかし私はじっとしていることが出来ず、せっかくの非番だったけどダヴィ中佐の研究室へと連日足を運んでいた。研究室に来たからといって、何かが出来るわけではないけど、ただ側にいたかった。邪魔になるかもと危惧したけど……ダヴィ中佐がキチンと許可を出してくれた。
むしろ、宗一さんの側に私がいた方が何かおこるかも知れないと、楽観的にそんなことを言ってくれた。私を元気づけるための言葉だって、直ぐ分かった。
何せ、宗一さんの容態を調べる表情そのものは真剣そのものであり、睡眠時間を削ってまで宗一さんの体を調べていたのは、目の下が少し落ちくぼんでいるところを見れば、明らかだったからだ。
「確かに私は誰もが認める天才だけどね? 一人の女……それどころか少女といって差し支えのない年齢なのだよ? そんな私が睡眠時間を削るのは……まだ成長途中の私の体に深刻な影響を与えてしまう。よって緊急時以外は、基本的に最低限寝るべき時間は寝させてもらうよ?」
そう笑って公言しているのだ。実際睡眠時間の低下によるパフィーマンスの低下は、好ましいことではない。そんなダヴィさんが、宗一さんの容態を必死になって調べていた。
もちろん重大作戦遂行中では、睡眠時間が少ないなんて言ってられないけど、平時に無理をしては、無理をすべき時にも無理が出来なくなってしまう。私としても、ダヴィさんの言葉を非難するつもりは一切なかった。
「マヤ君。そう強ばった顔をしないで」
出来ることがあるわけもない私は……ただ宗一さんの側にいることしかできていなかった。故に気分が沈んでしまっていたのは間違いなかったのだけれど、ダヴィ中佐にそういわれるまで、ただ俯いているだけだった。
「も、申し訳ありません」
「謝る必要性はないけどね? 周りが沈んでしまっていては、ソウイチ君も目を覚ますにさませないと思うよ?」
そういって茶目っ気たっぷりに笑っていた。そんなダヴィ中佐も疲れがにじみ出ているのが分かって……その笑顔が強ばっているのが分かった。実際ダヴィ中佐の心労たるや……私の比ではないだろう。
何せシャオロンを、事実上単身で討伐した宗一さんが意識不明になってしまったのだ。シャオロンという関東平野最大の障害を排除できたのは、喜ばしいことなのは間違いない。
しかし次に控えているのが極東一号という……大和国どころか世界的に見ても大きい部類に入る、FMEの巣を攻略しなければならないという、世紀の大規模作戦がこの後に控えている。その作戦がいつ発布されるのかは謎だが……先日のシャオロン討伐前に教えられた秘匿事項の情報から、どんなに長く見積もっても二ヶ月以内には関東三大基地というべき佐野前線基地、筑波前線基地、秩父前線基地の合同で、極東一号を破壊……最低でも巣の成長を妨げるだけの、損害を与えなければならない。
その大規模作戦の会議の関係で、シャオロン討伐以降は千夏司令はほとんど寝る間も惜しんで会議を行っていた。シャオロンの討伐については、未だ周知されていない。恐らく混乱を避けるために、大規模作戦の発動タイミングで公表するつもりなのだろう。
(大規模作戦……)
関東平野を、人が住まない平野へと変えた……FMEの大型の巣。他にもいくつかの巣が大和にはあるけど、それでも平野部という地形的条件も相まって、間違いなくアジアでは最大規模を誇るサイズの敵の本拠地とも言える場所。
その巣を守るように関東平野を徘徊していた……シャオロン。その巨大すぎる敵がいるために、今まで大したことを行うことが出来ていなかった。それは攻撃だけではなく、調査も含まれる。
そう……この関東平野がFMEによって支配されて、すでに百年以上の年月が流れている。その間に……わずかでも極東一号に侵入できたことは一度もなかった。それはすなわち……敵の巣がどのような事になっているのか、まるで分からないと言うことだ。
これは何も極東一号……大和だけの問題ではなく、FMEとの戦争が始まって以来、FMEの巣を損壊させることは出来ても、破壊、完全撤去を成し遂げた国はどこにもない。故に私たちだけでなく、世界中のオーラスーツパイロットも、研究者も、学者であっても……誰一人としてFMEの巣の内部構造を知るものはいない。
しかし推測や考察は出来る。ましてやFMEは地中から突如としてこちらを攻撃してくることすらあるのだ。巣が地上だけでなく、地下空間を構築して建設されているのは、誰もが容易に想像できる。
地上部分を破壊すれば間違いなく成長を止めることは出来るだろう。しかしそれだけだ。直ぐに再生を始める可能性があるし、何よりも地下空間も調査、制圧しなければ……関東平野を奪還したとは言えないだろう。
かといって完全に未調査の地下空間に侵入するのは、あまりにも現実的ではない。というよりも、もしもそんな命令を下されるとするのならば、それは特攻命令以外の何物でもない。確かに巣の成長が予測される段階に至ってしまった以上、悠長な事は言ってられなかった。
けれども……いまだ誰も見たことがない、敵の巣。その深淵に、いったいどんなものがあるのかは想像もできない。もっと言えば想像したくないといえなくもなかった。あれだけの巨大生物を生み出した巣のその内部に、どれほどの数の敵が、種類がいるのか……そう考えただけで身震いしてしまう。
死ぬだけならまだいい。けれどFMEとの戦いであって、「死ぬことが出来る」それは最上の死に方といっていい。人として死ねるのだから。飲み込まれ、取り込まれるという、骨すらも残さない……そのあまりにも無残な「消滅」という死を目の当たりにした恐怖は、今も私の心の中にあまりにも重い影を落としている。
正直に言うと……私は宗一さんが意識を失ってほっとしてしまっている自分がいることに、気づいていた。この人はすごい。あまりにもすごすぎると……情けない言葉でしか言い表せないほどに、この人が今まで行った出来事はすさまじいことだ。
ひどい言い方をすれば異常であり、おかしいといえる。言い切れてしまうほどに異常だった。行ったこと自体の数は多くはない。けれど行った全てが異常なのだ。
大型種の撃破、超大型種の単身撃破。おそらく私たちの部隊と、千夏司令、ダヴィ中佐以外に、世界中の軍事関係者すべての人が絶対に信じないと、断言できた。それほどまでに、宗一さんがしたことは異常なのだ。
ゆえに……宗一さんが巣の調査に任命されるのは間違いないと、私は確信していた。巣にどんな脅威が待ち受けているかわからない。ならばシャオロンすら討伐することができた宗一さんに調査という任務を与えるのが、妥当だと考えるのは自然な流れだ。
逆の考えとして、貴重であり、異常ともいえる存在の宗一さんを失うわけにはいかないため、最前線に投入することを控える可能性もあるけど、現況、巣の内部の情報を一切知らない我々人類の観点からみれば……情報収集を鑑みて巣への突入が命じられるだろう。
そしてそれほどの貴重な存在を単身で突入させるわけがない。ゆえに……絶対に私たちの部隊が投入されることになるはずだ。
それに恐怖を覚えている。悪感情を抱いている。そんな私自身に気が付いて……気持ち悪さに思わず吐きそうになってしまった。命の恩人に対して、そんな命の恩人が意識を失ったことを少しでも喜んでしまった自分が情けなくて……宗一さんが横たわっているそばの椅子に座った姿勢から、思わず宗一さんから目をそらしていた。
宗一さんはいまだ意識を失ったままだ。昏睡しているといってもいいかもしれない。けれどそれも微動だにしないからこその分析だった。
宗一さんはパワードスーツを身にまとったまま気を失っているため、そんな状況下を推し量ることしかできない事態に陥っていた。幸いなことに、バイタルをチェックするための機械は何とか装着ができたことで、生きていることは確認が取れている。それしかわからなかった。
世界的に見ても権威ともいえるべき学者であり研究者でもある、ダヴィ中佐が診断してなお……生きていることしかわからなかった。
「なーに死にそうな顔をしているの?」
そうして私が何とか宗一さんに再度目を向けたとき、背後からそう声をかけられた。そちらに振り向こうとする前に、後ろから抱き着かれてしまって、その人物を見ることはできなかった。けれど声が聞こえた時点で誰だか分っていた私は、何とか気持ちを整えてから声を出した。
「どうしたの?」
「それはこっちのセリフよ? せっかくの非番なのにそんな死にそうな表情しちゃって。しかも愛しの宗一さんのそばにいるんだから、もう少しデレッとした顔したら?」
「愛しのって……。仮にそうだとしても意識失ってる人のそばでそんな表情してたら、私はただの嫌な奴になるでしょ?」
抱きついて首に回された璃兜の手をのけようとしたら、先に逃げられてしまった。体が自由になったので、私は向き直って抱き着いてきた人物へと目を向ける。
視線の先にいたのは、いたずらっ子な笑みを浮かべている璃兜。その璃兜の物言いに、私は少し眉をひそめる。
「仮にって言わなくていいわよ。そうでなければせっかくの非番の日に、三日続けて異性のお見舞いに足を運ぶなんてなかなかないでしょ?」
「それはそうかもしれないけど……」
「それとも考えすぎて自己嫌悪してる? 今回の場合だとそうね……宗一さんが目覚めないことで、調査しなくていいって考えてしまったことにショック受けてる感じかしら?」




