兜貫
極限状態において、自らが生き残るために脳が非常事態における本能として、自らの思考回路を加速させることで必死になって思考し、さらに肉体の限界のリミッターを解除するといわれている。これらはおよそ一般人であれば経験しないであろうことではある。
走馬灯というのは寿命とはいえ命の危機に瀕したため、生き残るために本能が働いて過去の記憶などを思い起こすことで起こる現象ともいわれている。おそらくこれが、普通の人間における、最初で最後の思考の加速体験といっていい。
話が逸れたがともかく、最前線の軍人、命の危機に瀕した事故等の経験でもなければ、思考が加速することによって生まれる「周りがゆっくり動いて見える」等の現象を体験することはほとんどない。
しかし今の私は現実としてその「周りがゆっくり動いて見える」という状況下にあり、その思考回路の加速と身体能力の向上が、この世界における、私の戦闘時においては確実に起こる現象となっている。それについて考える暇もなく、私は迫りくる敵の光球を必死になって避けつつシャオロンへと接近していた。ビームとして発射しないことでエネルギーが枯渇しないのか、それなりの連射速度となっている。感覚的に近いのは……三三七拍子だと思った。
しかし数mのサイズの光球が、思考加速、パワードスーツの身体能力向上の恩恵と併せてもなお、見えない速さで飛んでくるのだ。これらは思考の加速とパワードスーツの恩恵だけでは避けられない。それを可能としているのが先読み……というよりも、もはや未来視とでもいうべき先読みのおかげである。
それらもあって何とか回避しつつ距離を縮めているが、先ほどから微々たる距離しか近づけていないだろう。かといって焦って距離を詰めようとすれば、被弾する可能性が上がる。現況では焦る理由がないため、一歩でもいいから確実に安全に近寄っていくのが無難である。
そして近づくのも問題だが……正直近づいた後のほうが大いに問題があるといっていい。ドタマかち割りが有効といえたため、足への攻撃も有効になると思えなくもないが、あの巨体を支えている足のため、正直不安はあった。どう考えても、頭よりも足の方が頑丈であるのは、間違いないからだ。
しかし考えてもしょうがないことではある。
(案ずるより産むが易し、だめだったときはその時だ)
ダメだった場合の代替案がないのではあるが、「なんとかなる」と無責任に近い思考がなぜか頭の片隅にあったため、私は被弾しないことを第一として、敵へと接近していった。
敵も口より吐き出す光線か、光球しか攻撃手段がないらしく、目測だが尻尾の圏内に入っても光球でしか攻撃してこない。ビームを放たれて、回避することで流れ弾が味方にあたることを心配していたのだが、その可能性はなさそうで正直安堵していた。それは敵の足の圏内に入っても同様だった。
(あの巨体を支える足で、蹴りを放つのは難しいということだろうか?)
物理学的、生物学的に考えれば、巨大すぎる生物は重力圏内で活動するのは、非常に困難だと思われるのだが……正直詳しくは知らない……現に敵の巨大生物はこの場に存在している。尻尾の薙ぎ払い、足蹴りをしてこないのは態勢を崩してしまうことを危惧してなのか、それとも別の理由化は謎だが……ともかく攻撃はしてこない。
また敵に近寄れば近寄るだけ、その巨大さが仇となってこちらに光球による攻撃がしづらくなるので、接近出来たことで攻撃頻度が減少した。そのため、一気に駆け抜けた。
そして相手の足元にたどり着いたわけだが、全長100mの巨大生物の足である。人型ではないので目算でしか足の長さは測れないのだが、軽く見積もっても23mはあるだろう。言葉にすればそれまでだが、まさに圧巻の一言である。
しかし作戦中のため呆けているわけにはいかないので、私はシャオロンの足を自らの木刀の間合いに納めて、構えた。今この瞬間にもこの巨大な足で蹴飛ばされるかもしれないという恐怖がわが身を襲うが……それを押し殺して、気持ちを静めた。
先ほどの頭上の時と違って、大地をしっかりと踏みしめられる。リズムに合わせる必要もないために、準備はすぐに整った。
「っ!」
大上段に振り上げた木刀を振り下ろす。目指すは眼前にある巨大な爪。視界を埋め尽くしている巨体を支える足の、さらに先にある爪を破砕するために。爪を破砕して神経に行き着いてダメージを負わせるイメージで、木刀を振るう。
敵が通常の生物と考えるのは愚かしいことかもしれないが、現況では敵の体勢を崩すにはこれしか方法がない。あまりにも巨大すぎるために、爪先どころか爪の先の先。そこを針の先にも満たないサイズの木刀で殴ったところで、本来であれば毛筋ほども痛痒を感じないだろう。
普通に殴っていればの話だ。
先に光の奔流に飲み込まれた時に聞こえた……声。それと共に流れ込んできた、イメージ。それらはあまりにも一瞬過ぎて理解出来なかったが、何となく思いついたことがあった。それを意識して……私はシャオロンの爪の先の先を殴った。
「■■■■■!」
常識的に考えれば痛がるはずもないのに、シャオロンが悲鳴を上げた。正しくは耳に聞こえず、計測機器の観点から見れば何も反応がないのがFMEという存在。
なのだが、前線に出た人間は誰もが、FMEが声を上げていると思っている。いわば聞こえないはずの声を上げて、シャオロンが悲鳴を上げる。
しかし明確にイメージが出来ていなかったことで、有効打にはなっていないようだ。そして半端に痛めつけたことが苛立ちになったのか、シャオロンの怒気が高まってよりいっそう此方を敵視したのが分かった。
(好都合)
この距離であれば薙ぎ払い攻撃でもしない限り、他の隊員に流れ弾が行く可能性はかなり薄まる。そして今の攻撃が通用したのであれば……それを精錬させていけばいい。
そして、振るったことで分かったことがあった。わかったという、確信めいたものではなく、ひどくあいまいな考えであったために……それが思考なのか? 私の願望なのかもわからない状況だった。ただそれがいけるという、漠然とした思いがあった。
その思いを頭で考えたとき、己が間違った思考をしていることを悟った。それが正しいかもわからない状況だったが、検証している余裕はない。そのため、無謀以外の何物でもないが、私は自らがイメージした状況を再現するために、跳んでいた。
「!? 何をっ!?」
ドゥ大尉が咄嗟にそんな言葉を吐いていたが、説明するほどの余裕はなかった。というよりも、耳に入っては来ていたが頭には入ってきていなかったのが、本音だった。
(こいつを殺すには……)
確信できたことでもないのに、なぜかできると……できなければならないという気持ち以上に、できるという無駄な確信をもとに、私はシャオロンの体を蹴ってさらに上へと跳んでいく。
(目指すは……)
思い違いというべきか……勘違いをしていたと、素直に思った。確かに弱点というべきコアらしきものが、胸部と頭部にあると認識していた。そのため、体積的に弱点が特定しやすい頭部を攻撃するために、足を攻撃して体勢を崩そうと考えた。
しかし、殴打して何故か分かった。その必要性はないと。巨大であり、しかも生物として扱っていることで、なんてことのないつまらない袋小路に、自ら陥ってしまった。
確かに生物の見た目をしており、弱点が存在しているのは事実。それでもシャオロンは普通の生物ではないのだ。先に自分でも考えたはずだ。通常の生物でない以上、失血死などはできないのだと。
ならば……弱点が胸部にある、頭部にあるからと言って、重大な内臓である心臓や脳があるわけではないはずだ。脊椎生物を殺す場合、頭部にある脳か心臓を潰すのが効率的であり、もっとも確実だ。なぜならばその二つの臓器は、決して他の臓器では代用できない臓器なのだから。
ではその臓器がない生物を殺すにはどうすれば良いのか? そもそもFMEが既存の生物と違いすぎるために少々返答に困る問いなのだが、それでも殺すことが出来ることは、すでに私は自らの手を持って、体験している。
頭部を……頭蓋骨を砕いてその内にある、コアという脳みそを潰そうと考えた。だからこそ、いくらパワードスーツとマテリアル兵装と化した愛用の木刀があるとはいえ、地に足を踏みしめての兜割が必要だと考えた。
だがその必要性はないのだ。相手は普通の生物ではない。確かにオーラバリアという固い膜に守られているのは事実だが……
それはオーラであって、頭蓋ではない。
ならば、それを破るのに必要なのは力ではない。
だ。
その不可思議な確信の気持ちを持って、私は跳ぶ。足の付け根、腕を経て……生身では決して届くはずのない高さへと躍り出て、眼下にいるシャオロンへと視線を投じる。分かっている事ではあるのだが、多少の距離が必要だと思えてしまう己の愚かしさに少々辟易するが……それでもやることは変わらない。私の跳躍が勢いを失い、重力に引かれて落ち始めた瞬間に……私は眼下のシャオロンに向かって、背中のブースターを噴かせて突撃した。
木刀は空中で振り回すことは叶わないので、前方へ向けて突きだしている。いわば自身を矢に見立てたかのようにして、シャオロンに向かって突貫した。生物学的に考えれば、よほどの速度と質量があったとしても、頭蓋骨という硬い殻に対して、直角になって矢を突き立てなければ殻に沿って流れるだけで、頭蓋を砕いて殺すことはできない。
しかしシャオロンは、あくまでも生物のような見た目をしているだけの、液状の生物。ゆえに既知の殺し方をする必然性はないのだ。コアを破壊すればよいため、それにダメージを負わせるだけで問題なく殺せる。
急速度で落下した私は、すぐにシャオロンへと接近して、激突した。
!!!!
すさまじい金切り音が、辺り一帯を響かせた。もはや衝撃波ともいえるそれを、パワードスーツ越しに感じながら、私は一心不乱に……敵を殺すことだけを考えていた。体感でしかないため、実際の自身の突撃速度がどの程度かは不明だが、突撃したものがそのままとどまっていることなど本来はありえざることだ。
しかし私は激突した体制のまま、宙に漂っていた。
「あぁ?」
ドゥ大尉が間抜けな声を上げるのが耳に入っていたが、私の脳はそれを認識しなかった。ただひたすらに……自身の で相手を貫くことだけを考えていた。パワードブースターの推進器から、爆風が吹き出し続けて私の腕と体に負担をかけてくる。そしてそれ以上に、巨大すぎるシャオロンがこちらをきちんと認識して、悪意を持って睨みつけてくるという恐怖が、私を怯えさせてくる。
しかし、それらを感じつつも……私は、見えないシャオロンのコアを頭の中でイメージして、それに向かって突き貫くことを、それのみを意識して力を尽くしていた。




