作戦会議
「……本当にやるのか?」
薄暗い部屋の中、千夏司令の重たい声が小さく木霊した。光源は空中に映し出された立体画面のみで、顔色をうかがい知るのは難しいが……その顔が苦渋に歪んでいるのが容易に想像できる。そんな声色だった。
「チカ司令ともあろうものが弱気だね。まぁ……正直私も同じ気持ちなんだけど」
立体画面のそばにいた、もう一人の小柄な人物の少し明るい声が響いた。しかし、その声には、無理して明るい声を出しているというのが感じ取れる、かすれがあった。
「でも……そう月日を待たずに、関東平野FMEは縄張りを拡張させる。それを裏付けるデータが……そろいつつある」
ダヴィが手元を操作して、立体画面の表示を変える。そこに映し出されたのは広大な関東平野の画像だった。それが次第に拡大していき平野の一部に、巨大な何かが映し出されたものだった。日本で言えば東京都心部にあると思われる、巨大な何かを映し出す。
それは関東平野に造られたFMEの巣。関東平野近辺に造られた前線基地の最終標的である関東平野のFMEの巣……通称、極東一号。
「この極東一号が、成長しようとしている兆候が確認された」
巣は段階的に成長し、その成長に伴ってその地域を支配するFMEの種類や数が拡充され、FMEは縄張り地域広めていくのだ。その判断基準はある程度データとしての指標があるが、それは軍上層部の機密事項の一つだった。
「極東一号が成長した場合、どこまで縄張り範囲を広げるかわからない。その前に、なんとしても極東一号を破壊、もしくは成長を阻害する程度に損壊させなければならない」
軍上層部の秘密事項であるため、当然千夏は巣が成長する場合の対処ないし……理想を知らないわけではない。しかしそれでもダヴィが自らの口で説明するのは……自らにも言い聞かせている意味合いも、あるのだろう。
「そしてそれを成し遂げるためには……どうしてもあの存在が邪魔になる」
「……シャオロンだな」
シャオロンという、二人が敵であると認識していると思われる単語。そこには憎悪というよりも……諦観に近い響きがあり、それが敵に対する感情を雄弁に語っていた。
「先日のソウイチ君の実戦データ。そしてそれ以降のデータを鑑みても……可能性は高い。私見を述べて良いのなら……現在開発中のオーラキャノンよりも可能性が高いと私は思っているよ」
「……正気か?」
「自分で開発してるから分かるんだよ……悔しいことにね。それにFMEに対する事で冗談を言えるほど、私もお気楽ではないよ」
手元を操作して新たな資料を表示させながら、ダヴィは大まじめにそう言い放った。それでもなお……千夏は渋っていた。
しかしそれも無理からぬ事と言えた。何せ標的がシャオロンなのだから。
「悲観的なことを言えば……ソウイチ君でも叶わなかった場合も想定して、この作戦は決行すべきだ」
叶わなかったとは……すなわち作戦失敗と同義といえた。それでもなお決行すべきだというダヴィは言い切った。悔しそうに唇を噛むその姿は……今までで一番大きな苦渋を、かみしめているようだった。
「それは……そうかもしれないが」
「仮に失敗したとしても、パラレル部隊は無事に帰ってこれるはずだ。だから「この作戦」において、本当に最悪な軍事的な意味で……心配すべき事はない」
苦渋をかみしめながらも、この作戦という言葉を強調してダヴィは言葉を続けていた。それに対して……千夏も深々と溜息を吐いて、同意するしかなかった。
「本当に……このために奴はこちらに来たのだと、思える状況だな」
「本当にね。だからこそ……私たちは彼がまともに動けるようにフォローしなければいけないんだよ」
「そうだな」
そうして画面を全て閉じて……部屋は漆黒に包まれた。
歓迎会を開いてもらった翌日。私が所属するパラレル部隊は招集を掛けられていた。てっきり休み明けから、関東平野外縁部の掃討作戦に従事すると思っていた。
しかし朝一に極秘の招集命令が、部隊全員に掛けられた。隣室である私と真矢さんは、朝食を食べることもなくすぐさま集合場所である、千夏司令の執務室へと足を運んでいた。
「司令室へと呼び出しとは。何か聞いていますか真矢さん?」
「いえ、私も何も聞かされてないです」
道すがら情報共有を行うのだが……どちらも話を聞いてないので、何もわからなかった。しかし呼び出し命令を受けている以上、行かないわけにはいかない。何を言われるのか少々不安を覚えつつも、私と真矢さんは司令室へと向かって、入室をした。
すると私たちが最後だったようで、すでに部屋の中には他の部隊員全員が、集まっていた。
「真矢少尉、宗一暫定少尉、計二名。呼び出しに応じ参上しました。遅くなりました」
こういう場では上官である者が発言すると教えられたので、真矢さんに続いて司令室に入室した私は、何も言わずに不格好ながらも敬礼した。
「気にするな二人とも。二人は一番遠い部屋だから遅いのは当然だろう」
椅子に腰掛けているドゥ大尉が、体ごと此方に振り向いて笑っていた。ドゥ大尉の言葉通り、私たち二人の部屋は隔離も兼ねて遠い場所に部屋割りをされていることは、事実だった。それでも気遣ってくれたのが嬉しかった。
「しかし極秘招集ってのは穏やかじゃないな。何かあったのか?」
「なら極秘じゃなくて緊急招集になってるでしょ? パラレル部隊にやらせる任務って事でしょうけど……面倒事なのは間違いなさそうねぇ」
「まぁ実験部隊みたいなものですからね、私たちの部隊は」
各々好き勝手なことを言っている。唐突な招集故にそれも仕方ないことだろう。
「面倒事は勘弁願いたいもんだな。また修理やら調整で、寝る時間が減る」
「昨日でなんとか終わらせましたからね」
そんな中、整備兵である秋雄少尉とゲイツ軍曹が、疲労感の滲む声でそう呟いていた。昨日は我々兵士は非番だったが、整備兵である二人はパラレル部隊の、オーラスーツのオーバーホールを行っていたと聞いている。細かな調整はパイロットが搭乗してからになるが、部品を分解しての清掃や部品交換などは、搭乗者がいても邪魔でしかないからだ。
そのため整備兵は別の日に、非番になることが多いようだ。
「そろっているか?」
皆の様子を確認しながら着席して直ぐに、千夏司令とダヴィさんが新たに部屋へと入ってくる。そして直ぐに壁際まで移動し、此方を振り向いて人数の把握を行った。
「そろっているな……では早速だが始めよう」
「みんな~注目~」
以前と同じように実に気の抜けた声を上げて、ダヴィさんが合図を告げる。そしてその言葉に反応し、私を含めた全員が起立し、敬礼を行った。
「休んで良いよ、着席」
「いつも通り無駄話は好かん。本題に入る」
竹を割ったように真っ直ぐというか、ばっさりとした感じで呼び出しの内容を話し始めた。その二人の仕草と声に……少し戸惑いというか、どこか強がっているように見えたため、私は違和感を覚えた。
「まず始めに言っておくが、これから言うことは機密事項だ。他の人間には決して漏らさないように」
そんな前置きをしてくるということは、間違いなくいい情報ではないだろう。私は内心で溜息を吐いた。そんな私の心情はさておき、画面が表示されてそこに一枚の写真が映し出された。衛星写真と思われるものが映されており……平野の一部に、巨大な何かが映し出されたものだった。緑に溢れているのが私の記憶とだいぶ違ったが……東京湾が見えたことで、そこがどこなのか理解できた。
「これはつい先日の、関東平野の衛星写真だ」
千夏司令が予想通りの地名を口にする。そしてその言葉に反応するように、徐々に拡大していき……東京都心部にあると思われる、巨大な何かを映し出す。
「これは……FMEの巣?」
その巨大な物が何かは私にはわからなかったのだが、隣の席の真矢さんは何が映し出されているのか、理解しているようだ。その単語を聞けば……それがなんなのかは、私も直ぐに理解できた。
「私たち関東近辺に造られた前線基地の最終標的でもある、関東平野のFMEの巣……通称、極東一号」
ダヴィさんの説明によれば、極東に最初に造られたFMEの巣だという。そこから数をいくつか増やされてしまったという。
「この極東一号が、成長しようとしている兆候が確認された」
「!?」
部隊の人間全員が驚愕し……私は何とか訓練開始より受けている、座学の内容を思い返していた。巣は段階的に成長し、その成長に伴ってその地域を支配するFMEの種類や数が拡充され、FMEは縄張り地域広めていくというものだったはずである。
そして極東一号の縄張り範囲は、関東平野の平野部全域となっている。そのため、もしもこの極東一号が更に成長してしまえば……この秩父前線基地も危険だということは、十分考えられた。
「極東一号が成長した場合、どこまで縄張り範囲を広げるかわからない。その前に、なんとしても極東一号を破壊、もしくは成長を阻害する程度に損壊させなければならない。そのため佐野前線基地、筑波前線基地と連絡を取りつつ、大規模作戦が計画されている」
これも座学で教わったことだが……関東平野の基地は全部で三つ。佐野前線基地、筑波前線基地、そしてここ……秩父前線基地だ。その三つの基地が合同で行う作戦であれば、相当規模の作戦ということになるだろう。
「幸いというべきか……今すぐ成長するほどの状況ではない。まだ二ヶ月ほどの猶予はあるはずだよ」
千夏司令の言葉をダヴィさんが補足する。
二ヶ月。もしもこのまま手をこまねいて、その時間が過ぎてしまえば……この基地も敵の勢力下に入り、基地が崩壊する可能性がある。そうなれば……この基地を居場所としている多くに人間は、どうするのだろうか?
(……ろくな状況にならないことだけは理解が出来るな)
「ちなみに、これは楽観的ではないよ。シビアに見たとしても……短くても三ヶ月はあると、私は思ってる」
「喋りすぎだ、ダヴィ」
「いやぁ、みんなが緊張しているみたいだから、少しほぐして上げようと思ってね」
「全く。まぁいい。ともかくそういう状況だ。そんな中、不確定要素は多かれど貴重な戦力がこちら側に来てくれたのだ。これを利用しない手はないだろう」
千夏司令が……私を見ながらそういってくる。確かに……基地どころか、下手をすれば関東全てが敵の手に渡るかも知れない状況で、戦力を遊ばせておく理由がない。
「ダヴィがいったとおり……短くとも三ヶ月程度の時間があることはわかっている。ただし、それだけ待てばこちらが不利になる。故に……一ヶ月後には、極東一号攻撃作戦が開始される予定だ」
詳しい日時がまだ定まってないのか、もしくはこちらに言えないのかは謎だが、ともかく大作戦が近いことはよくわかった。
「質問良いか? 千夏司令」
私がそうやって解釈をしていると、ドゥ大尉が挙手をしながら質問を要求した。それに対して、千夏司令は頷いて許可を出す。
「関東平野には、シャオロンが存在しているはずだ。あれをどうにか出来なければ……極東一号への攻撃は困難なはずでは?」
(シャオロン?)
ここで初めて、座学で出てきてない単語を聞いて、私は内心で首を傾げた。しかし私以外にシャオロンという単語を、分かっていない人間はいないようだ。それに内心で少し慌てたのだが、直ぐにダヴィさんが一枚の写真を写しだした。
「ソウイチ君は知らないから、解説させてもらうよ。この写真のFMEのことを、我々はシャオロンと呼称している」
写真に写っているのは、何というか……四肢で歩き回る、トカゲのような姿をした生物だった。しかし映し出された物が関東平野であり、FMEに侵攻されて時間が経過したこともあって、文明の建築物が崩壊しているため、具体的な大きさが分からなかった。
そう考えていると、シャオロンの長さを見やすくした画像を表示してくれて……私は目を疑った。
「……全長100m?」
なんと頭からしっぽの先までが、100mという巨大サイズのFME。全高も50mと、とんでもない怪物である。こんな巨大敵生体が関東平野をうろうろしているのでは……極東一号という相手の巣を攻略するのも、容易ではないだろう。
「こいつが関東平野を定期的に決まったルートで徘徊している。ルートが決まっているからまだ対処は楽なんだけど……厄介なのはサイズだけじゃないんだ」
すると画面に今度は映像が映し出された。シャオロンを見下ろしている映像だ。恐らく航空写真だろう。その映像を見ていると、シャオロンの頭部に飛来した光が……シャオロンの頭部の少し手前ではじけ飛んだ。
「今の映像は、十数年前に行われた、シャオロン討伐作戦の映像だ」
ダヴィさんのその言葉と共に、今度は列車砲と思えるような巨大な砲台が、画面に表示される。表示された文字情報に目を通すと……巨大なオーラキャノンのようだ。
「シャオロンは体表より1mほどの距離に、バリヤのような物を形成していてね。当時の技術を結集して造られ、そして今なお攻撃力では最強であるオーラキャノンの一撃を、見事に防いでくれた」
「なるほど」
これほどばかでかい、オーラキャノンの一撃を防いだのだ。オーラスーツの携行装備でどうにか出来るわけもない。そんな存在が関東平野にいるために、極東一号を攻略することが難しいのだろう。
何せ最強の武器が通用しないのだ。現時点ではどうにも出来ない相手であるはずだ。そしてその最強兵器が通用しない存在が、関東平野で決まったルートがあるとはいえ、徘徊している。どう考えても次の極東一号を攻撃する作戦を立案したくても、シャオロンをどうにかしなければならない問題が出てくる。
しかし最強の武器が通用しなかった。そうなれば極東一号をどうにかしたくても、出来なかったわけだ。
今までは……という前置きがついてくるわけだが。




