平行世界
小説というのは、私の世界の話のことである。以前から輸送機の移動中とか、少し気を抜いても問題ない状況の休憩時間などで、私の世界の話をしていたのだ。輸送機には部隊の面々しか乗らない……輸送機は自動運転が可能で、警戒要員として交代で操縦席に座っているだけ……のだが、外で話すときもあるということで、私が考えた小説という名目で話をしていた。
この世界と明らかに違うことを話すのだ。ぼかし方にも限度がある。それを私の妄想……というと少々語弊があるので、私が考えた小説の設定と言っておけば、多少は言い訳が出来るということだ。こちらとしても、それならばある程度気兼ねなく話せる。
(まぁ小説を書くほどの文才は私にはないのだが……)
そのあたりは目をつむるしかないだろう。
「そうですね。私が主役の小説の続きですが、この世界にFMEが飛来していない世界というのを、現実逃避で想像しました」
「なるほどね」
「時代としては今よりも400年ほど前の時代になりますね。オーラマテリアルが採掘されなかった世界で——」
そこから私の小説と偽った、私の世界の話をした。といってもたわいないことばかりだ。
ありがたいことに、私が生まれ育った時代の日本は、直接的な戦争を行っていない。二次大戦経験者のご老人の話を聞いたことはあるし、原爆資料館に行って余りの凄惨さに吐き気を催して、戦争の悲惨さを本当に少しだけ体感したことはある。
だがそれだけだ。戦争のために動員されたことも、動員されなくても戦争中ということで空襲や襲撃、それに伴った避難などはしたことがない。
仮初かもしれない。臆病ゆえの平和かもしれない。しかしそれでも戦争をしなかった。それは誇れることなのかもしれない。
と、そんな私の世界の話は皆が興味津々のため、寝てしまっているドゥ大尉以外は私の話を聞き始めていた。
「不思議よねぇ。オーラマテリアルのない世界とか。今じゃ生活には欠かせないものよね。それがない世界って……煉道、想像できる?」
「生活に不可欠なエネルギー産業は、ほとんどオーラマテリアル製だぞ? それがなくなったら……少なくとも今の文明は成り立たない」
発電機関係に、オーラマテリアルを使用すれば、発電効率が上がるのだ。利用されないわけがない。
「だからこそ逆に面白いのですよ。当たり前がないっていうのを考えるのが」
「未だに剣術が廃れてないのも不思議よね? 実際に使うことはないんでしょ?」
ドゥ大尉を除けば、間合い的な武器の関係で一番間合いが似通った戦闘をしている、璃兜少尉から質問を受ける。
「『使う』の定義によります。元来の目的である対人戦……いわゆる斬りあいはよほど特殊な例でなければ行われません」
生身の人間同士が真剣を持ち合って、斬り合いの果ての殺しというのは、道場内でもさすがに聞かなかった。漫画なんかでは裏社会で今でも最悪殺害に至る斬り合いが行われているみたいな描写はあったが、フィクションなのでその辺は何とも言えない。
(まぁ真剣での型芸子はしていたが)
真剣で斬り合うと刀の刃がこぼれて、その刃こぼれの破片がおでこやら顔に突き刺さってきたこともあった。型稽古……動きが互いに決まった稽古……以外は流石に命に関わるのでしたことはなかった。
「まぁそれはそうよね」
「なんというか……剣術を含めた武道というものは、「道」という単語が入っているのがあらわしているのですが、剣術などの腕を磨く以上に、精神鍛錬が主な目的ですね」
私が修めた鹿島剣術も道を謳ってはいないが、それでも精神鍛錬が最も重要な目的だった。これは持論だが……剣を持ち、それを振るうために修練をしていれば、よほど頭がおかしくない限り、自然と自制を覚えるはずだ。
確かに巻き藁を切った際の感触等が気持ちいいため、元来の目的である「人を斬る」ということがしてみたくなる気持ちは、わからないでもない。そして人を何人も切れば、血油で切ることが出来なくなるのか? 等の検証もしてみたいという気持ちが全く浮かばないと言えば嘘になる。
しかし当たり前だが真剣で人を切れば問答無用で犯罪であり、下手をすれば傷害罪ではなく殺人未遂ないし、最悪は殺人だ。常識的な思考回路であれば、人を斬るというのは思うことはあっても、実行することは普通しない。
ただ達人になれば、どうしてその欲求が生まれてしまうのも、それは仕方のないことだと思う。その道のプロであればだれでも思うはずだ。例えばレーサーが、己の命を懸けてタイムを削るように、体操選手が己の体を酷使してでも、自らの目標を達成するように。プロといわれるような人間になれば、それ以外のことをおろそかとまでは言わないが、ほかのことを軽視するきらいがある。私も含めてだ。
だが、それが危ないことや、迷惑になるような行為であれば、それは慎むべきなのだ。それを自重できるという意味で考えれば……当たり前のことかもしれないが、精神の向上といえなくもないだろう。
「精神鍛錬ねぇ」
「申し訳ない。少々言葉が足りない気がしますね」
若干小説の設定では筋が通らない話になりかけているが……それでもこの話だけで、私が並行世界の人間という考えには思考はいかないと思われるので、放置する。
「しかし自衛隊という、言葉遊びみたいなおためごかしは笑えるなぁ」
「というか……なんで自分たちの国を守ってくれる兵士に対して、デモなんて馬鹿な事するんですか?」
秋雄軍曹のとゲイツ曹長の言葉に、私は乾いた笑いを上げるしかなかった。思うところがあるが、答えにくい内容だったからだ。そんな私の心境を察してくれたのか……真矢さんが話題を変えてくれる。
「ちなみに宗一さんって、衣服が縫えるって本当ですか?」
「「「「はぁ?」」」」
その話題に……璃兜少尉を除いた四人が間抜けな声を上げる。
(珠代曹長にも驚かれたなぁ)
剣術が廃れたという話だったので、ある程度は予想していたが……予想通り胴着が売られてないかったのだ。そのためやむを得ず、珠代曹長の私物のミシンを借りたのを、珠代曹長から聞いたようだ。
「一応型紙があって、簡単なものなら縫えますよ」
独身貴族のおっさんの趣味の一つで、私は縫物ができたりする。といっても本当に難しいのはできないが、型紙とかがあって胴着程度のシンプルなものであれば、製作は可能だった。
(タブレットに型紙入れといて正解だった)
残念ながら訓練疲れとかで、まだ縫うところまでは至っていないが、生地の裁断はすでに済んでいるので、今度の非番の日にでも作成しようと思っていた。
「はぁ~器用だなぁ。衣服縫うなんて考えたことすらないぞ、俺は」
「裁縫できるの? き、器用なのね」
煉道中尉はただただ感嘆し、燐中尉は悔しそうに顔をゆがめている。
「本当にできるの? それに料理もできるんでしょ?」
「あまり凝った物は作れませんが、まぁ独身だったので、最低限のことは一通り出来ますね」
「本当にできるんですね。す、すごいなぁ」
璃兜少尉は興味津々という感じで、さらに別の質問もしてくる。真矢さんは対照的に偉く気を落としてしまった。
「ゲイツ、裁縫できるか?」
「おやっさん。わかってて聞いてるでしょ? 私がそんなものに興味持つわけないでしょ」
秋雄軍曹とゲイツ曹長は職業から鑑みても、本当に興味がないのが見て取れた。燐中尉と真矢さんの態度から察するに、「家庭的なことは女性のほうが~」という概念は、こちらの世界にもある程度あるみたいである。
(できる人がやればいいと思うがねぇ)
私の父親世代くらいまではまだ「亭主関白」という概念が通用しただろうが、私の世代が親となるころには、亭主関白など言おうものなら総バッシングにあっていただろう。これに関しては私の父親世代は、給料と物価が釣り合っていたが、私が親くらいの年齢になると、物価高に対して給料が少なかったので、共働きが必要だった。
男尊女卑的な思考がなくなったわけではない……当たり前だが、男尊女卑なんて馬鹿らしい考え、私は好まない……だろうが、亭主関白という言葉が消えたのは、そういう社会情勢もあるだろう。
そんな風に結構騒いでいると、襖がノックされた。
「お楽しみのところ失礼いたします。そろそろメインをお出ししたいと思っているのですが、よろしいでしょうか?」
「お願いします」
「あ、起きたなドゥ。まぁいつもこのパターンだが」
メイン料理を持ってくるという言葉に、ドゥ大尉がむくりと起き上がって反応した。 そんなドゥ大尉に、煉道中尉が苦笑していた。
どんなメインが出てくるのかは謎だし、ドゥ大尉の食い意地が張っているのかは謎だが、ともかくメインが出てくるのは喜ばしいことである。
(話をしながらちまちま食べていたが、少なくとも出てきてる料理はみんなおいしい)
戦時中でありながら食事に不満がないのは、ありがたい限りである。むろん重箱の隅をつつけばあるにはあるが、そこまでではない。
そんな心底くだらないことを思って待っていると、持ってこられたメインは海鮮の盛り合わせだった。刺身に焼き魚、焼き貝、お吸い物、アサリ酒蒸し。世界一食い物にうるさいといわれた日本人の私から見ても、豪勢と思える内容だった。
(というか輸出入が困難な状況で、食い物とかの輸送ってどうしてるんだろうな?)
ここは並行世界なれど秩父だ。海なし県で有名な埼玉の西部に位置する。にも拘わらずここまで海鮮尽くしというのは、ちょっと驚きを隠せなかった。FMEという敵が、道路に絶対に出現しないとも限らないからだ。その辺は後で聞いたほうがいいかもしれない。
「やはりこの店が一番うまいな。少々値は張ったが、それ以上の価値がこの味にはある!」
それなりの時間寝て回復したのか、ドゥ大尉が嬉々としながら料理を口に運んでいる。その表情は満面の笑みで、本当にここの店が好きなのだというのが、よく分かった。
「相変わらず寝たら元気になるなぁドゥ。まぁ倒れられるよりいいけどよ」
そんなドゥ大尉の様子に煉道中尉が苦笑していた。その姿が……なんというか弟を見守る兄のように見えてしまった。
「確かに、さすがはプロよね。この味を出すのは難しいでしょうね」
燐中尉はゆっくりじっくり味わって食事をしている。ドゥ大尉の言葉から察するに、海産物は高いので、軍人でも食べるのは難しいのかも知れない。
(……食堂ではあまり違和感を覚えなかったが)
食堂の食事をそれなりの回数食べているが……あまり大きな違和感を覚えなかった。軍人と言うことでタンパク質多めな食事なのは間違いなく、そのため刺身のような海産物なんかはほとんどなかったのは間違いないが……何とも言えないところだった。
(それとも肉体の変化に伴って味覚も変化している?)
若返りとガンの回復。視覚の遠視力、全盛期を遙かに超える身体能力。そして思考の超加速。今思えば……これだけの変化が起こっているのだ。味覚にも何か変化が起こっていても、おかしくはないだろう。
(その辺も含めて……今度ダヴィさんに相談した方がよいか)
喜ぶべきか悲しむべきか……死の足音がはっきりと聞こえ、真後ろに控えたその状況であったはずだというのに、これほどまでに変化が豊富な状況に陥ろうとは。
歳をとる。生育による成長という変化がおこり、そして生育が最高潮へと至った後は、老化という成長が乏しくなっていき衰えていく「老い」へと繋がっていく、一連の流れ。変化が少なくなるという過程。衰えていく以外に変化が乏しくなることこそ、老いといえるだろう。
初老故に、まだそれなりに変化の余地がある年齢ではあるが、それでも今この場にいる部隊員達に比べれば、圧倒的に成長という変化はない人間だったはずだ。
しかし今ではある意味で、もっとも変化がどうなるか不明な存在となってしまっている。そんな自分の肉体と状況に苦笑するしかなかった。
「? どうかされたんですか?」
そんな考えが思わず顔に出ていたのか……真矢さんがこちらを気に掛けてくださって声を掛けてくれる。その声で物思いにふけっていた私は、現実へと戻った。
「いえ、ありがたい話だな……と」
おいしいものが食べられる。それについてありがたいと思った。そしてそう思うと同時に……今の状況についてもありがたいと、素直にそう思えた。
何故こうなったかは分からない。だがそれでも……今こうしてほとんど問題ない状況で生活が出来ている。生きることが出来ている。それをもたらしてくれた真矢さんに再度心の中でお礼を述べて……私は笑った。
「おいしい物を食べられるのは幸せだなと、そう感慨にふけっておりました」
「? そうなんですか? それなら、良かった」
しかし照れくさくて咄嗟に誤魔化してしまう。この年でまだ恥ずかしがる事があるとは、自らの未熟さを痛感してしまった。
そこからはもうなんというか、飲み会だった。メインが来たあとに〆として山菜の炊き込みご飯と味噌汁が振る舞われ、それを食べてお腹がある程度ふくれた後は、後は大和酒で騒ぐことになった。
といっても酒を頼める量も制限があるようで、全員が泥酔するような事態には陥らなかった。その辺でも戦時中であるということを再認識出来た。
しかし……
「新人と言うことでお前が一番出すように!」
と、いうドゥ大尉の台詞である意味で、一気に酔いというか平行世界感を削がれたというか……
(どこに行っても新人が金を一番要求されるのは一緒か)
と、自身の新人入社の時のエピソードと重なって、内心で苦笑していた私だった。




