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衝撃

 私は……この世界に来て初めて本気で戦慄していた。愕然としたと言っても良い。もっと単純に言えば……この世界に来て初めて絶望していた。今まで科学技術が発展した恩恵を存分に教授していて……更に衣食住も保証されていた状況だったこと、そして私自身の奇想天外驚天動地な状況に、適応出来ていたつもりが出来ていなかったのだろう。




「こ、珈琲がないだと……」




 次に案内された場所、それはアスレチック施設の一部にある喫茶店。店内に入って、メニューを開いた私の第一声がそれだった。近隣でも有名な喫茶店であり、味もよくお店の人の接客態度もかなり良くて凄くおすすめであると、真矢さんが太鼓判を押していたので期待に胸を弾ませて入った。店員の態度も非常に好感が持てて……更に期待が高まって、メニューを開いたその時だった。

 確かに喫茶店メニューが豊富だった。喫茶店なのだから当然だ。だが……そこにあるべき物がなかったのだ。珈琲がなくて私は絶句した。

「珈琲って……何ですか?」

「……知らないのですか?」

「いえ、聞き覚えはあるような……」

 真矢さんはそういうと画面を起動させて、文字を入力して検索し始めた。そして、珈琲を確認して頷いていた。

「飲み物の珈琲ですね。珈琲は輸入の関係があって……よほどの人じゃないと大和では飲めないですね」

「そ、そうなんですか」

 戦時中であると、何度も自ら口にもしているし頭にもあったのだが……今まで実感らしい実感がなかったので、かなり衝撃的だった。

 私としては紅茶よりは珈琲を選ぶ……正直うまければどちらでも良いのだが……ので、喫茶店で飲む飲み物はほぼ十中八九珈琲だったのだ。それがないというのは……かなり衝撃的だった。

(そういえばコーヒー豆は、日本では生産がかなり難しいんだったか?)

 日本では確か、本当にごくごく一部の沖縄南部で生産していたと以前に調べたことがある。日本産珈琲豆はそれだけ貴重だった。端的に言えば年中熱帯のような気候の土地でしか生産できないのだろう。そして生産が出来なければ他から買うしかないわけで……つまり日本の珈琲は99%輸入に頼った物だと言うことである。

 この世界でも珈琲豆を生産しているのかは謎だが……気候に関して違和感を覚えたことがない。恐らく生産はしているのだろうが、よほどの人じゃないと飲めないと言うことを考えれば、生産してようがいまいが、あまり関係はないだろう。この世界では戦時中ということもあって、輸出入はあまり頻繁に行われていないのだろう。

「そんなに好きだったんですか?」

 恐らく珈琲を飲んだことがない真矢さんから、そんな疑問をぶつけられた。無論好きなのは事実なのだが……この衝撃は自分のルーティーンというか、自分の思いこみとでも言うべき、「喫茶店といえば珈琲」という、根付いた習慣による衝撃だ。

「もちろん好きでしたが……まぁないと死ぬわけではありませんが」

 しかし人間、二度と口にすることが出来ないと言うことが分かると、途端にその失った物を口にしたくなってしまうという、わがままな生命なのである。

(まぁ……ないものはしょうがない)

 しかしそう思ってもないものはしょうがない。無い袖は振れぬのである。そのため私は抹茶を注文した。真矢さんは紅茶である。

「抹茶お好きなんですか?」

「若かった学生の頃――ゲフン、好きですね」

 若い頃から好きと言いそうになって、言い直した。真矢さんはそれで分かるだろうが、それでもその仕草がおかしかったのか、それとも抹茶が好きなのが意外だったのか、真矢さんが少し笑っていた。

「そんなに変ですかね?」

「いえ、すみません! 馬鹿にしたつもりはなくって!」

「もちろん、そんなことを思ってるとは思ってないですよ」

 確かに若い頃……それこそ高校時代から抹茶は好きだった。修学旅行で飲んで感動して、そこから京都とか純粋な抹茶が飲めるなら、必ず頼むほどに好きだった。就職して金が出来ると、わざわざわ抹茶を飲みにいくためだけに、京都に行ったりしたこともあった。

「やはり若い人は飲まないものでしょうかね?」

「そうですね、あまり見かけませんね。軽食はどんな感じですか?」

「少し違いがありますね」

 ナポリタンに、他数種類のパスタ系。サンドイッチはあるようだ。しかしパフェなどの甘味がほとんどない。また肉が見あたらない。けっこう貴重なのだろう。

 そこから雑談になったが……それでもやはりどうしても世界の違いを意識した会話が主になってしまった。そしてこの世情を知るというのは非常に役立つ物で、正直かなり助かった。

 結局、サンドイッチ……これは中身に変化はなかった……を二人で分けて、少しのんびりしてからお店を出て、アスレチック広場の一部に設置された椅子に二人で腰掛けていた。

「どうですか? 秩父は?」

 そう問われたが……その言葉が秩父ではなく、この世界のことを指しているのは察せられた。店の中では少し話しにくいことを、話すために移動したのもあるからだ。故に……私は正直な気持ちを口にする。

「そうですね。ありがたいことに良いところだし、私の知識的にも、地理的な違いはそこまでありませんでした」

 本当に平行世界というのが、わかるようでわからない感じの世界なのだ。異星生物と戦争をしていて、兵器や技術などが違うので私の世界ではないことは分かる。

 だが地理的に変化がないからか、似通っているところが多い。平行世界と言われて思い浮かぶのは、オタク的にもファンタジー世界を思い浮かべるので、そういう意味では平行世界と感じる部分が少ない。なんというか、中途半端に思えてしまう自分がいた。

(どうせ若返るのなら、ファンタジー世界で魔力無制限みたいなチートもらって、無双したかったなぁ……)

 その場合……食事事情でだいぶ困ったことになりそうだが、そこは魔力無制限の魔法でどうにか出来たら、と実に無駄な妄想をしてしまう。しかし現実は今ここだ。その妄想はおいておくこととする。

「また部隊の方も人格者ばかりで、ありがたいですね。千夏司令が気を利かせてくれたのでしょうが」

 これに関してはマジで助かったと思っていた。何でもそうかもしれないが、結局最後は人なのだ。愼司のような面倒な人間がいたのは事実だが、それは仕方がない。十人十色は正に至言とも言える言葉だと思う。色んな人がいるのだから、その色んな人がいるということを、認識して生きれば良いのだ。そして私の人生観として、仕事であればしょうがないので接するが、プライベートなどでは相手をしない。これに限る。

 人間も「人間」という単語を使っているが、結局生きている「動物」でしかない。元は猿が進化した生物にすぎないのだから、文字通り「言葉が通じない人間」というのも幾人とも出会ってきたが、そんなのとの関係はさっさと断ち切ってきた。

 そして……その人格者が多い部隊の中でも、私は本当に幸せだと思っていた。大げさかも知れないが……自らの思いに正直になることとする。

 私は座っていた姿勢を改めて正して……真矢さんに向き直った。そんな私にキョトンとする真矢さん。それに構わず……私は頭を下げた。

「改めまして、真矢さん。本当にあなたには感謝しております」

 これは本当に心からの本音だった。今のところ愼司以外に変な奴……いい意味でマッドな人は二人ほどいたが……には出会っておらず、そもそも私がそれなりに親しくしている人間は、両の手で数えられるほどしかいない。それでも私は真矢さんのおかげで、今があると思っていた。

 真矢さんがあの荒野でポッドでいた理由は、すでに話を聞いていた。新たに反応が検知されたオーラマテリアルがあったが、その時稼働出来る部隊がほとんど出払っており、部隊が解散していた真矢さんが護衛に付いた。無事にオーラマテリアルは採取出来たのだが、FMEの襲撃で輸送機が破壊されてしまい、採取部隊と離れて一人になってしまったという。その採取されたオーラマテリアルが……今私が右腕に装備している物になったという。

「……私で、良かったんでしょうか?」

 否定的な言葉だった。部隊が解散してしまったことで、少々自信がなくなっているのかも知れない。そんな真矢さんに、私は力強く頷いていた。

「もちろんです」

 仮に、もしも真矢さんの代わりにドゥ大尉が護衛になっていた場合……恐らく私が木刀を振るうこともなかっただろう。そうなればパワードスーツを入手することもなかったはずだ。幸か不幸かは分からないが……少なくとも今とは全く違う状況に陥っていたはずだ。

 そして……そんな打算的な事をぬきにしても、私は真矢さんに助けられて本当に良かったとも思っていた。パワードスーツを考慮しなくても、私は平行世界の人間と言うこともあって、あまりにもイレギュラーがすぎる。他の方が相手だった場合……一悶着あったのは、容易に想像出来た。

 何より……この人の人柄に救われたのだ。私を保護した時、わざわざオーラスーツから下りてきて挨拶をしてくれたこと。輸送機の中で、積極的に話しかけてきてくれたこと。基地に戻ってきた後も、私の面倒を見てくれたこと。そしてその後の基地の案内や訓練。様々なことで気を使ってくれたのは、理解している。だからこそ、本当にありがたいと思っていた。

「まぁ今のところ大して恩返しも出来てないのが、少々心苦しいのですが」

「そ、そんなことないですよ!」

 私の自虐的な言葉に、真矢さんは気落ちしていた雰囲気を一変させて、私の言葉を強く否定してくれた。その声が少々大きかったので、私は少し面食らってしまった。それは声を出した本人も同じだったのか……少し目を見開いて、ばつが悪そうにごほんと、咳を一つしていた。

「まぁ確かに正直に言えば……一体この人は何なんだって思ったのは、事実ですが」

「……でしょうね」

 これに関しては同意出来た。自分自身謎だが……人型相手とはいえ、FMEを生身で撃破したことがある人間は、いないらしい。正しく言えばアクティブスーツのフル装備で戦った人間はいる。私は凄まじいオーラを放っていたという、愛用の木刀を持っていたので生身ではないのだが……常識的に考えれば木刀を持ったところで、生身であることに代わりはない。

(まぁこの世界的には……最強兵器レベルらしいのだが……)

 しかしそこはそれ。いくら手にしている物が最強の武器だったとしても、防具などを一切身に纏ってない生身で、あげくに最強といってもそれは近接武器。私の世界でもそうだが、基本的に遠距離武器である銃器の類が、兵士の持つ標準的かつ最強の武器である。無論ナイフなどの近接武器も装備しているが、それはバックアップ装備であったり、道具としての装備だ。主兵装に成り得るはずもない。

 ともかく、銃器が普及した世界において、近接武器というのが主兵装になるわけもない。しかし、私は異星の化け物相手に、防具も纏わず、木刀で何十体と殴殺したのだ。あの時は無我夢中だったが……どれほどおかしいことなのかは、多少はこの世界の状況を知った今では冷静に判断出来る。

(剣術も廃れてるのだから、なおさら異質に見えたことだろう……)

 異星起源生命と戦争していると言うこともあって、余裕が無く……しかもその異星起源生命に取り込まれることもあり得るとなれば、接近戦が行われなくなり、余裕のなさから技術の伝承も行われなくなり、廃れるのも当然だろう。そんな中で確かな術理を持ってFMEをぼこぼこにしたのだ。なかなか凄まじい第一印象といえるだろう。

「ですが、あなたは危機的状況にあったにもかかわらず、私のことも気遣って行動してくれたのはよく分かりました。そして同じ部隊に配属されることになって……見事に大型グカムボを討伐しました」

「あれは……なんと言いますか……」

 先日の初陣の話になって、少しむずがゆい思いだった。凄いことなのはそれなりに理解しているが……やはりどうしてもその辺の感覚に齟齬は生じてしまう。私自身、無我夢中というか、途中で考えることもせず体が動いていた感覚なので、自分が討伐したという実感が少々薄いのだ。

「本音を言うとですね、初老精神が若返った肉体に追いついていない気がするんですよ」

 若い頃の自分であれば、無駄に自信があった気がしないでもないので、仮に若い頃にこの世界に来ていた場合……剣術ですごいと言われて、調子に乗っていた姿が容易に想像出来る。

 しかし今の私は……精神年齢は60を超えたにもかかわらず、肉体が20台前半になったという、ちぐはぐな精神と肉体の持ち主だ。うまく言語化出来ないが……剣術の腕は間違いなく熟練してきた都合もあって今の方が腕前は良いのだが、肉体的なスペックは比べるまでもないだろう。

(Grand Order of Fateの召還された過去の偉人は、こんな気持ちだったのかねぇ)

 見た目は若者。精神は初老。その名は……真堂宗一! という気分である。

「これからも迷惑は掛けると思いますが……なるべく頑張りますのでどうかよろしくお願いします」

「それは……私もです」

 私がそう頭を下げるのだが……真矢さんの声が少し沈んだように思えた。故に私は真矢さんも何か言いたいことがあるのだと思い、黙って続きを待った。





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