観光
真矢さんの私服のかわいらしさに、思わず口走ってしまった言葉。実際可愛かったので問題はないのだが、自分らしくない言葉に思わず内心で驚いてしまっていた。
(軟派なつもりはないのだがねぇ)
軟派が悪いとは言わないが……私自身が好きではないのだ。故に硬派に生きてきたつもりだが、つもりだっただけなのかも知れない。
「えっと……落ち着きましたか?」
「……はい」
少々注目を浴びてしまったので、駅前から少し離れて大通りまで二人で来ていた。その間にそれなりの人間とすれ違ったり、今も何人か人がいるのでそれとなく観察して……私は内心で安堵していた。
(衣服的にとりあえず問題はないようだな)
今私が着ているのは、自らの世界で購入した衣服だ。基地内にあった衣服屋で、この世界の平均的な衣服を見てはいた。その結果として、自らの世界の衣服でもそこまで異質ではない事が分かったので、着てきたのだ。
しかし、やはり店といっても基地内の店というのが引っかかっていたのだ。軍事的な衣服と、一般的な衣服が一緒かは分からなかったからだ。しかし、こうしてすれ違う人々を見ても、衣服が問題ないと分かってほっとしていた。
(必要以上に目立つのは避けたいからな)
平行世界の人間であることはすでに数名に知られているが、むやみやたらに公言して面倒事に巻き込まれても厄介なだけだ。ならば衣服を買えばいいと思うかも知れないが……問題ないかも知れないと思ったので、けちって買わなかったのである。
これは致し方ないと、自分では分析していた。何せ……私の今の全財産は文字通り、給料二ヶ月分しかないのだから。
(刀を正当なところで売れば、それなりの額になるだろうが……)
売ると言ったらダヴィさんが絶対に買い取るだろうとは思う。更に下衆な考えだが、私がある程度わがままを言えば、多少の衣服などは融通はしてくれるだろう。私の存在の希少性を考えれば、その程度はしてくれると思っていた。
(するつもりはないが……)
他にもタブレット内の娯楽データは、かなりの額になるはずだ。元の世界で購入しただけで、私が生み出した訳ではないので、著者には非常に申し訳いないと思うのだが……自身の命がかかっているので、そこは勘弁して欲しいところである。
「それでは本日はよろしくお願いいたします。また……貴重な非番の日だというのに、ご教授いただくことになりまして、非常に感謝いたします」
移動して少し落ち着いたところで、私は素直に本日のお礼を述べた。私の過ごしていた平和な世界ではない、この世界の非番というのは……かなり貴重なはずだ。何せ、下手をすれば、次の非番前に死んでいるかも知れないのだから。
これが私の世界のような、平和な状況だったら私としても断っていた。何せ平和であれば、普通に暮らしているのならば、そこまで死が身近ではないからだ。
平行世界の人間である私には、地理など分かるはずもない。そして悲しいことだが……次の非番前に私が死ぬこともあり得なくはない。故に、案内というのは非常に助かったので、こうしてご厚意に甘えている。
「いえそんな! 頭を上げてください!」
私が頭を下げたことで、再度真矢さんが慌てだしてしまった。もう少し謝意を伝えたかったのだが、相手が嫌がるというか……困っていることをするのも本意ではないので、直ぐに頭を上げた。
「気になさらないでください。その……緊張しなかったと言えば嘘になりますが、私としても、恩人に自分の町を案内出来るのが嬉しいんです」
満面の笑みでそう言われて、私もホットした。そしてその満面の笑みのかわいらしさに……後光が差しているほどの優しさと穏やかさ。そして大変ゲスな言い方をすれば……男好きする体。先ほどの私の台詞に焦ったことを鑑みれば、異性経験があるとは思えない。
(そういえば、この世界の恋愛とか結婚とかって、どんな感じなのだろう?)
私の世界の日本では基本的には自由恋愛だった。しかしこの世界は異星起源生命と戦争中だ。同じ日本のような国になってはいるが……戦時中であればそこまで自由が許されるかは謎だ。
しかし周囲を見れば、カップルと思しき若い男女が歩いてはいる。カップルと判断できるのは手を握りあっていたり、腕を組んでいるからだ。カップル成立の仕方が、自由恋愛なのか、政府などからの強制的な物かは不明だが……街中で手や腕を繋いで歩く程度の事は、許されているのは間違いなさそうである。
(まぁそれが分かったところで……己の体のことがよく分かってないので、そういう関係になりたいとは思わないのだが……)
何故か若返ったが、それでも中身は定年後の初老のおっさんだ。あげく、回復したようではあるが、ガンという重病を患っていた男だ。この若返りがどういう理屈でなっているのかは謎だが……無責任なことはしないことに越したことはないだろう。
「それでは、本日はよろしくお願いします」
「はい! こちらこそ。任されました!」
ようやく緊張がほどけたのか、真矢さんが笑みを浮かべながら力強く答えたくれた。その仕草が若々しくて眩しく思えて、私も釣られて笑ってしまった。
そうして少し歩いて再び駅前に戻って、私は驚いていた。
「完全無人タクシーとは……」
駅前にいくつかの車があるのは分かっていたのだが……完全に無人機だった。しかもオーラマテリアルによる技術的な違いもあってか……何というか完全に正方形の箱に車輪がついて走っているような感じだ。しかもいくつものサイズもあって、非常にバリエーション豊か。なかなかニーズにあった、運営をしているのがよく分かった。
「そちらの世界では珍しいんですか?」
移動中の車内にてそんな言葉を投げかけられた。こちらの世界では、当たり前すぎる光景なのだろう。西暦換算で考えても相当な年月の差があり、そのことを真矢さんも知っているので、純粋な質問だろう。
「そうですね。ある程度は形になってきましたが……やはりどうしても突発的な対応は難しい感じでしたね」
それなりに技術が発達したので、一応実用化一歩手前までこぎ着けていた感じではあった。しかしどうしても突発的……信号無視で道路を横断するマナーの悪い歩行者……な状況の対応が完全ではないのが実情だった。これに関して言えば、運転手という職業が、なくなるかも知れないという事情があったのかもしれない。その事を話すと、逆に興味を惹かれてしまった。
「運転手って……なんですか?」
「文字通りの意味ですが、車などを運転する人で――」
生まれる前から自動運転が当たり前だったのだ。そんな職業があるなど想像すらも出来ないだろう。しかし話をすれば理解出来ない訳ではない。そんなやりとりをしながら……最初の目的地へとたどり着いた。
「まずは此方、秩父温泉銭湯です」
駅から本当に数百mも離れてない距離に、その巨大な温泉銭湯はあった。文字通りの施設で、温泉を気軽に楽しむことが出来る施設のようだ。ここまでは、私の世界にも同じような立地に温泉銭湯があったのでそこまで驚きはないのだが……びっくりしたのは、内部の娯楽施設を紹介されたときだった。
「賭博がある?」
「えぇ」
びっくりしたことに……公の施設とまでは言わないが、誰でも利用出来る施設の一部に賭博場があるという。それには本気で驚いてしまった。
「一応常識の範囲内であれば……利用が可能な賭博場があります。何せ……娯楽がそんなにないので」
その台詞を聞いて、私は内心で納得していた。この世界は腐っても戦時中なのだ。それも世界的な規模で。娯楽が発展していないのは必然だろう。未だ訓練やら軍事作戦で世情を知るのが少々うまくいってない。そういう意味でも本日の町案内は非常にありがたい物だった。
「逆に常識の範囲内ではない賭博もあると?」
「……ありますね。私は全く興味がないのですけど」
しかしその常識の範囲内ではない賭博場は、ある程度はお上の目が光っているらしい。娯楽がないとはいえ、数少ない娯楽で身を崩すような状況を、招かせるわけにはいかないのだろう。
(確かに……娯楽に関してはダヴィさんも、けっこう反応していたしな)
実際、それを裏付けるように……私が持っていたタブレットに入っていた、大量の娯楽作品の翻訳の手伝いを、私はけっこう手伝わされていた。自動翻訳機があるとはいえ、微妙なニュアンスがけっこう多いのだ。特に娯楽作品が過剰とも言えるほどあった、日本のオタク文化に端を欲するといっても言い、アニメや漫画などはかなり微妙な表現が多い。通訳は必須といえた。
「宗一さんが賭博に興味があるのかは分かりませんが、くれぐれも常識の範囲内で治めてくださいね?」
「私は賭博には全く興味がないですが、ご忠告感謝します」
ちなみに私は私の世界の博打とも言える、パチンコ、スロット、競輪競馬等々……それらには一切無縁の生活を送っていた。正しくは、勤めていた会社にパチンコ大好きな先輩がいて、その人と仲が良かった私は、サシ飲みをすることが多々あり、その時に先輩が二次会前のパチンコに行きたがるのでよく付き合っていた。そしてその先輩が太っ腹で人が良い人で、突っ立ているだけの私に気を使ってくれて、資金を何度かくれたことがあった。そしてそれでやってみるのだが……諭吉で素人が勝てるわけもなく、直ぐにその資金も切れしまう。それでムキになって自分の金を突っ込んだことが何度かあって……その時悟ったのだ。
(あ、これあかんやつや)
勝てるかも知れないと……そうムキになった私はその瞬間に悟ったのだ。ムキになる奴は博打をしてはいけないと。
その後、何回かその先輩と飲みにいって先輩の金で一度だけ当たったことがあったが、それは先輩と山分けして私の博打は終わりを迎えた。私自身に、博打に手を出すことを禁止したからだ。
「博打されないんですか?」
「そうですね。一応出来る環境ではあったのですが、私には合っていなかったので」
外のために細かいことは言わないが、私の言葉で意味は伝わっているだろう。私の言葉を聞いて何故か少しだけ嬉しそうにする真矢さんだった。
「では次に行きましょう」
少しだけ上機嫌になった真矢さんと一緒に、再度銭湯に停車していた自動運転タクシーに乗り込み、次に向かったのは渓谷にかかった大きな橋梁の先にある、アスレチック施設へと足を踏み入れていた。
「こちらはアスレチックなどが楽しめる、ズーミュパークです」
「なるほど」
橋梁を越えた先にあった広大な山間の敷地に造られたその施設は……私が知っている施設とそう大差がない物だった。
(立地の関係もあるのか? けっこう似たような施設があるな)
先ほどの銭湯でも思ったことだが……記憶している限りではあるが、私の世界にある施設とその立地が非常に似通っていた。地形的に大差がないと思われるので……平行世界でも考えることは一緒なのだと、妙に納得してしまう私がいた。
「此方はまぁ……見ての通りの施設ですね。屋外で体を動かして、遊ぶためのものですね」
「……ふむ」
でかい案内掲示板の内容を見ても……私の記憶とそこまで大きな違いはなかった。しかし等間隔というか……所々にけっこうきつめに思えるアスレチックが設置されているのが気になった。
「この……ソルジャーエリアというのは?」
「そちらは軍の施設の簡易版と言うべきアスレチックが楽しめるところですね」
よどみなく答えるその真矢さんの態度に……私はつくづくこの世界が戦争中なのだと、実感した。
(当たり前すぎて違和感がないのだろうな)
私も全てを理解しているわけではないが……それでも民間人の娯楽のためのアスレチック施設に、少々緩くしたとはいえ本格的な軍人育成施設が設置されているのは、非常に違和感があった。しかし平時というか、幼少時より鍛えることをしなければならない世情……というべき物なのだろう。
しかしそれ以外に違和感を覚えるところはなく……本日訪れている親子連れの姿もあって、非常に見ていて心が穏やかになる心地だった。
「楽しそうですね……」
思わず、そんな言葉が口に出ていた。小さな子供が父親と、母親と一緒に遊ぶ。他にも姉弟と思しき子供達が戯れており、他にも友達と思える多人数の子供達が遊んでいる。
「そうですね」
その光景に……この世界の住人であり、軍人として何を想うのか? 真矢さんも眩しそうに……その光景を見つめていた。私にとっては……言うなればありふれた景色だ。
しかし……それが彼女にとってどれほど尊い物なのか? それを推し量ることすらも出来なかった。現時点で、この世界で本当に不便に感じたことは今のところない。むしろ快適に想えているところもあることも事実だ。何せエネルギー効率が半端なくいいために、エネルギー問題がない。戦時中だというのに、ほとんど私の世界と遜色がないどころか、便利な生活を送れている。
しかしそれはほんの一部に過ぎない。確かに私は戦線に出た。そしてこの秩父は最前線とも言える場所なのだ。いくら基地があり、軍人が守ってくれているからと言って敵地までほんの少しだ。そんな中で生活するというのが、どれほどの覚悟がいるのか? ありがたいことに生きてから今日まで……戦争らしい戦争がなく、戦時下とも言える状況も経験したことがない私には、計り知れない物だった。
「って、このまま立ってても仕方がないですね」
しばしそうしていたが……目的を思い出したのか、真矢さんが軽く自らの両頬を叩いて明るくそういってきた。意識の切り替えを行ったのは直ぐに分かったが、それをわざわざいうほど野暮ではない。
「ですね。では引き続き道案内をお願いします」
「はい! この次はこのアスレチックで一番のおすすめの場所を紹介します!」
両手を握りしめてふんむ! と擬音が出てきそうに気合いを入れた真矢さんが会話らしくて、思わず私は吹き出しそうになってしまった。しかし笑うのは失礼なので何とか堪えた。
しかしそんな優しい気持ちなど……次の案内されたところで吹っ飛んでしまうことになった。




