待ち合わせ
その人は意識を失っていた私の側に、近寄ってきた人だった。あのときはそんな場合でもなく、そもそも民間人相手に緊張するわけにもいかなかった。
しかし蓋を開けてみればびっくりなことに、その人はとんでもない人だった。人型種相手とはいえ生身でFMEを何十体と葬り、しかも発掘されたばかりの純度の高いオーラマテリアルを直接纏って……リーレスすらも討伐してしまった。全身をオーラマテリアルのパワードスーツで身に纏った……戦士として。
それから私の所属する、秩父前線司令基地に来て入隊して訓練兵になって……。救助したことになった私が相方として共に訓練をすることになった。
一日であまりにも状況が動いて、正に激動といって良かったと思う。そんなあり得ないと断言出来るほどの存在の人だったけど……恩人だったし、最初こそ通じなかった言葉も通じるようになったことで、人として好感の持てる人だとわかった。だから一緒に出掛けるのは別段全く問題ないのだけれども……問題が1つあった。
(お、男の人と一緒に出かけるって……どうすればいいのかな?)
そう……私、真矢・山谷には、恋愛どころか男性と一緒に出かけたことすらもなかったのだ。18歳の時に高等学校を卒業して以来、軍人として訓練を受けて実戦で戦い続けてきた。私は確かに人類の勝利のために、軍務を全うしてきたという、確かな実績と誇りがある。
だけど……それは裏返せば、異性とそういう関係に成り得ないと言うことの裏返しでもある。部隊として行動するときに男性がいなかったわけではない。けれどそれは軍事行動中……つまり作戦中だ。そんな感情に振り舞わされている場合じゃないのだ。
だからこそ……男性と一緒に出掛けるという、それだけの事で狼狽してしまっていた。
「璃兜! どうすればいいかな!?」
「いや、別に……。普通に町を案内して、お茶すれば良いだけじゃないの?」
宗一さんと出掛ける前日の時刻21時。私は璃兜の部屋にお邪魔して、明日どうすべきかを聞きに来ていた。けれど返ってきたのは冷たい返事だった。
「璃兜、少し冷たい」
「いや、だって。あなたも私も、異性に関しては似たようなものでしょ? というか、私たち同期だと……学生時代に異性がいた人ってそんなにいないんじゃない?」
璃兜にそういわれて、私は自分の同期達を思い浮かべた。そして……少なくとも私と親しくしてくれている人は、異性関係の経験が皆無なのを思い出した。
「まぁもう数年したら、お見合いなんかもセッティングされるかも知れないけど」
私たち軍人は、何も結婚が出来ないわけではない。というか、人口を減らすのはこのご時世にはあまりにも下策とも言える事なので、結婚は推奨されていた。そしてそれ以上に推奨されているのが……ずばり子作りだった。
「まぁそれはそうかも知れない……ってそうじゃなくて! 今話しているのは明日の宗一さんとの出掛ける話!」
「ちぇ。話題変えようと思ったのに」
軽く舌打ちした璃兜だったけど、真剣に話をする気になったのか、机に向けていた体を私に向けてくれる。
「でも私から言えることはさっきと変わらないわよ? 普通に町を案内して上げればいいじゃない。平行世界の人なんだから、土地勘も何もあったもんじゃないんだし。あなたのお薦めの場所とか、お店とか紹介すれば良いでしょ?」
ちなみに私たちパラレル部隊の人間は、それぞれに個室が与えられていた。私と宗一さんは相変わらず部屋は変わってないけれど、妻子のいる煉道中尉を除いた他の人員全て、個室で過ごすことが許されていた。それだけでもかなり破格の待遇だった。
だからこそこうして、部屋の中で宗一さんが平行世界の人間であることを、話すことも出来た。
「それは……そうかもしれないけど」
「そうかも、じゃなくてそうだ……でしょ?」
正にぐうの音も出ない正論を言われて、私はしょんぼりするしかない。そんな私を見て……璃兜が1つ吐息を吐くと、破顔した。
「ちょっと冷たかったわね。ごめんごめん。まぁ真矢は真面目だからね」
私の頭をまるで年下をあやすかのように撫でてくる。それに少し思うところあるのだけれど……それ以上に安心してしまう自分がいるのが、少し悔しかった。
「まぁ……衣服は少し気にした方が、良いかもしれないけどね」
「衣服?」
璃兜に言われたことの意味が分からず……私は思わず首を傾げてしまった。そんな私を見て……璃兜がそれはそれは深い溜息を吐いていた。
「……あなたって娘は。ちなみに、どんな服着ていくつもりなの?」
「どんなって……いつも通り隊服だけど?」
隊服は文字通り、軍服のことである。いくつものポケットがあって非常に使い勝手がいい。何よりも動きやすいことが最大の利点だ。そんな私の言葉に……璃兜は苦虫をかみつぶしたかのような、表情をしてくる。
「何か問題があるかな?」
「問題しかないわよ」
呆れたように……というか実際呆れてるのだろう……璃兜が一度首を落としてから立ち上がった。けれど直ぐに立ち止まって……私に向き直ってくる。
「……何?」
立ち止まったその姿勢が……というか、その視線がどこに向けられているのか気付いた私は、立ち上がって逃げようとしたのだけど、先に動かれていた一手の差は非常に大きく、無遠慮に伸びてきた手を避けることは出来なかった。
「きゃぁ!?」
両胸を鷲掴みされてしまった私は……実に間抜けな声を上げることしか、できなかった。
「相変わらず……大きいわねあなたの胸は!」
「り、璃兜だって十分大きいでしょ!」
「あんたのは巨大っていうの!」
「それはそうかもしれないけど!」
「服を貸そうと一瞬でも思った私を殴りたいわ!」
「それ私関係なくない!?」
しばらくぎゃーぎゃーと戯れていたけど……直ぐに明日の話に戻って、何故か私のファッショチェックとなってしまった。といっても、私は正直まともな服を持っていなかったので、急遽基地の衣服屋に出向くことになった。
秩父前線基地は、間違いなく最前線ということもあって、基地の施設もそれなりに充実していた。特に衣服、軽食や飲料が買えるお店は品揃えが充実しており、営業も消灯間近まで行っていた。
「いらっしゃい。おや、璃兜に真矢じゃないか? どうしたんだい珍しい」
そういって出迎えてくれたのは珠代さんだった。珠代さんはこの基地で食堂だけでなく、様々なところでお仕事をされている方で、ダヴィ中佐だけでなく、ほとんどの人が世話になっている。
「あれ、珠代おばちゃん。今日はこっちで店番なの?」
「まぁね。貧乏暇なしってね」
大げさに肩をすくめながらそういって快活に笑ってくる。そのさばさばした性格で、色んな人から慕われている人だった。
「それで、二人が夜に来るのは珍しいね? 二人とも優等生って感じで、替えの衣服はけっこうキチンとしてただろう?」
「今日はちょっと緊急事態でね」
「ほう? どうしたんだい?」
璃兜は珠代さんのことをかなり慕っていて、甘えていることもあった。そんな璃兜が珠代さんも可愛いのか、けっこうかわいがっていた。
「この子、明日の非番に宗一さんと出掛けるって言うのに、隊服で行くって言うのよ?」
「おや? それは驚いたね。宗一とはそんな仲だったのかい? 確かに食堂でも二人一緒に行動しているのはよく見かけていたけどね」
「そういうわけでは……ないんですけど」
得意な存在である宗一さん。そしてそんな私との関係はあまりおおっぴらに出来ることではないので、実に歯切れの悪いことしかえなかった。
「でも出掛けることになったってことは……まぁ宗一のことは憎からず位にはおもってるんだろ?」
その質問に……私は宗一さんを脳裏に思い浮かべた。もちろん憎くなど思っているわけがない。互いに命の恩人と認識しており、私の体を無遠慮に見てこない事も、好印象だった。
「腐っても異性と出かけるのに隊服は良くないねぇ……と言いたい気持ちもあるけど、真矢のおっぱいはおっきいからねぇ。隊服で目立たないようにしたかったんじゃないかい?」
ずばり言い当てられて、私は内心で焦った。流石の私も、自分の体が異性にどのように見られているのか、分かってないわけではない。そして男の人というのは本当に……胸が好きみたいで、大概の人は私の胸をじろじろと見てくるのだ。
衣服がないというかファッションに興味がないのもあったけど、それでもそれ以上にこの無駄に色々育ってしまった体が……私はあまり好きではなかった。
(邪魔なんだよねぇ……)
重い。そう重いのだ。動きは阻害されるし、動かないように固定するしても固めすぎては、それはそれで苦しくて動きにくい。いっそ切ってしまおうかとも思ったのだけど、手術するにはお金がかかる上に、それで体調を崩すこともあり得たので、身体の露骨な整形手術は、認められていなかった。
「だが……私を舐めてもらっちゃ困るね! 胸が大きくても可愛いファッションは、問題なく出来るよ!」
珠代さんがそう大きな声を上げながら、見事な力こぶを見せてくれる。その自信満々な仕草は……凄まじいほどの安心感を生み出していて、私と璃兜は思わず珠代さんを拝んでしまった。
「で、でも……そこまでお金に余裕があるわけでは……」
「なら私のお古をあげようかい? 少しファッションとしては古いかも知れないけど、今でも問題なく通用すると思うよ?」
「良いんですか?」
あまりにも嬉しい申し出に、私は思わず聞き返してしまった。お金に余裕が無いわけではない。けれど……そんなに着ないであろう私服を持つのは、少々抵抗があったのだ。
「昔私も胸で苦労してね。自分でよく衣服を縫ったもんだよ」
「縫うって……。珠代おばちゃん何でも出来るね?」
「家事はやる気になってキチンと努力すれば誰だって出来るよ。というか、裁縫なら件の宗一だって出来るよ?」
「「えっ!?」」
珠代さんの言葉に、私と璃兜は本日一番の驚きの声を、上げていた。
「この前道着が欲しいってここに来たけど、その道着ってのがなかったからね。だからここで布を買って私にミシンを借りて自分で造るって言ってたよ? それだけじゃなくあの子は料理関係で私と話をすることあるけど、細かい調理の行程分かってるから料理も出来ると思うよ?」
「そ、宗一さん、主婦力高い?」
「凄いわね。私たちとほとんど年齢違わないだろうに」
この場で、宗一さんが見た目通りの年齢でないことを知っているのは、私だけだったけど……それを差し引いても宗一さんの主婦力が、高いのは間違いなさそうだった。私なんて……料理はともかく裁縫なんて、したこともしようと思ったことすらもないのだから。
「真矢がどれだけ出来るかは知らないけど……今のままだと宗一に完敗するよ?」
「……もう完敗していると思います」
正しく言えば、軍事行動や狙撃に関しては負けないと断言出来たけど……それは軍事行動であり、それに関して私は宗一さんよりも先輩だ。自慢出来る訳がなかった。
「だけど問題ないよ。今の時代、男だから女だからなんて考えは古いよ。まぁでも……男女関係なしに出来た方が良いのは間違いないだろうね」
「珠代おばちゃん。フォローするんじゃなかったの?」
「そのつもりだったんだけど……まぁ出来ないのもいい事じゃないだろう?」
二人の言葉の暴力に、私はなすすべもなく崩れ落ちるしかなかった。
「逆を言えば、宗一はお買い得って事だよ。今の内に唾つけときなさい」
「それもそれでどうかと思うのですが……」
結局……閉店間際まで、珠代さんと下らない話をしてしまった。けど珠代さんはちゃんと衣服を譲ってくれて、その衣服の中から組み合わせて、私は今日という日を迎えていた。
「お、お待たせしました」
そういって私の側にやってきたのは……何というか、マンガから出てきたのかと思うほどに、可愛らしい服装をした真矢さんだった。
上着とスカートが一体型になっているので、ワンピースと思われる衣服を着ていた。しかしワンピースは、胸の大きな女性は胸の部分で出っ張って、太って見えてしまうので好まれないという、無駄知識があった。しかしそれを防ぐため、胸下の紐を使用している。そのため胸の段差が強調されていて、かえって目に毒ではないかと思えてしまう物だった。胸部辺りをじろじろ見ては失礼なので、全体を俯瞰してみるように心がけた。
淡い黄色の華やかだがきつすぎない色合いで、真矢さんの雰囲気に実にマッチした印象だった。またツバの広い白色の帽子をかぶっていて……背丈の低さも相まって、本当に失礼ながら、エロゲのヒロインが現実に出現したと思われるほどに、絵になっていた。
正直にそう思うがそこはそれ。じろじろ見るのが失礼と言うことは、流石に私も分かっているのでふわっと全体を軽く見ておくだけにした。
「いえいえ全く。今来たばかりです」
(……こんな定番の台詞を私が言う日が来ようとは)
定年を迎えて死を間近に控えていた私が、よもやこんな台詞を吐くことになるとはつゆほども思わなんだ。そして……そんな事を意識してしまったからか、それとも休みに、親しくさせていただいている異性と出掛けると言うことで浮かれていたのか、思わず定番な言葉を口にしてしまった。
「可愛らしい服ですね。色合いが真矢さんの雰囲気に実にあっていて、よくお似合いです」
「ふぇっ!?」
私の言葉に真矢さんが素っ頓狂な声を上げてしまう。その声がそれなりに大きかった物で……駅前という、人がそれなりにいるところでのその声は、非常に注目を集めてしまった。
「とりあえず行きましょうか」
軽く咳払いをしてから、私はそう言った。




