初任給
訓練中に不規遭遇して予想外の初陣になり、あげく大型種を討伐したという……字面だけ見れば華々しい初陣を飾った私。別段嬉しくはないのだが……戦果を挙げること自体は悪いことではないのでそこは飲み込んだ。
また今回の戦果についても、まだ目立つわけにはいかないという理由で、表向きには私ではなくドゥ大尉が討伐したとして、公表することとなった。これも別段私に気を使ってくれているのはわかったので、特に気にしなかった。
そして……帰投後ダヴィさんにデータを取られた結果として、戦線に出ても問題はないと判断が下りて、次の日以降は普通に戦線に出て、部隊として戦線に参加することとなった。
といっても別段大きな事はしない。数が増えすぎた、関東平野の外縁部のFMEが固まった場所に出向いて討伐するという、言ってしまえば、間引きといえた任務をこなしただけだ。
(抜本的解決策はないということなのだろうか?)
何でもそうだが……何かに対処するだけではなく、根本問題を解決しなければ延々対処しなければならないだけだ。蟻が湧いて困るのであれば、湧いて出た蟻を殺すのではなく、その蟻の巣を壊すように。体の中に病魔が発現したのであれば、その病巣を取り除かなければ、回復が難しいように。
(まぁ私の体を蝕んでいたガンのように、取り除いても転移したり隠れていたりでなかなか根本的解決にならない物も多いのだが……)
このFMEとの戦争も、ある意味で根本解決が難しいと、私は思っていた。何せ地球の外より来た異星起源生命体だ。それも……本当に生命体なのかと、疑いたくなるような流体金属生命体。生命体と呼称しているが……殺すと水銀のような液体となって形を失い消えていく。これは果たして本当に生物なのだろうか?
(……その辺は偉い人に任せよう)
少し話がそれたが……ともかく間引きだけでは、どうにもならないことは上層部も分かっているはずだ。そして関東平野のFMEは、ほぼ全てが関東の中心部というべき巨大な巣から生まれ出ていることが分かっている。
東京巣。実にへんてこな名前だが……これが関東平野のFMEの中心ともいうべき存在である。かなりの巨大さを誇り、その巣から生成されるFMEはかなりの量となっており、その量に攻め入ることが出来ず、外縁部から溢れそうになっているFMEを駆除することしかできないという状況である。そしてこれは先日知ったことだが……この巣に対して攻めあぐねている理由があった。
巨大FME個体名「シャオロン」。これは他の大型とは比べものにならないほどのサイズのFMEである。4足歩行の巨大な龍のような姿をしている。長いしっぽがあり、顔の先端と言えばいいのか……鼻の上大きな角が生えているのが特徴らしい。特徴らしい物はそれだけで、唯外縁をぐるぐる周回しているだけらしい。
しかし問題なのはそのサイズで……なんと頭からしっぽの先端までで長さが270mもあるようだ。戦艦大和のサイズが263mなので、それよりもすこし大きいということになる。そんな巨大な龍の形をしたFMEがいるので……巣の駆除に踏み切れないという明確な理由があった。
(この巨体……どうすれば討伐出来るのかね?)
それが……座学にてシャオロンの存在を知った私の正直な感想だった。その巨体故に、オーラスーツの武装はマテリアル兵装含めて全く通用せず、何も出来てないのが現状らしい。
そして、そのシャオロンをどうにかするために、ダヴィさんが自ら技術仕官として赴任してきたらしい。シャオロン対策の兵器の開発をしているらしいのだが……これに関しては間違いなく、今はストップしているのは間違いないだろう。
(私と、パワードスーツというおもちゃに夢中だろうしな……)
あまりにもイレギュラーな存在の私自身が思うのはなんだが……興奮していること間違いなしだろう。私という存在がイレギュラーであり、更にそれに輪を掛けてイレギュラーなのがパワードスーツだ。このパワードスーツがどこまでダヴィさんに役立つのかは謎だが……少しでも貢献出来たら私としても喜ばしいので、ダヴィさんには頑張って欲しい者である。
という感じで……間引き討伐をしつつダヴィさんの研究に協力していたら、いつの間にかこの世界に来てから二ヶ月の期間が過ぎようとしていた時だった。
ここで重要な事を私は失念していたことを思い出した。重要といっても正直そこまで重要ではないのだが……しかしこれがなくては人が動かないと言ってもいい物がある。
それは……給与である。
「おぉ……」
私は自らの前に映し出された、立体画面に表示された数字に驚き……実に間抜けな声を上げてしまっていた。映し出された数字は……395,648という数字である。そして重要なのが、その数字の前に¥のマークが記載されていることである。更に別の場所に目を向ければ、「宗一真堂」という氏名と、給与という単語が記載されていた。
大仰だが、大したことであって大したことではない。給与明細表だった。任官した日より……二ヶ月が過ぎていた。そして今日は月末だった。本日が給与振り込みされた日だったのだ。先月については……訓練でそれどころではなかったのと、衣食住が保証されている状況だったので、金を使うという思考にそもそも頭が行かなかったのだ。
(というか……初任給高いな)
軍隊の危険手当なんかが考慮されているのだろうか? ともかく、初任給であるにもかかわらずべらぼうに支給された給与に、私は少々驚いていた。平々凡々な私は資格とかが必要ではない、ただの事務屋だったので高給取りとかではない。そのため初任給は推して知るべしの金額だった。
ちなみに何故今気付いたのかというと、それなりに慣れてきたために余裕が出来たことと、部隊に配属されたというのが大きな違いだった。他の隊員が給与の話をしていたので、私の給与の話にもなって給与を確認して驚いた……というのが今の状況だった。
「普通に初任給だな? 特殊性を鑑みればもう少し給与があっても、良いんじゃないのか? 宗一は?」
私が固まっていると、後ろから不躾にも人の給与をのぞき込んできたドゥ大尉が、そんなことを言ってくる。隠そうと一瞬考えたが、すでに見られてしまったので別段良いかと思ってしまって動きを止めてしまう。そうしていると、ドゥの言葉に釣られて別の人間ものぞき込んできた。
「確かにな。しかも表立ってないとはいえ大型を初陣で討伐したんだから、その辺も考慮してもおかしくないよな?」
「記録に残るからって事じゃないかしら? どうしても討伐対象とかの名称は、記載されてしまう訳だし」
「でもそれにしたって、すでに前線に出ている宗一が、普通に訓練兵と同じ給与って、おかしくないですかね?」
煉道中尉に燐中尉、璃兜少尉が口々に思い思い人の給与の感想を述べてくる。そしてその話しぶりから言って……この給与は普通のようだ。そして初任給ということで驚いていたが、ここで1つ認識した事があった。
(使い道あるのかね?)
金があるに越したことはない。しかしあったところで、使い道がなければ意味もない。自分の世界であれば使い道はそれなりにある。飲食に漫画やアニメ、刀剣関係。趣味関係であればそれで終わるが、他にも生活必需品や食料等。他にも税金等もあるが……これは給与からさっ引かれているので実感は薄い。
(そういえば私の税金ってどうなってるんだろう?)
そう考えて明細表を見ると……悲しむべきか安堵すべきか、しっかりと給与から税金はさっ引かれていた。またさっ引かれた税金の名称も、実に見慣れた単語であり……平行世界だというのに、その辺に変化がないのが面白かったが面白くなかった。
「まぁそれは良いだろう。とりあえず……皆の給与も出たし、宗一少尉の歓迎会を開こうじゃないか?」
一度柏手を打って注目させてドゥ大尉がそんな発言をする。その言葉を聞いて……私は懐かしい単語を聞いたと内心で思っていた。
歓迎会。普通は歓送迎会になるだろうが、今回は私を迎え入れるだけなので歓迎するだけだ。どの職場に行ってもついてくる……非常に厄介な飲み会の名称である。厄介と言ったのは、面倒な場合と楽しい場合があるからである。
そしてその度合いは……下っ端というか、年功序列で年が若い連中にとっては、実に面倒な飲み会になる場合がある。その場合でも一応楽しい飲み会もなくはない。その職場の人間が、全員まともだった場合だ。
(まぁそんな飲み会……二年くらいしか、私は経験ないがね……)
長年事務仕事で勤めた私だが……その長年の経験でも平和な飲み会は、二年間しかなかった。その二年間は……本当に楽な飲み会だった。しかもその二年間は私が一番年下であったにもかかわらずだ。人格者しかいなかった飲み会で、実に楽しかった。
それから直ぐにまた面倒な職場になって苦痛でしかなくなったが、その後はなんやかんやで飲み会をするのが難しくなって……職場での飲み会を開くのが難しくなっていき、次第に私の職場では飲み会を行わなくなっていった。
無論仲の良い連中との飲み会はよくしていたので、飲み会自体はよく行っていた。しかしこの部隊はいわば職場。職場での飲み会が久しぶりすぎて……思わずちょっとした感慨深い思いをしてしまった。
閑話休題。
そしてその歓迎会という単語と、給与の話が出たタイミングで飲み会の話をしてきたことで、飲み会を行うことは可能であることは直ぐに分かった。
「お、それはいいな。ただ俺は咲に伺いを立てないといけないから……日程調整は少しさせて欲しいな」
「さすがは愛妻家。大事にしろよ」
「うっさいわ」
煉道中尉の台詞に、ドゥ大尉がからかう。その様子を見るに、煉道中尉は本当に愛妻家であることがよく分かる。他のメンバーは、流石に結婚までいっているのはいない様子だが、普通に美男美女と言って良いレベルの容姿だ。相方がいても何ら不思議ではないだろう。
「私はいつでも構わないわ」
「私も、特に予定はないので他の人に合わせます」
「わ、私も大丈夫です」
と、思っていたのだが……どうやら少なくともオーラスーツの搭乗者は誰も相方がいないようだ。まぁいつでもいいというだけでそう判断するのは早計でしかないのだが……ふと何となく、勝手なことを思ってしまった。
(そしてそれが外れてないというのが……何となく当たっていると思ってしまう)
非常に失礼な事を思っていたが、そこはそれ。とりあえず話を整理すると思った矢先だった。
「あのドゥ大尉?」
「どうした真矢少尉?」
「飲み会をするのは別に良いのですが……そもそも宗一さんは町に行ったこともないです」
「町に行ったことすらない? 何で……ってそらそうか」
町というのがどこかは謎だが……話の流れからいって間違いなく飲み会を行うことが出来る場所やら店があるところだろう。そして飲み会を町で出来るというのは、それなりに朗報だと思えた。1つとしては町で飲みを出来る程度の食料的な余裕があるということと、そして金の使い道があるということに他ならない。
(飲みでストレス発散が可能ということだな。若返ったんだから少しは酒に強いと良いのだが……)
「それはちょっと問題だな。ならば……よし」
私がそんな下らないことを考えていると……ドゥ大尉が一瞬だけ考え込んだ後に、ビシッと、真矢さんに手の平を向けていた。少々間抜けに思えたが……人を指ささないことに好感が持てた私だった。
しかし次に出てきた台詞で、全てが吹っ飛んだ。
「真矢少尉。次の隊の休みに飲み会をセッティングする」
「はい」
「だからその日の夕方までは……真矢少尉が宗一少尉に町を案内することを命じる」
「どうして……こんな事に」
それが私、真堂宗一の本日何度目か分からない言葉だった。場所は秩父駅前。基地のある山よりも下ってきた場所にある。そこで私は……真矢さんと待ち合わせをするために来ていた。
先日の給与の話が出てから数日後。特に問題が起こることもなく、任務をこなした私の隊は無事に休暇となったので、本日の夕方から私の歓迎会が開催されることになった。それに関してはありがたい話なのだが……その前に何故か知らないが、真矢さんに秩父の町案内をしてもらうことになったのだ。
(女性とのデートなど……数十年ぶりだな……)
結婚をしなかった私で、おつきあいもしたことがない私だが……デートの経験がないわけではない。といっても正しくはデートというよりも結婚相談所の見合いのようなもので、女性と食事をしたことがあるというだけだ。純粋なデートと言えるような物ではないかもしれない。
(情けないと思わなくもないが……)
別段恥ずかしいとは思わないが……本日共にする真矢さんに恥をかかせるのではないのかが、非常に心配なところではある。何せ今の私の衣服は……私の世界の服なのだからだ。
「……一応歳を取ったとはいえ無難な服は着ているのだが」
先日給与の事を漸く認識した私が、この世界の私服を持っているわけもなく……軍服を除けば持っているのは私の世界の衣服のみだ。別段おしゃれではない私だが……最低限の身だしなみはしていた。といっても、ウニクロの衣服で固めているのだが。
(この世界にウニクロってあるのかね?)
世界的に有名なウニクロだったが、流石に平行世界ではないだろうなぁと……本当に下らないことを考えていた時だった。
「お、お待たせしました」
本日の待ち合わせ相手がやってきたのは。




