勝利の理由
それは……突然の邂逅だと、愼司は思った。自らの足音以外の音がなくなってしまった室内演習場。疑問に思えども、今は演習中。相手を倒すまでは終わらないために、自らの獲物である敵を探して、演習場を静かに歩いていた。その時……
「……!?」
歩いていた通路の右側に通路がある、T字路となった場所にさしかかった。真っ直ぐ進むことを決めた愼司は、間違いなく右側の通路に人がいないことを確認し、前進しようとしたその時……
右側の通路に人がいるのを、視界の端に取られたのだ。
「!?」
視界に写った人影を認識し……その瞬間に愼司はすぐさま右側へと体事向ける。そこには……すでに距離を詰めるために走ってきている宗一の姿があった。
(!? 何故!?)
足音もしないし、気配も感じなかった。思うところは多々あれど、今はそれどころではない。愼司は一瞬だけ思考した。彼我の距離。自らの体勢、相手が手にした得物。それを判断して……驚きの顔がいやらしく歪んだ。
距離は未だ数mはある状況だ。しかも愼司はすでに銃を右側に向けている。そして宗一が手にしている得物は、木剣。
自らをこの距離で攻撃する手段がない相手が、自動拳銃を手にした自らに迫ってきたところで、油断するなというほうが難しいかも知れない。その油断を振り払うことなく……愼司は瞬時に冷静になって、狙いを定め引き金を引いた。その瞬間に自らの勝利が確定する。そのはずだった。
「!?」
狙いを定めて引き金を引いた……その一瞬前までいたはずの宗一の姿が、射線上から消えていたのだ。消えたといっても、体事消えたわけではない。いたぶることも見越して右肩を狙って撃ったペイント弾が……命中することなく宗一の背後へと空しく飛来しただけだったのだ。
「ばっ!?」
馬鹿な……そう叫ぼうとしつつ、構えもなにもなく……愼司はがむしゃらに引き金を引こうとした。しかしその前に……自らの右手が殴られた。
「がっ!?」
剣道でいう小手にも満たない、実に軽くはたいた程度の勢いだったのだが……それでもグローブごしであっても、銃を取りこぼすのには十分すぎる衝撃だった。そしてその衝撃を与えられたその瞬間に……愼司の中で困惑と怒りが同時にわき起こり、それが爆発した。
「訓練兵が!」
そう叫んで、後ろ腰に装備していたゴムナイフを抜いて、襲いかかってくる。しかしそれを読んでいたのか、真っ直ぐに伸ばされたナイフを、宗一は軽く払う。そして伸びきった腕を掴んで動きを封じて、空いた手で顎を軽く殴った。
「!?」
顎を殴れば脳が揺さぶられる事によって、意識を失う……と、言葉にすればそれまでだが、この世界の人間は基本的に肉弾戦という物をほとんど行わない。戦うのは地球上には存在しない、異形とも言える姿をした生物とも判断しがたい、擬態した流体金属生命であるためだ。故に……愼司は何が起こったのかも理解できずに、意識を失った。
(まぁ予想通り……あきらめが悪い男だったな……)
意識を失わせた麻桐中尉を、床に寝かせた私の素直な感想はそれだった。なめてかかってくる、不意を突かれても状況を判断して油断して拳銃をたたき落とされる。それでもだいぶ減点だというのに……負けた事が認められないのか謎だが、明らかに敗北した状況であるにもかかわらず、こちらに襲いかかってきた。
しかし重心の動きと、なによりもその雰囲気から激昂してくるのが読めたので、慌てることなく私は対処した。ナイフを払って顎を殴って意識を刈り取った。正直……こちらについては、出来て良かったというのが本音だった。
(地面が畳ではないから、背負い投げをするわけにもいかなかったしな……)
剣術は習っても格闘技は修めていない。そのため、マンガの知識でやっただけであり、正直ここまでうまく意識が刈り取れるとは思ってなかった。というよりも……それ以上に、自らの体があまりにもよく動くので、驚きの方が相当強かった。
そしてそれに付随するように……意識の加速もおこっており、愼司中尉の動きを完全に先読みすることが出来ていた。
(射線が完璧にわかれば……まぁハンドガンの単発の弾を避けるなど造作もないわな)
しかもそれだけではなく……なんと弾を視認できた。これには流石に驚いてしまった。恐らくペイント弾だから実弾よりも火薬は控えめのはず。それで視認できたということだろう。
(いや、それでも十分驚異的な動体視力なのだが……)
先読みとそれについて行けるだけの身体能力。そしてそれすらも圧倒的に凌駕する驚異的な動体視力。そして日々の訓練についていくだけでなく、適応することが出来ている自らの肉体。
若返りだけではどう考えても説明できない。間違いなくこの肉体そのものが、なんらかの加護のような物を与えられたと、判断して間違いなさそうだった。
「状況終了」
そうやって自己分析をしていると、スピーカーより千夏司令が演習終了を告げてくれた。確かに、演習相手の麻桐中尉が意識を失っては、そうせざるを得ないだろう。
完全に意識を失っている麻桐中尉だが、一応警戒して距離を離して……自分が飛び出してきた通路に戻って、そこに置いていた靴を私は履くことにした。
今回の演習は私の生身でのデータを取るのが目的だ。そのため武器について不利だとわかっていても、わざわざ木剣のセットを用意したのだ。
しかし木剣と銃ではいくら何でも差がありすぎるし、愼司中尉も緊張感が出てこない。故に、一応木剣にも拳銃を用意したのだろうが、それでもそれを使用するのは素人に毛が生えた程度の私である。圧倒的不利なのは代わりがない。
しかし今回の演習で考えるのはそこではない。今回の演習はあくまでも私のデータを取るのが目的だ。そのため別段負けても良いとはわかっていたのだが……私が負けた場合、また真矢さんにちょっかいを掛けてくるのは自明の理。ならば……悪目立ちするのを承知の上で、勝つために行動すべきだと私は判断した。
それで思いついたのが……靴を脱ぐ事だった。行軍訓練故に、厚手のブーツと厚手の靴下をはいている。そのため、この演習場の足場では、ブーツで歩けばけっこうな音が響いた。
手持ちの武器を考えれば、それなりに接近しなければこちらには勝ち目がない。ならば隠密行動をするしかないのだが……それをするにはあまりにも履いている靴が邪魔すぎる。ならば脱げば良いだけの話である。しばし歩いて私は靴を脱いで……響いてくる相手の足音を頼りに、近寄った。
(まぁ私自身、自らの肉体がどうなっているのか知りたくて、わざと姿を表した訳だが……)
いくら慎重に動こうとブーツを履いていては音がよく響く。そのため私は愼司中尉がどこにいるのかはほとんどわかっていた。故に先回りして、待ち伏せしていた。
そのため正直に言えば……相手に全く気取られることなく、意識を刈り取ることも出来た。しかしそれをしてしまえば、無効だと騒ぎ立てる可能性が高いと思えたのだ。それは先ほどのあきらめの悪さが証明している。
相手の性格、自らの肉体を確かめる。大局的……マヤさんに対する粘着質行為などに目を瞑れば……に見れば、負けてもいい演習。そのため、私は一応ある程度問題ない勝ち方をした。
「気絶したシンジ中尉はそのままでいいよ。宗一訓練兵は演習場を出て、私の研究室に来るように」
「了解しました」
通信機を装備していないが……未来技術のこの演習場であれば恐らく私の声を拾うくらいは造作もないだろう。麻桐中尉をどうするかは謎だが……まぁこのまま放置しておくわけもないだろうし、私は指示通りダヴィさんの研究所へと向かった。
「勝つためには手段を選ばない……とまではいわないけれど、けっこう議論が出来そうな行動にでたね? 彼」
「そうだな」
演習場を後にする宗一を上から眺めながら……千夏とダヴィは少々苦々しい表情をしていた。そして千夏は周囲を……自分たちと同じように、二人の演習を上から見ていた周囲の壁の見物人達の様子を見てみた。
それぞれ思うところはあるようだが……そのほとんどは驚いている様子が見受けられた。そしてその中でも……何人かの人間が非常に興味深そうに宗一を見つめているのを見て、千夏は深々と溜息を吐いていた。
「狙ってやったとはいえ、面倒事が増えそうで、面倒だな……」
「しかたがないよ。彼自身が面倒な存在なのだからね?」
「その言い方は問題だと思うが?」
「言い方はね。私自身、彼という人間性には一切問題があるとは思わないけど、彼という「人間」に関しては、面倒事の塊だと断言できるけどね?」
手元にいくつもの画面を投影し、高速で今上げられてくるデータを整理しながら、ダヴィはおかしそうに笑いながらそういっていた。しかしその瞳は真剣そのもので……様々な考察をしているのが見て取れた。
「いやぁでも正直な話……あそこまでとは思わなかったよ。パワードスーツを着ていたときから可能性としてはあると思っていたのだけれどね。よもや……弾丸を見切っているとはね」
「まだ断言は出来ないだろう?」
「そうだね。けれどこの演習場で得たデータを見た上での判断だ。まだ解析が完璧に終わってないとはいえ……それほど的外れな考えでないことは君もわかってると思うけどね?」
ニヤリと……不敵に笑うダヴィに、千夏は溜息を吐きながら肩をすくめた。しかし不敵に笑うダヴィの笑みが、少しひくついていることを千夏は見逃さなかった。
「それで? どう思う?」
「う~ん。正直否定したい気持ちで一杯なんだけど、可能性を潰していく……というか、その可能性をことごとく潰された結果として、残る可能性は1つだけだねぇ」
手元にいくつもの画面を投影させてデータを整理しつつ……残された最後の画面を映し出して、ダヴィは断言した。
「彼は赤ん坊だね」
ダヴィさんの研究室へと向かっていると、途中で真矢さんと合流した。真矢さんは千夏司令の指示で、別室で観戦を言い渡されたらしい。その判断は間違ってないと、私は内心で大きく頷いていた。
話題の中心人物は、私と麻桐中尉だろうが、その次に話題となるのは……真矢さんなのは間違いないからだ。まだ正しい情報が出回ってないだろうが、それでも私と一緒にいる人物なのだ。もしも先ほどの壁の上の観戦場所で見ていたら、質問攻めにあっていたことだろう。それを避けるためだということがよくわかる。
「宗一さん。今回は申し訳ありませんでした」
「真矢さんが謝る必要はないでしょう。お気になさらずに」
折り目正しく頭をさげてくる真矢さんに、私は頭を上げるように言っておいた。確かに今回の件はある意味で、真矢さんが原因かも知れないが……そもそも喧嘩を吹っかけてきたのは向こう側だ。真矢さんが何かをしたわけではないのだから、謝る道理がない。
「ですが……」
「こちらとしても有意義な時間になりましたので、本当に大丈夫です。それに……恐らく今後はちょっかいを掛けてくることは出来ないでしょう」
「? どうしてですか?」
「今回の演習は私のデータを取るための物です。一度取れた以上、これ以上する理由も薄いです。取るとしても別の人間とやらせるでしょう」
データを取るのなら数は必要だが……相手は一人でなくてもいい。やるとしても別の人間相手になるだろう。
演習を始めた理由が未だ分かってないが、私と行動を共にしている真矢さんに嫌がらせをしてくるような人物と、これ以上絡ませようとは……常識的な考えをしていればしないはずだ。そして千夏司令は間違いなく常識的な人物だ。これ以上麻桐中尉を近づかせようとはしないだろう。
「また、負けた相手に突っかかってくるのも逆に勇気がいりますし、恐らく今回の件で麻桐中尉にも何らかの命令が下るはずです。後は本人の倫理観次第ですが……まぁ大丈夫でしょう」
油断したことで銃を落とされたこと、ゾンビ行為をしたことは本人もわかってはいるはずだ。ならばあとは本人自身が、自らの敗北を認められるかにかかっている。ついでにいえば真矢さんの態度を見るに……上層部もある程度は二人の関係を察しているはずだ。流石にこれ以上放置することはない。何かしら手を打つはずである。
「まぁ仮にまたきたら……自信はありませんが再度追っ払って見せましょう」
接近戦ならば恐らく負けることはないと思い、私は少し芝居がかった仕草でそう真矢さんに笑顔で言っておいた。その仕草が面白かったのかは謎だが……真矢さんもようやく安心できたのか、笑ってくれた。
そんなやりとりをしながらダヴィさんの研究室へに入ると、すでにダヴィさんと千夏司令がいた。
「演習ご苦労。さて……早速だがいくつか質問させてもらおう」
千夏司令の軽い挨拶が終える、直ぐに先ほどの演習についていくつか質問を受けた。
「まずは……確かに禁止にはしなかったが、靴を脱いだのは何故だ?」
「明らかに不利な状況でしたので、こちらが優位性を得るために行いました」
嘘は許さないとばかりに鋭い眼光で問うてくる千夏司令。別段嘘を言う理由はないので、私は素直に自分の所見を述べる。
「確かに武器的に不利なのは認めるが……」
「また、あくまでも私のデータを取るためなので勝ち負けはそこまで重要ではないと判断しましたが、私が負けた場合……私ではなく真矢さんにまた麻桐中尉がちょっかいを掛けてくると思い、ある程度あちらにもわかるように、負けていただきました」
「……なるほど」
私のいっている意味は当然理解しているのだろう。千夏司令は呆れたように深々と溜息を吐き、ダヴィさんは興味深そうにこちらの話に耳を傾けながら……凄まじい速度で指を動かしてデータの処理をしていた。
「?」
そんな中……何故自分の話題になったのかがわかってない真矢さんが、首を傾げている。本当に何もわかってないような表情である。それを見ていると……なんか少しだけ麻桐中尉が哀れに思えてしまう私だった。
(まぁ自業自得というか……「アレ」なのでしょうがないと言えるだろう)
しかし本人が自覚しているのかは謎だが……あの接し方では女性には好感を抱かれないだろう。というほど、私は異性の事を理解しているわけではないのだが……その辺は正直どうでも良いと思えた。
「まぁ考えはわかった。ただし説明されてないからといって、何でもしていいわけではない。特に作戦行動中に変なことをしないように」
「了解しました」
一応注意されてこの場はお開きとなった。というよりもダヴィさんがデータの整理をしたいといって、追い出されたといった方が正しかった。
(さて、これからどうなるか?)
麻桐中尉が、今後ちょっかいを出してくる可能性が、完全になくなったわけではない。しかしそれでも、今回の件で何のペナルティもないとは思えない。故に麻桐中尉に関しては、あまり気にしなくて良いと思えた。
それよりも問題は……先ほどの演習をみて他の連中がどう思うかだろう。マンガではないので、自分を注目していた人間を認識出来たわけではないが……間違いなく注目を浴びたのは確かだ。その流れは篠村司令やダヴィさんが意図した物なのでそれについては受け入れるしかないが……悪い方向に進まないことを祈るしかない。
現状動くことが出来ない以上、願うことしかできないのは歯がゆい想いだが……そうするしかなかった。




