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対人模擬戦

「模擬戦……ですか?」

 訓練を開始して12日目。午後の訓練開始にダヴィさんから言われたのが、模擬戦の話だった。

「そう。先日君も会ったと思うけど、シンジ・マキリ中尉からの要望でね。是非とも君と模擬戦を行いたいようなんだ」

 愼司麻桐といわれて思い浮かんだのは……一昨日食堂にて真矢少尉にセクハラをしていた男だった。模擬戦をしたいという理由についても、おおむね想像がつくのでそこは疑問に思わないのだが、何故その模擬戦の許可が出たのかがわからなかった。

「許可が下りたのですか?」

「もちろんだとも」

 言外に……ダヴィさんの独断じゃなかろうな?と質問した。しかし全く意に介さずに、鼻歌を歌いながらダヴィさんはそう答えていた。恐らく嘘ではないのだろう。

 ダヴィさんに命令を下せるのは、私が今のところ知る限りでは、千夏司令のみだ。ならば千夏司令の命令ということだろう。そしてその命令を、知的好奇心から歓迎したのがダヴィさんだと思われた。

(しかし、模擬戦か。形態はどのような物になるのだろうな?)

「あのダヴィ中佐。模擬戦をするのは何か理由があるとは思うのですが……模擬戦の形式はどうするのですか?」

 私が疑問に思っていたことを真矢さんが直接聞いてくれた。一応最後には聞こうと思っていたのだが、それでも真矢さんから先に聞いてくれたのはありがたかった。

 私の状況を一番理解しているのは真矢さんだ。同じような疑問を抱いてくれたということだろう。またこの世界の今の軍隊に所属している真矢さんが抱き、考えてもわからなかったことを聞いてくれるのはありがたい。

「そうだね。二人とも同じ疑問を抱いているだろうから、詳しく説明していこう」

 そういってダヴィさんの背後に、黒板サイズの画面が映し出された。

「さて、模擬戦といってもオーラスーツにパワードスーツを使わない、対人戦だ。武装については互いに、こちらから指定したセットから選んで、それを装備して挑んでもらう形になる」

 そういいながら映し出されたのは、いくつかの武器だった。映し出されたこの武器の中から選んで、使用するということなのだろう。映し出された武器は、木剣、オートマチックピストルと護身用小型リボルバー、ナイフの計4種類だった。

 そしていっていたセットというのが……オートマチックピストルとナイフ、木剣と護身用小型リボルバーなのだろう。それぞれ一枚に撮影された写真が、画面に表示されていた。

「見ればわかると思うけど、二種類のセットのどちらかで挑んでもらう形だね。オートマチックピストルは装弾数7発で、予備弾倉は1つの計14発だね。ナイフは当然ゴム製だね。木剣も素材は一緒のゴム製で、護身用小型リボルバーは装弾数5発だね。ちなみにわかってると思うけど、どちらもペイント弾だからね?」

「実弾使うとは流石に思ってませんよ」

 銃を使うのであれば、明らかにオートマチックピストルの方が有利だ。しかもオートマチックピストルの方には予備弾倉があるのに、リボルバーの方は装弾された弾丸のみ。

 このままでは、オートマチックピストルとナイフの組み合わせが圧倒的に有利だ。ならば……それを覆せるというか、拮抗に持って行ける条件が他にあることになる。

「ちなみに模擬戦の戦場は、どのような場所になるのですか?」

 それは戦場以外にあり得ない。もしもこのセット装備で、射撃場のような何の遮蔽物もないだだっ広いフィールドで、かつスタート位置が数m離れているのであれば、言わずもがなオートマチックピストルとナイフのセット以外に選択肢があり得ない。

(というよりも、その条件の場合、ナイフもいらないな。邪魔なだけだ)

「模擬戦は屋内での対人戦を想定した、屋内戦だね」

 その言葉と共に映し出されたのが、模擬戦の場所なのだろう。いくつもの壁と扉で遮られ、所々に障害物となるドラム缶などが置かれている廃屋のような写真が映し出される。正直な感想を述べるのであれば、まさにサバゲーの屋内戦用のフィールドだった。

「勝利条件は先に敵にペイント弾を命中させるか、ゴム製の接近戦で有効打を与えた方になる。ちなみに怪我をさせるわけにもいかないので、肉弾戦とでもいうべき四肢による殴打や、体当たりなんかは認められないよ」

 室内戦であれば、ほとんど先に見つけた方の勝利だ。しかしそれでは近接武器を装備する意味がない。そのためか……室内戦の戦場は通路や部屋がかなり大きめに設定されている。これならば……木剣でも十分に振るうことが出来る。

そして……これらの条件を見て率直に思ったことがあった。

(……明らかにこれは、私が木剣を選ぶことを想定しているな)

 生身での射撃がまだ経験値的に不足していることは、ダヴィさんも千夏司令も重々理解しているはずだ。それに比例して、私は剣術に関していえば……恐らくこの世界では廃れたこともあって、世界最強といっても過言ではない腕前があると思われた。

 しかしかといって遠距離武器が皆無では、オートマチックピストルを装備した側に緊張感が生まれにくい。そのためのセットなのだろう。

 私としても木剣を選ぶつもりではあるのだが……こうもあからさまに誘導されるとあまり気持ちの良い物ではなかった。だがそれでも、生身の模擬戦をすることは私としても願ったり叶ったりではあったので、都合がよくはあった。

「ちなみに模擬戦はいつ行われるのですか?」

「本日の訓練を、一時間速く終わらせたその後だね」

「……なるほど」

 なるべく考え込ませるというか、模擬戦を想定した訓練をさせないために、今日の夕方に設定したのだろう。ただいきなりすぎてもあれなので、午後の今に伝達したといったところだ。

「それまではいつも通り、随伴行軍訓練をしてもらうよ。模擬戦について考えたい気持ちはわからないでもないけど、訓練に集中してくれたまえ」

「「了解しました」」

 正しくは考えさせないためだろう。まぁ常識的に考えて、突発的な訓練というのが本来は身になるのだ。敵が誰で、戦場がどこで、装備がどんな物か……なんてわかった戦場があるわけがない。

(さて……どうなるか?)

 戦争中のこの世界において、無駄なことに人員や資源を投入するわけがない。ならば自然的に考えられる一番の理由は、間違いなく私のデータ取りが目的だろう。

 今更だが……私の肉弾戦のデータは取られていなかった。その時都合良く麻桐が私にちょっかいをかけてきて、まさに渡りに船だったというのがあらすじだろう。

(武器にけっこうな差があるからな。少々厳しいが……)

 しかしいくら剣術を修めたといっても、拳銃相手はかなり分が悪い。何せ拳銃は指を少し動かすだけで、離れた相手を一撃で葬ることが出来る武器だ。

 熟練度にもよるが……ここは軍隊でしかも相手の麻桐は、腐っても中尉になった軍人である。どれほどの腕前かは謎だが……それでもまだ銃を本格的に使い始めた私よりも、腕前が劣っているとは考えにくい。

 ほぼゼロ距離で、しかも木剣ではなく、鞘がある真剣ないし模造刀を使用できて、よーいドンであれば、ほぼ確実に勝てるのだが……流石に室内の演習場を用いて、零距離で相対してよーいドンはありえないだろう。

 となれば、どれだけ相手に気取られることなく距離を詰めて、こちらの剣を先に届かせるかが、私の勝利条件となる。若返った体でどこまで出来るのかは謎だが……負けるつもりはないので、頑張るしかないだろう。 

 マルチタスクなんて事はほとんど出来ないのだが、それでも頭の片隅でどのような動きをすべきかを思考しつつ訓練を行って……その時を迎えた。




「では、これより室内演習場での模擬戦を行う」

 スピーカー越しに千夏司令がそう告げた。私は指定された武器セットである、木剣とリボルバーを装備して演習場の中にいた。演習場は四方の壁の上の方がガラス張りの壁になっている。そしてそのガラスの先には……大人数の人間がこちらを見下ろしていた。

 そして演習場の中央部の頭上には……司令部というのか、上役がいるべき部屋のような場所があった。機材もいくつかあるので、各種操作もするための場所でもあるのだろう。その真下というべき中央部分に、私と麻桐中尉は相対していた。

「今より数分後、開始の合図を告げる。それまで各自好きな場所に陣取っていい」

 そういわれて早速移動する麻桐中尉。その際にこちらを見て下卑た笑みを浮かべていた。確かにそんな表情をする理由もうなずけた。

 演習場のおかげで勝負になりそうな感じにはなっているが……装備からして、明らかにあちらが有利なのだ。加えていえばこちらは新兵ですらない訓練兵に対して、あちらは正規兵のしかも中尉。どれほど実力差があるのか……考えるのもばかばかしいくらいだ。

(まぁ私は元の世界もこちらの世界も……中尉がどれほど偉いのかは理解していないわけですが……)

 しかし私の世界とこちらの世界で決定的な違いがある。


 戦争をしているのだ。


 それも……第二次世界大戦よりも遙かに重く、辛い戦争を。


 その戦時下のしかも日本……大和国における最前線で戦う兵士の中尉だ。どれほど低く見積もって、弱いということがあるわけがない。

(まぁやりようはあるだろう……)

 しかし一点だけ、この世界の兵士に私の世界の兵士が勝っているところがある。そしてそれは、私にも通ずるところがあった。

 それはすなわち……

「では、始め」

 

 生身による対人戦闘だ。




 ブザーが鳴り響いた。室内戦闘を模している演習場といっても、安価に造る都合もあるため、壁はトタンのような薄い鉄板。床もかなり安めの材質で造られている。そのため……非常にうるさく足音などが反響していた。そしてそのため……どこに誰がいるのかがかなりわかりやすい状況となっている。

 これが恐らく数人いればまだ反響音が複数あることで、容易には居場所を掴むことが出来ない状況となっただろう。しかし、今この演習場にいる人間はたったの二人だ。

 極端な話。自らが足を止めてしまえば、相手の足音が聞こえるため居場所がかなり特定しやすい。

 故に……この演習場においては、どれほど物音を立てずに行動できるのかが重要な要素となってくる。それを重々理解している愼司は、慎重に足を運んでいた。

(へぇ、素人といっても最低限の事はわかってるのか?)

 両手でハンドガンを保持しつつ、物音を極力立ててずに移動している愼司は、相手である宗一の評価を少しだけ上げた。演習が開始してからほとんど物音がしていない。それは自らが足を止めた事で、響いてくる足音がほとんど聞こえないことから間違いないと判断できるものだった。

 それをある程度認識したことで、愼司は相手を倒すために行動を開始する。といっても愼司にはかなり驕りがあった。しかしそれも無理からぬ事だとも言えた。

 何せ演習場が室内演習場だからだ。視界を遮るための障害物などが設置されているが、森や本当の市街地戦闘に比べれば、相手の見つけやすさについては雲泥の差と言えた。

 その上で、互いに装備している武器が何かを把握している。さらに自らの武装と相手の武装の歴然とした差があるのだ。逆に言えば……これで負けるのは、正直かなり難しいと、愼司は考えていた。

 実際問題として、その認識は正しい。あまりにも戦力に差を開かせないために、シングルカラムマガジンという、弾が直線的に弾倉に充填された形式の銃を使用しているため、扱いやすくはあるがその分弾数が少なく、予備弾倉が1つしかない。

 しかし、それを差し引いても圧倒的に宗一が不利な武装だった。自動拳銃と呼ばれる銃の最大の特徴は、リボルバー拳銃に比べて総弾数が多いことが最大の特徴だ。単純な話……シングルカラムマガジンを使用していたとしても、予備弾倉と合わせれば14人の人間を大した労力もなく殺すことが出来る。しかもそれなりの距離がある上でだ。

 対して木剣……近接武器の最大の欠点は、その物理的な長さ以上の範囲に影響を与えることが出来ないことだ。どれほどの高身長の人間が片手で剣を振り回したとしても……有効範囲は3mもいかないだろう。

 そのため、この勝負において、宗一が勝利するためには……いかにして相手に気取られることなく、距離を詰めることが重要になってくる。室内戦といっても、通路の幅は2mほどで、通路の長さは数mもある。確かにその通路にある程度身を隠すことが出来る障害物も設置されているが、発見されればそのまま終わりと言って良い。

 いかに隠密行動を出来るかが、互いに重要になってくる。それを再度確認して……愼司は違和感を覚えた。

(足音がしなくなった?)

 先ほどまで二つの足音が多少なりとも響いていた演習場で……自らの足音以外に音がしなくなったのだ。訓練兵である宗一が恐怖で動けなくなったのかとも考えたが……そんな風には思えなかった。

(なんだ? 何をしたんだあいつは?)

 自らも足を止めたことで、ほとんど物音がしなくなった演習場。その不気味さが……愼司をわずかなりとも焦らせる事となった。







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