絡まれる
「真矢少尉と一緒にいるってことは……お前か? 最近噂の変な男ってのは?」
と、そう疑問系というか、問いかける感じでこちらに言ってくるのだが、その口調と嫌らしい表情で、私がその噂の変な男であると確信しているのがわかった。噂の変な男というのが少々気になる……内容的な意味で……が、しかし今はそんなことはどうでもいい話。せっかく標的がこちらに変わったのだから、それを止める理由はなかった。
「噂の内容は知りませんが、少なくともここ10日ほど、真矢少尉と訓練を行っている訓練兵は私で間違いありません」
どこまで喋って良いのかは謎だが……噂になっていると言うことは、逆を言えば噂が出来ているということである。箝口令などが敷かれてないと思われた。故に訓練している程度は明かしても良いと判断した。当然だが内容は絶対に口外する気はなかった。
「やっぱりお前か!」
真矢少尉の肩に置いていた手を振り払って、こちらに近寄ってくる愼司中尉。そのとき乱暴に真矢少尉をどけるようにしていたので、こけるんではないかと少し心配したが、さすがは現役軍人。そんなことはなかった。そしてこちらを心配そうに見てきていた。
(めんどくさい相手なんだろうなぁ……)
まさにガンつけてきている眼前の男は……なんというか、己が優秀であることを疑っていない高慢ちきという感じの男だった。しかし背丈が私よりも少し低いため少々見上げてくる形になっているので、少々間抜けに思えてしまう私がいた。
(荒事はそんなに経験はないが……まぁ刃引きした真剣で稽古する恐怖に比べればな……)
喧嘩は好きではない。というよりも肝っ玉は小さい方だと私は思っている。なのでこうしてけんか腰に睨み付けられるのには正直慣れてないのだが……しかしそうは言ってられない状況なので、頑張ってみることにした。
「へぇ? 訓練兵の割にはけっこう度胸があるじゃないか? だがなぁ訓練兵」
そういって右拳を握りしめる仕草をしたので……私は相手が殴りかかってくると判断した。いくら戦闘中でないとはいえ、食堂という公の場で殴りかかってくるとは思えないが……万が一もあり得る。騒動を起こせば面倒になるのは容易に想像できるので、私は出鼻をくじくことにした。
今愼司と私はかなりの至近距離で相対している。そのため殴るためには一歩引かなければ十分な打撃を行えない。また重心の軸が後方へと下がろうと移動していることがわかった。右で殴るために一度右足を下げると判断し……つま先を踏んで動きを止めた。
「っ!?」
直ぐに踏んでいた足を戻し、バランスを崩した愼司中尉の肩を掴んで、こけるのを阻止する。
「大丈夫ですか? 愼司中尉」
心配している仕草、声でそう問いかける。食堂と言うことで無数の机と椅子が並んでいる場所だ。私の足の動きを見れた人間はほぼいないだろう。そのため、愼司中尉がバランスを崩しただけ……という状況に見えるはずである。
「仕事でお疲れの事と思います。食事を取られてお休みになられた方が?」
「余計なお世話だ訓練兵! もうすでに食べ終わってるよ」
まだ食前であると、吐息から判断……吐息が鼻につくほどの距離だったということである……したため、そう言ったのだがどうやら違ったようだ。
「まぁいい。おい訓練兵」
そういってこちらに再度近寄ってきて、肩に手を置いて耳元でささやかれた。
「今の礼はさせてもらうよ」
そう私にしか聞こえない声で呟いて……去っていた。
(ふぅむ。少々見くびったか?)
コケかけたことと、殴りかかろうとしていた時の顔を見て、怒って状況判断力が鈍ると思ったのだが……流石に馬鹿にしすぎたのかも知れない。
(いや……あの程度で怒って殴りかかってくるから馬鹿か?)
愼司とやらが真矢さんに思う感情は恐らくそういうことなのだろうが、それを差し引いても執着が強いというか、しつこいというか……実に粘着質に思える感じだった。
(今の礼をするという言葉も気になるが……まぁその場合は私を対象としているからまだ良いか……)
真矢さんが標的にされたら面倒だとは思ったが、基地内部でそうそう変なことは出来ないだろう。それを考えればまだ安心できた。
「すみませんでした、宗一さん」
そうして私が適当に分析をしていると真矢さんがこちらに頭を下げてくる。どうやら最後の言葉は聞こえていなかったようだ。無論聞こえないようにいっていたはずだろうから、それは別段問題はないが。
「お気になさらずに。むしろ余計なことをしてしまったのでは……と、心配しております」
「いえ、そんなことはないです。助けてもらってありがとうございました」
「いつもあんな感じなのですか?」
ここで一応……まぁほぼあり得ないとは思うが……真矢さんの気持ちを確認しておくことにする。
「えぇ。前の隊にいたときはそこまでいってくることはなかったのですが。けれど、今、愼司少……中尉が言っていたように私の隊は最近解散してしまったもので」
「なるほど。ちなみに愼司さんがあれほど絡んでくる理由は何か心当たりは?」
解散した理由を聞くのは少々怖かった……隊の仲間の戦死による解散等……ので、遠回しに聞くのではけっこうストレートに聞いてみることにした。すると真矢さんは……腕を組んで真面目に考え込んでしまった。
「それが、私が記憶している限りではないんです。特段大きく迷惑を掛けたつもりはなかったと思いますし……」
「……そうですか」
本気で考えている様子から見て、恐らく本当にわかってない様子だった。先ほど相手から受けた仕打ちを考えれば……無遠慮な視線に接触セクハラ……そういう思考に行かないのは無理もないとはいえ、ちょっとかわいそうに思えてしまった気がしないでもない。
「確かに、私が狙撃手なので、愼司中尉の隊の編成を考えれば、理にかなってはいるのですが」
「ちなみに彼の隊はどのような感じなのですか?」
「前の隊から変わっていなければですが……前衛一人に中衛が二人、後衛が二人。けど陣形的な問題で、接近戦が得意だけど遠距離も出来るアヤ中尉が後衛に入ってるんです。隊は基本的に六人構成なので、それで私を誘ってきてるんです」
「なるほど」
闇雲に隊に引き入れようとしてないようだ。馬鹿ではないと思ったが……あれで真矢さんを堕とせるというか勧誘できると思っている感じを見ると、その考えも自信がなくなってしまう。とりあえず無事に終えたことだし、これ以上目立っても面倒なので、私と真矢さんはさっさと食事を終わらせて、自室に逃げることにした。
秩父前線司令基地。その司令室で、空中に投影した画面に映し出された大量の情報を処理する一人の女性がいた。篠村千夏司令。最前線であるこの秩父前線基地の総大将とも言える存在である。その千夏は……いくつもの画面を開いては作業し閉じるを繰り返して、大量の仕事を終わらせていた。それも一段落し……目を瞑って指で押さえて軽く眼球を揉んでいた。
(あらかた終わったか。お茶でも入れるか)
背もたれに体を預けて少し休憩すると、千夏が立ち上がって側の小さな机に歩み寄ってお茶の用意をし始めた。その時、来室を告げるチャイムが鳴った。
「? 誰だ?」
来客や会議の予定は入ってなかったのだろう。千夏がめんどくさそうに顔をしかめている。手を中空で操作して……新たな画面を投影して来客を確認し、更に顔を歪めていた。
「またこいつか……」
表情だけでなく、ぼそりと呟かれたその言葉にも、ありありと「めんどくさい」という感情が十分に乗っていた。そしてその表情のまま、視線をわずかに動かして時計を見て……深々と溜息を吐いた。時刻は18時前。この時間はよほどの理由がない限り来客を拒むことが出来ない時間だった。
「入れ」
「失礼します」
めんどくさそうにそう告げた千夏の声に対して、ほとんど「失礼」と思ってないように、少しふてぶてしく聞こえる声で、愼司が司令室へと入ってきた。千夏は茶葉とお湯を入れたマグカップを持って立ったままだった。愼司はそんな千夏に向かっていき……机を挟んで相対した。
「何のようだ?」
「僕の用件はわかっているでしょう? 真矢少尉の異動についてです」
(だと思ったよ……)
内心で深い溜息を吐いていたのだが、それを気取られるわけにはいかないので、千夏はまだおいしく飲めるほど茶葉が開いてないのだが、それでもカップを口に付けて傾けることで、口元を隠した。
「以前からお願いしているはずです。何故叶わないのでしょうか?」
「以前からいっているはずだ。まだ彼女の戦線への復帰については検討中だと」
「何故です? 僕の隊は一人欠員が出ていて彼女の隊は解散した。何を検討する余地があるんですか?」
(それを何の臆面もなく言える貴様がいて、彼女のことを何も気遣ってないように見えるから何だがな……)
今度は隠す気がないのか、千夏は眉を顰めている。しかしその千夏の変化に気づいてないのか……愼司はくってかかるように言葉を続けた。
「彼女は優秀です。ならば優秀な部隊に配属するのが、人類にとっても有益だと思うのですが?」
「優秀なのは同意しよう」
「だというのに、今行っているのは保護した民間人の訓練の手伝い。あんな何の変哲もない男に真矢少尉が付き合っているようでは……貴重な才能がつぶれてしまいかねない」
(詳しくはいってないようだな……)
愼司の言葉から、愼司と宗一が会ったと判断し、かつ詳しい話をしてないと判断した千夏は、まるで愼司の言葉に反応しているよう頷いて見せた。その仕草に気をよくした愼司が、更に語気を強めて言葉を続ける。
「季節外れな時期に入隊したので何か事情はあるかも知れませんが……ですがそんなことよりも今は関東平野の奪還のために動くことが肝要なはずです」
「確かにな」
「なら! 真矢少尉という貴重な存在を潰すような配置は控えるべきです!」
「それは貴様が決めるべき事ではない」
愼司と違って語気を強めたわけでも、声を荒げたわけでもない。ただ静かに呟いただけだ。だというのに……部屋の温度が少し下がったのではないかと錯覚するほどに、千夏の言葉には力があった。
流石にその言葉の力と、言葉の意味を察せられないほど馬鹿ではないのか、愼司が気圧されたように少し顔をひくつかせた。しかし直ぐに元の表情に戻って、別の話を振ってきた。
「確かにそれはその通りです。ですが……判断材料がなければ司令としても異動を決めるのは難しいと考えます」
「……何が言いたい?」
気持ちが隠しきれず、少しにやついた表情をしている愼司に、同じく表情をほとんど隠さず顔をしかめた千夏がそう問うた。すると愼司は芝居がかった仕草で千夏の執務机に両手をわざわざたたきつけて強調し……こういった。
「訓練兵の実力を測るのも必要でしょう? 僕自らその新兵の訓練をしますよ。模擬戦でね」
「と、いう事が昨日あってな」
時間が経過した翌日。随行行軍訓練をしている宗一と真矢の様子を解析車の中で確認しつつ、千夏が実に苦々しくそういった。解析車の中にいるのは千夏とダヴィの二人のみ。通信機能も相互通信ではなく、解析車からの一方通行にしており、発信もしていないので他の人間に聞かれる心配はなかった。
「真矢が男好きする体をしていて、顔も可愛い。性格も悪くない。故に男が群がるのはわかるのだが……どうしてあの男はああも直接的というか、粘着質なんだ?」
「まぁそれが彼の面白いところだからねぇ。それは諦めるしかないんじゃないかな?」
人員の規律についてはほとんどタッチしないダヴィは、からからと面白そうに笑いながらそう答えていた。話はキチンと聞いているようだが、それでも高速で動く手を見ていると、本当に話を聞いているのか疑わしくなってしまう。
「それでどうするんだい? 私にわざわざ報告してくれるって事は、悩んでいる事があるんだろう?」
「悩んではいないが……どう思う?」
「そうだね。私の意見を言わせてもらうと、是非とも行って欲しいね」
ダヴィの賛成が意外だったようで、千夏が驚きの表情を浮かべてダヴィへと顔を向けている。
「その理由は?」
「理由ねぇ。数え上げたらきりがないけど……ともかく彼のデータが欲しいんだよ。あらゆる意味でね」
そういいながら、ダヴィが手元で何らかの操作をして、千夏の前にデータを表示する。そのデータを見て……千夏が目を丸くしていた。
「これは、たしかか?」
「まだ確定ではないね。何せまだデータを取ってから十日程度だ。それも当たり前だけど一人だけのデータだ。考察するほどのデータがそろっているとは言い難いね」
そう返しながらも、今も訓練中の宗一をモニタリングしている機器から送られてくるデータを高速で処理しているダヴィ。その表情には……知的好奇心と恐怖心が、同居していた。
「どう思う?」
「どうもこうも。思うことはひとつだけだ。あり得ないってね」
データを処理しつつもそういうダヴィの表情は……実に苦々しいものに変わっていた。そう言うことが悔しくて仕方がない、そういった表情だった。
「ただ……それでも我々にとって有益なのは間違いない」
「それは、そうかも知れないが」
「それに彼自身は好感が持てる存在だ。だから恐らく大丈夫だと言って良いと思う」
「そういいながらデータを収集したいのはどうしてだ?」
「? 決まっているだろう?」
キョトンと……なんでそんなことを聞いてきたのかわからない、とでもいうように思わず作業の手を止めてダヴィが千夏に向き直った。そして……実に興味深そうな笑みを浮かべて、こういった。
「非常に興味深い存在だからさ」




