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一日の終わり

 ダヴィさんの研究室から出て、基地の案内をしてもらった。食堂、出入り口、訓練室等々、とりあえず当座必要な箇所のみだが、それでもけっこうな広さをもつ基地だったので、それなりの時間を要した。

 その際も色々とじろじろ見られたのだが……それはご愛敬だろう。すでに謎の民間人を保護したというニュースが、基地中に駆けめぐっているのはすでにわかっている。しかも真矢さんと一緒にいるところを見られているのだ。その真矢さんが案内していれば、必然的に私が保護された民間人とわかるのも道理だろう。

 食堂で早めの夕食をいただき、そして部屋へと案内された。部屋に案内されたことで……先ほど真矢さんが部屋の移動に関して、一瞬息を呑んだ理由が察せられた。案内された部屋が……格納庫やダヴィさんの研究室、そして千夏司令の部屋からかなり遠くに位置した部屋だったからだ。

(まぁ確かに……爆発しないという保証もないしな)

 右腕にあるそれなりに大きな腕輪。これがパワードスーツに変形すると言われても、誰も信じないだろう。それは私の世界でもこちらの世界でも同様だ。明らかに質量保存の法則を無視しすぎている。先ほど質問したが、しなくても良かったかも知れない。

(しかし……これは一体何なんだろうな?)

自分自身でも不思議だが……この腕輪について違和感をほとんど覚えてないのだ。左腕に時計をする習慣はあるが、右腕にはそんな物はない。しかもこの腕輪の状態であれば、時計と違って何も機能がない……ファッションにしか成り得ないものなのだ。

 ファッションについてこだわったことがない私は、アクセサリーなんぞを付けたことがない。にも関わらず、違和感がないのだ。違和感どころか、不思議に思わないことすら思い浮かばないということにも、今まで気づけなかった。

 少しだけ……腕輪について恐怖を覚えた。身につけた私がこれなのだから、基地の人間が不可思議な人間である私と、類を見ないマテリアル兵装を警戒するのは至極当然といえた。

「こちらの部屋が、宗一さんの部屋になります。私はその隣です」

 そういいながら私の部屋の扉を開けて、中に入るのを促してくれた。礼を言いつつ中に入り……予想通り一人部屋だったことに少々驚いた。

 しかし中身は質素以外の何物でもない。水道はあるが給湯器もない。ガス台があるわけもなくテレビもない。トイレとシャワーはあった。家具らしい家具は、壁掛けの電話、簡素なロフトベッド、ベッド下の机と椅子があるだけの寒々しい部屋だ。広さもかなり狭く、格安ビジネスホテルでももう少し広いだろうと言えるほど狭かった。

「私の部屋は隣の1-A。内線で「1-A」と入力すれば、私の部屋の内線に繋がります。何かありましたらご連絡ください」

 ちなみにどうでも良いことだが……内線電話には数字の他にA~Kまでの英字のダイヤルもあった。

「ありがとうございます」

「また明日からの訓練開始は7時からとなっております。これは明日だけではなく訓練する日の開始時刻は7時からです。朝6時には起床してもらい食堂にて食事を取って、訓練場まで移動して訓練となります」

「承知しました」

 朝の六時起きなどいつものこと。起床に関しては昔からの生活習慣で慣れているので起きるのは問題ないだろう。しかしそれが訓練によって、疲れた体で出来るかどうかはわからなかった。

(筋トレとジョギングは、趣味の域を出ない程度だからなぁ……)

 剣術は真面目にやっていたのでそれなりに自信はあるが……それでも軍隊の生活が出来るかは正直不安だった。しかしやらなければ自分が死ぬかも知れないし、戦場に出る前に用済みとして人体実験をされる可能性も否定しきれない。元の世界に戻れる可能性が限りなく薄い以上……死んだつもりで食らいつくしかないだろう。

(まぁ元の世界に戻ったら……直ぐに死ぬかも知れないしな)

 何故かは謎だが、世界の移動に伴って若返った体だ。ならば逆に元の世界に戻れば老人の……余命幾ばくもない体に戻る可能性も十分にあり得る。

 朝までは死ぬとわかっていた故に諦めていたのだが、こうしてまだ生きれるかも知れないとわかると、生きていたいと思えてしまう。実に現金な物である。

「就寝は23時です。節電も兼ねて一部を除いて一斉消灯になります。まだ基地に慣れてない宗一さんが、それ以降に外に出ることはないと思いますが、もしもの場合は枕元の懐中電灯を使用してください」

 そうして示された箇所に懐中電灯があった。その姿は私の知る懐中電灯とほとんど代わりがなく……サイズはめちゃくちゃ小さかったが……世界が変わっても道具の見た目は変わらない物だと、無駄な感心をしてしまった。

「また緊急事態には警報が鳴り響きます。その場合は慌てず、私と一緒に行動することになると思いますので、私の部屋の前で待機してください」

「承知しました」

「では本日はお疲れだと思うので早めに休んでくださいね。明日からまたよろしくお願いします」

 眩しい笑顔でそういわれて、その笑顔が眩しいというか……それでほんわりとした気持ちを抱いた私。その気持ちが……「若返っても中身はじじいのままだな……」と、妙に納得してしまった自分がいた。

(若者が頑張ってる姿を見ると、どうしてもな……)

 若い女性との会話はほとんどしなかった。仕事で話すことはそれなりにあったが、仕事以外で話すことはない。

 しかしそんな私もお気に入りの飲み屋などに赴いて、若人がバイトで頑張って接客をしていると「頑張れ若人!」としか思えないのである。中には私と同い年での初老のおっさんでも、若い女の子を見て興奮やつもいるのだろうが、私はそんなに元気な人間ではなかった。

 そんな馬鹿なことを考えつつ、私は部屋の中で荷物を置いて、椅子に腰掛けた。そしてようやく一人になったことで……大きな溜息を吐いた。

(といっても恐らく監視されているのだろうが……) 

 入隊したとはいえ私は未だ謎の存在。しかも歴史上類を見ないマテリアル兵装を帯びた存在だ。そんな存在をモルモットにしないのならば監視は必須だろう。監視されることに思うところがなくはないのだが……致し方のないことだと諦める。

 時刻はまだ19時。普段であれば食事を終えて部屋で何かしらの本を読んでいるか刀を眺めている時間なのだが……あいにくどちらも今手元にない。携帯のソーシャルゲームは通信が出来ないので出来るはずもない。よって……出来ることは何もなかった。

「シャワーでも浴びるか……」

 することもないので必然的に寝る準備を進めることにした。着替えは先ほど渡されているのでその着替えを持ってシャワールームへと向かった。そしてここが軍隊だとしみじみ思った。何せ使える水の量が制限されているのがわかったからだ。可視化するために透明なプラスチックの容器が頭上に設置されていた。

(湯船は流石に贅沢か……)

 一人で入るのも面倒なので週に一、二回しか湯船に浸かる習慣はなかったのだが、それが出来なくなると淋しい物である。

(いや……全てにおいてか)

 一年は生きないだろう……そう覚悟していた。しかしだからといって自暴自棄にならず普段通りの生活をしてきたのだ。そしてそれは日々の生活においても変わることがない。日々の晩酌も、娯楽も……その全てがなくなってしまったのだ。

「贅沢というか、現金というか……」

 そんな事をこぼしながら汗を流して体を洗った。そして着替えをすませてベッドに腰掛ける。そうして何もないため何をするでもなく、ぼんやりとするしかなかったので、さっさと眠ることにした。

 これは何も出来ないからという事でもあるが……それ以上に何も考えないようにするという意味合いもあった。

(元の世界にいれば近い内に死に、こちらに来れば軍隊生活か……。どちらが良かったのだろうか?) 

 しかし時刻はまだ20時前だ。初老のため早めに寝るが、それでも普段よりも一時間早い。眠るのは少々難しかった。

(まぁどちらが幸か不幸かはわからんが……やっていくしかないなぁ……)

 とりあえず考えても始まらないので、考えるのを辞めてひたすら「何も考えない、何も考えない」と頭の中でそう考えて……いつも通りの時間に眠った。




 そして悲しきかな、老人の習性。いつも通りの時間に目が覚めた。ちなみに私のいつもの時間というのは5時半。訓練兵の起床時間よりも早めの時間だった。本来であれば、ここで着替えをすませて木刀で素振りをするのだが、今木刀は私の手元にはない。

 正確に言えばあるにはあるのだが……昨日確認するのを忘れてしまったので、マテリアル兵装となってしまったと思しき木刀を、出現させていいのかがわからなかった。

(まぁしない方が無難だろう……)

 いつも通りの生活をしたいのが本音だが、間違いなく私は軍に入隊した身だ。勝手な行動は控えるべきだろう。そう自重し、着替えをすませてしまえば特段やることもない。

 筋トレもこれから地獄の日々が始まると考えれば……無駄に体力を消耗すべきでもない。故にやむを得ず、座禅をして神経を集中させることにした。一応携帯の目覚ましをセットして座禅を行った。そして起床時刻の5分前にアラームが鳴り、私は気合いを入れた。

(さて……どうなるかな)

 不安を覚えつつも、とりあえず私は自らの部屋を出て隣の部屋の扉の前で待機した。そのときちょうど起床のチャイムが鳴り響いた。けっこうでかい音だったので、思わず手で耳を覆ってしまった。するとマヤさんも数分して外に出てきた。扉の側で待機していた私にびくっと驚いていた。

「お、おはようございます宗一さん。早いんですね?」

「おはようございます真矢さん。えぇまぁ……年が年なので、そんな物です」

 私の話は禁止と言われているが、まだ周りに誰もいないのと、今の台詞だけでは私の身の上を知っている人間にしか意味が伝わらないだろう。一応言葉を選んで伝えた言葉に、真矢さんは一瞬キョトンとして、クスリと小さく笑った。

「もう、なんですかそれ?」

「本心ですが?」

「そうかもしれませんが……。おかしな人ですね」

 何がおかしいのかわからないが、しばし真矢さんが可愛らしく笑っていた。しかし嫌らしい感じはしないので、本当におかしくて笑っているのはわかった。

「失礼しました」

「いえ、問題ありません」

 ひとしきり笑い終えると、真矢さんが咳払いをしてそう言ってくる。別段気にしていないので、特に何かを言うことはしない。そして再度挨拶を交わして朝食をとりに、食堂へと二人で向かった。

 ちなみに今の私の格好は渡された着替えを身につけている……無地の紺色の軍服みたいな衣服……ためか、昨日よりは注目されていないようだった。他にもそれなりの人数が食堂で食事をしていたのだが、特段言われることはなかった。

 ちなみに朝食は、まさに昔ながらの日本の朝食というべき物だ。白米と焼き鮭、ほうれん草のおひたしに、わかめの味噌汁。量こそ軍隊だからそれなりに多かったが……実に質素な朝食である。

 未知の生命体と戦争中の状況で、三食キチンと取れるのは幸せなことだろう。しかし贅沢と言うべきか、若いからと言うべきか……物足りなさを感じてしまう自分がいた。

(まぁ確かに若い頃って……焼き肉行っても好きな物腹一杯食べてたなぁ……)

 歳を重ねる度に、衰えていく肉体。右肩下がりの肉体を何とか少しでも保とうと、それなりに筋トレやジョギング、剣術の稽古などをしていた。そのおかげもあって、同年代の中ではかなり動ける方だった。そしてそれに伴って初老の男性としても食えていた方だった。だが……

(歳には勝てぬか……)

 よもやこんな奇妙な経験を、転生もせずに自らの肉体で……若返った肉体が果たして本当に自らの肉体というべきかは謎だが……味わうとは、思いもよらなかった。

(本当に……面妖な……)

 事実は小説よりも奇なり。荒唐無稽。人間万事塞翁が馬。最後だけ少し違う気がするが……ともかくえもいわれぬ感覚だった。

「では食事が終えたら訓練を行います。けっこう厳しいと思いますが、付いてきてください」

「……わかりました」

 そういってきた真矢さんの笑みが、何というか……全く悪気も何もない感じで、訓練が厳しいことについて何も想ってない様子だった。これを見て、あぁ……この人も軍人なのだなと、妙に納得していた私だった。




 朝食後、今後のスケジュールを軽く説明してくれた。といっても訓練内容がどのような物かという話だ。そしてこれに関しては予想に違わず……体力向上を目指しての持久走だった。

(まぁ……そうだろうな……)

 兵隊の基本は足であり体力である。どんなに優れた戦士であったとしても、その有用性が数分しか発揮されないのでは全く意味がない。なにより、戦闘が長期化した場合……それこそ数ヶ月ほどの日数を戦闘していたい場合……体力のない者から死んでいくのが道理。

 しかし……わかっているからといってこなせるとは限らない。ジョギングは習慣でしていたが……流石に重りを身につけてジョギングをしていたことはない。

(まぁ最初はしないみたいだが……) 

 訓練内容はとりあえず持久走。自重筋トレ各種。山間部の一部を利用して造られた天然の障害物がある山道の疾走。昼飯を挟んで休憩。座学。銃器訓練。最後にマテリアル兵装を用いた、実験を兼ねた訓練とのことだった。

「では行きましょう」

 一通り説明し終えると、真矢さんが立ち上がって先導してくれた。その際珠代曹長にあって挨拶を交わした。

「今日から訓練だろう? しっかりね」

「ありがとうございます」

 そして先導してくれた真矢さんの後を付いていき……外へと繋がる廊下を経て、外に出た。天気は快晴。風はほとんど無い。季節も一緒であるためか、外気温も私がいた世界と代わりがないように思えた。そうして天気を観察していると……真矢さんが振り向いてこちらを見てきた。その真矢さんの顔が、キリッと厳しいものに変化した。

「では宗一・真堂訓練生。これより訓練を開始します」

「よろしくお願いいたします」

 

一日の終わり

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