君は一体
やはり何かがおかしい。
杏を失って荒んだ心は違和感を確信した。
幼い頃からのかなり長い付き合いだというのに、杏の葬式に呼んでもらえなかったのはどうしてだろうか。
僕1人が呼ばれなかったのなら、実は嫌われていた、とか何かしらの理由を考えることができるけれど、事故から1ヶ月が過ぎた今でも、彼女と仲の良かった誰もかもが、葬式が執り行われたのかどうかすら知らない状態だった。陰謀論を唱えるつもりはないけれど、流石に普通ではないだろう。なにか好ましくないことが起きているとしか考えられなー
ブー、ブー、ブー、とスマホのバイブ音が部屋に響く。どうやら着信が来たようだ。
スマホの画面を確認すると、どうやら同級生の渡辺さんかららしい。杏と仲の良かった子で、葬式の事で情報共有もしていた。何か分かったのかもしれないと思って、ごくり、と唾を飲み込んだ。
「もしもし?結城君?」
通話ボタンをタップすると、渡辺さんの声が聞こえてきた。
「そうだけど、どうかしたの?」
「えっとね、この間聞かれたことについてなんだけど…」
思わず姿勢が前のめりになる。渡辺さんと話した内容なんて、ここ最近では杏のことしかないはずだ。
「えっとね、なんて人のことを聞かれたんだかすら忘れちゃってて……思い出せないってことは多分知らない人のことなんだろうと思うけど、念のためもう1度名前を聞いてもいい?」
全身から力が抜けた。
またなのか…と思うと、ふらついた体がベッドへと倒れ込んだ。
「なんかすごい音したけど、大丈夫?」
一度深呼吸をしてから。大丈夫。今に始まったことじゃない。
「大丈夫だよ。この間聞いたのは、雲野杏って子のこと。知らない?」
僕の声は震えていなかっただろうか。なるべく平静を装って答えたつもりだけど…
「うーん、やっぱり思い出せないわね。どこかで聞いたような気もするんだけど…力になれなくて、ごめんなさい」
「ううん。大丈夫だよ。……わざわざ連絡してくれてありがとね。」
通話を切ると、口から弱々しいため息が溢れた。遅れて、目の端から熱いものが溢れていく。
死んでも忘れられてしまう杏を想うと、やり切れなかった。
ーーーーーーー
翌朝。いつもと同じアラームの音声で目を覚ます。
軽く伸びをしてから、気づく。
昨日、渡辺さんは杏のことを忘れていた。
僕は今、確かに覚えている。あいつの名前を、顔を、声を、そして、一緒に過ごした日々を。
会えなくなってからやっと、忘れないことができたなんて。
…もっと、もっと早くできていれば。もっと杏に何かできたんじゃないか。ずっと目的としていたことを達成しても心は晴れるわけもなく、ただ悔しさで満たされていた。
ーーーーーーー
あれから何日経っただろう。色々と疲れて学校にも行けなくなってしまった。両親曰く何度か渡辺さんが僕のことを心配して訪ねてきてくれたらしいけど、人と話す気になれなかった。
今日もフラッとうちを出て、意味もなく街を歩く。この散歩は最近の日課になりつつあった。多分、街の中に杏の姿を探したいんだろう。いるわけもないのに。
全く、何をしているんだろう。自嘲で口元が歪んだ。
「カイト」
唐突に、後ろから名前を呼ばれた。
でも杏が死んでしまった今、僕の名前を呼ぶような人間に心当たりはない。カイトなんて名前はありふれているし人違いだろう。と、そう思おうとした。
「結城介斗くん!」
こちらがなかなか反応を示さなかったからか、フルネームで呼ばれてしまった。ここまでされては呼ばれているのは僕で間違いないだろう。……それに、この声は、脳裏に未だ焼きつくその声の主は、
「久しぶりだね!元気だった?」
1ヶ月間求め続けたその声の主は、何もなかったかのように僕に向けて微笑んだ。
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聞きたいことも伝えたいことも山ほどあったはずなのに、いざ本人を前にすると言いたいことが渋滞してしまって、思うように声が出せない。
「ちょっと付き合ってよ」
杏はそういうと徐に歩き出した。
まだ声が出せない僕は情けなくも黙って着いて行くことしかできなかった。
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ずんずんと進んでいく杏は駅に入ると振り返りもせずに改札を抜ける。慌ててスマホを改札にかざして後を追った。
「……どこに向かってるの?」
「んー……内緒」
どうやら教えてくれる気はないらしい。
平日の昼前だったので電車は割と空いていが、杏は一言も発さないまま数駅先で降りた。
初めて降りた駅で僕には土地勘がないが、杏は迷いなくどんどんと進んでいく。やがて発展したビル街へと出た。杏はそのまま路地裏へと進んでいく。
やがて杏は暗い路地の一角で足を止めた。
アスファルトの地面に広がる、何かが焦げたような黒い痕が目を引く。
「……ここは?」
やがて杏は暗い路地の一角で足を止めた。
杏は何も言わないまま振り返った。目の縁にから頬を伝う線にギョッとする。あんなふうに声をかけてきたものだから、てっきり笑っているものと思っていた。
「私ね、小さい頃にここで拾われたの」