1話 呪いの贈り物・フロム・聖女
「はい。プレゼント」
「プレゼントって……」
休息により体の調子も戻ってきたので、凝り固まった体を入念なストレッチでほぐす。
部屋の床に座り込んで前屈をしていた俺――ユーリ・コレットは、眼前に突き出された包みを睨んだ。
「なにその目」
対して、とても偉そうに上から見下ろしてくるリアナは飄々としている。
贈り物をされる覚えのない俺は対応に困った。
「受け取ったら最後、なんか裏があるんだろ」
「あはは。蹴るわよ」
やめてほしい。シャワー室の扉はまだ凹んだままだ。誰が弁償するんだろうな?
脅された俺は渋々その包みを受け取る。
外布を開いてみると、そこには光沢のある黒い腕輪があった。一見すると陶器のような質感のそれは、内部に青い光を奔らせている。
時計に似た――前世の世界でいうウェアラブルデバイスのように見える。俺はその色合いに見覚えがあった。
「これ、この間の魔装の色に似てるな」
「カッコいいでしょ、似合うと思って」
たしかに俺のいつもの黒い服装にも合っている。俺は腕輪を左の手首に嵌めて、色んな角度から眺めてみた。そうして見ると、ビー玉をはめ込めるような凹みがあることに気づく。
「この丸い凹みはなんだ?」
「それはまた今度説明するから気にしないで」
……説明? なんの説明だ?
そんな疑問に思いつつも、俺は目の前の腕輪に見入ってしまっていた。なぜなら、割とその見栄えが気に入ってしまったからだ。
しかし、一度外して脱着感を確かめようとして違和感を感じる。
……あれ、外れない?
「気に入ったみたいね。呼ぶときは詠唱の必要があるから、今度練習するわよ」
「ああ。わかっ……――待て、なんだそれは」
俺の体が硬直する。
当たり前だと言わんばかりの真顔でリアナは続けた。
「これでアンタは【ニグルム】の正式な騎士よ。国から要請があったら戦闘に参加するのは義務だから」
「クソッ! 外れねぇこれ! ぶっ壊すか!?」
「せっかくのプレゼントに対して失礼すぎない? ちゃんと綺麗にしてもらったんだから!」
「一方的に義務を負わせといて俺が悪いのか!? んん!?」
ちょっとヒドくな~い? などと言っているリアナにブチ切れながら、俺は腕輪に力を込める。しかし、身体強化魔法まで使っているというのに腕輪はビクともしない。
「それ魔装の装甲と同じ素材よ。たとえ爆破してもアンタの手が吹っ飛ぶだけだからよしなさい」
「マジで呪いの腕輪じゃねぇか。教会どこだ」
「目の前に聖女いますけど~?」
「クソがよぉ……」
これ見よがしに胸の前で手を組んでポーズを取った本物の聖女に、俺は悪態をつく。完全にハメられたようだ。
やたらニコニコしてると思ったらそういうことかよ!
「聖女様の騎士なんだからしっかりしなさいね」
「そういうの七剣星ってのがいるだろ……」
「あれは皇帝の直属の騎士だから。アタシも自分の欲しかったのよね」
友達の持ってるブランド物が欲しい、みたいなノリで言わないでほしい。一応、生身の人間なんだぞ。
そろそろ自分の手首を虐めることに飽きた俺は、観念してため息をつく。
それを見て、リアナは満足そうに目を細めた。
「大切にしてよね」
「こっちのセリフだ!」
叫び返すと、リアナは少しだけ意外そうな顔をしてから「当たり前じゃない」と笑った。
◇ ◇ ◇
・ ・
◇ ◇ ◇
バウォークの街から二日。俺たちはイゼイヴという街にたどり着いていた。
この街は別名、魔装の街とも言われている。
その理由はこの街の名産が収穫物や加工物ではなく、魔装の技術や部品だからだ。
魔装の整備や修理、組み上げを行う工房が多数あり、技師の多くが一度はここで経験を積むような場所だ。
「元々はなんもなかったんだけどね。土が悪くて農業も育たなかったし、ただ近くに遺跡が多く見つかったから自然と集まっちゃっただけみたいよ」
「雰囲気が他の街と全然違うな。みんな地味な色合いの服ばっかり着てる」
「たしかにそうね。たぶん作業着なんだと思うわ」
俺とリアナは歩道を歩きながら、道ゆく人を見てそんな感想を言い合う。ふと、前世で俺がやっていたサラリーマンも同じように見えるのかと懐かしい気分になった。
街全体に充満している鉄と油の匂いに辟易しつつ、俺はリアナに聞いた。
「【ニグルム】の整備はいつ終わるんだ?」
「一週間くらいらしいわよ」
俺たちがこの間乗った魔装はすでにこの街に運び込まれ、整備を受けていると聞いている。
整備の最後には騎士による調整が必要ということで、この街に来ていた。
「なんだよ。それまで暇じゃないか」
俺はつい軽い調子で言ったことを後悔する。見ればリアナがニコニコと暖かな笑みを向けてきていた。ちなみに最近ではこの笑みのことを「聖女スマイル」と俺は呼んで――。
「フフ、そう呼ぶくらい好きならずっとこの顔でいてあげるわね」
「すみませんでしたァ!」
思考が共有されていることを忘れていた。
すぐさま完璧なお辞儀で頭を垂れたものの、低い声でリアナは言う。
「そもそもアンタが勝手に乗らなきゃここに来てないし、アタシが色々手を回す必要もなかったのよねぇ」
なにも返せねぇ。
言い終わってからも「ウフフ」と笑い続けるリアナに、俺はしばらく無言で耐えるはめになった。
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