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その後(リーゼロッテ視点)

これで完結です。


よろしくお願いします。

 あの夜会から数日経った。私は家でソワソワとその時を待っていた。


 実は今日、ルトガー様がやってくる。ルトガー様は夜会での約束通り、これからも私と仲良くしてくれるのだ。


 ルトガー様は夜会で言っていた。鍛錬を怠ると筋肉が落ちて痩せてしまうし、その筋肉は痩せるためには必要なのだと。それならば私も筋肉をつければいいという考えに至った。そのため、今日は私でもできる運動を是非とも教えてもらうつもりだ。


 痩せたなら、お母様もきっと食べることに文句を言わないはず。いえ、お母様はそもそも私が太ったから怒っていたのだった? 男性に興味を持たないからだったっけ?


 なんだか理由が変わった気がしなくもないけれど、まあいい。早くルトガー様が来るといいのに。今日はどんな格好で来るだろうか。ルトガー様が運動に詳しいなら、私は服装についてなら多少は助言できる。私の知識が少しでも役に立てるなら嬉しい。そうして、ようやく待ち人はやって来た。


 ◇


「本日はお時間を作っていただき、ありがとうございます」


 我が家の応接室で既に着席していたルトガー様は、扉を開けて入ってきた私と両親に気づくと、立ち上がる。


 私はこれが不思議だった。何故両親も?


 いえ、確かにルトガー様が私の両親に挨拶したいと言ってはいたけれど。両親を交えて運動の大切さを説く、とか?

 そんな馬鹿な。


 ルトガー様の正面にお父様、右にお母様、更に右に私が並んでソファに座ると、お父様が「かけてください」とルトガー様に言い、ルトガー様はぎこちない動きで再び座った。


 今日のルトガー様の格好は、動きにくそうなダークブラウンのジャケットにスラックス。ただ、この色はルトガー様の雰囲気にはピッタリだ。カッコいいとは思うけど、今日は実演をしてもらえそうにないと、私は密かに落胆した。


 気を取り直してお父様とお母様を交互に見ると、お父様は渋面を作り、お母様は満面の笑みを浮かべている。両親の表情から推し測ろうとしたけれど、これではさっぱりわからない。


 お父様は重いため息を吐くと、渋面のまま口火を切った。


「……先日は娘がお世話になりました。セーヴィル侯爵家のルトガー様、でしたね。聞くまでもない気がしますが、どのようなご用件でしょうか?」


 お父様はおかしなことを言う。聞くまでもないと言いながら、用件は何だ、なんて。これではルトガー様に失礼だ。我が家へのお客様だし、家格も上の相手に取る態度じゃない。


「お……」

「あなた。それは失礼です」


 私が抗議の声を上げる前に、お母様がお父様を諌めた。お母様の言い分に私はうんうんと頷くことで、まだ続きそうなお母様の言葉を促した。


「リーゼロッテが取られて悔しいのはわかりますが、この子ももう年頃なんです。むしろ、もらっていただけることに感謝しなければ」


 うんう、ん……?

 何かおかしな言葉が聞こえたような気がするが気のせいだろうか。すると、お父様がくしゃりと顔を歪めた。え、何で泣きそうになっているの?


「わかってはいるんだ。だが、思ったよりも早くて、まだ心の整理が……」

「あなたの心の整理がつくのを待っていたら、リーゼロッテは、あっという間におばあちゃんになりますよ。だったら、早く孫の顔が見たいと思いませんか?」

「……そうだな」


 お父様はがっくりと肩を落とした。そんなお父様を慰めるように、お母様はお父様の腕を叩く。


 ……本当に、何なの?

 お客様そっちのけで夫婦で芝居してるし。ちらりとルトガー様に視線を向けると、私の視線に気づいたルトガー様は苦笑いを浮かべる。そりゃそうだ。本当に困った両親ですみません、と私も苦笑いで返す。


 その後表情を引き締めたルトガー様が、意を決したように頭を下げた。


「失礼を承知でお願いに参りました! リーゼロッテ嬢との婚約を認めてはいただけないでしょうか!」


 さすがは騎士だ。ハキハキと大きな声で聞きやすい。お腹から声を出す訓練を普段からしているのだろうか……。じゃなくて、ルトガー様まで両親の小芝居に乗っかり始めた。そのことに私は困惑を隠せない。


「ル、ルトガー様……?」

「……すみません、リーゼロッテ。本当ならあなたに了承してもらってからご両親に、と思ったのですが、あなたはまだあの男を忘れられないでしょう? その心の隙間を突かれて悪い男に騙されでもしたら私が心苦しい……。なんて、単に私があなたを他の男に渡したくないだけなのですが」

「まあ……!」


 お母様は感激したように頬を紅潮させ、両手で口を覆う。まるでお母様が口説かれているようだ。なんて冷静に観察してる場合じゃない。


 ──あの男って何?


 いろいろと噛み合ってないけど、ここが一番理解不能だった。興奮しているお母様と自嘲気味に口角を上げるルトガー様には申し訳ないが、私はさっぱりわからない。


「ルトガー様、あの男って誰ですか?」

「は?」


 私の問いに、ルトガー様は虚をつかれた表情を浮かべる。精悍な顔つきが途端に崩れたのが面白い。今度はルトガー様が不思議そうに私に問うた。


「あの夜会のときにじっと見ていたじゃないですか。悲しそうな顔で」


 悲しそう? そんな顔してたっけ?

 確かに肉が食べられなくて、肉を食べている人を見つめていたような……まさかとは思うけれど、それのこと?


 思い至った私は、肩を跳ね上げた。

 これは言えない……。肉を食べていた人を恨めしそうに見ていたとバレたら、またお母様に意地汚い真似をしてとお仕置きされる……。


 本当のことを言えない私は、目を泳がせて誤魔化し笑いをするしかなかった。


「……うふふふ。そんなこともあったかもしれませんね……」


 だけどさすがはお母様。私の態度に違和感を覚えたのか、地の底から響きそうな恐ろしい声音で、私に命令する。


「……リーゼロッテ。怒らないから本当のことを言いなさい」


 私は知っている。こういうときの怒らないは、絶対に怒るのだ。そして、言っても言わなくても結果的に怒られると。


 仕方なく私は白状するしかなかった。


 ◇


「……リーゼロッテ?」

「……はい」


 呆れた口調で私の名前を呼ぶお母様に、私は反省していますとわかるように殊勝な態度で返事をする。お母様の隣ではお父様が俯いて肩を震わせている。それなら思い切り声を出して笑えばいいのに。


 そして向かいのルトガー様と言えば、ポカーンと口を開けていた。なんかすいません。きっと彼の中では私の人物像が崩れていることだろう。いや、粉々に砕けているかもしれない。


 ──せっかく仲良くなれると思ったのになあ。


 胸の中をどこか寂しい風が吹き抜けていく。私は思っていたよりもルトガー様が好きだったのだろう。恋愛なのかはわからないけれど、この寂しい気持ちは本物だ。


 俯いた私の頭上から、明るい笑い声が響いた。


「……っ、あなたは面白い人ですね。話を聞いて、より婚約をお願いしたくなりました。あなたとなら、楽しく暮らせそうです」


 弾かれたように顔を上げると、ルトガー様は目を細めて微笑んだ。


「……実は、あの日あなたが見ていた男性の隣にいた女性に、私の話はつまらないと言われて振られたんです。それで、同じように悲しい顔をしているあなたに声をかけました」


 ますます、いたたまれない。私は単に意地汚いだけでした……。身の置き所に困って、ついつい体を竦めてしまう。


「あなたはあの時言ってくれました。私と話すのは楽しいと」

「それはもちろんです。今日もいろいろと教えていただくつもりで楽しみに待っていましたから」


 これは嘘偽りない気持ちだ。その気持ちを疑われるのは辛い。お互いに勘違いばかりだったけれど、その中には本物もあった。


 ルトガー様は笑って頷いてくれた。


「こうして改めて会うとよくわかります。あなたは嘘のつけない人だ。だからその気持ちも本当なのでしょう。そんなあなたに私は救われました。今度は私があなたを救いたい、あなたの話を聞く前はそんな風に思っていましたが──」

「なら、力になってください!」


 私は前のめりでルトガー様に向かって叫んだ。その勢いに、話を遮られたルトガー様は目を白黒させている。私は更に叩き込むように続けた。


「私はやっぱり食べるのが好きです。淑女からは程遠いかもしれません。なので、また痩せるためにどうすればいいか、運動のことや、筋肉の作り方、いろいろと教わりたいです!」

「……リーゼロッテ。あなた一体何を目指しているの?」


 お母様の呆れた言葉も今は聞き流す。大切なのは相手の話に、相手に興味があると伝えること。それをルトガー様にわかって欲しかった。


「私も、ルトガー様となら楽しく暮らせる気がします。私からもお願いします。ルトガー様と婚約したいです!」


 婚約だとか結婚とか考えてもみなかったけれど、あなたを知りたい、そういう気持ちから始めてもいいだろうか。


「そう言ってもらえると嬉しいです。よろしくお願いします」


 ルトガー様は嬉しそうに笑う。本当の私を知っても幻滅するどころか、面白いと言ってくれた。私の方こそ救われた気持ちだ。


 そうしてあれよあれよという間に、婚約は整ったのだった。


 ◇


 こうして婚約してつくづく思う。ルトガー様と婚約してよかったと。


 ルトガー様は騎士で、体が資本なこともあり、しっかりと食事を摂る。それはもう楽しそうに。そんなルトガー様と一緒に食事をするのは楽しい。


 あの夜会の時の男性を見ていて思ったのだが、話すことに夢中になるのはいいけれど、目の前で美味しくなさそうに食べられると辛い。「これ、美味しいですね」なんて他愛ない話をしながらする食事もまた楽しいのだと、ルトガー様と食事をしていると思う。更にルトガー様が食事にまつわる話をしてくれるので痩せるためにもいいし。


 何より、私はお母様のように伯爵夫人だとかいった女主人には向いてない。ルトガー様には一騎士の身分なので苦労させるかもしれないと謝られたが、むしろ好都合だ。小ぢんまりとした家で、みんなで食卓を囲んで家族仲良く、楽しく暮らしたい。それが私の望みだけれど、これでは政略結婚には向かないだろう。


 とはいえ、意図せず格上の侯爵家との結びつきができてはしまったけれど。お兄様同士仲良くなったようで、私の知らないところで仕事の話をしているようだ。


 勘違いから始まった関係だけど、恋愛かどうかわからなかった淡い気持ちは形になり始めた。食べ物よりも好きだと自信を持って言えるようになったら、ルトガー様にこの気持ちを伝えようと思っている──。

読んでいただき、ありがとうございました。

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