気になる女性(ルトガー視点)
リーゼロッテの視点との落差が激しいです……。
よろしくお願いします。
私、ルトガー・セーヴィルは、侯爵家の生まれでありながら、三男という微妙な立場から、早くから自立するために騎士団に入団した。そして、騎士団といえば、男ばかりだ。女性と話すことが仕事以外ではほぼなく、気づけば二十四歳になっていた。
こうなると、両親もさすがに私の交際や結婚について口うるさく言うようになった。両親が、世間体を気にしてうるさく言っているのなら、私も聞く耳を持たなかっただろう。だが、私が孤独に生きていくのが心配だという、親心ゆえの言葉だとわかるから心苦しくなった。
そんな両親のことがあり、両親に知り合いの貴族女性を紹介されて、私はすぐさま会った。数回会って話をし、一緒に夜会へと参加したことで、私は彼女に婚約を申し込んでも断られないと思い込んでいたのだ。だが、婚約を申し込むと彼女は呆気に取られた顔をした後に顔を顰めた。
「……ごめんなさい。あなたと話してもつまらないのよ。これが続くかと思うと退屈で耐えられない」
冷水を浴びせられたようだった。にこにこと相槌を打ってくれていると思ったのに、本心ではそう思われていたのか。彼女に抱いていた淡い気持ちは、瞬く間に霧散した。私に苦い傷跡を残して。
◇
時間が経ち、傷はだいぶ癒えたと思っていたのに、今回の夜会で彼女の姿を見た途端、一気に過去に引き戻された。しばらく彼女を見ていたが虚しくなり、その場から離れようと踵を返した時に、彼女の方を一心に見つめる女性に気がついた。女性の視線を追うと、視線は彼女の隣の男性にあった。
──そうか、この女性も……。
きっと男性と何かあったのだ。その切なげな表情に胸が痛む。癖のない綺麗な銀髪に、冴え冴えとした青い瞳。怜悧な美貌はどこかやつれていて、儚さを感じさせる。倒れるのではないかという心配も相まって、私は意を決してその女性に声をかけた。
「お一人ですか?」
すると女性はこちらを見た。女性と目が合うと、やっぱりその美貌に腰が引けそうになる。何せ私はつまらない男だ。いたたまれなさに顔が引き攣るが、女性はそんなことに頓着しないのか笑った。
「……ええ、一人です」
その笑顔があまりにも儚くて悲しくて、他人事に思えなかった私は、女性に同席してもいいのか尋ねた。断られてもいい、ただ放っておけないという気持ちでいっぱいだった。
そして、女性は快く了承してくれた。
彼女の名前はリーゼロッテ。カーライル伯爵令嬢だった。綺麗な所作で挨拶するリーゼロッテに見惚れたが、何故かリーゼロッテはカーテシーをしながら固まった。不作法ではなかったかとリーゼロッテは心配するが、とんでもない。無駄のない自然な動きは見事だった。
褒めた私に、リーゼロッテは一点の曇りもない綺麗な笑顔で言ってくれたのだ。
「ありがとうございます。あなたにそう言っていただけると、本当に嬉しいです」と。
これに私の心は撃ち抜かれた。怜悧な美貌が花開くように綻んで、その上、他でもない、私にそう言ってもらえるのが嬉しいと言うのだ。つまらないと言われ、傷ついた自尊心が修復していく。
だが、問題はここからだ。私の話はつまらないと言われている。きっとリーゼロッテもがっかりして離れて行くに違いない。そう思っていたのだが──。
◇
「ルトガー様とお話するの、楽しいです」
リーゼロッテはニコニコと笑いながらそう言ってくれた。お世辞だろうかと疑いそうになったが、ここまでリーゼロッテと話してきて、彼女は私の言葉に相槌を打ちながらも質問してくれている。まったく興味がなければ相槌だけに留めておけばいいのに。そう考えて胸が温かくなった。
「え、そ、そうですか? 私は恥ずかしながら男ばかりの環境にいるので、女性が喜ぶような話ができなくて申し訳ないのですが……」
「いえ、本当に。体を鍛える方法とか、騎士団のこととか、すごく興味深いです」
リーゼロッテはそう言いながら前のめりになった。その仕草からも彼女が嘘偽りない事実を話していることを物語っている。
──まいった。彼女を楽しませるどころか、私が楽しんでいる。
そうだ。私は今、彼女と過ごす時間を楽しいと思っている。
考えてみれば、振られた彼女は私の話に興味を示さなかった。彼女が興味を示したのは、私の年収や侯爵家を継ぐかといった、結婚に必要な条件だけだった。本当はそれ以外の取り留めもない話に興味を示して欲しかったのに。
リーゼロッテはそんな私の心の奥底に封じ込めていた願いを引き出してくれた。
──リーゼロッテのことを知りたい。
そんな私の気持ちを見透かしたのか、リーゼロッテは更に驚くことを口にした。
「もっと、ルトガー様のことが知りたいです」
思わず息をのんだ。まさか、こんなに素敵な女性が、自分に興味を持ってくれるとは。
じわじわと顔に熱が集まって、耐えきれず私は顔を両手で覆う。
「……わ、私も、もっとあなたのことが知りたい……」
そう言っても引かれないだろうか。それが心配だったが杞憂だった。リーゼロッテはまた輝くような笑顔で言ってくれた。
「これからよろしくお願いしますね」
これで私は完全に恋に落ちた。そして、一度は見失いかけた自尊心もリーゼロッテのおかげで完全に復活した。
もしかしたらリーゼロッテはこの場だけと思っているかもしれない。だが、私はこれで終わるつもりはない。
断られるのも覚悟で、リーゼロッテのご両親に婚約の打診をしようと決めたのだった。
読んでいただき、ありがとうございました。