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仲間を見つけた(リーゼロッテ視点)

よろしくお願いします。

 振り向くと、顔をこわばらせた若い男性がいた。私と目が合うと、何故か引きつり笑いを浮かべた。まるで私を怖がっているようだ。


 ──失礼ね。とって食いはしないわよ。全然美味しそうじゃないし。


 この人がご馳走だったらよかったのに、と落胆しながらも男性を観察する。黒の刈り上げた短髪に、紫色の瞳。綺麗というよりは精悍な顔つきと言った方がいいだろう。そして、そんな顔つきに迫力を与える、太い腕と足。今にもその部分の布がはち切れそうだ。服がクリーム色といった美味しそうな色だから太って見える。何より、男性の硬質な雰囲気には、この色は合っていない。


 この方も私と同じように食べるのを我慢しているから、こんな表情なのだろう。同じようにドレスがきつそうな私に親近感を持ったに違いない。


 仲間を見つけて嬉しいものの、いかんせんお腹が空いているのと苦しいことで力なく笑うことしかできない。


「……ええ、一人です」


 すると、男性は目をみはったかと思うと、くしゃりと顔を辛そうに歪めた。


「……ご一緒してもよろしいですか?」

「ええ、もちろん」


 この方は食べられない私の前で、幸せそうに食事をすることはないだろう。今やられたら殺意を覚えそうだ。ちらりと、視線を横に流すと、お兄様が嬉しそうに女性と食事をしながら話しているのが見えた。絶対に許さない。


「あの、だ、大丈夫ですか?」


 男性のどこか引いた声に、我に帰った。いけないいけない。思わずお兄様に殺気を飛ばしてしまった。

 取り繕うように笑顔を浮かべて頷く。


「大丈夫です。申し訳ありません。少しばかりこの場の雰囲気に圧倒されておりました」


 男性はほっとしたように表情を緩める。肩にも力が入っていたのだろう。ストンと肩が落ちたら、窮屈そうな服が少しばかり緩んで見えた。


 なるほど。変に力を入れる方が、服が余計にきつくなるのか。勉強になった。


 取り留めないことを考えていても私の表情は変わらない。男性はまた、ぎこちない笑みを浮かべて口を開いた。


「私もです。こういった集まりは苦手でして……。ああ、自己紹介が遅れて申し訳ありません。私はセーヴィル侯爵家の三男で、ルトガーと申します」

「こちらこそ、ご挨拶が遅れて申し訳ありません。私はカーライル伯爵が娘、リーゼロッテと申します。お会いできて光栄です」


 ドレスを摘まみ、右足を後ろに下げて腰を落とす。カーテシーという挨拶だ。いつも通りの所作をしていたのだが、私は目の前の男性、ルトガー様の存在に気を取られて、すっかり忘れていた。


 ミシッ。ドレスの縫製が軋む音で今の自分の状態を思い出した。


 ──動いたらまずい。


 カーテシーの体勢で固まった私の顔を、ルトガー様は怪訝に覗き込む。


「リーゼロッテ嬢、どうかなさったのですか?」


 ルトガー様に気づかれてはいけない。それに、ドレスが裂けるような事態は避けたい。


 ──私ならできる。そう、音がしたところに力を入れずにスッと立てばいい。


 全身に意識を集中させて、伸び上がる。成功だ。今度はドレスに負荷をかけずにすんだ。危ない危ない。油断は禁物だ。安堵から顔が緩んだ。


「いえ。不作法なもので、きちんとご挨拶ができたのか不安になりますね」

「そんなことは……。すごく綺麗なカーテシーで、見惚れてしまいました」


 ルトガー様の言葉に嬉しくなって、私は更に笑みを深めた。


「ありがとうございます。あなたにそう言っていただけると、本当に嬉しいです」


 何といっても、同じパツパツ仲間だ。先程のルトガー様の仕草にヒントをいただいたと言っても過言ではない。立ち上がる時に変な力を入れないのが重要だったのだ。


 ルトガー様は、目を見開くと、みるみるうちに顔を赤く染めた。


「い、いや。私は単に思ったことを言っただけで……」


 その後は何やらモゴモゴと口籠もっていた。ちょっと冷静になった私は、話を続けるべく尋ねた。


「ルトガー様こそ、お一人ですか? パートナーの方は?」


 ルトガー様は目を逸らして、右の口角を上げた。笑おうとして失敗したようだ。


「……私も一人なんです。ここにいる方々が楽しそうに談笑をしていて、身の置き所に困ってあなたに声をかけた、というわけです」

「……そのお気持ち、わかります」


 食事をしている人と楽しく談笑なんてできない。向かい合っていたら、絶対に「これ美味しいですよ」とか言って勧められるもの。


 ──だから、こっちは食べたくても食べられないのよ!


 俯くと、ルトガー様の気遣わしげな声が頭上から降ってきた。


「リーゼロッテ嬢……。よかったら私と共に過ごしていただけませんか? お話するだけでも、お互いにきっと気が楽になるでしょうから」

「ルトガー様……。ええ、そうですね。お話するだけでも救われることがありますね」


 共にひもじさと戦う同志だ。これほどに心強いものはない。


 そうして私は、食事に夢中にならずに男性と談笑する、というお母様に言われたミッションを意図せずにクリアできた。


 ◇


「ルトガー様とお話するの、楽しいです」

「え、そ、そうですか? 私は恥ずかしながら男ばかりの環境にいるので、女性が喜ぶような話ができなくて申し訳ないのですが……」

「いえ、本当に。体を鍛える方法とか、騎士団のこととか、すごく興味深いです」


 そうなのだ。しばらくルトガー様と話していたのだけど、ルトガー様はなんと、騎士だった。服がパツパツだったのは、私のように太ったからではなく、鍛えた筋肉のおかげだとか。ただ、ルトガー様も新しい服を(あつら)えなかったからパツパツなのだと聞き、余計に親近感が増した。


 それに、会話の途中で、食べながら痩せる方法も少しばかり話してくれて、思わず食いつきそうになった。是非ともご教授願いたい。


 初対面の親しくもない女に食い気味に来られても、ルトガー様は困惑するだけだろう。もっと仲良くなって教えてもらおうという邪な思いが、つい口から漏れた。


「もっと、ルトガー様のことが知りたいです」


 ルトガー様はしばらく呆けたかと思うと、顔を赤くして両手で自分の顔を押さえてしまった。その隙間から小さく答えてくれた。


「……わ、私も、もっとあなたのことが知りたい……」


 じわじわと嬉しさが私の胸に溢れてきた。


 ──よかった、気持ち悪いと思われなくて。


 一方的に教わるばかりでは申し訳ないから、ルトガー様にも何か教えたい。だけど、私に教えられるものがあるのだろうか。

 まあ、これからルトガー様が何に興味あるのか知ればいい。そうやってお互いに興味を満たし合えれば。


「これからよろしくお願いしますね」


 私がそうやってにっこり笑うと、ルトガー様はまだ赤い顔で「こちらこそ」と笑ってくれた。


 こうして、私のつまらないと思っていた夜会は、楽しく幕を下ろした。

読んでいただき、ありがとうございました。

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