私たちのお弁当
かわいい字書くんだな
バランス絶妙で、俺好きだよ
かわいい字書くんだな
バランス絶妙で、俺好きだよ
かわいい字書くんだな
バランス絶妙で、俺好きだよ
あー、耳から離れない! 入谷の声がエンドレスヘビーローテーション……。
あんなにまっすぐ、目を見て褒められたことなんてなかった。同級生なんて私の顔すら見てもくれない。
かわいい字書くんだな
バランス絶妙で、俺好きだよ
かわいい字だなんて……思い出すだけで顔に熱が集中していってしまう。両手で包みこんで冷やそう。
チャイムの音に、ハッと我に返る。あ、ポーッとしてて出遅れるところだった。
昨日、みんなと遊びに行けていない私は、素早く行動してお友達の愛良が他の子とお弁当を食べてしまうのを阻止したい。
愛良の席に行って、一緒に食べようって言おう!
席を立とうとしたら、
「比嘉! 弁当なの?!」
と大声で聞きながら入谷がシュババッと机の間を縫って私の椅子のすぐ隣に立った。あまりの大声に驚いて、立ち上がろうとしてたのに座り直してしまった。
「ええ、お弁当だけど」
「自分で作ってんの?」
「ううん、お母さんが作ってくれたわ」
「へー、そうなんだ」
なんか、どうでもいいような話なのに、どうして入谷はこんな椅子に足がぶつかるほど接近して立ってるのかしら。
立ち上がって愛良の所に行きたい。けど、私も立ったら入谷と顔が至近距離になりそうで立てない。
早く行かないと、愛良が他の子とごはんを食べてしまうかもしれない……。
焦りを感じ始めた私の前に座る充里がくるっと振り向いて、
「俺、パン好きー」
とパンの袋を開けて食べだした。
「俺もパンー」
「統基は食いもんに興味ねえからなー」
「腹に入りゃあ何でも一緒よ」
それ、この位置でなくていい会話じゃない?!
内心焦っていると、愛良がのんびりとやって来た。
「叶の隣、空いてるのかなあ?」
「いーんじゃね、座っちゃえば。俺もこの席借りよー」
愛良が私の隣に座ると、入谷も充里の隣に座った。
ああ、良かった。愛良がこっちに来てくれた。私たちの前の席に座る充里と入谷が後ろを向いてるから、4人で食べてるみたいになってるわね。
友達に挟まれたいと思っていたのに、挟まれるどころか囲まれている。嬉しい……入谷は、友達と言っていいのか分からないけど、やっぱり嬉しい。
私と愛良がお弁当箱を開けた。
「おお、すげー彩りいい弁当だな」
入谷が私のお弁当を見てる。そうなの、ママはいつもおいしそうなお弁当を作ってくれる。でも……。
「食堂に行ってみたいからいいって言ったんだけど、中学までは給食だから毎日のお弁当作りに憧れがあったらしくて」
「憧れ? 比嘉って長女?」
「うん。ひとりっ子だからね」
「箱入り娘ってワケか。いいな」
……いいな? 何がいいのかしら。
ミニチュア・ピンシャーみたいに気が強そうな入谷が目を伏せて少し悲しそうにも見えたから、なんだか聞けない。
「愛良のお弁当もおいしそうね。お母さんが作ったの?」
「ううん、自分で作ったよ」
「へー、曽羽って天然そうだからこんな弁当――なあ、これオール冷凍食品じゃね?」
「うん。昨日のうちにお弁当作ってたんだけど冷蔵庫に入れてなかったの。一晩放置すると食べられないんだって。お母さんに作り直しなさいって言われちゃった」
「そら言われるだろーよ。やっぱ曽羽って天然な」
「それがいいんじゃん」
愛良っておっとりしてて綿菓子みたいなフワフワした声だけど、お弁当を自分で作るなんてしっかり者なんだな。私のママは、危ないからって包丁も持たせてくれないし火も使わせてくれない。
「女子のお弁当って華があるよなー。俺、遠足の時とか弟の弁当作るんだけど、なーんか茶色ばっかの地味な弁当になっちゃうんだよね」
「冷凍のブロッコリー便利だよ」
「あー、たしかに緑が入ると――ってブロッコリーの周りびしゃびしゃじゃん。隣のエビフライがしんなりしちゃってんじゃん」
「レンジでチンしたら水気がすごく出るの」
「拭けよ。キッチンペーパーで水気取ってから弁当に入れろよ」
「そっか、拭けばいいんだ」
「やっぱ曽羽って天然なー」
話しながらパンを飲むように食べ終えた入谷が袋をグシャッと手の中でつぶす。
「今朝曽羽ちゃん、間違えて中学に行っちゃったらしいからね」
「それで遅刻してたのかよ。天然じゃねーわ、常軌を逸したド天然だわ」
「明日は俺が迎えに行ってあげよーと思ってさー」
「それがいいな。なあ、比嘉?」
「あ、う、うん、そうね。行ってあげて、充里」
三人の話に入っていけなかったけど、自然に参加できてホッとした。
「ひとりで学校にも来れないとは、とんだ女子高生がいたものだな」
「え?」
今入谷が座っている席の前、充里の斜め隣の女子生徒がこちらに体を向けて椅子の背もたれに肘を付き、足を組んで不敵に笑っている。
入谷がその子を指差した。
「あ! お前昨日来てなかっただろ! お前と比嘉だけだよ、遊びに来なかったの」
「ボクは群れることなどしない。孤高の一匹狼だ」
「お前見るからに中二病患ってるもんな」
「そうだ、ボクは中二病だ! 女子高生になったら中二病になると決めていた! いや違う、むしろ中二病になるために女子高生になった!」
「え?」
不思議なことを言う人だわ。この金髪のツインテールでブラウスの上からブレザーではなく黒いパーカーを着ている人。短いスカートで黒と白のシマシマの二ーハイソックスを履いている。膝より上の靴下は校則違反なのに。あら、顔に大きな絆創膏を貼っている。
「顔をケガしてるの? あ、あちこちに包帯も巻いてる。大丈夫?」
「ボクは常に戦いの中にいるからな! ケガなど恐れてはいない!」
「顔はかわいいし誰かさんと違ってツインテールが超似合ってるのに、やっぱりこの学校に来る頭だよなあ」
「なーんか見たことある。既視感ってーの? どっかで見た感がすごい。ねえ、君名前何てゆーの?」
「細田莉奈だ」
「莉奈ちゃん、かーわいいー」
「莉奈ちゃんだと?! 気安く呼ぶな!」
彼女の前で他の女の子をかわいいだなんて、ビックリした。愛良は相変わらずニコニコと笑っている。
「あ、そう言えば充里、金髪ツインテールの中二病の子が一番かわいいって言ってたアニメなかったっけ?」
「それだ! これ、俺の一番推しキャラのコスプレだ!」
「べっ、別にボクはコスプレをしている訳ではない! 女子高生になったからには、もはやこれが制服だ!」
「莉奈ちゃんも推してんだ? かっわいいよねー、あの子ー」
「地球上で一番かわいいと思っているが、別に推してるとかではない! はっ。風が呼んでいる! さらばだ!」
……風が呼んでいる?
細田さんはかわいいランチバッグをカバンにしまうと、颯爽と走り去って行った。
「たくさんケガしてるみたいだったけど、大丈夫なのかしら」
「大丈夫だろ。細田もただの中二病だって言ってたじゃん」
「え! ケガじゃなくって病気なの?」
「比嘉、中二病知らねえの?」
「知らない」
「どんな環境で生きてたら中二病を知らずに高校生になるんだよ」
だって私、テレビも見ずに本も読まずにずーっと小3からストリートビューしか見てないんだもの。
細田さん、あんなに絆創膏や包帯を巻いてるなんて、もしかして、親御さんにさせられてるんじゃないかしら。私の親も、ちょっとしたケガでも大げさにしてしまう。
きっと、昨日だって本当はみんなと遊びに行きたかったのに親御さんが待ってるから行けなかったのね。分かるわ、細田さん。