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私の小さくはない疑問

 一時間目からの体育の後、おしゃべり三人組の小田さんが三年生の彼氏を見付けて笑って手を振った。


「順調そーだね、恵里奈。いいだすなあ」

「昨日映画デートだったんでしょ?」

「映画の帰りにぃー、彼の家に誘われてぇー」

「えー!」


 里田さんと背が低いのに高井さんが驚きの声を上げる。


「で? で?」


 急かされた小田さんが嬉しそうに笑う。いつもサバサバした口調の小田さんなのに、今日は様子が違うわね。


「彼の部屋に行ってぇー、しばらくおしゃべりしてたんだけどぉー、なんか、間が空いて?」

「間が空いて?」

「で? で?」

「かるーくよ、かるーく。チュッて」

「キスされたんだ!」

「キャー!」


 え?!


 びっくりして小田さんを見ると、なんだか先週よりも大人になったように見える。ええー……キ……ええー……。


 私たちよりも付き合い始めたのは遅かったのに、大人の階段駆け上がりすぎじゃない?


 あ、でも、そう言えば。

 隣をニコニコと歩く愛良を見る。愛良も充里としてるんだろうなあ。だって充里だから。


 教室に入ると、入谷が充里と阪口くん、下野くん、杉田くん、関くんのサ行男子たちとしゃべっている。


「ボンドはねえわー。そこはタワシ一択だろー」


 大声で話している入谷の口元に無意識に目が行く。


 すごく分厚い唇してるんだな、入谷って。口が大きいとは思ってたけど、唇も大きい。


「ん? どした? 米粒でも付いてる?」


 入谷が私の視線に気付いて唇を指で押すと、プニッとへこむ。うわあ、すごい弾力そう。


「ううん、何も付いてないわよ」


 チャイムが鳴って、みんな席に着く。2時間目の途中で10時を迎える。

 あ、漫画アプリが更新された。


 入谷が漫画大好きで、アプリでもたくさん読んでるのを見ていたら私も興味が湧いて現在10作品くらい読んでいる。


 小さい時にテレビでアニメを見ていた美少女たちがロボットに変身して悪い人から地球を守るお話と、ほのぼのしたうさぎファミリーのお話と、教育番組の着ぐるみキャラの中の人たちのリアルすぎる日常のお話が特に好き。


 先生の話もろくに聞かず昨日まで読んだお話を思い返す。休み時間になったら、すぐさまスマホを取り出してアプリを開いた。


 入谷も隣でスマホを見ている。


 特に好きな三作品は後のお楽しみにして、まずは女子高生が男性アイドルの追っかけをしていたら偶然ぶつかっちゃって仲良くなるお話から。


 昨日の配信では、二人がぶつかって、女子高生が膝をすりむいちゃったから俺の部屋で手当てをしようってなって、え! 憧れのアイドルの自宅に?! ってなってた。


 アイドルの自宅に入り、手当てを受ける女子高生。部屋に入るなりマスクを外していたアイドルがふと顔を上げた女子高生のマスクをも取り、無言で顔を近付けその唇にって……ちょっと待って。


 この漫画の中の世界では今パンデミックが起こってて、感染予防のためにマスクが欠かせないって設定だったわよね?

 初対面の女子高生にそんなことして、感染したら仕事に支障が出るでしょうに。


 なんだか納得できないまま読み終える。


 次は、プロを目指すお菓子作り大好きな女の子が創作お菓子のコンテストに向けて伝説のパティシエと呼ばれるパティシエに弟子入りしたお話の続きを読もう。


 チョコレートの正しい溶かし方を教えた師匠が弟子に味見をさせる。弟子の唇に付いたチョコを師匠が舌で舐め取り、上手にできたね、いい甘さだ、と笑っている。そりゃチョコなんだから甘いでしょ。


 え、自分で舐められるのにわざわざ舐めてあげる必要があるのかしら? 自分でも普通に味見すればいいだけなのに。


 よく分からない師匠だわ、次行こ、次。


 高校の体育の先生を好きになってしまった女子生徒のお話。体育教師と言われると高梨先生が浮かんでイマイチ感情移入できないのだけど、絵がかわいくて好き。


 体育準備室の鍵が壊れていて、偶然先生と二人っきりで閉じ込められてしまっていた。さあ、二人は出られるのかなあ。


 女子生徒が二人っきりだ! チャンス! と告白して、先生が僕は教師で君は生徒だからなんちゃらと長々語っていると用務員さんが大丈夫ですか! と飛び込んでくる。良かった、出られそう。


 用務員さんは二人の無事を確認すると去って行く。落ち込んでいる女子生徒に先生が近付き、あごをクイッと上げさせて笑った。女子生徒の後ろ姿の絵で、背の高い先生が頭半分しか見えなくなっちゃって、ちゅっ……って音がしている。


 何の音なの、分かりにくい。どうして後ろ姿なんだろう。正面からじゃないと何が起こっているのか分からないじゃない。


 今聞いたことは忘れるよ、と言い残し去って行く先生。真っ赤な顔をした女子生徒がポーッとその背中を見ている。


 え、この先生、熱のある生徒を放って行っちゃうの? ダメじゃない、意識がもうろうとしてそうなのに。やっぱり体育教師だからかしら。


「……え……何、今日……」

「どうかしたの?」

「え、いや、あー、お前も読んでる? 今日配信分」

「ええ、今読んでるわよ」

「すっげー平気そうだな。意外」


 入谷が珍しく戸惑った様子で再びスマホに目を落とす。

 入谷は全部の漫画を読む勢いだから、私が気に入った作品も読んでいる。


 ここまで少女漫画ばかりだったけど、次は少年漫画。亡き父の遺志を継いで仲間たちと山賊王を目指す少年の壮大な冒険のお話。


 あ、そうだ、昨日から父の思い出を語る謎の美女が登場してたんだった。


 父とは都会で知り合っていたのね。美女の部屋でお酒を飲む大人な雰囲気の二人。いいわね、なんかカッコいい。


 父が美女をじっと見つめ、コマいっぱいに美女の口紅で真っ赤そうな唇が描かれている。そして、唐突にベッドに倒れ込む二人。

 父の後ろ姿で、何が起きてるのか分からない。またか。


 そうして生まれたのがあなたよ、と美女から告げられる少年。え……オレの母ちゃん?! と驚く少年に涙の浮かぶ目で微笑む美女。


 かーちゃーん! と抱き合う母子。いいお話ね。感動の親子の再会、良かったわ。


 あ、急いで読んでいかないともう休み時間が半分終わってしまった。


 お楽しみに取っておいた美少女たちがロボットに変身するお話を読もう。もう最終回に近いっぽくて、昨日最大の敵を倒し、毎度毎度ピンチになると助けてくれていた謎の鉄仮面を付けた男性の正体が分かりそうないい所だった。


 わあ、謎の鉄仮面様は実は同じ中学の同級生の男の子が魔法で大人に変身した姿だったのね。日常パートで主人公はこの男の子を好きだった。元の普通の人間に戻った二人が見つめ合う。


 君が好きだから君を守りたかった、月にお願いしたら大人に変身できた、と説明する男の子。すごくロマンチック。


 見つめ合う二人。パズルの凸凹がかみ合うみたいに、二人の唇がちょうどハマっている。


 ……え……この子たち、何しちゃってるの? まだ中学生でしょ?


 アニメの最終回を見る前にバラエティ番組であの人を見付けて、それからはテレビも見ないでストリートビューばかり見ていたからこんな不埒な子たちだとは知らなかった。


 憤りすら感じながら、うさぎファミリーの漫画を開く。ああ、癒される。いつも通り家族仲良くくっついて、互いにハミハミしている。


 ……これ、うさぎだからかわいいだけだけど、人間だったら普通に、キ……。


 次行こう、次。


 え? なんで?

 この子供向け教育番組でトラの着ぐるみに入っているお兄さんのお話は昨日から読み始めたばかりだったんだけど、なぜかウマの着ぐるみ担当のお兄さんにベッドで馬乗りになられている。馬だけに、みたいなダジャレかしら。


 この秋からアニメ化されていて、キャラクター紹介動画を見ておもしろそうだなって思ったのを覚えてたから読み始めたんだけど、この二人はライバル同士で一緒に寝るような仲良しではないはず。


 あれ? なんかお話違うんじゃない?

 この漫画を昨日見付けた時、この作品は二次創作ですって注意が出てたけど、何か関係があるのかしら。


 入谷がこちらを向き、私のスマホを見る。立ち上がって、右上のバツをタップして閉じてしまうと、本棚から消去した。


 消しちゃった……。

 入谷を見上げると、フルフルと静かに首を振っている。思ってたのと違いそうだから、別にいいけど。


 火曜日水曜日と微妙な入谷の視線を感じつつも、特に気にすることなく無事に週の後半を迎えた。あと二日でお休みだ。


 教室に入ると、私の前の席の充里とその隣の愛良が唇を寄せ合っている。びっくりしてカバンを落としてしまった。


「比嘉! おはよー。昨夜ド深夜まで漫画一気読みしちゃって、寝坊――あ! コラ! お前らはまた! 教室でやめろっつってんだろ!」


 入谷がシュババッと駆け寄り、充里と愛良を引き離す。


 あー……びっくりした。まだ胸がドッドッドッとドキドキしてる。


「だーって、曽羽ちゃん見てるとしたくなっちゃうんだもん。曽羽ちゃん大好きなんだもん」

「それを押さえるのが理性なんだよ! 人間は理性によって行動を制御できる動物なんだよ!」


 ……愛良を見てると、したく? 愛良が大好きだから?


 入谷と目が合う。すぐにそらされる。


 ……入谷は、一度もしようとしたことがない。

 したくなっちゃうくらい、私のことを好きじゃないのかな……。


 何だろう、ドキドキの治まった胸が今度はざわつく。まるで、一学期に入谷のことを好きな子がたくさんいるって知った時みたいに、不安が押し寄せる。


「ね、ねえ、土曜日、何か予定ある?」

「え? 土曜日? 日曜じゃダメ?」


 席に座った入谷に思い切って聞いてみる。すでに予定があるのかしら。入谷がうろたえている。


「日曜日がお父さんの誕生日なの。プレゼント選ぶのに男目線で見てもらえたらなって思って」

「あ、そうなんだ。分かった。いいよ、土曜日ね」


 笑った入谷は、口角が上がって特に分厚い下唇がパンッて張ってるようで、褐色の肌に白い歯がまぶしかった。

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