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俺たち1年1組の体育祭

 二人三脚とは本来、二人の人間の右足首と左足首を紐で結び歩調を合わせてゴールを目指す競技である。


 だがしかし、この日本最底辺の高校に厳格なルールブックなどあるはずもなく、充里が豪快に曽羽を抱きかかえてスタートダッシュを決める。曽羽の体が固ければ痛そうな態勢だが、曽羽はニコニコと笑っているので大丈夫そうだ。


「楽勝!」


 周りからはブーイングも起きているが、勝てばいいんだよ! 勝てば!

 何をやってでも、どんな手を使ってでも、俺は絶対に勝つ!


「比嘉、お前のために俺手は打ってあるから。一番左の紙を取るんだぞ。いいな?」

「え、ええ、分かってるわ」


 この次の次が比嘉の出場する借人競争である。

 そろそろ入場門脇でスタンバらないといけない比嘉に最後の確認をしておく。めちゃくちゃ比嘉の顔がこわばっている。相当緊張しとるな。


 借人競争とは、おなじみ借物競争の人バージョン。

 紙に人の特徴が書いてあって、それに合致した人物と手を繋いでゴールする、というルールである。


 要するに、その特徴に当てはまった人物が例え男でも、俺の彼女と手を繋ぐ事態に陥ってしまう!


 だがしかし、この俺がそんなことはさせない。


 さっき俺は比嘉にお前のためにと言ったが、ちょっと端折った。本来は「お前の手が男の手汗まみれの手で汚されないために」である。


 体育祭実行委員としてのお仕事、借人競争のための準備を行う。一番左に「ツインテールの人」と書いた紙を置いた。


 ポニーテールでは男でもいるかもしらんが、ツインテールならば男の娘でも混じっていない限り安心だ。人見知りの比嘉は他のクラスに探しに行くことはしないだろうが、他のクラスの男の方が比嘉に押しかける可能性がある。そんなものは排除する。


 うちのクラスには金髪ツインテールの細田がいる。細田の包帯の巻かれた手首をつかんで、スタンバイはオーケーだ。


 1年1組の出場順は第1レース。スタートラインを見ると、しっかりと比嘉がスタンバっている。よし、ミッションコンプリート!


 ピーッと笛の音がしてパーン! とピストルが鳴る。なんでピストルの前に笛を吹くのか意味が分からん。


 鈍足の比嘉が遅れを取らないように、スタートラインのすぐ前に紙が並べてある。まっすぐ走るだけで一番左を取れる。


 なのに、比嘉は対角線上に走り一番右を取る。え?!


 あいつさては、緊張して右と左を間違えたな! しまった! 比嘉の頭脳が最大の障害だったとは盲点だった!


 比嘉が1年1組の応援席に走って来る。


「メガネの人!」

「メガネ!」


 うちのクラスの男メガネ、鎌薙と津田が立ち上がった。

 充里がその二人を見て諦めたように笑う。


「お前ら二人とも足遅いじゃん~。お! 行村、今日メガネなんだ?」

「今朝目が充血してたからコンタクト入れられなかったんだよねー」

「ラッキー! 行村なら足も速いし適任だ!」

「待て! 俺は反対だ!」


 あんな腑抜けたヌボーッとしたやる気ないツラのイケメンが比嘉と手を繋ぐとか冗談じゃねえ!


 女子だ! 女子のメガネだ!

 この学校はバカばっかりのせいか異様にメガネ率が低い。女子はコンタクト率が高いせいか更にメガネは少ない。


 くそっ、このクラスの女子メガネは那波なき後、図書委員っぽい見た目そのままに鈍足の優夏しかいねえ……! 


 比嘉と男が手を繋ぐのはイヤだ。だがしかし、負けるのもイヤだ。万事休すか……!


 諦めずに見回していると、1年1組に割り当てられている応援席に見知らぬ黒髪ボブのメガネをかけた女子生徒がいる。


「え? お前うちのクラス?」

「はい。6組から来ました、近藤なぎさです」

「救いの神か! お前が比嘉と走ってくれ!」

「統基ー、女子じゃ負けるぞー。いいのかー」

「いい! 俺、お前に走って欲しいの。頼む! なぎさ!」


 俺が絶対負けたくないのをよく知っている充里がアドバイスをくれるが、勝つことよりも大事なものがあるんだよ!

 このメガネの奥の豆粒のような目を見開いている女に賭けるしかねえ。優夏なら確実に負けるが、この見知らぬ女ならまだ足が速い可能性はある。


「分かりました! 私、精一杯走ります!」

「ありがとう! なぎさ!」


 いかにも大人しそうな見た目ながら、なぎさは意外なほど足が速い。比嘉の手を取り、引きずる勢いで1位でゴールテープを切る。


「よっしゃー!」

「すげえ! あのメガネっ子超走れるじゃん!」

「あの子本当に1組なの?」

「私も思った。あんな子いたっけ?」

「本当に1組か審議が必要なんじゃねえか?」


 そこを審議かよ。本人が言うんなら1組なんだろーよ。俺も全く気付いてなかったけど、いたんだろーよ。


 比嘉となぎさが嬉しそうな笑顔で応援席に戻って来る。 


「やったじゃん! 比嘉! なぎさ!」

「嬉しい! 私ゴールテープなんて生まれて初めて触った!」


 比嘉が珍しくハイテンションにピョンピョン飛び跳ねている。あー、かわいい。

 

 比嘉と両手を合わせはしゃいでいると、なぎさも困ったように笑いながらこっちを見ている。あ、なぎさ忘れてた。


「なぎさ、サンキューな! お前のおかげで勝てたようなもんだよ!」

「本当! ありがとう! 斉藤さん!」

「近藤です……」


 よーし! いい感じだ! 後は、最終レース、クラス対抗リレーで勝てば優勝はもらった!


「現在1位! このまま優勝すっぞ!」

「させるか! うちの5組は強いぜ! 入谷!」

「佐伯! あかね!」


 5組の佐伯と7組がなくなって5組に変わったあかねが自信満々な様子で立っている。


「男子3人女子3人プラス担任教師。計7人が走るこのリレーにおいて、重要なのは担任!」

「うちらの担任は顔はカバでも高校時代は甲子園まで行った寺の端(てらのは)先生や! 甲子園では30奪三振記録を打ち立てながらも直後に肩を壊しプロになられへんかった不幸な男!」

「それがどうした! ぜってー負けねえ! 俺らの担任だってなあ! ……」


 あ、うちの担任、カスだった。


「まー、高梨に期待しても無駄だろーけどさあ、5組が勝って1組が最下位でも得点が並ぶだけだから優勝は優勝だよ」


 充里が早くも俺を慰めに入る。だよな、高梨になんか期待できねえもんな。


「イヤだ! 単独優勝がいい! 同点優勝なんか優勝じゃねえ!」


 駄々をこねてたらリレーが始まった。


 くそっ、異次元の運動神経を持つ充里を出したら卑怯な気がしてエントリーさせなかったが、どうでもいい所で男のプライドを発動させた自分をぶん殴りたい。充里ひとりで7周させたら絶対に勝てたのに!


「ほら、入谷! 関くんがダントツ1位だよ!」

「よし! 行けー! 迅ー!」


 そうだ! 迅がいた! 小柄で俊足、小学校時代ならモテたであろう迅!


 次は吉田登生だ。登生は大知が作った動画をチャンネルにアップする作業を担うパソコンに強い男だが、運動神経もいい。


 そして、杉田だ。杉田は背が高いから一歩が大きく、走るのが速い。見てる分には軽く流しているように見えるがちゃんと1位をキープしている。


 アンカーは担任と決められているから、最初に男子を総動員して他のクラスを引き離す作戦だ。


 女子はマジで速いのか怪しいメンツなのだが、まず小田恵里奈。今日は動くことを想定されたきっちりした編み込みにクラスカラーの緑のハチマキが組み込まれている。すげえ! ハチマキすらヘアアクセサリーにできるんだ!


 確かに女子にしては速いのだが、2位だった3組の男子走者には抜かれてしまった。

 仕方ない、抜かれたものの諦めず走ってくれて3位の5組男子には負けず女ゴリラ深沢友姫にバトンが渡る。


 小デブのくせに走りやがる! 現在1位の3組の女子に迫る。

 すげえ! だがしかし、小デブは小デブ、後半すっかりスタミナ切れで5組の女子に抜かされ3位に順位を落としてしまう。


 いよいよ、生徒の最終走者がバトンを握る。頼んだぞ、細田莉奈!


 俺はてっきり、バレー部期待のルーキー向中島桃がリレー走者に入るだろうと思っていたのだが、意外にも中二病キャラに憧れ中二病やってる根は優等生な細田の方が速いらしい。


 マジだ。すげえよ、細田!


 5組男子を抜かし、かなり差を開けられていた3組女子にほぼ追いついて高梨にバトンタッチした。

 俺も大興奮で喉に痛みを感じるほど叫んだが、細田の力走にグラウンド全体が揺れるほど歓声が上がっている。


 そんな中、いつものTシャツ短パンビーサンで高梨が走り出す。


「ふざけんな! なんで体育祭でリレー走るって分かってんのにビーサンなんだよ!」


 目の前をヘラヘラと高梨が走ってるのを見て、言わずにはいられなかった程度にはイラッときている。

 なのに、高梨はアラフォーの渋みを感じさせるいい笑顔で俺の前を走り抜ける。


「あのカス……」

「まー、高梨だからなー。逃げずに走っただけマシじゃん」


 なるほど、あれは俺ちゃんと走ってるぜ、って笑顔だったのか。

 意味ねーんだよ! 勝たなきゃ意味がねーんだよ! それが勝負ってもんなんだよ!


「あのカス!」


 案の定、みるみる他の先生方に抜かされ1位タイから最下位という結果になってしまった。


「まあ、優勝は優勝だから」

「来年があるさ」

「高梨サイテー」

「みんなで勝ち取った優勝だよ」

「うんうん、みんながんばったよ」

「高梨じゃなきゃあなあ」


 寺の端先生が1位だった5組と並んで優勝という微妙さに様々な声が上がる。俺も思う。来年は担任が高梨じゃありませんよーに!


 閉会式を終え、体育祭実行委員の最後の仕事、片付けである。


 応援席の長椅子は生徒ひとりがひとつずつ多目的室前廊下に運んで行く。


「くっそー。高梨のせいで俺の連勝記録が」

「入谷、中学の時もずっと優勝してたの?」

「ん? ああ、もちろん! 体育祭も球技大会も全部優勝した! 俺はどんな手を使ってでも勝ちを取りに行く!」


 長椅子を抱えて比嘉が楽しそうに笑っている。片付けの何が楽しいんだ。


「入谷と充里がいる中学校だったら体育祭も楽しかったでしょうね」

「去年は超怒られたけどな。最後だから記念にクラスの男子みんなで各競技で賭けしてたのがバレて、校長室に呼ばれて先生全員に取り囲まれたの。なんかテンション上がっちゃってみんなで校長室破壊してさあ」


 比嘉がすごい顔して固まってしまった。あ、引かれた。言うんじゃなかった。


「比嘉は? 体育祭の思い出」

「やっとできたわ。こんなに体育祭が楽しかったのは生まれて初めて」


 比嘉の笑顔に、良かった、と安心感が湧く。俺が比嘉の学校生活を楽しくしてやるなんて豪語したけど、俺結構自分が負けたくない気持ちの方が強くなっちゃってた気がする。


「来月は文化祭だね」

「まーた何か係とか実行委員とか押し付けられなきゃいいけどな」


 言いながら、しまった、フラグ立てちゃったかも、と思った。

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