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俺と比嘉の唇

 体育祭実行委員になんてなるんじゃなかった。


 もうすぐ7時だぞ。遅くなるって聞いてたからバイトは入れてないけど、やっとテストが終わって、全部返って来て比嘉の欠点は4教科をなんとかキープして2年生にまた近付いたというのに、遊びにも行けねえ。


 俺、高校に入ってから成績やべーんだけど。日本最底辺の高校とは言え、いい点取って好評価されるのは気分がいい。


 1学期は通知表4と5しかなかったし、今回の中間も一番悪かった生物で64点。世界史なんか95点とかありえねー点取っちゃったんだけど。


 中学までは暗記科目の社会系が苦手だったのに、比嘉に覚えさせるために何度も繰り返すからすっかり覚えちゃって得意科目になっちゃったよ。


 人間、繰り返すことが大事なんだな。何でも慣れるし、覚えられるんだ。


「腹減ったー」


 充里がスマホを取り出してつぶやく。


「俺、ピザは照り焼きチキンのやつが一番好き」

「充里ハンバーガーでもテリヤキバーガーが一番好きだもんな。俺じゃがマヨも好き」

「いいねー。4つの味が楽しめるピザでさー、両方食べられるのあるよね」

「あるある。なんて名前だったかなー」

「よくばりフォーだよ、よくばりフォー」

「あー、そうそう」

「1年生、こっち手伝ってー」

「はーい」


 背の高い茶髪でチャラついた3年生先輩が呼んでいる。

 先輩方と一緒に入場門と退場門を設置して、これで終わりのはず。


「みなさん、ご協力ありがとうございました。明日は、みんなが楽しめる下高体育祭を盛り上げましょう!」

「はーい! お疲れ様でしたー」


 はい、解散。はい、帰ろ。


「充里、何してんの?」

「待ってんの」

「何を?」

「あ! 来た来た!」


 正門の脇に立っていた充里がやって来たバイクに手を振る。16歳になって免許取った友達にでも送ってもらうんかね。


 と思ったら、ピザ屋の宅配バイクだ。コイツ、さっきピザ注文しながらしゃべってのか!


「曽羽ちゃんと比嘉も一緒に食おーぜ。よくばりフォー」

「よくばりフォー?」


 比嘉が首をかしげている。コイツ宅配ピザのチラシ見たことねえのか。


「フェニックスの木の裏側で食おー」


 4人で大きなフェニックスの木の裏側に回り、ピザの箱を開ける。照り焼きチキンとじゃがマヨとアメリカンミートとシーフード。肉あり海鮮ありでまさによくばり。


 俺と充里と曽羽がピザに手を伸ばす中、比嘉は驚いた様子でただ見ている。


「学校にピザ届けてもらったの?」

「そうだよ」

「え、いいの?」

「良くないから隠れて食うんじゃん」

「中学の時に先生に見つかって、漫画みたいに廊下に立たされたよな」

「充里が大声で来たよーって言うからバレたんじゃん」

「ちげーよ。統基がいえーい、ピザー! って叫んだせいじゃん」

「俺そんな雄たけび上げたっけー。あっちー、うっま」

「マジ美味い。比嘉、食わないの? ピザ嫌い?」


 フルフルと比嘉が首を振る。


「気にすんなって、校則に宅配ピザを頼んではいけません、なんてねーだろ。ルールを破ったことにはならねえから」

「そうかしら。……ならいいか。いただきます」


 焼きたてピザの前でルールになんて縛られてなんぞいられないのじゃ。比嘉も両手を合わせ、ついにじゃがマヨを手に取る。


「おいしい! 宅配のピザって初めて食べたわ」

「マジでー。和食派?」

「ううん、家ではピザも食べたことがあるの。お母さんが作ったやつ」

「比嘉のかーちゃんピザ作るの?!」

「うん。昔っからピザもラーメンもおやつも全部手作りだったから、外食もあまりしたことないのよね。私が口に入れるものは全部自分で作りたいらしくて」

「すっげー。母の愛」


 ひとりっ子とは言え、さすが過保護。溺愛っぷりがひどい。

 比嘉は憂鬱そうにうつむく。


「クラスメートが外食の話をしているのを聞いて行ってみたい、って言ったことがあるんだけど、これがそのお店の味だよって家で再現しちゃうの。でも私お店で食べたことがないから同じ味なのかどうかも分からないし、微妙だったわ」

「そこまでやるなら食いに行った方が早いのにな」

「何が入っているか分からないものは食べさせたくないからって」


 人見知りな上にそんな過保護で厳格な親じゃ、クラスメートと話も合いようがないよなあ……。


「俺と一緒にジャンクなもんガンガン食おーぜ! 比嘉のかーちゃんには怒られるかもしんねーけど」


 親指を立てて笑うと、比嘉も満面の笑顔で親指を立てる。俺のマネっこするとか、超かわいい。


「あー、腹減ったあ……食いもんが欲しい。金ねえけどピザ食いてえなあ。なんでこんなにピザが食べたいんだ、唐突に……」


 見回り中だろうか。すっかり暗くなっている中を懐中電灯を手にフラフラと高梨が歩いてくる。


「やべえ。見つかったらこのピザ食われる!」


 小声で顔を見合わせる。


「急いで食っちゃえ! 残り4枚、あと1枚ずつ!」


 フェニックスの木の根元で座って食っていたが、見付からないように植え込みの陰に隠れる。


 俺はピザすら飲めるから食いきったが、猫舌らしい比嘉が熱そうにチマチマと食べている。もうすっかり冷めてるだろうに。


「あ! ピザ! 何高校生のくせにピザなんか食ってんだよ! 今どきのガキは贅沢だな!」

「教師として言うべきはそんなことじゃねーだろうが!」


 比嘉が手に持つアメリカンミートを高梨は完全ロックオンしている。血走らせた目でアメリカンミートしか見てない。アメリカンミートに手を伸ばす高梨よりも素早く比嘉の手から奪い比嘉の口に無理やり突っ込む。


 比嘉の食べかけでもこのカス教師は躊躇なく食べてしまうだろう。そんなことは絶対にさせない! こんなカスが比嘉と間接キスとか冗談じゃねえ!


「ん! ぐー!」

「いいから食え!」


 比嘉が苦しそうな声を上げるから、比嘉の口を手のひらで押さえる。高梨は口から出た分だけでも食べようとしそうな勢いだ。


 手に柔らかいものがうごめく感触が伝わる。


 あ……これ、もしかして、比嘉の唇?!


 うわ、マジか……。

 全神経が右の手のひらに集中してしまう。柔らかいし、あったかいし、なんかエロいし……。


「統基、いつまで比嘉の口押さえてんの? もうとっくに食い終わってるし高梨校舎に戻ったのに」

「え?!」


 我に返ると、比嘉が俺を見上げてウンウンとうなずいている。また手に比嘉の唇の感触が動く。


 俺、今、すっげー変態的なこと考えちゃったんだけど。


 この俺の右手のひらに俺の唇付けたら、間接……


「我ながら思考がキモい! どうしたってんだ! 俺はそんな男じゃない!」


 煩悩を振り払え! フェニックスの木に頭をガンガンにぶつける。荒くれた木の幹が俺の煩悩を凌駕する痛みを与えてくれる。


「入谷?! 何してるの?! 大丈夫?!」


 比嘉が心配そうに俺の顔をのぞき込む。

 よし、もう大丈夫だ。比嘉に爽やかな笑顔を向ける。


「もう大丈夫! さ、帰ろうか!」

「全然大丈夫じゃないじゃない! 血が出てるよ?!」

「血くらい平気平気」

「統基って時々意味分かんねえ行動するよなー」

「自由人に言われたくねえわ」


 そもそも充里が学校でピザ頼んだりしなけりゃこんなことになってねえんだよ。


 学校を出て、比嘉曽羽と別れて充里とバカみたいな話しながら帰る。


 充里と話しながらも、意識は右手のひらに持ってかれてしまう。初めて触れた、比嘉の唇の感触が脳に刻み込まれちゃって忘れられない。

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