私たち遠足係のお金がない壊れかけの下見
「じゃあ俺こっち行くから。はいコレ、学校からの金。午後3時にここで集合なー。遅れるなよー」
高梨先生が入谷に赤い袋を渡し、パチンコ屋さんへと入って行く。
「何を引率教師が生徒ほっぽってパチンコしようとしてんだよ!」
入谷が抗議しているけど、高梨先生は無視してお店に入って行く。パチンコ屋さんってすごい音がするのね。ドアが開いた途端、大音量の音楽が聞こえてきた。
遠足係になった私たち、入谷と愛良と充里は遠足前の日曜日に下見に来た。
「まーいいじゃん。俺ら下見ってより学校の金でデートしに来ただけだし」
「それもそーだな。行こ行こ」
最寄り駅から遠足の目的地、臨海公園に向かう。
先週、仮担任の高梨先生が
「遠足係を決めるー。男子二人女子二人ー。はい、やる人ー」
と手を挙げた。でも、生徒は誰も手を挙げなかった。
「えー、誰でもいいからやれよー。遠足係になったら行き先自分たちで決められるし、下見と称して学校の金で遊びに行けるんだぜー。お得だよー。はい、やる人ー」
「俺やるー。曽羽ちゃん、学校の金でデートしよーよ」
「いいよー」
「なるほど! デートか! お前も手を挙げろ、比嘉! 学校の金で遊ぶぞ!」
「え? あ、はい!」
そんな経緯で私たちが遠足係になったから、行き先もとてもゆるく決まった。
「比嘉、どっか行きたい所ある?」
「臨海公園に行ってみたいと思ってたわ」
「高梨! 行き先は臨海公園!」
「おー、サクサク決まっていいねえ。じゃあ、後は自習! 遠足係はこの遠足企画書に必要事項を記入して俺に提出ねー」
「あーい」
入谷と充里が企画書も書いてくれたから、私は本当に遊びに来ただけの感覚だわ。
「入場券どこで買うんだろ?」
「高梨のヤツ、パチンコ代にこっから金取ってたりしねえだろーな」
いくら高梨先生でもそんなことはしないでしょ、と思ったけど、入場券を買いに行った入谷が憮然とした様子で戻って来た。
「袋空っぽ。これ絶対、高梨入場料分の金だけ残してパチンコ代に持って行きやがったよ」
「うん、企画書には俺らのメシ代も予算に入れて通ってたもんな」
「俺学校の金オンリーで遊ぶつもりだったからあんま金持ってねえんだけどー」
「私なんかお財布も持って来てないんだけど……」
「俺財布の中見たら30円だわ」
「私、お財布と間違えてお母さんのスマホ持ってきちゃった」
「またこのパターンか!」
入谷が持っていた1200円ほどで私たち4人は今日一日を過ごさなくてはならなくなった。大丈夫かしら……。
「とりあえずどこ行くー?」
充里がセントラルゲートから臨海公園に入り尋ねる。
この臨海公園は中が3つに分かれていて、セントラルゲート前広場から右に行くと遊園地、左に行くと動物園、まっすぐ行くと海がある。
「私は海がいいなあ。中学の修学旅行以来、海見てないから」
「俺らは動物園だな。海なら夏休みに見た。せっかくの俺たち二人だけの思い出をこんなきったねー海に汚されたくない」
「早く行こうよ! 入谷!」
「はいはい。じゃあ、充里、曽羽、昼まで別行動しよう。昼から一緒に遊園地回ろーぜ」
「じゃまた、昼にー」
私はここの動物園に行きたかった。飼育数は多くないけど、自然の姿に近い形で飼育されているからより動物本来の生態を見られそう。
「すげーな、お前。動物が寄ってくんの?」
「そうなの。こんなに懐かれるのに無知じゃ申し訳ないから、動物のことは浅く広く詳しいわ」
「それただの動物好きだろ。犬も犬好きを見抜くって言うもんな」
私が檻に近付くと、レッサーパンダもホンドタヌキもギンギツネも柵までやって来る。
ニホンザルなんて、大声でキーキー言いながら飛びかかって来たと思ったらすごい顔でフェンスにしがみついている。あはは、かわいい。
「お前懐かれてねえよ! この人間になら勝てるって思われてるだけだよ!」
「勝てる訳ないじゃない。私より全然小さいのに」
「全然小さくてもお前が負けるよ! 動物の本能なめんな! あっぶねー、次行こ、次!」
入谷に背中を押されて、猿山を離れる。ああ、もうちょっと見てたかったなあ。フェンスを破壊しそうな勢いではあったけど。
「あ! ピグミーゴートの赤ちゃんだ!」
「ピグミー?」
「ピグミーゴート! 体が小さいのが特徴のヤギよ。赤ちゃんもいるのに白ヤギさんとも仲良くしてるんだ。すごーい!」
「白ヤギさんって、もうお手紙食べるヤギにしか見えんわ」
ピグミーゴートはアフリカのヤギで、ゾーン分けされている動物園ではキリンやシマウマと同じサバンナゾーンにいたりする。
「次は何がいるのかなー」
「ぷっ。お前、本当に動物が好きなんだな。動物から攻撃されてるのに」
「え? 攻撃じゃなくて懐かれてるのよ。どうして笑うの?」
「なんでもねーよ。次はケツメリクガメだって。カメかよ。うわ、デカ!」
「あ! お食事してる!」
ケツメリクガメはすごくゆったりと食事をとる。のんびり食べてる姿を見ていると、とても癒される。
「へえ、カメのくせに案外カワイイ」
「でしょ! かわいいよね~」
私は何て野菜か見分けがつかないけど、パクッと大きな葉っぱに食らいついていく。いい食べっぷり。
「食ってるだけで全然動かねえのに、なんか見ちゃうな。一番時間かけて見てねえ? カメ」
「うん、そうね。見てたらおなかすいてきちゃった」
「あ! すくはずだよ。もうすぐ12時だ。セントラルゲートに戻るぞ」
入谷が歩き出すのを慌てて追う。
「あれ? セントラルゲートで待ち合わせって言ってたっけ?」
「充里のことだから、きっとセントラルゲートに来ると思うよ」
充里だからって全く分からない理屈だけど、親友だから分かることもあるのかしら。
「充里とは生まれた時から友達だって言ってたものね」
「親父の代からな。ただの腐れ縁だよ」
「すごいわね。私もそんな親友が欲しかったわ」
「これからでもいくらでも親友は作れるよ。筆頭候補が曽羽かな」
「そうね。愛良と充里」
「充里はいいけど、他の男はナシだかんな」
「他に仲良くしてくれる男子なんていないでしょ」
「仲良くしなくていいの。お前は俺とだけ仲良くしていればいいの」
ドキッとするようなことを、入谷はサラッと言ってしまう。本当に、よく平気な顔してそんなことが言えるなあ……。
「あ、やっぱりいた。充里!」
お金がないから、合流した充里と愛良と一緒に園内レストランではなく売店に行く。予算は一人300円。私はサンドイッチとジュースを買った。
セントラルゲート前広場で軽食を取る。
「何コレ、どんどん鳩増えるんだけど。すっげー数の鳩がいるんだな、ここ」
「よそからも飛んで来てんじゃね? 比嘉を攻撃しに」
「そんなことないわよ。ほら、こんなに集まって来てくれてる」
「足首突かれてんじゃねーか。お前今、平和の象徴から攻撃されてるよ」
たしかにちょっと痛いけど、せっかく懐いてくれてるんだから我慢しよう。
どんどん鳩が集まって来るものだから、入谷たちも鳩と触れ合って時間を忘れて楽しんだ。
「あ! やべえ! もう2時半過ぎてるよ! 鳩とどんだけ遊んでんだ、俺ら」
「高梨3時集合って言ってたっけ? 急いで遊園地回ろうぜ!」
「回る時間はねえよ。絶対に乗りたいヤツから行こう」
相談しながら、早速遊園地ゾーンへ急ぎ足で向かう。
「それなら決まってるよ。臨海公園に来たら名物のジェットコースターは外せないだろ」
「え……ジェットコースターって、コレ?」
「そうそう。いつぶっ壊れてもおかしくないと一部でささやかれている木製コースター」
「俺、一部の声が正しいと思うよ、充里」
目の前に大きな木でできたジェットコースターがある。看板を見ると、恐怖の連続3回転! と大きく書かれている。
「あ、私無理。親にジェットコースターなんて事故が起きたら危ないからって禁止されて、乗ったことがないの」
「さすが過保護。でもこれに関しちゃ正しい判断だな。あちこち木がカビてるし、ネジ穴はあるのにネジはないし、マジで事故るわ。なんで営業してんだってレベル」
「行くぞ、統基ー。比嘉ー。今なら並ばずに乗れるってー」
「乗るの?! ここ見ろって充里、ネジが」
「怖いのー? 怖がりはほっといて行こっか、曽羽ちゃん」
「いいよー」
ネジの抜けたネジ穴を指差していた入谷が私の手を握る。え?!
「誰が怖がりだ! 曽羽でも乗れるのに、この俺がネジのぶっ飛んだジェットコースターごとき怖がるか! 乗るぞ、比嘉!」
「え?!」
気が付いたらジェットコースターの座席に座っていた。係員さんに安全バーとシートベルトをセットされ、全身から血の気が引いて行く。
「大丈夫? 顔真っ青だけど」
「大丈夫じゃない……」
「比嘉、我慢しないで大声で叫んだ方が恐怖が軽減されるんだって。だから思いっきり叫べ」
「え……叫ぶの?」
「ジェットコースターで恥ずかしがってもしょうがねえんだよ。安心して、俺お前がどんなひっでー顔で叫んでてもどんな奇妙な声を上げててもお前のこと大好きだから」
顔に血の気が一気に戻って来る。
と同時に、ピーッとけたたましい音がして、エンジンがかかったみたいな動き出すぞって音と振動がした。怖い……!
「比嘉! 怖かったら叫べ! 大丈夫! もしもこのジェットコースターがマジで大破しても俺がお前を守る!」
「ほ……ほんと?」
ゆっくりとジェットコースターが動き出すと、早くも高度を上げていく。入谷を見ると、笑って大きくうなずいた。
「本当! 俺を信じろ! 怖くなんかねえ! 俺が命を懸けてお前を守り通す! 俺はお前のエアコンフィルター! 違う! 間違えたボストンバッグ! 違う! 何だっ――がああああああだああああああ来いやああああああああ無理いいいいいいいいいえああああああああばああああああ! エアバッグ! 俺お前のエアバッ――だ――! が――! 降りるううううううう無理いいいいいい死ぬうううううう比嘉ああああああああ、終わる?! もう終わり?! うーわ、やっべえ、3回転なめてた! ちょ――こええ! あー、吐きそう、普通に酔った! 気持ちわりー! 比嘉、大丈夫?」
ジェットコースターが止まった。
元から大きな声の入谷の絶叫が凄まじくて、恥ずかしいなんて思うことなく大声が出せたおかげでだいぶ恐怖が軽減されたかもしれない。何を言ってるか理解する余裕もなかったけど、スタートから終わりまで入谷の声がずっと聞こえていただけでも安心感があった。でも、それでも泣きそうなくらいには怖かった。
私が怖がってたから、入谷はわざとあんな大声を上げてくれたんだろう。すごい、3回転しながら人のことまで気遣えるなんて。
係員さんにつかまって立ち上がる。歩き出そうとしても、足元がフラついてしまう。サッと入谷が体を支えてくれる。
「大丈夫?」
「入谷……怖かった……」
「あー、たまらん! やっぱり至高だった! お化け屋敷よりこっちか! がんばってジェットコースター乗って良かったー!」
「え? 入谷?」
なぜかガッツポーズで嬉しそうな入谷に充里が駆け寄る。よく普通に走れるわね、充里は。
「なあ、回転中に統基の声ではっきりエアバッグって聞こえたけど、何だったの?」
「え、俺そんなこと言いました?」
「覚えてねえのかよー。俺ずっと気になってたのにー。統基の前後に叫んでたヤツもすごかったよな。無事帰還できたんかね」
「はは。無事だといいデスね」
「やべ! もう出ないと駅前3時に間に合わねえわ」
「よし行こう! すぐ行こう!」
急いで駅前に戻ると、高梨先生の姿が見えない。どうしたのかしら? 3時に間に合わずに過ぎてしまったのに。
「生徒を置いて帰っちゃったんかね」
「高梨ならやりかねねえな。俺ちょっと見てくるわ」
入谷がパチンコ屋さんへと入って行く。
しばらくすると、憮然とした様子で出て来た。
「フィーバーしまくり。別積みされてやんの。これ閉店までコースだから先に帰れって」
と5千円札を差し出した。
「何なんだよ、あの教師! 金ねえから当たってんなら1万円寄越せって言ったのにこれしかくんなかったの。お前なんか教師失格だわ、カス! って叫んでやったのにホクホク顔なの。ムカつくー」
教師からお金取ろうとしたり暴言吐く生徒もどうかと思うけど……。
「まーこれでも電車代に使っても余るから、高梨に返さずに4人で分けよーぜ」
「やったあ、儲けー」
入谷が私の手を握って駅へと歩きだす。
「帰りに二人で何か食べに行く? お昼あれじゃ腹減っちゃっただろ」
たった1200円で大丈夫かしらと思ったけど、儲けてしまった。入谷ってやっぱりすごい。
入谷がいれば、お金がなくても壊れかけのジェットコースターでも怖くないんだ。




