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俺は無自覚なダブルスタンダード

 ついに来夢が意を決して背は低いのに高井結愛の席へと向かう。

 他人事だから余裕で笑って見てるけど、ちょっとだけドキドキする。


「お、話しかけた」

「なんか今、結愛ビクッとしてなかった?」

「そりゃー今までしゃべったことないらしいからびっくりしたんじゃね?」

「さー、どうだ?! 渡せるか、来夢!」

「行け、来夢! 今だ!」

「おおー、クーポン渡したねえ」

「クーポンだけちょうだい、だったりして」

「地獄ー」


 来夢が嬉しそうに笑顔で駆け寄って来る。これでクーポンだけちょうだいだったら爆笑だな。


「明日だったら空いてるって! 明日行ってくる!」

「やったじゃん、来夢ー」

「ありがとう! やったあ、嬉しいー!」


 満面の笑顔を浮かべて子供みたいにピョンピョン飛び跳ねてる来夢は、絶対ヤンキーにはなれねえな。コイツ完全いいヤツなのに、なんでヤンキーになりたいんだろ。


「良かったわね、渡辺くん。遊園地楽しみね」

「あ! 比嘉さん! ありがとう! めちゃくちゃ楽しみー!」


 来夢が嬉しそうに自分の席に戻って行く。

 なんか、違和感を感じた。


「ん? なんで比嘉が遊園地のこと知ってんの?」

「あ」

「まさか、お前ら裏で繋がってんじゃねーだろうな?」

「裏って! 表現どうなんだよ、統基ー」

「言えよ! お前と来夢はどういう関係なんだよ?!」

「え? ちょっと待って、入谷。ほとんどしゃべったこともない関係よ」

「じゃー、なんでお前、来夢と結愛が明日二人っきりで遊園地に行くって知ってんだ!」

「落ち着け、統基ー」

「入谷くん、どうしたの?」


 金曜日の放課後である。

 比嘉と曽羽から話を聞いて、ものすごい安心した。


「なんだ、話聞かれてただけか」

「入谷くんの大声でクラスのみんなに知られたねえ」

「なるほど、それで来夢が真っ赤な顔して何かわめいてるんだ。よし、帰ろう」


 比嘉、充里、曽羽と4人で教室を出る。


「統基がこんなそくばっきーだとは知らんかったわ」

「束縛? 俺は束縛なんかしてねえよ。充里たちがフリーダムすぎるだけだろ」

「どうしてあんなに怒ってたの?」

「えー、曽羽、俺怒ってたように見えた?」

「もしくは焦ってたように見えたよ」

「焦って……」


 あー、俺、頭真っ白だったけど焦ってたかもしんない。実は比嘉と来夢に俺の知らない繋がりがあったんだと思ったら、焦って詰め寄らずにはいられなかった。


「そりゃ自分の彼女が他の男と繋がってたらイヤだし焦るだろ。コイツは俺のなんだから」


 隣を歩く比嘉の頭に手を乗せる。何コイツ、超頭熱い。


「なんで赤くなってんの」

「よくそういうことを平気な顔して言えるわね……」

「事実だろ。お前、俺んだろ」


 ちょっと待って、なんで黙るの? なんでうつむくの?


「じゃーなー」

「バイバーイ」

「あ、おう、また来週ー」


 学校脇の十字路を充里と曽羽は右に曲がって行く。今日は二人して充里ん家かな。


 比嘉がまだ赤い顔してぎこちなく手を振っている。


「なあ」

「え、何?」

「お前は俺のもんだろ。なんで返事しないの」

「え……ちょ……」


 詰め寄る俺に対して比嘉が退く。学校の塀を背にした比嘉の逃げ道を塞ぐべく、両手を比嘉の肩の横に着く。


「逃がさねえよ。なんで俺から逃げようとすんの」

「にっ……逃げようとなんかしてないわよ。ただ、いざ付き合うってなったらエサが大きすぎて」

「エサ?」

「えーと、いきなり入谷にいろいろ言われて、どうしたらいいのか分からなくて困ってるって言うか……」

「困ってるの? ちゃんと言って、比嘉。俺のどこがイヤなの?」

「イヤじゃないの! 困ってるけど、イヤじゃない。慣れてないだけ」

「ああ、慣れね。大丈夫、人間何事も繰り返していれば慣れるから。よし、じゃあこのままでいいな」

「う……うん……だから……」

「だから、何?」


 どうも比嘉ははっきり言わない。声もどんどん小さくなるから、聞き取るべく比嘉の口元に顔を寄せる。


「今も困ってるんだけど……近い」


 ちかい、という言葉の一音一音、唇の動きを注視していた。無意識だけど、人間ってひとつひとつの発音するのに唇動かしてんだよなあ。

 冷静さを取り戻し自分の状況を客観的に見ると、普通に壁ドンしながら顔を近付けている。


「違う! 何かしようとした訳じゃないから! お前が逃げるから追っただけだから!」

「本当にハンターなのね」

「そう! 俺ハンターだから!」


 ハンターって何だっけ? 何でもいい、とりあえず中身小学生の比嘉にキスしようとしたと思われないように誤解を解くのが先決だ!


「あの、私、高校入るまで友達すらいなかったから、距離感が分からなくって。入谷がイヤで逃げてるとかじゃ本当にないから、その……」


 比嘉は比嘉で俺の誤解を解こうと必死なようだ。

 うん、分かった。距離感間違ったのはたぶん俺の方だけど、たどたどしくも一生懸命伝えようとしているその姿見たら、もう俺嫌われちゃったんじゃないかなんて思わない。


 普段は自信過剰に堂々とした雰囲気をまとっている比嘉が、俺のためにこんなにしどろもどろになってる。いじらしくてたまらない。


 思わず比嘉を抱きしめる。抱きしめてみると、比嘉は印象よりも随分小さい。


「分かった。ありがとう」

「え……? う、うん?」


 何がありがとうか分かってねえくせに適当に返事したな。

 好きになってくれてありがとう。感謝しかない。俺めっちゃ比嘉のことが好きだから。


「あ! 忘れてた! 俺バイト行かなきゃ!」


 学校脇でもめてたから、全然創作居酒屋ひろしに向かっていない。


「ねえ、ひろしまでついて来てくんない?」

「うん、いいよ」


 暴走しちゃったせいで困惑するばかりだった比嘉の笑顔がやっと見れた。


 ダメだな、俺、比嘉のこととなると自分でも思ってもみないほど冷静さを欠いてしまう。こんなんじゃ、男のプライドに懸けて比嘉を守れない。


 比嘉の手を取り、ひろしに向かって歩き出す。


「さっき高校に入るまで友達いなかったって言ってたけど、小中の時はそんなに友達少なかったの?」


 二度目の告白をした時も言ってた。友達が欲しくてわざわざ沖縄からこっちに来たって。


「少なかったんじゃなくて、いなかったわ」

「え? ゼロ?」

「ええ、ゼロね」


 小学校中学校と友達ゼロとかあり得るの?


「よくそれで学校生活楽しめたな。俺友達いなかったら学校なんか行ってないかも」

「私も全然楽しくなかったわ。学校は行くべき所だから行ってただけで」

「なるほど、ルールを守ってただけか」

「ええ。だから、今は学校生活が楽しくてしょうがないの。友達がたくさんいるおかげで」

「え? たくさん?」

「愛良と充里と入谷」

「俺は彼氏だろ。友達枠に入れるんじゃない」

「彼氏……!」


 彼氏って単語でそんな真っ赤になるのかよ。慣れるには時間がかかりそうだな。


 ちょっと待って。てことは、曽羽と充里の二人の友達と彼氏である俺、たった三人のおかげで学校生活が楽しいの? 健気すぎるだろ。どれだけ不遇の義務教育期間を過ごしてきたんだ。


「俺に任せろ。俺がもっとお前の学校生活を楽しくしてやる」

「もう十分楽しいわよ」

「こんなもんじゃない! 二学期は学校行事も目白押しにある。俺がお前のそばにいなかった小中9年間の分も、全力で楽しませる!」

「入谷……ありがとう、入谷」


 嬉しそうに比嘉が笑う。うん、俺比嘉のためなら何だってできる!


「あれ? 何かしら? あの人だかり」

「何だろ? 行ってみよう!」


 聖天坂に入ってしばらく行くと、大きな公園に人だかりができている。

 人だかりの中を比嘉の手を引っ張って隙間から縫うように潜り込む。


 ドラマのロケだろうか。何年か前にもロケに遭遇したことがある。たくさんのカメラと照明、大きなマイクあとは名前も分からん機材。


「お! イケメン俳優のタークミストだ。カッコいいー! 見て見て、比嘉!」


 監督と打ち合わせ中って感じで、足の長い小顔な若手俳優がブランコに座って台本らしき薄い本を持って真剣な顔をしている。うわあ、テレビで見るよりカッコいい! 足、なっが!


 興奮して俺が指差した方を比嘉も見る。


「変わった名前の俳優さんね。本当だ、カッコいい」


 微笑む比嘉を思わずクワッと睨む。

 比嘉の手を引いて走って人だかりの公園から脱出する。


「どうしたの?」

「何がカッコいいだよ! 他の男見てんじゃねーよ!」

「入谷が見てって言ったんじゃない!」

「え? そうだっけ? 俺そんなこと言った?」

「言った!」

「もし俺が言ってても他の男なんか見んな!」

「どうしろって言うの?」


 また比嘉が困惑顔になってしまう。だって、比嘉がカッコいいって言うのを聞いたら無性に不安になったんだもん。


「比嘉には俺だけ見てて欲しいの。他の男なんか見ないで?」

「……み……見ないよ……」

「言ったぞ! 絶対だかんな!」

「分かったから、早くバイト行かなきゃいけないんじゃないの?」

「あ! そうだった! やべえ! 寄り道してる場合じゃなかった!」


 比嘉が懸命に早歩きしてくれたので、なんとか5時になる10分前にはひろしに着いた。


「行ってきます!」

「行ってらっしゃい。バイトがんばってね」

「うん! ありがと!」


 比嘉の笑顔を胸にひろしの引き戸を開ける。店長にあいさつし、階段を駆け上がる。事務所では、天音さんがもうエプロンも着けて準備万端で座ってペットボトルのコーヒーを飲んでいた。


「おはよう、天音さん!」

「おはよう。さすが若いわね。元気いっぱいだね」

「時間やばくて慌ててるってのが正解だな」

「ふふっ。ねえ、明日は何か予定あるの?」

「特にないよ」

「じゃあ、明日ね」

「うん」


 明日の土曜日、ホテル・ゴールデンリバーで会おう、ということだ。


 俺、本当に神に誓って好きなのは人生で比嘉一人だけなんだけど、我ながら比嘉に他の男見ないでなんてよく言えたよなあ……。


 こういうの、何て言うんだっけ。

 自分はやるのに人にはダメって言うやつ。


 えーと、あ、あれだ。ダブルスタンダード。

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