俺が比嘉の自己紹介で分かったこと
教室にグルッと円になるよう机が置かれ、円の内側と外側に椅子がセッティングされている。
女子が全員内側に座り、男子が外側に座る。
「では、自己紹介を始めます。1分ごとに男子が隣のテーブルに移ってください。何か質問のある人いますかー?」
「はーい」
「はい、箱作くん」
「りんりん、婚活中?」
「えっ、なぜそれを?! 先生は今34歳、アラサーと言えるうちに結婚したいと切に願っています!」
「……はーい、みんな自己紹介をしましょうー」
苦情を入れたかったんだろうが、りんりんの切羽詰まった物言いに充里が珍しく譲った。
「はあ、女子と面と向かってしゃべるなんて、怖いよ。あからさまに機嫌悪そうな子もいるし」
「まあ、こんなカップリングパーティみたいなことさせられて、ノリノリの女子なんかいねえわな」
小柄で小太り、坊主頭にメガネをかけているとっつあん坊やフェイスの津田がため息をついている。女子と楽しくおしゃべりするのが得意なタイプには見えねえな。
「俺に任せとけ。コンディション整えてやるよ」
ひとりめは、金髪ショートでメイクばっちりの気合いの入ったギャル、深沢友姫か。168センチあるらしい曽羽と同じくらいの身長で曽羽と同じくぽっちゃりしているが、肉が胸に集中している曽羽と違って友姫は全体にまんべんなく肉が散らばっている。要は小デブである。
「はい、シート」
友姫がブスッとした態度で俺の方へと自己紹介シートを向けてくる。それを華麗にスルーして、引っ込めようとした手を取る。
「爪超かわいい。ネイルサロンとか行ってんの?」
「えっ? ううん、自分で適当にやってるだけだけど」
「自分でやってんの? すごいね、プロみたいじゃん。めっちゃかわいい」
「え……そ、そう?」
「そっちの手も見せて。同じ?」
「ううん、ちょっと変えてある」
「じゃあ、言わないで。俺がどこが違うか見つけたい」
人差し指を立ててシーと言うと、両手を並べた友姫がうれしそうに笑った。
「うーん……あ! 小指が違う! どう?」
「正解!」
「すげーじゃん、こんな細かいとこまでこだわってる子、俺好き。女子力高いね」
「えっ?」
「はい、隣の席に移動してくださーい」
ピーとりんりんが合図の笛を吹く。
「津田にもクイズ出してやって」
「分かった!」
席を移動すると、お次はカーストトップに立つであろうポテンシャルを持つかわいいパリピギャル、小田恵里奈だ。茶髪の長い巻き髪をややこしくアレンジしている。
「恵里奈、それ髪どうやってんの?」
「えっとねー、こっちから編み込んでてえ」
「へえー、そうなんだ。こんなキレイにややこしいの編み込めるもんなんだなー」
「やってみると意外と簡単なんだよ。小さいのだったら入谷の髪でも編めるかも」
「マジで? やってみて」
「あー、手が届かないな」
「ええー、残念。俺の頭でオススメのアレンジある?」
「入谷は髪柔らかそうだからあ、そうだなー」
ピーと笛が鳴る。
「次の席に移動してくださーい」
「恵里奈、津田坊主だからさ、何か似合いそうな髪形ないか考えてみてよ。津田をオシャレにしてやろーぜ」
「ムズ! 分かった、考えてみるー」
たいがい、自分が凝ってる部分は他人相手でも多少は興味があるだろ。ギャルたちは興味のある部分が分かりやすい。
お次は、水無瀬か……我が下山手高校には、遊んでばっかでろくに勉強しないがために成績が悪いタイプと、真面目に勉強してるのにどうにも成績が上がらないタイプがいると聞く。
前者の方が数としては多いのだが、後者も少なくはない。水無瀬はたぶん、津田と同じくガリ勉バカタイプだ。
見た目にも、長すぎて顔の半分を覆ってる前髪、手入れのされてなさそうなあちこちに跳ねてるおかっぱ、ヒビの入ったメガネ、右腕しか通されていないブレザー、左右で長さの違うスカートとだらしなさがダダ漏れている。
初めて差し出されたシートをじっくりと見る。
「水無瀬、本好きなんだ? 俺漫画しか読まないんだよね。どんな本読むの?」
「私も漫画も読むよ」
「そうなんだ? トワイライトなサンダンスって漫画知ってる?」
「知らないなあ」
「限界オタクしか知らねえような漫画なんだけど、女の子でも読みやすい絵だと思うよ。高校に入学したばかりの地味な女の子が、ダンサーやってる男子生徒と出会ってすっげー垢抜けてかわいくなってくの」
「へえー」
「派手なダンサーに釣り合う女になるために努力する女の子がすっげー健気で応援したくなるんだよ」
「へえー」
あからさまに興味なさげな水無瀬の右手が、軽く握られて机の上にある。その手を両手で包み込むと、水無瀬の体がビクッとした。
前髪の隙間から目を探して見つめ、微笑む。
「良かったら読んでみて。俺、絶対、水無瀬ももっとかわいくなると思うんだよね」
「え……」
「次の席に移動してくださーい」
あれだけポーッとさせれば1分くらいしのげるだろ。津田もひたすらシートでも見てればいい。あれ会話不能なやつ。肉弾戦に限る。
「あ……」
次は、比嘉だ。
比嘉かあ……正直、比嘉は苦手だ。比嘉と対峙すると調子が狂う。
比嘉はこの学校の女子で唯一と言っていいくらい、校則通りにきちんと制服を着て黒髪で靴下すらワンポイントまでにとどめている。
真面目そうだが、遠くから引っ越してきたから分からず下山手に来ただけでこの顔でバカではないだろう。
えー、どうしよう……。
ふと視線を感じて横を見ると、津田少年が期待に満ちた顔でこちらを見ている。
ハードル上げんのやめてくれる?!
落ち着け、俺。津田少年の前で比嘉にひるむなんてダセー姿は見せられない!
特に比嘉だと意識することなく、普通にこなせばいいんだよ。
とりあえず、シートを見ると汚ったねえ小学生みたいなサイズの大きな字でびっしりと各欄を埋めている。うん、やっぱり真面目は真面目だな。
「あ……えっと、かわいい字書くんだな。すげー汚ったねえけど、一生懸命書いたのがよく分かるよ。特にこの、叶って字が、自分の名前のくせに初めて書いたみたいにカタカナのロとプラスの記号にしか見えないのがいいね。バランス絶妙で、俺好きだよ」
一切、褒められてねえ。比嘉相手に普通になんてできっこねーんだよ! だって比嘉が普通じゃねえんだもん!
ふがいない自分にムカついて、自分で自分の髪の毛をわしゃわしゃにしてしまう。そして、気付く。
比嘉、何も言わねえなあ。
顔を上げると、比嘉が両手を口元で覆うように重ね、爆発すんじゃねーかってくらい真っ赤になって俺を凝視しながら絶句していた。
……え? 何? このリアクション。
まさか……もしかして、照れてる? 字褒められたくらいで? てか、褒めてねえし。
「次の席に移動してくださーい」
比嘉は俺から目が離せずにいる。俺もまた、同じように呆然と比嘉を見る。
津田につつかれ、隣の椅子に移動すると、視界から俺が消えた比嘉は真っ赤な顔でうつむいていた。
……ロシアンブルーみたいに高貴で堂々とした雰囲気をまとい、都市伝説を創り出すくらい、女神かってくらい、脳が勝手に処理しちゃうくらいあり得ない見た目してるけど、もしかして、普通じゃないのは外見だけで、中身は普通の女の子なんじゃないのか?
いや、普通なんかじゃねえ……めちゃくちゃリアクションのいい女の子だ!
女の子の照れた顔を見るのが大好きでスキンシップが多く軽口叩きまくる俺でも、あそこまで真っ赤になってんのは完全に初見だ。ヘタレて比嘉本人を褒められてもねえのに。
比嘉の顔が頭に焼き付いて離れない。比嘉叶……何者だ、あの女。めっちゃ気になる!