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私は彼女

 ついに言ってしまった。釣られた魚になってしまった。

 入谷の幼馴染さんが言っていたように、入谷はエサをくれなくなってしまうのかしら……。


「比嘉。めっちゃ好き」


 ミニチュア・ピンシャーみたいな大きな目を見たことないくらい細くした入谷が、瞬間移動でもしたかのように視界から消えて力強く抱きしめてきた。


 体全体に入谷が触れてる。びっくりした。

 驚いていたのも束の間で、腕の力が強すぎて痛い。


「痛いよ、入谷」

「あっ……ごめん!」


 入谷が体を離す。あ、これはこれで寂しいかも。ちょっと痛いくらい、我慢していれば良かった。


 入谷がじっと目を見てくる。……どうしたらいいのか分からなくて、ただ見返す。と、さっきより強く抱きしめられる。


「痛っ……入谷!」

「ごめん、嬉しすぎて力が加減できない。俺もゴリラだったみたい」


 嬉しすぎて……嬉しい。

 入谷に私も嬉しいって伝えたくて、入谷の体に腕を回して目いっぱいの力を込めて締める。


「それで全力かよ。力ねえなあ」


 入谷が笑っている声が耳元で聞こえる。近い……恥ずかしくて何も言えない。


「ありがとう、比嘉。俺、お前に好きになって欲しかった」

「入谷……」


 ごめん、本当は、ずっと前から好きだったの。


「あ――、ずっとこうしてたいけど、俺バイト行かなきゃなんないんだよなあー」

「バイト……あ、ねえ、もうバイトは募集してないの?」

「店長に聞いたんだけどさ、ちっせー店だしバイトの募集は誰かが辞めた時しかしてないんだって。一人辞めたら一人募集する、ってシステムなんだって」

「そうなんだ……」

「俺のことが好きだから、俺と同じ店でバイトしたかったの?」


 顔に熱が集中してしまったのを感じる。入谷は嬉しそうに笑っている。

 ……よく平気でそういうことが言えるなあ……。


「ねえ、そうなの?」

「う……うん……」

「あー、嬉しい! 大好きだよ、比嘉」

「えっ」


 また抱きしめられて、びっくりする。

 エサが与えられないどころか、大きくなってる!


「マジ嬉しい。俺のもん! もー誰にもやんない!」


 ますます熱くなる私の顔を見て、また入谷が笑う。


「なーに照れちゃってんの? かっわいいな、もー」


 私の頭を手のひらでポンポンしてくる。急に入谷が大人びた気がして、どこまでも熱くなる。


「あー、夢だった! こんなんしたかったー!」


 そんな夢、持ってくれてたんだ……。


「やべえ、さすがに時間ヤバい。バイト行かなきゃ」


 私も帰ろう。

 なんとなく、あの人の住む茶色の外壁の大きなマンションを見上げる。


 ありがとう。

 私をここに導いてくれて。楽しい高校生活を送らせてくれて。入谷と出会わせてくれて。

 テレビでわずか数分の映像を見ただけなのに、自分でも信じられない行動力で引っ越してまであの人に会いたいと強く思ったのは、入谷と出会いたかったからなんだ。


「おい。まだあの男に未練あんの?」

「え?」


 入谷が鋭い目で睨んでくる。怖!


「違うよ、未練とかじゃなくて、お礼を」

「お前、誰の彼女になったか分かってる?」

「彼女!」

「自分で言って確認しろ。誰の彼女になったのか」


 彼女……そうか、私、彼女になったんだ。恥ずかしい、でも、嬉しい。


「……入谷の彼女」

「大正解! 嬉しい! 俺のもん! もー絶対に離してやんない!」


 また抱きしめられる。

 エサが与えられないどころか、高級なエサになってる!


「ねえ、店までついて来てくんない? 比嘉と最大限一緒にいたいの」

「う……うん、いいよ」


 入谷って素直よね。私も一緒にいたいけど、そんな素直に言えない。


 入谷が手を握ってくる。急にスキンシップが多くて、ずっとドキドキしっぱなしだ。


「なー、いつから俺のこと好きだったんだよー? 言ってくれりゃーいいのにさー。俺ずっと前から好きだって言ってたんだから」

「えっ」

「まーた照れてんの? すぐ赤くなるよな、比嘉。小学生かよ。かわいい」


 そう言われると、更に熱くなっちゃうんだけど……。


 創作居酒屋ひろしと大きな看板を掲げたお店の前まで来ると、入谷がため息をついた。


「あー、まだ離れたくなーい」

「あ、わ、私も……」


 なんとか気持ちを伝えようと必死な私を入谷が笑顔で見る。


「俺のこと、好き?」

「えっ……」


 恥ずかしいけど、入谷に私の気持ちを伝えるチャンスだわ。聞かれでもしないと、言える気がしない。


「う……うん」

「ちゃんと言って」

「え……好きだよ」

「ちゃんと言って。誰が好きなの?」

「入谷が……好き」

「あー! 嬉しい! 大好き! よっしゃ、バイトがんばれる! ありがとう! 比嘉!」

「あ、が、がんばってね」

「行ってきます!」

「行ってらっしゃい」


 笑って手を振るとビュンッと走って引き戸を開け店に入って行く。

 本当に、ミニチュア・ピンシャーみたい。小型犬なのに大型犬と同じくらいの運動量が必要なほど活発。


 ……入谷って、あんなに笑うんだ……。

 知らなかった。


 ミニチュア・ピンシャーみたいに気が強くって、大きい相手にも物怖じしない怖いもの知らず。そんなイメージが強かった。


 でも、ミニチュア・ピンシャーは実は一人でお留守番させるのには向かないくらい寂しがりやさんだし、飼い主にだけはベッタリ甘える甘えん坊さん。私はミニチュア・ピンシャーのそういうギャップがすごくかわいいなあって思えて大好き。


 入谷にも、そんなギャップがあったんだわ。


 いざ好きだと伝えたら、思ってもいなかったほどに甘々だった。

 あの、仲野を正座させて踏みつけていた入谷と同一人物とは思えない。


 私、やっぱり入谷のことがすごく好き。好きだって、言えて良かった。

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