私が見たかった光景
入谷が私の真ん前に立って、仲野との間に壁となっている。その背中を見上げると、なんか、守ってもらってる感じがして嬉しい。
「お前にはマザゴリがお似合いだ、マザコンゴリラ。ゴルゴリよりも適格に仲野の気持ち悪さを表現できている」
「調子乗ってんなよ! 比嘉さんの前でゴリゴリ言いやがって」
「だーってゴリってんだもん。お前がゴリなんだもん」
「黙れ!」
あ! 中学の時に聞いたことがある。仲野は頭が悪いから言葉で勝てないと思ったら即座に殴って黙らせるって。入谷が危ない!
「入谷!」
思わず立ち上がって叫ぶと、案の定、入谷よりもだいぶ体の大きな仲野が入谷の顔をめがけて拳を伸ばしてこちらを見た。何の音もしなかったけど、入谷が殴られてしまっていたらどうしよう。恐ろしい想像が頭に浮かんで血の気が失せるのを感じる。
「入谷! 大丈夫?!」
入谷が体の向きを変える。仲野の拳は入谷の顔面の直前で止まっていた。入谷がこちらを見てニヤリと笑う。
良かった……無事だったんだ……。
「ありがと、比嘉。ねえ比嘉、暴力ってどう思う?」
「……最低だと思うわ」
「そうだよね、最低だよねえ。暴力を振るう男の子なんて怖いねえ? 叶ちゃん」
「……怖い……」
「怖い男の子なんか嫌いだよねえ? 叶ちゃん」
「大っ嫌い」
「待って! 比嘉さん! 嫌わないで! 俺もう絶対暴力なんか振るわない! 俺今日から良い子になるから! 生まれ変わるから俺のこと嫌わないで!」
仲野がオロオロしてるけど、初めて目の前で人が殴られそうな所を見てしまったのに、しかも入谷を殴ろうとしたのに、仲野を嫌いになるなだなんて無理がある。
「比嘉に嫌われたくなかったらそこで正座して反省の態度を見せろ」
「分かった! 俺反省してるから、見てて、比嘉さん!」
仲野が大きな体で床に正座をする。その背中に入谷が上靴ではあるものの足を乗せて踏みつけている。
「見て、比嘉さん! 俺足蹴にされてるけど怒ってないよ!」
「おー、がんばるじゃん、マザゴリ。よっぼど比嘉に嫌われたくないんだー。でもお前の顔じゃ絶対に選ばれないけどな。お前じゃデカすぎるしゴリラすぎるんだよ。比嘉に選ばれるためにはガチで生まれ変わってそのツラ書き換えてくるしかねえんだよ」
「み……見て、比嘉さん。わざわざ沖縄から追いかけて来たのにこんなひどいこと言われても、俺ムカついてないよ!」
「わざわざ沖縄からストーカーして追いかけて来たのに比嘉の目の前でこんなちっせー男に正座させられて、さぞはらわた煮えくり返ってるだろーねえ。でも先に因縁つけてきたのはお前だから。お前が自分でわざわざ時間と金かけて沖縄から来たのを無駄にし――あ!」
よく入谷はこんなにスラスラと言葉が出てくるわね、と感心して見ていたら、突然入谷が大声を上げて私を見た。ミニチュア・ピンシャーみたいな大きな目が見開かれていて、たった今まで冷たく仲野を見ていたのに別人みたい。
「……入谷……」
「なーに? マザゴリ。こんなちっせー男に踏まれて何か文句でもあんの? ずいぶん俺のことバカにしてくれたもんなあ? あれえ、もしかして悔しーのかなあ?」
「もっと踏んでくれ」
「は?」
「もっと俺に暴言を浴びせてくれ。お前の言葉を聞いてるうちに、これまで感じたことのない高揚感が腹の底から湧いてくる!」
「気持ち悪! 何いきなりドMみたいなこと言いだしてんだよ!」
「統基のしてることがドSなんだよ」
「えー、俺SとかMとかヤダ! お前もう俺に近付くな! キッモ!」
……本当に気持ち悪いわ。入谷が蹴ると正座してた仲野がゴロンと転がった。その表情が恍惚としていて、とっても気持ちが悪い。
「帰ろ帰ろ。こんな変態に関わってる場合じゃない」
「なあ、昼メシ食いに行って遊びに行かねえ?」
「俺、パス! お前らで行って来たらいいよ」
「あ、私もお金ないから行けない」
「えー、二人だけなら曽羽ちゃんのおうちに行っちゃおうかなー」
「いいよー」
四人で教室を出て歩き出す。
入谷は何かにとってもワクワクしているのか軽くステップを踏むように歩いている。
「どうかしたの? 楽しそうね?」
「うん! 俺すっげーこと思いついちゃったの!」
「へえ? 何?」
「タイムトラベラーになる方法!」
「え?」
「じゃーねーん! みなさん、また来週!」
「バイバーイ」
入谷は右に曲がって行く。下山手に帰る愛良と充里は左に曲がって行く。
そして、聖天坂に向かう私はこの十字路をまっすぐに歩いて行く。
夏休みが終わってしまった。今日こそ、あの人が友達に挟まれている姿をこの目で見て、入谷に告白する!
いつものコンビニに行ってみる。時間が早いからしばらく待つかもしれない。
と思っていたら、いつもはまだバイト中の時間なのに私服姿のお友達さんが出て来た。
あら、これは、今日はいつもと流れが違う。これは、本当に今日こそ私がずっと見たかった、そのために沖縄からやってきた光景が見られるのかもしれない。
ただ単に一人でご用事があるだけかもしれないけど、私の直感はこの人について行けと言っている。
もしかしたら、本当に直感は正しかったのかもしれない。お友達さんは、なんとあの人の通う大学に入って行った。
こんなことは初めてだわ。お友達さんについて行ったのが初めてだから、もしかするとお友達さんもこの大学の学生なだけかもしれないけど。
3時間ほどすると、なんとなんとあの人とお友達さんが二人そろって大学から出てきた。リーチ! あと一人! あとは女の子と合流してくれたら、ついに見られる!
小学三年生のあの日、がんばってクラスメートに話しかけたらみんなに避けられてしまい傷付いた私の心を鷲掴みした光景。
意味はよく分かってなかったけど、私と同じような単語を言われていたのに友達に挟まれていたあの人。それをテレビ画面越しに見た私は、この光景を目の前で見ることができたら、きっと大きな勇気をもらえると思った。人見知りで泣き虫で友達の一人すら作れない自分から変われるんじゃないかって。
ここからあの人たちの住むマンションまではそこそこ遠い。あと一人くらい、偶然合流することだってあるかもしれない。本当に憧れの光景が見られそうな場面に直面して、緊張してくる。夏だからだけじゃない汗が流れる。
「ちょっと! 待っててって言ったでしょ! なんで先に帰ってんのよ!」
ドキッとした。急速に激しくなっていく動悸。その時が来たのを感じて、緊張が頂点にまで達した。
大学から細くて背の高い金髪の女の子が小走りに出てくる。あのテレビの中にいた女の子がそのまま大きくなったって感じで、三人の中でも一番顔が変わっていない。
「美菜子がハンバーグ作れって言うから、だったら買い物行かなきゃいけないって言っただろー。ほんと人の話は聞いてないんだから」
「私も行く! ついでに飲むヨーグルト買ってよ」
「自分で買えよー、微妙に高いもん要求するなあ」
あの人がしゃべった! 苦笑いしながら隣に来た女の子を見る。
完成した! あの人がお友達二人に挟まれている!
大きな感動が駆け抜けていく。ものすごく感動したし嬉しいんだけど、兄妹みたいに砕けて話す三人の会話が漏れ聞こえて来て、笑ってしまいそうになる。
美男美女だからか、もっと堅苦しい雰囲気を勝手に想像していた。
思っていたより仲がいい。兄妹ではなさそうだけど、同じ時間を共有してきた感じがする。
わあ、すごい! 本当に見れちゃった。予感は当たってた。楽しそうに笑ってしゃべってるあの人と友達二人。
この光景を見てるだけで楽しいし、勇気が湧いてくるのが分かる。
私、今すぐにでも入谷に告白したい!
あの人とお友達たちが住むマンションの前までやって来て、ふとマンションの前に建つ一軒家の塀に目が行く。
……え……なんで、こんな所に?
頭が混乱して、塀にもたれかかっていた人が入谷だって、一瞬繋がらなかった。
入谷が、塀から体を離して微笑んだ。




